第251話 爆誕! トレーニング・ルーム

「ワンワン!」

「……ああ、おはよう。今日は朝からいい天気だな」

「ワッフン!」




 現在は七月の中旬ぐらい。一応月末には前期末試験が控えているのだが、アーサーは武術戦に出場したので科目数は少なく、また問題の多くも事前に発表されている。




「そうでないエリスは試験勉強……」

「ワンワン!」


<……あー!




 そのエリスから、全てを放り投げたいような声が発せられたので、部屋を出てみる。






「どうした?」

「んー……詰まった! わかんないとこがある!」

「朝から勉強しているのか」

「朝は頭空っぽだから、その分頭が回るって聞いて……だからやってみたけど、だめ! 詰まった!」

「……なら朝食を食べてから再開したらどうだ」

「そうするー! お腹空いたー!」








 今日の朝食は卵サンド。ふるふるスクランブルエッグをハムと一緒にパンで挟み、胡椒を振りかけ味を調える。更に濃厚オニオンスープと苺のババロア、仕上げに紅茶を加えれば優雅な夏の朝食。






「あれ、これ味が薄いなあ」

「ならオレの紅茶だな。味が薄いとか言うな」

「普段柑橘系のアールグレイばっか飲んでるからだねーん。で、口付けちゃったのどうしよう」

「いい経験だと思って飲み干せ」

「……」




 丁度レモン汁の小瓶があったので――


 糸目も付けずだばだば入れる。






「……くっ、何故だ。何故オレの周りにはセイロンが好きな奴がいないんだ……」

「アーサー君セイロン好きだって言ってたよ?」

「……」


「喜ばないの?」

「あいつは……何か違う」




 そしてリビングに朝食を運び終える。








「いただきまーす」

「いただきます」



 カーテンを透いて太陽の光が入り込む。朝だけ心地良いのは夏の特権だ。



「最近は勉強を頑張っているよな」

「試験が近いんだもーん。応援に熱中してたらこれだよ」

「光陰矢の如し、だな」

「ほんとにねえ」



 コンソメの味わいと玉ねぎの甘みが広がる。


 スクランブルエッグも、今日は上手くふわふわに作ることができた。もうちょっと牛乳を足してもよかったかもしれない。



「……でも最近椅子に座ってばっかだったから肩凝っちゃった」

「それなら、流石に休んだ方がいいと思うが」

「それはぁー、一理あるぅ。だからといって特に理由もないのになあ……勉強しなきゃって使命感ある感じだもん」

「理由ならあるぞ。オレの用事に付き合うのはどうだ」

「ん……何するの?」

「ちょっと……顔を出しにな」











「ふんふんふんふん……」

「……随分と機嫌がよろしいようで」

「そりゃあもう。なんてったってあいつ、クロンダインの方行ってるって話じゃないか。つまり暫く帰ってこない」




 スキップをしながら歩くシルヴァの後ろを、小走りでついて行くカベルネとティナ、そしてナイトメアのカルファ。現在彼らは地上階を散策中である。




「さあーて何か面白い物はないかなっと」

「それでしたら魔法学園はいかがでしょうか」

「魔法学園か……そういえば生徒が戻ってきたんだっけ?」

「ええ。対抗戦で目覚ましい成績を残して凱旋です。まあ舌の根の乾かぬ内に、試験勉強に追われてますけど」

「ほどなるほどなる。ではそんな生徒達を、このシルヴァさんが励ましてこようかね」

「うわ……引く……」






 中央広場と図書館を通り過ぎ、魔法学園の敷地に足を踏み入れる。








「ふっふっふ……何て言って挨拶しようかなあ」

「こんにちはーとかでいいでしょ適当に」


「おはよー! 素敵カッコイイシルヴァ様だよー! ……これだな」

「素敵……?」

「カッコイイ……?」

「うーしカルファー中に入れー。魔法で演出してカッコよく決めるぞー」

「爆破してやろうかこいつ……」






 すうっと大きく息を吸って、




 三段跳びの要領で駆け出していって――






「おはよー! 素敵カッコ「そうして作られたのが、このトレーニング・ルームだっ!!」




「……ぅえ?」

「ん?」






 大勢の生徒、とりわけ男子が多い。その全員がシルヴァを見ている。






(……)




(気まず……!!!)






 来た道に向けて救援の視線を送るが、部下二人は何故か見当たらない。


 ナイトメアに至っては発現を拒否している。








「……よし!! ではこの人に実践してもらいながら、解説をしていくぞ!!」

「え? 何が???」




 演説していたぴっちりシャツのムキムキ野郎――ダレンに服を掴まれ、




 そのまま近くにあった、白い壁の建物にぶち込まれる。








「何だこの……あっつ!? 蒸し暑!?」



 そこは八メートル四方の真っ白い部屋で、


 中には見たことのない道具が一定の間隔を空けて設置されている。



「これがベンチプレス、これがチャリオットブラスター、そしてこれが大行進マッスルキングダム!!!」

「意味わかんないなあ最後のは特に!!!」



 すると、隙を突かれたシルヴァは――


 よりにもよってマッスルキングダムの上に乗せられ――



「魔力回路解放!」

「えっ、ちょっまっ足が勝手にーーーー!!!」






 しかも謎魔術で連動されて、腕も勝手に動かされるから質が悪い。






「ふん! ふん!! 今ブーツにスラックスなんだけど身体動かす服じゃないんだけど!!」

<がんばれ☆


「もーーーー!!! カルファのばかーーーーー!!!」











「とまあこのように、好きな道具で好きな部位を鍛えることができるぞ!」

「ダレン先輩、奥にある水の入った物体は?」

「よくぞ聞いてくれた! あれは純水と魔力結晶を自動で配合し、疲れた身体に適切な水分を提供してくれる魔法具だ!!!」

「つまりこの部屋にいれば、筋トレと休憩が同時にできると!!」

「その通り!!」




 アーサーとエリスを始めとした、課外活動を問わない大勢の生徒が、ダレンの一挙一動に注目している。




「早速使っていくかい!?」

「アデル、やりまーす!!」


「折角だからやっていこうか。メルセデスはどうだ?」

「え゛っ何でアタシに振るのルドベック」

「負荷は自由に調整できるから、女子でも気軽に使ってくれよな!!」

「アタシもやってみることにするぜー!」


「……ハイ。イキマスヨォ……」

「異様に汗臭い空間」




 マレウスの言う通りだった。ただでさえ閉め切っていた所に、多汗な生物が大勢詰めかけたら、予想はつく。






「……アーサーはどうするの?」

「先輩と話をして……それからオレも筋トレをやってみるかな」

「そうなんだ……」


「……後ろ向きだな」

「だってぇ熱くて臭いんだもん……室温調節ができるカフェの方がましだよぉ……」




 そんなエリスとアーサーに、話しかけてくる魔術師が二人。






「あのー、ちょっといいかな?」

「はい?」

「エリス……だよね? あたしだよ、カベルネ。覚えてる?」

「んー……アザーリア先輩と一緒にお会いした記憶があります」

「そうそうその時のだ。因みに私はティナだぞ、覚えていてくれたかな」

「もちろんですよ」


「そっちのボーイは初対面だねえ。まあいいけど。ていうかボーイさんよ、中に入るって言ったよね。それならついでにシルヴァ様を連れ戻してきてほしいんだわ」

「シルヴァ様?」

「先程の乱入者か」

「否定できない言い方をされたな」

「否定できない行動するのが悪いよ」




 そのシルヴァがくたびれて大息を吐く音が、室内から漏れ出ている。




「あの人がスコーティオ家の……?」

「そうなんだよ。でも人間性がさ、めっちゃフリーダムでテキトーなんだよ。今回も生徒達にサプライズ仕掛けようとした結果この惨状」

「身分とかは気になさらない方だから、解放しただけで許されると思うが……まあとにかく救出してきてくれ」

「やってみましょう」











 室内ではもう既に、幾つかの道具で順番待ちが発生してしまうほどの大盛況。歓喜にも似た悲鳴を上げながら、それぞれ身体をしごき倒している。






 一番奥にある長椅子には、回収されたシルヴァが横たわられている。一方のカルファは主君と対照的に、やっと発現してきては道具の数々を興味深そうに眺めている。








「んどばっしゃあ……」

「お兄さんどうでしたか!! マッスルキングダムの感想は!!」

「し、しばら、食べ歩き、しかして、ない身体、には、堪えるよぉぉぉぉ~~~~っ」




 渡された水を瞬く間に飲み干す。それは汗となってすぐに溢れ出ている。




「ははは、いい気味だ。ちょっとはいい刺激になったんじゃねーのか?」

「ちょっとどころじゃねえよぉんカルファァン!!」


「なあなあ、この部屋って生徒が主体になって作ったのか?」

「そうだな。一応チャールズさんとかアビゲイルさんとか、その他にも魔術師の方々に指導してもらったが、発案者は俺になるのかな?」

「へぇ……すげえな! おれ、きょーみ湧いてきたよ!」

「むっちゃノリノリじゃないのぉ~~~カルファ~~~~ァン」




 アーサーが合流したのは、そんな盛り上がっているタイミング。




「ダレン先輩、お疲れ様です」

「おおアーサー! お前も来てくれたんだな! 俺は嬉しいぞ!」

「偶々来ようって思った日が今日だったんですけどね。でも結果として、新しい活動の幕開けを見ることができました」

「そこまで言ってくれて嬉しいぞ俺は~~!!」

「ふふ……」

「ワンワン!!」




 お使いを思い出せ、と言わんばかりにカヴァスが吠える。




「ん、ああそうだ……そこの方、お連れの方が待っているようですので、解放してほしいなあと」

「というかそもそも私を拘束する意味あった? ねえ?」

「いきなり乱入されてふざけるなと思ったんで、勢いでやりました! てへっ!」

「可愛くないてへぇだ~~~~っ……んじゃあもう帰っていいよね? ね?」


「まっするなんちゃら? ってやつ持って帰っちゃだめか?」

「一応武術部の備品ってことで通しているからな……」

「え~……あ、そうか! 次から散歩コースにここを入れればいいんだ!」

「ちゃんと声をかけてくれるのなら、部外者の使用も歓迎するぞ! 生徒が多い場合は待ってもらうことになるかもしれないけどな!」

「よっしゃあ! げんち取ったり! そういうことだからな!」

「あーあーあーあー今のは聞いていないぞ何も知らないぞ私はー」




 耳に手を押し当て、わーわー声を出しながら外に出ていく。




 そしてシルヴァとカルファは外の二人と合流した。






「……くっさ!! 臭すぎます!!」

「汗に濡れて素敵なお顔が台無しですわ」

「いいねえティナちゃん後でお駄賃を上げよう。とにかく撤収!!」

「はいはい……じゃああたし達行くね。また会う日までエリスー」

「さようならー」











 手を振って別れた後、エリスが開けっ放しの窓に近付いてくる。


 恐らく自分に用があるだろうと、アーサーもまた近付く。




「ああ、臭い……通気性良くしてこれかあ」

「様々な生徒の臭いが混じっているから、独特なものになっているのだろうな。まあ我慢できなくはないぞオレは」

「俺は特に感じないんだがなあ。それにほら、汗の臭いをむんむんさせてこその筋トレだし!」



 はっはっはと笑ってみせる二人。それを前にして真顔になるエリス。



「……チクろう」

「「えっ」」


「これは由々しき事態です。くっさい臭いを蔓延させておくなんて、特に女子生徒が知ったらどうなるか……だからアザーリア先輩にチクっておきますね」




「というわけで、ばいばいアーサー!」




 手を振って、お辞儀をしてから、笑顔で駆け出すエリス。








「……不味いぞアーサー。アザーリアが来たら、ルサールカとの合成魔法で建物ごと吹き飛ばされるかもしれん!!」

「なっ!?」


「至急対策を講じるぞ! リグレイ、消臭の魔法をその犬に教えてやれ!」

「カヴァスです! そういえば名前教えていませんでしたね!」

「カヴァスか! カヴァスに教えてやれ!」


「その魔法って、オレにも使えますか!」

「ああ大丈夫だ! 二種類の系統に渡る魔法だから少しコツがいるが、まあ俺の動きを見て真似ろ!」

「それならできます! お願いします!」

「お願いされたぞ!」






「……」

「……ワッホーン」






 一度全員の使用を止めるという発想には、どうやら至らなかったらしい。

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