第242話 フェルグスの兄弟

 鬱蒼とした森は、一転して、晴れやかな光を取り込みだす。






 視界が開け、空気が入れ替わり、






 そして自分は、膝をついて倒れ込んでしまった。








「……」






 風が通り過ぐ。






 夏の平原らしく、そよそよと小気味よい感触が頬を撫でる。






 次第に穏やかな風は、激しいものに変わっていく――








「……ん」




「この声は……」






 ……おおおおおおおお






 うおおおおおおおおおおお






「「「ヴィクトールうううううううううううううう!!!!」」」











「……貴様等」





 仲間が大勢雪崩込んできた。






「貴様……等ぁ!?」








 そう思った次の瞬間には――






「よし、お前右下の方支えろ!!」

「俺真下な!!」

「アーサーオマエが頭んとこな!!」

「オレか……オレでいいのか?」

「もたもたすんなさっさと入れ!!」


「左足もらいっ!!」

「アタシも混ぜやがれー!!」

「クラリア、隣、どうぞ」

「混ざるぜー!!」


「せーのっ……おい、意外と重いな!?」

「だが持ち上がったらこっちのもんだ!!! 行くぞー!!!」







「「「そーれ!!!




   わーっしょい!!!


   わーっしょい!!!




   わーーーーーーーーーーっしょい!!!」」」








 自分の身体が大勢によって、




 横たわったまま上下に飛び跳ねる。






「……」




「何なんだ、貴様等……」






 叫びかける気力もない。されるがままだ。




 確かな青を内包する空が、近付いては離れ、離れては近付いていくのを、眺めるぐらいしかできない。








「♪」

「シャドウ貴様……他人事だからといって。気楽だな……」


「!、! ♪」

「……ふん。まあ、そうだな」






 不本意ではあるが、何故だか悪い気は、しないな――











「……只今戻った」

「シェイド! ……ウィルバート様!!」




「主君は魔力を使い果たしている……今すぐ補給が必要だ」

「わかりました! それでしたらこちらの――」


「あああああああああああああああああ!!!!」






 意識が覚醒し、身体を激しく動かす。




 横たわったまま、身体を跳ねさせる様は、陸に打ち上げられてからなおも、生にしがみつく魚のようで。




 床が殴られそして軋み出す。何人かの生徒が、宥めようとするが――






「あいつ、あいつ、あイつ、アイツ、あいつは何処だ!!! 殺す、殺す、殺す!!!」

「ウィルバート様! もう……試合は終わったのです」

「殺す!! 絶対に生かしておくもんか!! 地獄の神が許そうとも、僕が許すもんか――!!」






 ウィルバートの周囲には、紫の霧が結界のように現れ、


 誰も接触することができなくなっていた。






「このまま暴れられたら、小屋が崩れてしまう……ウィルバート様!!」

「あアアアアアああああああああ゛あああ゛……!!」



「……!!」




 いつの間にか開いていた窓。


 その前に、クリーム色に輝く魔力結晶が置かれてあった。






「――ウィルバート様、申し訳ございません――!!」





 生徒の一人が、その魔力結晶を拾って投げ付ける。






「ア゛……?」




 砕け散ったかと思いきや、それはたちまち霧となり、




 ウィルバートを柔らかく包み込む。








「アア……」




 その後に残ったのは、安らかに寝息を立てる彼だけであった。








「これで、いい……のか」

「とにかくウィルバート様に落ち着いてもらえたし、いいんだよ。ここではあれだし、このまま天幕区まで運ぶぞ……」


「ねえ、さっきの結晶って……」

「わからない。いつの間にか、そこに置いてあって……」











 小屋の外を三人の男女が通り過ぎた。




 一人は縮れた黒髪の男性。一人は黒みがかった赤髪の女性。そしてもう一人は、二人よりも身長がやや小さい、丸々とした男性。




 誰もかも異様な雰囲気を携えていた。 








「……ここで不安定になるとは」


<今更託宣が間違っていたとでも言うのか?>


「……それは違う。あの子はまだ十二歳なのに、色んなものを背負いすぎた。それに押し潰されているのだろう」

「でもそれを望んだのは、他でもないあの子自身よ。期待に応えたかったんでしょうね」

「……ミュゼア」


「まあ暫く様子を見る必要はあるわね。あの子には狂って自分の首を刺してもらうなんて真似、決してさせないから」

「……記憶操作か?」

「それしかないわね。性格の改変は何度も行ってきたけど、不可能だって結論になったし。負荷はかかるだろうから注意しなくっちゃ……」




<しかし個人的には、ヴィクトールの躍進の方が予想外だった>






 小さい男性は、身体の前で手を動かして、二人に思いを伝えているようだった。


 素早い動きであるにも関わらず、二人をそれを読み取り、口語で返答していく。




「私もよ。今回の対抗戦はケルヴィンの圧勝で終わると思っていた。なのに巻き上げてくるなんて」


<五年生の化物は、年齢差である程度の理由はつくにしても。まさか混血の出来損ないに負けるとは>


「友情の賜物、ってかしらねえ? これがあの欠陥者以外だったら、好感が持てたのだけど――いいえ、全然無理だわ」

「……」




 女性は縮れた髪の男性を、これでもかと睨み付ける。






「貴方は本当に……何を考えているのかしらね、ヴィルヘルム。貴方程の者が一夜の間違いを犯すなんて想像も付かないのだけど」


「……である以上、普通より間違いを犯しやすいものだよ。だから二度目の間違いは……あの子を見捨てるような真似はしたくないと、そう思っているだけだ」


「なら貴方は碌な死に方をしないわね。いつかお前の腹を食い千切って貪ってやる……」




 女性は嫌々しく地面を蹴り飛ばす。




 すると――






「……外れたか?」

「……そうみたい」


<ならば長居は無用だ。天幕に戻るとしよう>


「これで今月に入って五回目。外れすぎだわ」

「いつも思うが、義足も楽ではないのだな……」

「大賢者として務めるのに、四肢欠損程辛い障害はないわ。義足をつけているなんて知れたら馬鹿にされるもの」


<その点ヴィルヘルム、貴君は影響を及ぼさなくていいものだな。確か味覚障害だったか?>


「……ええ」






 そうして木々の合間を縫いながら、彼らは何処かへと消えていった。

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