第243話 勝利したんだしむぎゅーぐらいいいよねっ

 それからは自分達の本拠地に戻り、装備を外していく。






 自分達が勝ったという事実、そして長かったこの戦いも幕を閉じるという事実。






 二つを噛み締めながら、名残惜しそうに後片付けを進める。








「たはは……何か身体が重くなってきたよ。これがアドレナリンってやつか……」

「何だそれは」

「知らねーの? まあボクもよくわかんないんだけど。何でもめちゃくちゃ頑張っている時は、アドレナリンが身体の中を巡っているからなんだってさ」

「……成程。戦いの中の高揚感は、それに起因するものか」

「んじゃね? よくわかんないけど」






 時折、身体をほぐしながら、鎧を脱いでいくと――






「……おっとぉ」

「この声は……」




 足音が聞こえる方を振り向く。






 大勢の生徒達――観戦と応援を行っていた仲間達。




 皆が続々と詰めかけている。






 その先頭にいたのは。








「……行ってこいよ」

「ああ……」




 残りの後片付けをイザークに任せ、一人駆け出す。


 丁度演習場の中央。そこで向かい合う。











「エリス――」

「……アーサー」








「その――」むぎゅ




「……ん?」むぎゅむぎゅ




「……ぬぐっ!?」ぎゅうううううーっ






「……これは、『急に一人で飛び出していって心配かけないでよばか!』の分!」






 首を両腕で拘束し、


 息が途絶えるんじゃないかって状況で、


 自分の胸にアーサーの顔を押し付けるエリス。






「そしてこれは……」






 ぱっと首から腕を離した――


 と思った次の瞬間、






「――『お疲れ様、頑張ったね!』のぎゅー、だよっ!」




 今度は腰に腕を回し、


 まるで包み込むかのように、その豊満な胸に顔を埋めさせる――








(……)


(何だ……)



(この、感覚は……っ)




(悪い気はしない……!!!)











「アーサーあああああああああああ!! テメエ、テメエ、テメエエエエエエエエエエ!!」

「何ぎゅーしてもらってんだよ!!! なーにぎゅーしてもらってんだよおまえさーーーーー!!」

「いいなーいいなーいいなああああ!!! やっぱりイケメンってモテるんだなー!!!」




 次々と後片付けを放棄した、仲間達の煽ってくることったらありゃしない。


 イザークに関しては露骨に口笛を吹いて叫び散らしている。




「あー!!! アーサーばっかり羨ましいなあ!!! ボクも誰かにぎゅーってしてもらいたいなあ!!!」

「それじゃあお兄さんがしてあげちゃうぞっ♡」

「わーいやったー!!! お兄さん大好きーーー!!!」






「えっ」






 時既にレイティスト


 チビな女に首を押さえつけられドントムービング


 むっさい尻尾が視覚と嗅覚を襲う!






「むがああああああ!!!!」

「ほーれほれほれほれー♡ お兄さんのおしっぽ、きつねのおしっぽ気持ちいいだろー♡」

「ばなじで!!! ばなじでぐだざい!!! じにまず!!!」

「ちゃんとばっちり堪能するんだぞー♡ あははー♡」


「ちょっと!!! 誰よあの二人に酒与えたの!!!」






 レベッカが顔を真っ赤にしながら、生徒達にウザ絡みを始めたアルベルトとエマを引き離そうと模索する。


 そこに続々と騎士や魔術師達も到着して――






「むわっはっはっは!! よろしい!! 皆の衆が頑張った褒美に、某の筋肉で包み込んで差し上げましょうぞ!!」

「マジカルマッチョウィッチの有難い抱擁を受け取れー」


「こ、ここは乗らないと負けな気がする!! そうだよね、ダグラス君、カイル君!!」

「いえ、自分は結構です」

「うおおおおおおお!! よく頑張ったなお前らあああああああ!!」

「身体は小さいですけど、愛情は爆発ですうううううううう!!」

「ちょっ、何をしているのよあなた達もー!?!?」




「チャールズさんが行くなら俺も行くぞー!!」

「わたくしも参りますわー!! 生徒会の皆様をむぎゅーってして差し上げますのー!!」

「ユージオ、お前行っとけよ」

「えっ!? よ……よーし!! ユージオ先輩もむぎゅーってしてあげちゃうぞー!!」

「私は小さいのでむぎゅーができませんねえ」

「そんな貴女にこちらの魔法具! 名付けてシークレット☆シューズ!! 魔法による補正で身長が約一・五倍に「結構ですねえ」




「一人の生徒の行動をきっかけに、その場全員が影響されていく……」

「これが……これがグレイスウィルの強さの秘訣……!」


「違う!!! 全然違うから!!! アストレアもマッカーソンも、変な解釈して母園に持って行かないで!!!」

「いや違うのはマイケルだよ!!! この影響力こそがグレイスウィルの強さだ!!!」

「ラディウスーーーーーッ!!! 裏切るんじゃねえよ!!! 助けてマチルダ!!!」

「皆様疲れた身体にマジショはいかがっすかー!!!」

「ああもうこっちもだめだーーーこりゃーーーー!!!」






「ぎゅーしたいけどぎゅーする胸がない人はどうすればいいんですかあああああ!!!」

「えっ、えっ、リーシャ!? お、落ち着いて……!?」

「気色悪ぃなあ……大勢がよってたかってベタベタ抱き着くなんて。反吐が出るよ」

「あっそう」ぎゅー


「てめええええええええええええ!!! 抱き着くな!!! 気持ち悪い!!! このくそ眼鏡!!!」

「ねえカタリナ、いつからエリスはあんな大胆になったのかしらねえ」

「えっ、どうだろう……!?」






 楽しくなって参りました。











「……むぎゅー」

「むぎゅー」


「くだらん……」

「……」






 感服してむぎゅーを見つめるルシュド、クラリア、ヴィクトールの元に、新たなる到着者一名。






「せ、先輩……」

「ひゃあっ!?」

「お前はキアラか!」

「は、はいそうです! 料理部のキアラです! こんにちは!」



 恭しく頭を下げる姿を見て、ルシュドの脳内に激震走る。



「キアラ!」

「な、なんでしょう?」


「その……」

「はい……」



「うん……」

「ええ……」




「……」

「……」








「……何で肝心な所で踏み留まるかなあ!!」






 ジャバウォックが呆れた声と共に出てきて、ルシュドの背中をぐいぐい押す。






「わわっ……!」

「ひゃっ、先輩!?」


「逃げちゃだめよん」

「シャラ!? な、何をして……」




 細い火の糸を出して、キアラを拘束するシャラ。


 その先に待っている結末は勿論――






「……」

「……」



 ぎゅーしかないよね。






「うっし、お前ら暫くそのままな」

「……ん゛っ!?」

「ちゃんと魔法もかけておいてあげるわあ」

「えっ!? こ、これじゃあ先輩が……!」




 現在はキアラが腕をルシュドの腰に回して、彼の顔を胸元に拘束している体勢である。




「「あとは二人でごゆっくり~」」


「待ってよぉ……!」

「……」






「あ……先輩」

「……」




「……その」

「……ん」




「気持ちいい、ですか……」

「……んんっ」






 胸が少し上下に揺れる。どうやら顔を埋めている体勢で、頷いたらしい。






「そ、そうですか……」

「うん」

「よ、よかった……れすぅ……」

「うん……」




 尻尾がぷるぷる震えて今にも爆発寸前。








 一方のヴィクトールは一部始終を見て一目唖然。






「抱擁如きで何だこの騒ぎは……」




 馬鹿げていると思わないか、とクラリアに問いかけようとするが、




「うおおおおおおお!!! イヴ兄!!! ヴィル兄!!! 父さんにレイチェルさん!!! アタシをぎゅーしやがれーーー!!!」

「な、何だクラリア。随分荒ぶっているけど……」

「アーサーもイザークもルシュドもずるいぞー!!! アタシもぎゅーされたいぞー!!!」

「うっし、事情はわかった。一先ずは俺の狼尻尾を受け取れ」

「レイチェルさんズむぎゅーですっ!!!」


「……クライヴ。やってあげなさい」

「はは……わかりました。それじゃあ追加の尻尾だよ」




 まあ予想はついていた。








「……」




「……私からもむぎゅーを「結構です先輩」




「むー……ノリ悪いなあ」






 口を尖らせてやってきたのはリリアンである。






「ま、それはさておき。お見事だったよ、ヴィクトール君」

「先輩こそ」

「うぇっへっへえ。張り切りすぎちゃったよ今回」

「……」




「……どした?」

「……」

「へーい、言いたいことがあるなら言っちゃえヨォ。魔女っ娘リリアンとその忠実なしもべアッシュ様は何でも聞き入れちゃうぜぇ」

「……」






 きっと目を見据える。






「……今回自分が奮闘できたのは、先輩の影響も少なからずあったと思います」


「……それについて、感謝申し上げます」




 胸元に手を当てる、最高級の洒落たお辞儀と共に。






「……んー! そっか!」


「私の背中が何か教えることができたなら……それで十分だよ!」




 はにかみながら切り出すリリアン。




「……先輩。本当にありがとうございます」

「はいはい! わかったから、そう畏まらないで! 私そういうのあまり得意じゃないから!」

「……ええ。わかりました」











「……ぷはぁ!」

「……」

「どう? アーサー、気持ちよかった?」

「……まあ……そ、それなりに!」




 非常に、あるいはとてもとでも言おうとしたが、


 ハインリヒの姿が視界に入ったので急遽やめておいた。






「エリス、アーサー。二人共……応援に試合に、お疲れ様でした」

「先生……」


「アーサー。貴方は特に心配していたんですよ。突然一人で敵陣に乗り込むなんて……」

「……すみません」




「ねえアーサー。さっきはあんな風に言っちゃったけど……何か見えちゃったんだよね? 理由があるんだよね?」

「……」

「それについては帰ってから話してください。今はとにかく……」




 周囲に耳を傾ける。するとよく聞こえてくる。


 やってきた関係者達との間で、皆が大騒ぎ。誰もかもが勝利の余韻に浸っている。




「……この喧騒を楽しむといいでしょう。仲間達と思う存分、気持ちを分かち合ってきてください」

「はい!」

「……はい」


「……おっと、他の先生方も到着されたようです。私は失礼しますね」




 そそくさと立ち去っていき、再び二人だけが残される。








「……エリス」

「なあに?」


「オレ……よくわからないんだ」

「どうしたの?」

「今の気持ちがさ……」




「こう……こみ上げてくるものが、あるんだ。今にも溢れ出そうで……でもそれは悪い気分じゃないんだ」




「なあ……エリスだったら、この気持ちをどう表現する?」






 話を聞いた後、先ずエリスは手を組んで上に伸ばす。そろそろ太陽が沈みかかり、空には橙色と青色が滲んで混じっている。






「そうだなあ――」




「アーサー、今は嬉しいって思っているでしょ」






 上目遣いで、そっと訊く。






「……ああ。嬉しいさ。オレ一人だけじゃなくって、皆で頑張って、皆で勝とうって、そう意気込んで……やってきた」


「そうそう。でさ、今回の戦いの中で、一番大切だったことって何だと思う?」

「……」




「……勝ったこと?」

「ふふ……半分正解」

「……もう半分は?」

「皆と戦ったこと、だよ」




 彼女はまだ十数年しか生きていないにも関わらず、彼にとって大切なことをたくさん教えてくれる。




「皆と……」

「アーサーは今日まで、皆で戦って勝とうって思って、頑張ってきたでしょ。だから自分の力を封印して、皆の訓練に付き合ったり、自分も作戦に合わせて行動できるようにしたり。それはきっと、これまであなたがしてこなかった戦い方。でしょ?」

「……」




「皆で戦ったから、その分だけ嬉しいって気持ちが増えているの。きっと一人じゃ得られない、素敵な気持ちだよ」


「仮にこの試合で負けたとしても。あなたも皆も全力を出し切ったから、悔しいとは思うけど後悔はしなかったと思うの。だってこれまで頑張ってきたこと、皆が知っているから」




「……半分正解って、そういう意味か」

「そうだよ。確かに結果は大事だけど、それ以上に過程が大事なことって、これからたくさんあるからねっ」





 そう言って抱き着いてくる。今度は自分を見上げるようにして。






「何はともあれ、お疲れ様っ! この試合で得られたこと、次に活かしていこうねっ!」

「ああ……そうだな」






 もう何度も見上げた、平原の彼方に沈む太陽。しかしそれとも暫しのお別れ。


 静かに見守られながらそれぞれの思いを胸に、生徒達ははしゃぎ回るのだった。











「落ち着くにゃ落ち着くにゃ」

「これが落ち着いていられるかあああああ!!!」

「めんどくせえ父親だなあオイ!」

「うふふ……複雑、よね」

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