第252話 きまずいカタリナ つるぺたリーシャ

 今日は土曜日。試験勉強を頑張っている生徒もいるからか、どの課外活動も小規模で行われている。手芸部もその一つだ。






「外が騒がしいですね」

「武術部が何かしているみたいだよ」

「そうなんですか」

「そういえばルドベックがそっちの方行くって言ってました。何でも重大発表があるそうで」

「へえ……何だろう」

「私達には関係ありませんよ。涼しい室内で、延々と手先を動かしているだけの私達には」




 カタリナ、ラクスナ、そしてセシルは同じ机で、黙々と巾着袋を作り続けている。






「ラクスナ、対抗戦はどうだった? あたしとは違う天幕だったけど」

「そうですね。昔をそこそこ思い出してしまって、苦い気分でしたよ。貴女はいいお仲間に囲まれて、そんなことなかったんでしょうが」

「……」


「……ぼくはまあ楽しめました。野営に採取って聞いていたから無理をするのかと思っていましたけど、先生方が手伝ってくれましたし」

「そうだね……一緒に課題をこなした子とも仲良くなれたよ」

「でも同じ天幕の子が手伝ってくれなかったんですよね。だから私一人で課題やることになったんですよ。お仲間がいた貴女は味わっていない苦労ですね」

「……」


「……そういうこともありますよ。そういう時は先生に言えばいいです。生徒間のいざこざなら、先生方が対応してくれますよ」

「リーン先生とか特に……親身になってくれるよ」

「転校生なんで先生ともまだ馴染めていないんですよね。一年の頃からこの魔法学園にいた貴女とは違ってね」

「……」




 言葉の最後には、自虐を込めた掠れ笑いを忘れない。




 カタリナの視線があちこちに泳いでも、執拗に追い続けている。セシルなんて置物のようだった。






(……カナ)

(そうね☆ 私もわかるわ……☆)

(ええ……)






(先輩に嫌がらせ、してますね……)











 一方の講堂。舞台上では演劇部、運動場では曲芸体操部が、今日もそこそこ声を張り上げている。




「ハンナ先生、こんにちはー」

「リーシャこんにちは。勉強の調子はどう?」

「いやー課外活動なのにそれ訊くのなしですよー」

「ははは、悪かったね。さて、早く着替えておいで……例の彼、待っているみたいよ」

「……」




 やられた。二重の意味で。


 ハンナにも知られているし、予定より早い時間に来たのに――






「……失礼します」

「はいよ。頑張ってね」




 ハンナの巨体の横を、いそいそと通り過ぎていく。






「……」


「……全く。私にバレていないと思っているのかい、カル」











 彼がいたのは講堂の隅っこ。舞台がすぐ近くに見える。


 練習用マットを敷いてくれて待っていた。服はやはり学生服だった。






「来たか」

「ご、ごめんなさい。遅刻しました」


「……」

「あ、あの……先輩が先に来てるとは、思ってなくて……」


「構わないよ」

「え」


「何故なら、俺も君も予定より早い時間に来ている。今が十時半で、約束の時間は十一時。これは遅刻とは言わないだろう」

「た、確かに」

「そういうことだ。……気を落とさないでくれ」




「……」

「……」






 練習は一緒にできることになったが――


 どうやらまだ、笑うのには時間がかかるらしい。






「では早速やっていこうか」

「はい……あっ」






 拍手が聞こえる。誰かを称える為の。






「いや~、凄いね! 開脚からの後方二回転半! 足痛くない? 大丈夫?」

「まっ、日頃から練習しているので。慣れてますよ」

「ちょっと足触ってもいい? うわっふにふに!」

「えー百八十度できるとか羨ましいんだけどー!」




 中央で練習をしていたミーナが、他の生徒から賞賛されていたのだ。






「……」

「気になるか?」

「……そうですね」

「そうか。では……こうするか。今日は開脚をやってみよう」



 カルが練習用マットの隣に立ち、視線で促す。



「し、失礼します」

「お手柔らかに」

「それ私の台詞……」



 練習用マットの上にべたーと座り、


 ゆったりと息を吐きながら、足を伸ばしていく。






「……」

「……」


「……固いな」

「うう……」




 開いた脚は大体九十度がいい所である。




「おかしい、こんなはずでは……」

「柔軟体操はしていたのか?」

「してます」

「ならばこれはどういうことだ」


「……対抗戦の時は、天幕なので狭いって理由で、やってませんでした」

「……」



 やれやれと言わんばかりに首を振る。



「足を開くまでとはいかなくても、簡易的に行うとかやりようはあったはずだ。君の熱意はそんなものだったのか?」

「ぐうの音も出ません……」


「……まあいい。休んでいた分は取り戻せばいいだけだ。スノウ」

「なのです?」



 声と共にリーシャの中からひゅっと出てきて、カルの顔を見上げる。






「リーシャの中に入れ。内部から魔法で身体をほぐしてほしい」

「りようかいなのです!」



 言われた通りにスノウがすると――



「んぎぃ……」

「感触はどうだ」

「くすぐったいのと……ピリピリした痛みがあああ……」

「よし」

「えっ」



 足を開いたままのリーシャの背後に回り、


 背中を押してくる。



「大きく深呼吸だ。前に伸びる姿をイメージしろ」

「えっ、待っああああ!! くださ……だあああああああ!!」











「アザーリアせんぱーい!!」




 舞台の脇、倉庫に入って呼びかけるエリス。




「何ですのー!? あら!! エリスちゃん!! こんにちはですわ!!」




 すかさずやってくるアザーリア。ロングスカートに白い頭巾、村娘を彷彿とさせる衣装だ。






「はい!! こんにちは!! ねえねえ先輩、聞いてくださいよー!! ダレン先輩がですねー!!」

「まあ!! ダレンがどうしましたの!?」

「先輩がトレーニング・ルームなるものを作ったんですよ! それは構わないんですけど、中がくっさくてくっさくて……! 鼻がひん曲がっちゃいました! 服にも着いちゃいました!」

「なななな、何てことですのー!?!?」

「このままじゃ女子生徒からの評判が悪くなってしまいます! 何とかしてくださいいい!!」

「他ならぬエリスちゃんの頼みとあらば仕方ありませんわー!!」




 衣装のまま駆け出していくアザーリア。






 それを白目向きながら追いかけるマイケル、マイケルにマジショを食べさせようと追いかけるマチルダ、便乗していくラディウスとてんやわんや。








「……よし。務めは果たした」


「ちょっと様子見に……ああでも、その前に……」




 ちらりと運動場の方を覗く。








「あだだだだだーーーー!!」

「あと五秒だ。十、九、八……」

「いだああああああ!! 嘘つきいいいいい!!」




「……二、一。よし、休憩しよう」

「ぶへえ……」

「スノウもつかれたのです……」


「だが身体は柔らかくなっただろう」

「そうですね……」




 ぐぐーっと前屈を行うリーシャ。つま先まであと二十センチぐらいの所まで来た。




「さっきまではお腹とマットがくっつきそうになかったですもん」

「……やはり、素質はあるのだな」


「何か言いました?」

「十分経ったら再開だ」

「はい!」

「いい返事だ」

「はい!!」

「なのです!!」




 カルが壁の方を向いたのを確認して、水筒に手を伸ばそうとしたが、


 ミーナを始めとした他の生徒の視線に気付き、大きく手を振って追い払おうとする。








 それを立ち尽くして見ていたエリス――






「……」




「つるぺたリーシャ……」




「つるぺたリーシャだ……!」






 後日、この突発的に思いついたネタを、本人にぶつけた結果――




 辱められた代償とか何とかとして、タピオカを奢らされることになるとは、まだ知る由もない。

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