第240話 ジルとウィルバート

 ちらほらと聞こえる拍手が、安堵感を与える。


 エリスは肩の力が抜けてしまい、持っていた飲み物を思わず落としてしまった。




「わわっ、ひしゃげたんじゃないの今?」

「え、ごめん!」



 慌てて拾う。どうやら無事なようだ。



「ああ~……よかった……本当に……!!」

「本当に、急に、慣れないことするよねぇ~」

「全くだよ! 帰ったら……帰ったら……」




「お疲れ様ってやって、めいいっぱい叱ってやらなきゃ……!!」







「……ほれ。どうやら大丈夫だったみたいだぞ」




 望遠鏡を降ろしながら、ジョンソンはカイルに声をかける。


 すると彼の口元は緩み、不安が解かれていくように見えた。




「……ありがとうございます」

「気にするなよ気にするなぁ。他ならぬお前の頼みだもの」

「団長……」



 そこにカイルに呼ばれ待機していた、ダグラスがやってくる。



「どうだ? 出撃はするのか?」

「いえ、もう結構です。友人達と合流して、安定したみたいです」

「そっか。んじゃあ馬を戻してくるよ」

「……お手数をおかけします」




「……にしてもなあ」



 荷物を降ろしながら呟く。



「お前、真っ青な顔してこっち来たけど――」




「……消滅って、何のこと「ダグラス、あとはよろしくお願いしますよ」



 その語気は、まるで追い立てるようで。話すことは何もないという無言の圧だ。特に逆らう理由もないので従う。



「あ……ああ、わかったよ」








<試合経過二時間 残り時間一時間>






「くそっ、くそっ、畜生がああああああ……ああああああああ!!」



 机を叩き、地団駄を踏み、歯軋りをする。



「ウィルバート様、どうか落ち着いて――」

「いられるか!! くそっ、くそっ……!! どうして、どうして、連中は僕に刃向かうんだ!! 黙って地に伏していればいいものを!!」




「……戦況報告です。連中、我が軍の領土を積極的に奪っている傾向にあります」

「……へぇ?」



 首を反り返したままで、目だけがぎょろぎょろ輝く。人でありながら魔物のようだ。



「あはっ、はははっ、はははははははは……いい度胸だ。無謀とも言うな――」




「――殺せ。徹底的に」







「うおおおおおお……!!」



 グレイスウィルの部隊が、駐屯しているパルズミールの生徒に向かって突撃していく。



「ぬん!! どうだっ!!」

「ぬがあああああ……!!」




 獣の特性を持つ獣人は、力が強ったり足が早かったり、とかく身体能力に優れている者が非常に多い。


 故に肉弾戦なら、真っ向勝負で勝てる道理はない――




「あっ……?」

「一丁上がりだな!!」




 戦闘している背後から、そっと一撃を加えてやる。




 するとあっけなく倒れ込むものだ。




「て、てめえら、卑怯、だぞ……!!」

「警戒しないそっちが悪いってなあ!!」



 その間に、フラッグライトが赤く灯される。



「これで何個目だ?」

「えーと……十六? 十六!?」

「二しか増えてねえじゃん!? いや……相手も相当焦ってるってことか……」

「……」



 パルズミールの生徒のうち、治療が終わった生徒や、その場で様子を見ていた生徒が、指示を受けたのか西に向かっていく。



「……戦ってみて思ったけど。あいつら、頭を使う戦い方をしねえんだよな。結局基本は同じで、武器持ってぶつかってくるだけだ」

「じゃあやっぱりケルヴィンに変な知恵吹き込まれたのかな……」






 本部では生徒会役員の生徒達が、これまた慌ただしく歩き回っている。




「オッケー。第二十は制圧済みね……そのまま南西、左下の方に向かって行って。パルズミールの辺りを制圧しちゃおう」


「んー、狙撃部隊? ここにきてか……ケルヴィンの生徒かな。今までパルズミールの生徒の肉弾戦が多くて、すっかり抜け落ちてたよ」

「狙撃部隊がいるのって第十五付近か? その近くにフリーで動ける部隊が一つあるぞ」

「マジ? じゃあそれに闇討ちしてもらおうか」

「了解。んじゃあそういうことで、今から行き先指示するぞー」


「伝令、伝令!! 残り時間は一時間を切っている!! こまめにトーチライトを打ってチマチマ領土拡大しとけよ!!」




 打って変わって快郎ではきはきした声が、折り重なって緊張感を生み出している。





「……」



 その中でヴィクトールは、伝声器をじっと握って立ち尽くしていた。



「ヴィクトール。九番目を制圧したぞ。このまま北に進めばケルヴィンの領域に進入できる」


「……ヴィクトール?」





『私の声が彼方まで響いたら――』


『<さあ始めましょう>で、全てがお終い――!!』





「おいヴィクトール、大丈夫か。ぼーっとしてたぞ」

「っ……」



 生徒会の仲間に肩を叩かれ、はっと我に返る。



「……何でもない」

「いや何かあるだろ……」

「……」




「もしもし? もしもーし!? ボクらオマエから指示貰うのに、それがなかったらどうにもならないんだけど!?」

「アタシは北に行きたくてうずうずしてるぜー!!」

「おれ、どうする?」

「……」




 顔の見える相手と、顔の見えない相手。


 双方から責められてもこの胸のざわめきは収まらない。




「……ははーん。わかったぞ」

「……何がだ」

「お前、リリアン先輩みたいにやりたいんだろ。因縁の相手と一発やっときたいんだろ」




 目を見開く。己の欲望を今、はっきりと感じ取って。



 その間にも戦況は動く――




「……っ!?」

「どうした?」

「うっひょー!! 来たぜ来たぜ来たぜー!!」






「とびっきりの――」



 後ろに飛び退いて、



「ヤバそうなヤツがさあ!!!」



 和音を奏でるように手を降ろす。






「こ、れぐらい……!!」



 その生徒は、頭を抱えることなく迫ってくるが、



「そんな遅さじゃ見切られちゃうぜー!!」

「……!!」



 脇を抜けて、踵を返して、



「オラァ!!!」



 鳩尾に魔力を込めて一発。





「が、あああああ……」



 相手の生徒はイザークの一撃を受け、膝から崩れ落ちた後、そのまま立ち上がることはなかった。





「よっしゃあああああああ!! アーサー今の見てたか!? ボクやったぞ!! ボクだってやったんだぞ!!」

「……見事だったな」

「ワン!」



 カヴァスと共に生徒の治療を行った後、再び伝声器に手をかける。



「ヴィクトール、オレ達は北に行く。どうせ皆で攻め込むんだ、オレ達で先陣を切り開いておくよ」

「……」


「……いいよな?」

「……ああ。だが無理はするな。無理だと感じたらすぐに撤退しろ」




「――そこはケルヴィンの、彼奴の領域なのだから」







<試合経過二時間二十分 残り時間四十分>





「――攻めてきた? 奴等が?」



 ウィルバート耳を真っ直ぐに張り、報告を聞く。心は冷静になるように努める。



「はい。四人で乗り込んで来た生徒がいます。茶髪茶目、紺髪緋目、灰色の狼、金髪赤目です」

「ああ。後ろ二人は知ってる。僕に殴りかかってきた狼と、僕に屈辱を味合わせた奴二号。前二人は雑魚だね」


「……迎え撃つなら今かと」

「よし――」




 その時、本部の扉が乱暴に開けられる。




「ぜえぜえぜえ……ぶひぃ!! おい、ウィルバート!! おれ様が来てやったぞ!!!」

「……ジル様」




 現れた彼は、橙色の鎧を身に着けていたが、汗だくで非常に窮屈そうだった。




 ――本拠地付近が制圧されて、泣く泣く逃げてきたところか。




「丁度良かったです。これから彼女が来ますよ。この間申し上げた友人達と共に」

「何!!! それは本当なのか!!!!」

「貴方に嘘はつきませんとも。ええ、今から迎え撃とうと思っているのですが、ご一緒に如何です」

「勿論行くぞ!!! おれ様の強さをクラリアたんに見せ付けて、あいつらボコボコにしてやる!!!」








 進入した先は恐ろしく静かだった。



 外の喧騒が木々に吸収されて、さながら隔離されてしまったかのような感覚を受ける。





「……森林かぁ」

「葉の形は尖っているものが多い……針葉樹林か」

「しんよう?」

「北国にある木は大体こんななのさ。雪が積もりにくくなるらしい」



 アーサー達はその中を進む。当然トーチライトを叩き付けながら。



「北に攻め込んでるから、それを再現しているのかもしれないな」

「北ってことは寒いな! アタシはもふもふしてるから寒くないけど、皆平気か?」

「平原そのものが、季節の移ろいで暑くなってきてるからな。それと相殺しあって、そんなに寒くない……寧ろ丁度いいぐらいだ」


「暑く……そういえば、目まぐるし過ぎて忘れていたが、もう七月になってしまうんだよな」

「じゃあボクら六月いっぱいここにいたんだなあ……実感湧かねえや」

「最も、あとちょっとでそれも終わるがな……」




 道中でフラッグライトを三つ制圧した。完全に放置されている状態だった為、その度に警戒心が向上していく。




 そして――




「……む」

「クラリア、何か聞こえたか」

「……茂みの中に誰かいる。臭いもする……臭い。かなり臭い」

「ってことは……獣人か?」





「ぶひいいいいいいいい!!!」




 飛び出してきた巨体を――




「――ガルルルァ!!!」




 ルシュドが炎を纏った足で迎え撃つ。





「いっ……痛あああああああああああ!!! 何しやがる!! おれ様に何しやがるんだよ!!!」

「……?」


「ああっジル様、赤く腫れておられます!!」

「今すぐ治療をいたしますので、しばし止まってはいただけ「んだと!! おれ様に指図するな痛い!!!!」




 ルシュドが蹴り飛ばしたのは、光沢のある橙色の鎧を着た、猪の獣人の生徒。


 蹴られた箇所を抑えながら、その場をちょこちょこと飛び回っている――さながら剣を握り立ての初心者だ。この場においてはふざけているようにも見える。




 しかし本人も、その後に駆けつけてきた獣人の生徒達も、至って真面目に取り計らっていた。




「……誰?」

「何だと!!! このおれ様を、ラズ家の次期当主たるおれ様を知らないのか!!!」

「ラズ家だぁ?」

「パルズミール四貴族の一つだったか。あとはターナ、アグネビット、ロズウェリ……」




 三人の視線がクラリアに向けられる。そして獣人達のも。


 特にジルが向けてきたのは、とりわけ形容し難いもので――





「おお……おおお~~~~~!!! クラリアたぁぁ~~~~ん!!!」



 身の毛が逆立って、警戒心を露わにしてしまうような感覚が襲う。



「ぼくちゃんねえ、クラリアたんのこといっつも考えてたんだあ!!! クラリアたんは何食べてるかなぁとか、クラリアたんはどんな服着てるかなぁとか、考えすぎて今日も寝不足なんだ!!!」



 手を丸く組んで、舌をべろべろ出して、唾を撒き散らしながら、ジルがこちらを見ている。





「え、キモいんだけど……」

「……わかんない。おれ、わかんない……」

「ルシュド、あれは理解しちゃ駄目なやつだ」

「顔見知り……なんだよな?」

「……」



 この間ずっと、クラリアはジルの姿をじっと見つめていたが。



「……」




「わかんねえ……」



 当の本人は、それだけ呟いて、首を捻った。






「……え?」

「ぶひいいいいいいいい!! 我慢できにゃああああああああああああい!!!」




 大剣に振り回されるようにして――


 一切の構えを取らずジルは突撃してくる。




「なっ!? こいつ!?」

「下がれ!!」




 アーサーはクラリアの前に割って入る。ジルの一撃を剣で受け止め、弾き返した。



 重量差から手に痺れるような感覚が走る――




「ぶひい!! お前らは殺す!! ぼくちゃんのクラリアたんに気安く触った罰だ!!! やっちまえ!!!」

「了解しましたー!!!」



 今度はジルの後ろにいた生徒達が、武器を掲げて襲ってくる。配下とか取り巻きとか、そんな単語がよく似合う。





「――何でこんなに殺意を抱いている奴しかいねえんだよ!? これ対抗戦だろ!? 生徒同士の交流を深める交流会みたいなもんだろぉー!?」

「そんなのオレだって知りたいさ!!」


「ガッ、ガルルルル、ガルルルルルルアアアアア!!!」

「ルシュド、何だって!?」

「こいつら正面から受けるよりも、回り込んで殴った方がいい、だとよ!!」

「サンキュージャバウォック!! うっし、それならボクにもできるわ!!」






狂詩曲を響かせよ、イライズ--「円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷の神よカルシクル




 突然視界の中の全てが凍り付いた。




「――ははは。あはははははは。言うことを聞かない畜生も役に立つじゃないか――」




 アイボリーの鎧のパルズミールの生徒達と、対峙している後ろから。





 黒い鎧のケルヴィンの生徒達が、土を踏み鳴らしてやってくる。



 絶望への喇叭らっぱが吹かれたような、妙な反響を共にして。



 中でも一際印象に残ったのは、黒髪に青い目をした、同学年の彼に似ている生徒――ウィルバートだ。





「皆様こんにちは。光明が見えてきた所で援軍がやってきて、さぞかしご機嫌は悪いでしょうね?」


「それは僕も同様なんですよ。蛆虫がうろちょろと飛び回りやがりまして」


「叩き潰してやる。所詮虫けらの末路なんて決まりきったこと。叩き潰してやる――!!!」




 ウィルバートの赤く腫れ上がった掌から、氷の礫が飛んでくる。




「魔法……っ!?」

「補給部隊の扱いか……くそっ!!」



 礫がアーサーの肘に一つ命中してしまう。



「ぐっ……」

「あれ? 他の皆はともかく、僕のやつを喰らっても微動だにしないなんて。高度な魔力耐性ですか?」




 紫色に爛れて、更に赤い雫がぽたぽた落ちている。



 熱を感じるので、恐らく火属性。そして色からして、闇属性も入っている。




「まあ数打てば関係ないですね。関係ないなあ!!!」




 彼が左手を上げた瞬間、後ろの生徒達も続けて魔法を放つ。





 八属性、ちっとも嬉しくもない選り取り見取り。





「こいつは……」

「ぶひいいいいいい!!!」

「うおおおおおおお!!!」




 魔弾を避けようと、身を捻らせた。


 その行く先を狙って、獣人達は突進してくる。




「しまっ――!!」

「イザーク!!」




 ルシュドは走って割り込み、腕を十字にして受け止め――


 そのまま腕を伸ばして、跳ね返す。




「あああああああアアアアアアア……」

「ルシュド!! オマエ……!!」

「あと少しで限界のようだなぁ!!!」



 肩で息をしながら、何とか敵を睨み付ける。



「くっそー……数が多すぎる!! 物理もいる、魔法もいる、隙が見当たらねえぜ!?」

「わかってるんじゃないですか狼さん。それでしたら、貴女方に勝ち目がないことも十分にお分かりですよね?」

「クラリアたんには指一本触れさせんからな!!! ぶひいいいいいい!!!」





 前にはジル、後ろにはウィルバート。



 とめどなく囲まれて、頼れる味方は片手の指よりも少ない。





「嫌でしょう、不快でしょう。絶望の淵に立たされて、どうするべきか頭を巡らせるのは。だから終わりにしましょう、僕の勝ちにしましょう」



 ウィルバートの右手に握られた杖が、妖しく輝く。



夜想曲の幕を上げよ、カオティック・混沌たる闇の神よエクスバート――崩滅をここにルイズナー!!」








 わた――俺の声が彼方まで響いたら、



 さあ始めましょう――で全てがおしま――終わりだ



 ――ああ、やはり俺に恰好をつけるのは似合わないな





「とにかく、


 安心しろ貴様等……!!!」

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