第241話 友に勝利を
冷たい雫が頬を打つ。
雨だ。
彼が、雨を降らせたのだ。
「ヴィクトール……」
「お前……!」
割って入るようにしてやってきた、グレイスウィルの生徒達。
それを率いていたのは、他でもないヴィクトールだったのだ。
「……ふん」
「へへっ、ヴィクトール、さっきのいい感じに決まってたぜ! 普段のお前と比較してな!」
「ああっ! くそっ、それを言うな!!」
「ふふん、照れちゃって――南の方は殆ど終わったぜ。後はここで決着をつけるだけだ!」
「その通りだ――」
彼が杖を向けた先は、他でもなく、ウィルバート一人だけ。
「命令だ。貴様等四人はパルズミールの生徒達を相手にしろ。ケルヴィンは俺が……俺達が片付ける。反論は認めないぞ。いいな?」
「……ああ」
「元よりそのつもりさあ!!」
飛び上がって、生徒の後ろに回り込んだ後――
魔力を込めて殴りかかる。
「ああ~ん? 今なんかしたのか? おおん?」
「効いてない!? 何で!?」
「イザークッ!!」
反撃が入る前に、すかさず割って入る。
剣の腹で、槍の一撃を防ぐ。
「……そろそろ魔力が尽きかけているんだろう。サイリが中に入っているとはいえ、ずっと魔法をかけっ放しだったからな」
「……嘘だろ?」
「本当かどうかは、自分の心に訊いてみるといいさ――!」
剣を半回転させ、
相手の腹を目がけて突き刺す。
「……いや! まだやる! やってみせる!」
「その意気だ」
背中合わせに立つ二人。
片や息せき切って、片や飄々として。
「――行こう!!」
「行こうぜ!!」
「――さあ!! さあさあさあ!!! 残り時間が三十分を切ったぞー!!!」
「続々と北の方に集結してるねぇ!! ここで全てが決まるなぁ!!」
「全体を百とした時の占有率、グレイスウィルが四十八、パルズミールが十六、ケルヴィンが三十四だ!!」
「ケルヴィンがまだまだ残っている現状!! さあて、巻き返しは起こるのか――!?」
「ふふん……」
「満足そうだなリリアン」
「いやあ……後輩が頑張ってるのを観たら、そりゃあねえ……」
「ああ、気持ちは察することができるぞ……」
座ったままでは満足に観られないので、立ち上がって前方に移動する三年生一同。
そこにはローブのような制服を着た竜族の女子生徒や、貴族っぽい雰囲気の男子生徒もいたりする。
「……って!! お前、エレナージュのアストレア!! 何でこっちに来てんだよ!!」
「そりゃあ試合を観戦しにだろうが」
「自分達の所で観ろよ!!」
「あっちはもう部外者状態だぞ。何せ順位が確定してしまったからな」
「そですか……」
「ふああああああ!! お前も同じだからな、イズエルトのマッカーソン!! ちゃっかりこっち来てんじゃねーよ!!」
「何? 僕の行動にケチつけるつもりなの?」
「済まない、マイケルはこういう奴なんだ。許してくれ」
「……わかった」
「デ、ジャ、ヴュー!! 何で僕がこんな立ち回りになってんだろうなあ!!」
「み、観ろよ!! ルシュドがあんなに頑張っている!!」
「アーサー頑張れー!! 負けないでー!!」
「くそがよ!! てめえらルシュドの邪魔すんじゃねえ!!」
「イザークもクラリアもファイトー!!」
「なのでーす!!」
「なあ!! 今の奴観たか!? 明らかにルシュドに敵意向けてたよなあ!!」
「が、頑張って!! あとちょっとだよ!!」
「くそがくそが!! 今からでも乗り込んで、あいつら全員ぼくの魔法で――」
「もう疲れたわ」
「がああああああああ!?」
サリアの痺れ粉を直に受けて、地面にへばりつくハンス。
女子三名はそれを気にも留めず応援を続けている。
「アナタに構ってやってるワタシの身にもなりやがれなさい」
「てめえぶっ殺す!!!」
「あーはいはいそうですか。んなことより応援頑張りなさい」
「そ……そうだな!! 今は許してやる!! ルシュド!! 頑張れ!!」
<試合経過二時間四十五分 残り時間十五分>
「なあイザーク!」
「何だアーサー!」
「お前、この一ヶ月程度でよく頑張ったよな――!」
「そうだよ! ボク頑張った! 人生の中で一番頑張ったよ!」
鉄の刃が、銀の筋となって駆ける。
後に立っていられるのは、
背中を合わせた友人のみ。
「頑張った結果、オマエはスゲーんだってこと、改めてわかったわ! ワンチャン追い付けるかもって思ったけど、無理だわ!」
「そう卑屈になるな――今は無理かもしれないが、この後も研鑽を続ければ、叶うかもしれないじゃないか!」
流麗とは言い難い拳でも、身体に命中してしまえばそれなりの威力だ。
そうして響き渡る旋律は、
強固な絆にも似て。
「――どうだ」
「どうだぁ!」
右手を払い、周囲を見回す。
手加減はしたつもりだが、それでも悶えている。
ともあれ戦果を上げたことには変わりない――
「……お前らかっこつけるのはいいけど、治療忘れんなよ?」
「あっはい」
「素で忘れていた」
「その分だと……うん、フラッグライトも放置しているな」
生徒が片手間に、フラッグライトを点灯させようとした瞬間、
バラバラと枝を鳴らして、水滴が落ちてくる。
「熱いっ!?」
「なあっ!?」
「これは……」
頬に触れると、そこには赤と水色に点滅する液体が付着していた。
それは熱くなるのと冷たくなるのを繰り返していて、指先に奇妙な感覚を与え続けている。
「あいつ……どれだけ激しい戦いを繰り広げているんだ」
「双方の優等生同士の戦いだ、タダじゃ済まねえんだろうな……」
地上で大勢の敵を倒しても。
不安そうに空を見上げて、祈ることしかできないのだ。
「……」
「……」
「……何だか向こうは盛り上がっているみたいだな!」
「よっしゃー! アタシ達も真似しようぜルシュドー!」
「あ、ああ!」
背中合わせに立つ。
「……」
「……」
ルシュドとクラリアは、相手の生徒達を睨め付けながら、
微動だにしないこと約十数秒。
「……」
「……」
「「うおおおおおおおーーーー!!!」」
真正面の相手に一撃をお見舞いする。取り敢えずということで。
突然動いたことに動揺したのか―-
相手は上手く動けず、それを喰らってしまう羽目になった。
「知っていた。君達に言葉による同調は無理――いや、似合わないな!」
「拳で語るに限るぜ!」
「その通りだぜ、本当に!」
「おれ、言葉、苦手。拳、得意!」
再度構え直した瞬間のこと。
「……ぬおっ!!」
大地を穿つ轟音。
それは自分達の上空で、鳴り響いている。
「……熾烈を極める、か」
「あっちが頑張っている間に、終わらせようぜ!!」
「ああ!」
「ぶひいいいいいい!!!」
次の行動に移る直前、
ジルが武器を掲げて体当たり。
避けるのは容易かったが、当たったら一溜りもないだろう。
「クラリアた~~~ん!! そろそろ時間が来ちゃうみたいだからあ、ぼくちゃんと一緒にいちゃいちゃしようねえええ!!! お前は死ね!!!」
「お前邪魔だ!! そこをどきやがれ!!」
「は????????????????????」
「クラリア、おれ、やる、一緒!」
「ああ、行こうぜルシュド――!」
「――」
「あはははは。涼しい顔して、馬鹿みたいだ。僕の魔力に耐えられていないの、わかっているんですよ?」
「ぐっ……」
地面を離れ、木々の間を飛び交う。涼しい地形のはずなのに、汗が噴き出して止まらない。
「そんなに苦しそうにするのなら、束の間の休息を与えましょうか。
「――!!!」
「シャドウ!! 待て!!」
身体を支えていた縄が姿を変え、
鉛の笠となってヴィクトールを守る。
棘が連なるような雨だ。
幾つの属性が混じっているのか、それとも水属性だけなのか、とんと見当が付かない。
「……!」
「おいおいどうした? まさか主君の命令を無視するだなんて」
「……」
「所詮は出来損ない、我が主君の影を歩み続ける愚者の下僕ということだな」
「……」
そう言って笑っていたのは、ウィルバートの隣を飛ぶ蝙蝠。
ナイトメア・シェイド。ウィルバートのナイトメア。その能力はシャドウと同一――特定の物に変身し、それに応じた能力を扱う。
しかし異なる点が一つだけ――
シェイドは言葉を話せるのに、シャドウは一切話せない。言葉は簡単に優劣を表す。
「……!」
「シャドウ、もう無理はするな! このまま出しゃばり続けていたら、消滅の危険だってある!」
「!! ……!!」
「――だったらそのようにさせてもらいましょうか」
背後を振り向く。
ウィルバートは、酷烈な笑みを浮かべて、
特大の魔弾を、浴びせてきた――
「――」
喉が潰れたか。
痛みを内包する叫声も出やしない。
空が、胡乱な青を湛える大空が、
遠く、遠くに離れていく――
(……ああ)
(所詮俺は、惨めに骨を齧る負け犬だったか)
(……それを認めるのはいいが)
(連中には――グレイスウィルの、皆には――)
悔恨を胸に、目を閉じた。
「――!!」
覚悟を決めた瞬間に、飛んだ。
自分の身体が、地面から押されてるようにして、
飛んでいる――
「――! !!――」
「シャドウ、これは――」
「!!!」
「下だと?」
見下ろした先、そこにいたのは、
自分の方を見上げて、口を開く仲間達。
<頑張れ> <あと少しだ>
<ここまでやってきたんだろ>
<絶対に勝て>
<一泡吹かせるんだろ>
<負けるな>
<最後までしっかりやれよ>
声のない言葉が、風となって支えている
「……ナイトメアの魔法を掻き集めて、大風を起こしているのか!」
「――!!」
「――貴様等! 貴様等という連中は――!」
「ああああああああああああっっっっ!!」
骨しか残っていない、紫の翼を羽ばたかせて、
「っ!!」
「クソが、くそが、畜生共が!!! どうしてここぞという時に限って、僕の邪魔をする――!!」
ウィルバートが突進してきた。
「――時間もいい頃合いだ。ここで終わりにしよう」
「ハッ、こちらの台詞だ!! 今度こそ地に叩き付けて、お前の屍に土を詰め込んで晒し首にしてやる!!」
その脅し文句がどのような言葉であったしても、
今の自分ならやれると、
そう思っただろう。
「
「
「――
緻密に木々が折り重なる中を裂いて、
まるで墜落した鳥のように、少年が一人落ちてきた。
地面に衝突し、その頭蓋が無残な形に変えられると思いきや、
どこからか沸いてきた風が、彼を受け止め、静かに降ろした。
直後、横たわる少年の隣に、別の少年が降り立つ。
二人はよく似ていた。髪色も、目の色も、髪型も、佇まいも。区別するための違いと言えば、
立っている方の少年が、眼鏡をかけていることぐらいだろうか。
「……」
「……わ、が、しゅ、くん……」
「しっかりと治してやれよ、シェイド。貴様なら簡単なことだろう」
「♪」
「……!! 何の、つもりだ……!! 生かしておくぐらいなら、いっそのこと――」
「何もしないさ。俺には他にやらないといけないことがある」
ふと周囲を見回すと――
これ見よがしに、黒く点灯したフラッグライトが一つ。
「俺の目的は、貴様を殺すことなんかではない――」
一歩ずつ、踏み締めて、噛み締めて進む。
「この試合に勝つことだ」
最後に接触し、赤く点灯した瞬間、
聞こえてきた音は、角笛のものだ――
「タァァァァァァァイムアアアアアアアアアアップ!!! これにて!!! 第十五回戦、今年の武術戦の一切が終了したぞおおおおおお!!!」
「気になる占有率――パルズミールは九、ケルヴィンは――八!!! ケルヴィンが八で第三位だぁ!!!」
「てことは!? てことはてことはってことはあああああああ!? グレイスウィルが八十三で第一位だなああああ!?!?」
「その通りぃ!!! そして総合成績、ケルヴィンに一点、グレイスウィルに三点入ってぇ――!!!」
今回の武術戦は、
グレイスウィルの逆転優勝だ――!!!
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