第441話 フラワーナイトフライデー・前編

 グレイスウィルの王城。


 そこのある部屋のベッドに横たわりながら、現在城下町に出回っている招待状を眺める人物が一人。






「……兄上。失礼致します」




 恭しく部屋の扉を開けたのはハインライン。



 それに応えたのはハインリヒであった。






「……どうしましたか」

「こちらの招待状の件で、頼みたいことがありまして」


「……私は行きませんよ。どうにも身体が疲れてしまった」

「いえ、それがそうとも行かなくなりまして……我が息子ハルトエルとその妻メリエルが、これに参戦したいと言って聞かないのです」


「……はぁ?」




 彼にしては珍しく素っ頓狂な声が出る。




「……孫のファルネアが参戦するとは耳にお入れでいらしましょう。それに影響を受けたようで、娘が身体を張っているのに自分は城にいるのは申し訳が立たないと、且つて魔術研究部に属していた者としてここは暴れておきたいと……」

「……監視ですか?」

「ええ。私は立場上、城を離れることができませんから」

「……わかりました……」




 ベッドから起き上がり、準備をしようとするが。




「ですが、一つ条件があります」

「……はい」

「貴方もこれに参戦しなさい」




「……兄上?」

「自国の領土で好き勝手されて、子も孫も憤っているのに、貴方は何も思わないのですか」

「しかし……先程も申し上げました通り、自分には……」

「なら私から話を通しておきましょう」

「……」




 しどろもどろするハインラインを--



 一喝するような、侮蔑の視線が向けられる。




「……何だ? よもや魔法の腕に自信がないと言うわけではないな?」

「……いえ、いいえ。兄上の口からそのようなお言葉を頂けるとは……まさか思ってもいなくて」

「フン、そうか……ああ、何だか僕も昂ってきてしまった。瞬間移動球を漁ってトパーズも呼ぼう。きっとゼラも参戦するはずだからな、喜ぶぞ」

「そうなってくると先生もお呼びしたいですね」

「先生は……忙しいだろうから無理だろう。代わりに今回の顛末を耳に入れてやるだけでいい」

「ふふ……何年経っても相変わらずだ、兄上は。では参りましょう……」
















 反乱前夜、即ち金曜の夜。地方の商業都市ではこの時間のことをフラワーナイトフライデーと呼び、サタデーナイトに次ぐ気分が晴れやかになる時間としている。




 今宵は戦意高揚の為の会食。当日は食べられないことが予想されるから、今存分に食べてしまおうと、そういう計算だ。




 塔を警備している魔術師達は、明日のパーティの為に英気を養ってほしいとそれらしいことを言っておだてたら、全員揃って出て行ってしまったよ。







「ふぃー今日は忙しくなるずぉー!!!」

「ガレアさんキッチンが足りないですー!!!」

「おっほい今行くー!!!」






 カフェのスタッフ達は大忙し。てんやわんやもそれが幸せ。今まで料理を出すことが多かった魔術師共は、何かと料理にケチをつけてくることが多かったが、生徒達はそんなことは一切ない!




 皆口を揃えて喜んでくれる! 作る方も冥利に尽きるね☆






「ガレアさん!! それ砂糖じゃなくて塩です!!」

「ぎゃーうっかりーん!! うわーんマジで手が回らないよぉ!!」

「っと、それなら俺達の出番かな?」




 そう気さくに声をかけてきたのは、大衆食堂カーセラムを経営する、おやっさんと呼ばれている人物。




 更に従業員もぞろぞろと引き連れていた。あのラニキと呼ばれている男性も一緒である。




「おお! おやっさん! 身体崩して療養していたはずじゃ!?」

「へへっ……何だか生徒共が楽しいことやると聞いてな。これに乗らないわけがねえ!」

「俺達は生徒達とは一心同体みたいな所あるしなぁ!」

「そうだなぁラニキィ!!!」




 ガレアとラニキが固く手を握り合う様を、一人の生徒が疑問に思う。






「……何だか、随分仲良いんですね?」

「ふっふっふー、実はね。僕とラニキはマブダチなのさっ!」

「そうなんですか!? 性格とか、全然違うじゃないですか!」

「そこがまた何か波長が合うっていうか……ずっと昔からの親友! みたいな!?」



 \\\はよキッチンに人寄越さんかー!!!///



「あーい!!! 今行くよー!!!」

「キッチンでは指示をくれぃ! その通りに動くぜ!」

「あいよーよろしくぅ!!」











 薔薇の塔に百合の塔。教師達も交えて、今宵の宴は長引きそうだ。






「カル!! 元気そうだね!!」

「……ハンナ先生」

「ずーっと心配してたんだよ!! 貴族館に閉じ込められて、課外活動にも来なくなっちまって……!!」

「……すみません」


「謝ることじゃねーべ!! ほれ先生も!! そんなでっかい図体してんならいっぺえ食えるよなあ!?」

「ヒルメ! あんたも相変わらずだねえ! じゃあ骨付きチキン十本持ってきてくれ!!!」

「合点合点合点ー!!!」




 勢いが激しい二人に置いて行かれて、眩しそうに目を細めるカル。


 ふと自分を見ている視線に気付く。




「……そんな、気を遣う必要はないぞ。リーシャ」

「で、でも……楽しそうだったから」

「……」


「先輩?」

「いや……階段にな」






 女子生徒が数人、束になって恨めしそうな視線を送っていたが、カルと目が合った瞬間すぐに二階に撤収していった。






「今の生徒って……」

「数少ない『向こう側』の生徒だろう。何らかの事情で連中に媚びてはいるものの、やはり楽しいことには反応してしまうのだろう」


「そういう生徒をどうするか考えてなかったが、まあどうにかなるだろう……」




「カル先輩……」

「何だ?」

「何か……その……」






 言いかけた言葉の前に、友人が話しかけてくる。






「リーシャ、楽しんでるかな?」

「おおっ、カタリナ! ……とセロニム先生!」

「久しぶりだね、えーっとリーシャ。参ったなあ、この数ヶ月で益々生徒の名前を忘れてしまった……」

「先生普段から学園来ることないですもんね! それで……」



 カタリナの隣にいる、受け皿を抱えた少女に目を向ける。



「初めまして、カタリナ様のご友人様。私はパールと申します」

「僕の所で匿ってる子なんだ。今日は塔で前夜祭やるって話をしたら、カタリナの給仕をするって言って聞かなくて……」

「私には私の理由がある。それだけですよ」




「ふぅん。まあ……今日は楽しければ何でもいいっしょー!!!」





 そこに骨付きチキンを三十本ぐらい持ってきたヒルメとハンナが戻ってくる。





「わー!! 骨付きチキンの山が!!」

「リーシャ!! カルと話していたのかい!! ええいついでだ、あんたも食べていきなさい!! そこのお友達とセロニム先生もね!!」

「いやもう僕はお腹いっぱいで……たはは」


「……」

「……パールちゃん、もしかして食べたいの?」

「い、いえっ……! わ、私には仕事がありますので」

「おら食えー!!!」

「もがー!!!」




 ヒルメに一本、口の中に骨付きチキンを突っ込まれる。




「……むぐむぐ……」



「……美味しい……れすぅ……」






「よーし美味いんならもっと食え!! ガキンチョは沢山食って栄養補給だー!!!」

「ま、まあそこまで言うならっ、乗ってあげないこともないですがね!?」

「何て素直じゃない子なんだ……!!」











 宴の会場は基本的に一階ロビー。席について食べたい者は食堂、更にゆったりしたい者は自室に持っていくことが許可されている。






「サラ! コロッケ持ってきたよ!」

「ん……ありがとう、ございます。中に入っていいですよ」

「失礼します!」




 残っていたルームメイトも帰ってしまい、いつの間にか自分一人だけになっていたサラの自室。現在そこに見慣れた顔を呼んで楽しんでいる。


 サネットとジャミルの二人が中心、ラディウスと担任のディレオが時々やってきてふらりと帰っていく。




「ディレオ先生! 何か先生って、先生って感じがしませんね! 生徒みたいです!」

「んがっ!?」


「まあ僕やジャミルは先輩だった時期があるからねえ。それでいくと、先生が完全に先生になるには、あと三年ぐらいかかるかな?」

「先が長いよ~っ」




 おめおめと泣く素振りを見せるディレオ。


 普段ならウザいと思うような行為も、今は快く許せる。




「皆! 済まなかった!」

「えっ、突然何ですか!?」

「君達の言う通り僕は先生なんだ……なのに君達が弾圧されていく様を、指を咥えて見ていることしかできなかった。本当に済まない……」

「いえいえ、そんなの気にしてないですよ! 現にこうして集まれたんだから、それでオッケーです!」


「……」

「何ですかサラ先輩!? 顔にソースついてますか!?」

「……最近まで引き籠っていたとは思えないなあって」

「オクサレ系女子舐めんじゃねーっすよぉー!!!」

「そういえばその女子達とは騒いできたのかしら」

「もっと夜が更けてから独自に集まる予定っす!!!」

「あっそ……」




 続いてジャミルにも視線を向ける。




「……僕はここにいますよ。生徒会の仲間とは話してきましたし」

「そう」


「それに……今は何となく、サラさんと一緒にいたいなあって」

「……っ」






 そういう関係性か~~~~とラディウスが煽る前に、


 どこからともなく赤土のゴーレムがすっ飛んでくる。






「リグレイ! ダレンが何かしでかしたか!」

「――」


「うっし! 案内してくれよ! 僕そっち行くわ!」

「さようならラディウス先輩!」

「さようならー」

「くれぐれも明日に向けて体力は温存しておいてくださいね!」











「ふぅーーー今日は祭だー!!! 何も言うことねーから取り敢えずわっしょーい!!!」

「わっしょい!!!」「わっしょーーーい!!!」「わわわわわしょーい!!!」






 薔薇の塔のロビーで騒ぎ立てるのはアデルと仲間達。そんなに楽しそうにされては、見ている方も意味もなく楽しくなってくる。






「……いやー。アイツら見てるといいわ」

「アデル君には感謝しかないです……」




 遠目にシェイクを啜るイザーク、そしてゆっくり息をつくファルネア。




 どうして彼らが急に集まり出したかと言うと、ファルネアが王女ということもあって、話しかけてくる者が絶えなかった。最初こそ応対していたが、段々疲れてきてしまい、それを見かねたアデルが気を引いてくれたのだ。




 イザークは偶然その場に居合わせたので、見守りという形で同行している。






「ファルネア! ここにいたんだね!」

「あ、アーサー……君! キアラちゃんも!」

「何だぁルシュドォ、その女子と手ぇなんて繋いじゃってぇ」

「……へへ」




 照れ隠しに頭を掻く。キアラの方もちょっと嬉しそうだ。



 それを見たイザーク、大体察してにやけ面。ファルネアも察して口を片手で覆う。




「オマエそういうことは言ってくれよなー!!!」

「い、言う機会、なかった。作戦、そっち、大事」

「プライベートの方がもっと大事に決まってるだろー!?」


「きゅぅ……」

「キアラちゃん!! そんなに肩身を狭くしないで!! あともっとお話聞かせてください!!」

「ぼくも気になりますねえ気になるねえ」








 そうして合流してきたのは、セシル、リーン、ハンスのエルフ三人組であった。






「セシルちゃん! キアラちゃんが、キアラちゃんが、大人の階段昇ってました!」

「ファルネアー!! 言い方もっとあるー!! おれ、恥ずかしいー!!」


「まーそれはおめでたいわねー!! 先生も嬉しくなっちゃう!!」

「ふふ、いい感じの服を仕立ててやりたいよ……!」

「……」






 反寛雅たる女神の血族ルミナスクランのエルフに囲まれているからだろうか。




 それとも他の感情からか、ハンスはルシュドを何度もちらちらと見て、気まずそうな表情をしていた。






「ハンス!! ルシュドこれだ!!」

「……は?」

「何だオマエ小指も知らね~~~のかぁ~~~!? そこの竜族の子、キアラって言うんだけど!!」

「それは知ってる。で、どうしたんだよ」


「イザーク、お、おれ、言う」

「そいつがいいな!!」

「お、おれ、キアラ、好き。キアラ、おれ、好き。えっと、そういうこと」

「……」





 そこまで言われると流石に理解できた。



 直後に送った行動は、拍手である。





「……まあ、いいんじゃないの。お似合いだよ。だって……うん」

「えへへ……」

「ハンス君!! 今の笑顔素敵だったよ!!」

「っ!?」




 嫌悪感からではなく、突然大声を張り上げられた衝撃で、ハンスはリーンに向かって身構える。




「……そうかよ、ふん」

「照れてるんですか先輩~?」

「てめえ!!! てめえ、は……」

「? どうした、ハンス?」

「あ~……」






 あの日以来、どうにもならない感情をセシルに対して抱いているようで。




 そしてリーンには散々迷惑をかけてきたというアレがある。




 よってエルフ繋がりでこの二人に絡まれると、彼にしては非常にやりにくいのだ。






「……行くぞ」

「えっ!?」

「ちょまー!! ファルネアー!! 無事でいろよー!?!?」






 右手でルシュド、左手でイザークを引っ張り、ハンスは何処かにずるずる連れて行く。

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