第200話 エルク、アスクレピオスのやべー奴

「いや~! まさかサラ先輩も文芸部に入ってくるとは思ってもいませんでしたよ~!」

「……」



 左をラディウス、右をサネット、更に後ろからジャミルにばっちり挟まれて、サラは渋々リネスの街を歩いている。



「実は一年の時から顔は出してたんだよね~。文学に興味がある感じかな?」

「まあ……はい」


「さあもうすぐ着きます。アンディネではかなり大きい規模の、書物マルシェです」




 ジャミルの言葉に反応して、サラは俯いていた頭を上げる。


 その先に広がる一本道、脇には出店が並んでいた。




 しっかりとした作りの店から、穴の開きまくった幕を張った怪しい店まで様々だ。




「リネスの街に来れる機会なんて早々ないからね。この機会にじっくり見ておこう」

「アッ!!!! ワタシアッチイッテマスネ!!!」

「サネット……!?」



 入って数歩のどちらかというと怪しい雰囲気の店に、サネットはがっついて離れない。



「行きましょう。あんなの放っておいて」

「うーん……それも、そうかあ?」

「どうせ戻ってはくるんだから別にいいんじゃない?」



 そう言ってラディウスは入ってから五つ目の店に向かう。





「いらっしゃいませ。おっと……その制服は学生さんだな?」

「ははは、わかりますか」

「伊達に何年も店やっちゃあいねえよ。さて、品物をじっくり見ていってくだせえ」




 店主はそう言って両手を広げる。



 並んでいる本は新しい物が多めだが、中には埃を被った古本もある。




「店主さんののおすすめとかあります?」

「それならこちらなんかどうだ。『そして全員がここに集った』」

「おお、リスティンの名作ミステリー。これ何刷目ですか?」

「確か第五刷……と聞いている。初版が九九四年だから、比較的古いやつだな」


「じゃあ結構値段が張るのでは? 万は軽く超えます?」

「古いっつっても見ての通り、状態が良くないからなあ。それでも八千はするがな」

「ぐぬぬ……出せないことはないけどきついっちゃきつい……」


「まあ話だけ知りたいなら最新の買えばいいと思うが。それでも読みたい理由があるのかい?」

「初期版だと作者がまだ生きてるから、表現が率直で生き生きしてるんですよね……最新のと比較して楽しみたい……」

「ははーん……そうか兄ちゃん、な人種だったか……」



 親指と人差し指を伸ばし、顎に当てて頷く仕草をした後、店主はジャミルに向き直る。



「こちらの兄ちゃんは何をお探しで?」

「えっと、植物関係の本で手頃な物はないかと」

「植物ね、えーっと……研究とか参考書みたいなのしかねえなあ。『花と薬草の相乗効果』、『ウィーエル森林に見られる特徴』……あ、一つだけそうじゃないのがあったな。『恥ずかしがり屋な妖精のお話』……」

「――!」




 ジャミルの隣にいたサラが顔を上げ、眼鏡の後ろから鋭い眼差しを向ける。




「……どこにあるの、その本」

「え? どれのことだ?」

「一番最後の……妖精の話」

「ああ、ちょっと待ってな……」



 店主は本の山を漁り、中から一冊の本を見つける。



 大きさは二十センチ四方の正方形、表紙には幻想的な絵が描かれているが、



「……違う」

「どうした?」



「この本……どこが出版してるのかしら」

「それなら本の後ろの方に……シスバルドだな」


「シスバルド? あそこは食料品しか取り扱わないのでは?」

「意外や意外、売れると目を付けた物にはがっついていくんだぜ。何でも初版はエレナージュにあったらしくて、読んでみたトシ子さんが感動して商会の連中に製本させたとか」

「そう……そうよね。そうよね」



 一ページ一ページを穴が空くように見つめながら、本を捲るサラ。



「……あ、僕これ買います。『簡単絶品ハーブティー』」

「へい毎度あり。ハーブティーで健やか健康生活だな!」

「決めた! これ買います! はい金貨!」

「あいよー。これ釣りの銀貨二枚な」


「サラはどうするの? 買うかい?」

「……いい」




 貨幣を店主に渡すラディウスとジャミル。静かに本を戻すサラ。




 そこにサネットが、熱を放出する犬の如き吐息を零しながら合流する。




「オマタセェシマシタァセンパァイ……」

「サネット……って随分買ったね君」

「キョーハダイシュウカクデシタァ……カルエクカルエクウェッヘッヘェ……」

「君さあ、この後平原で野営するってこと忘れてるね? その大量のチョメチョメボン何処に隠すの?」

「あ゛っ」



 分かりやすく凍り付くサネットなのであった。



「……ん?」

「こっちの方から騒がしい音が……先程通ってきた広場の方かな」


「こぉーれはクズの臭いがするぞぉー☆」

「え? ラディウス?」




 満面の作り笑いを浮かべて、ラディウスは突然駆け出していく。







 リネスの街には複数ある、噴水の大広場。その一角で現在マイクは生死を彷徨っていた。



「さぁ~て、もう一度聞こうかぁ。ヒックゥん? 俺サマにぶつかってきたこと、どぉ~やって弁明するつもりだァ? ヒックん?」

「あ、ああ……」



 青髪に緑の吊り目の男。白い薄手のコートを着て、右手をポケットに突っ込んでいる。左手で短めのスタッフを弄びながら、マイクをこれでもかと睨み付けていた。





「――フンッ!」

「くっ!」



 マイクに気を取られている今なら、と思ったリリアンの予測は外れてしまった。




 スタッフから即座に光弾を生成し、彼女に向かって放出する男。残弾が近くにいたロシェとヴィクトールにまで飛んできた。




「ひえっ……!? あいつ、ただの酔っ払いかと思ったけどそうでもねぇ!?」

「厄介ですね」

「厄介ですねじゃねーんだよ!! ヴィクトール、ちゃんとどうするか考えてるか!?」

「考えてま――」




 その時男の左手が振り下ろされる。




「言えねえなら無理矢理訊き出すしかねえなあーーーーー!!! ヒックゥゥゥ!!!」

「ひっ……!!」






「おっはよぉ~ゴミクズ。街ん中でな~にをしでかしちゃってるのかな~?」

「……あ?」



 突然割り込んできた奴の顔を見回す。



 それは彼と同じ青髪と緑の瞳の少年――ラディウスだった。




 更に後ろからポンチョを着た黄土色の魔物、トロールがやってきた所で、男はにんまりと微笑む。




「――おお! 誰かと思えば愛しき我が弟、ラディウスじゃないか!」

「ええそうですよ、どうしようもないゴミクズの兄上、エルクさんよおおおおおおお!!」



 雄叫びと共に砂煙が舞う。





「「うおおおおおおおおおおおおーーー!!!!」」



 次に晴れる頃には、剣と光弾を用いた決闘が始まっていた。





「……」

「……何だあれ。ラディウス……?」

「あのクソ野郎はご主人が何とかしてくるから大丈夫だよぉ~。それより、はい!」


 

<あのノロマを出し抜けたと思ったら、

 こんな伏兵が潜んでいたなんてなあああ!!!!




 先程駆け付けたトロールが、両脇にマイクとリリアンを抱えてロシェとヴィクトールの元にやってくる。




「……あああああ!!! おら、おら、あああああ!!」

「マイク君、もう大丈夫よ。元気出して? 私がぎゅーしてあげるから?」



<てめえがやらかさないように

 護衛につけてやってんのに、

 それを何だと思ってんじゃっ、

 ボケエエエエエエエエ!!!!!!



「リリアン先輩……!!」




 おめおめと泣き叫ぶマイク。その隣で、ロシェとヴィクトールはトロールを見つめている。




「ご主人……ラディウスのことか? あいつのナイトメアだなんて、俺初めて見たぞ」

「そりゃそうだよぉ、僕普段は学園にいないからぁ。あ、僕はシルクっていうんだぁ」



<マジでてめえ、

 僕の友達に手ぇ出しやがってよおおおおおお!!!!!



「……ヴィクトール。ナイトメアはシャドウ、普段は影に潜んでいる」

「俺はロシェ、ナイトメアはこの鼠のグレッザだ。学園にいないってどういうことだ?」

「僕はご主人に命令されて、あのクソ野郎の監視をしてるんだよねぇ~。エルク・ウィルソンって名前なんだけど、知ってる?」

「逆に聞くが知名度を伺う程有名な人間なのか?」



<主張しねえそっちが

 悪いんだよおおおおおおおお!!!!!!



「まぁ悪い意味良い意味が大体八対二ぐらいの割合でねぇ」




 ぼりぼりと腰を掻くシルク。マイクもようやく泣き止み、リリアンと共に会話に混ざる。




「あいつ子供の頃から不良行為が目立っていてねぇ。窃盗暴行その他諸々何でもござれだったんだけど、とうとう十五の時に魔術大麻に手を出しちゃってぇ」

「うん、救いようがねえな」



<そういやてめえ、

 剣の腕上がったんじゃねえのおおおお!?!?!?



「まさにその通り。でもお父さん――リネスを取りまとめてる役人なんだけど、あの人は息子が可哀想だったらしくてねぇ。自分の育て方が悪かったのにとんだ傲慢だよねぇ。っていうのはさておき、当時町に在駐してたヘンゼル様に大金はたいて治療をお願いしたんだよねぇ」



<貴様にだけは

 言われたくねえなあああああ?!?!?!?



「ヘンゼル……アスクレピオスの代表か」

「そうそう! ヘンゼル様はエルフだから、魔力も年の功ももう凄くってぇ。それであのクソ野郎を完治させちゃったんだよぉ。いやー、ほんっと余計なことしてくれたよね」



<こりゃあ対抗戦での活躍が

 見物だなあああああああ!!!!!!!!!



「あ、あの……その、言葉が怖いだです……」

「それは悪いねぇ。いつもあいつには頭を痛ませているから、つい毒が入っちゃうんだぁ。で、一応リネスの魔法学園に入学はしてるんだけど、何をしでかすかわかんないからアスクレピオスで面倒見ることになってぇ~」



<てめえも出るんだろうがああああああああ!!!!!!



「経過観察を続けるということかしら?」

「違う違う。これも人間にありがちな特徴なんだけどぉ、性格がクズな奴程腕前は一級品なんだよねぇ。ヘンゼル様に医術の腕を見込まれちゃって、アスクレピオスで医術師やってんだぁ」



<俺サマはアスクレピオス勢力での参加で

 今回は医療班じゃあああああああああああ!!!!



「成程、いい意味というのはこういうことか。どんな容態でも治してしまう腕前で、彼によって助けられた人も少なくないと」



<嘘こくなああああああ!!!!

 あとその一人称ウゼえから

 やめろおおおおおおおおおおおお!!!!!!



「そうそう、そういうこと! 表と裏が尖りすぎなんだよねえ。あークソ野郎」





 ぜぇ……


    ぜぇ……


        ぜぇ……


            ぜぇ……





「うん、もう終わったかなぁ。君達はさっさとここを離れた方がいいよぉ。クソ野郎はこっちで何とかしておくからぁ」

「うん……ありがとうシルク! ラディウスにもお礼言っておいてね!」

「わかった~。んじゃね~」



 その図体からは想定できない速さで、シルクはラディウスとエルクの元に駆けて行った。





「おら……こんなんじゃ、この先こんな大都会でやっていけるかどうか……」

「気を強く持て。そんな調子ではこの先が思いやられるぞ」

「うう……」


「そんな強く言うなよ。ていうかそんなこと言って、ヴィクトールも地方の出身だろ? その経験から何か言ってやれよ」

「俺は地方は地方でも貴族の出です。農家ではないから不可能です」

「えぇ……」



 そこでリリアンがパンと手を叩き、空気を一変させる。



「はいはい! 未来のこと考えるのは後! 今は目先の、この水の都を楽しむことを考えよう!」

「おっそうだな! どこ行く? 飯でも食うか!? いんや飯にしよう! 俺が奢ってやるよ!」

「あ……ありがとうございますだ……」




 こうして町は洗礼を行い、新たな客人を受け入れていく。

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