第403話 トゥーべリーの町

「……そうだったのか」

「うん……びっくりしちゃって、つい逃げ出しちゃった」






 街に到着した時の一部始終を、アーサーに話したエリス。彼もまた落ち着いてそれを受け入れてくれた。






「……気にするな。そいつらはエリスのことを知っているわけじゃないんだ。お前個人を特定して貶めようとしたんじゃない」

「そう……だよね。うん。よく考えたらそうだってわかるはずなのに……」


「……自分でもそう思い当たっているってことだろ?」

「……」




「もう一度言うけど、気にしちゃ駄目だ。あれは自分でも原因がわかっていないのに……それを自分のせいだなんて、思い込んじゃいけない」






 手をそっと触れながら、言い聞かせるように諭すアーサー。






「そうだね……うん、気を付ける。すぐにはできそうにはないけど……」

「少しずつでいいんだ。何か思うことがあったら周囲に話してくれればいいんだし」


「……アーサーも」

「ん?」

「アーサーも、同じだからね?」






 身体が冷えていく。






「え……あ、ああ。そうだな」

「そうだよ。アーサーも何かあったら周囲に相談するんだよ。アーサーだって他の人間と変わりないんだから……」

「……」






 相談。



 相談、できたら。



 どれだけ気楽だろうか。



 自分が悪に仕えるべく生まれた兵器であると。






「……肝に銘じておくよ」

「うん……わっ」

「……着いたか」











 そんな話をしていた二人がいるのは、リネスの町から出ていた馬車。数日かけて乗り継いで行き、今乗っている馬車の到着地が目的の場所だ。






「ありがとうございましたー」

「……凄いな」








 トゥーベリーは花と木が咲き乱れる、実に穏やかな雰囲気の町であった。来客を花のアーチが出迎え、そのまま花に囲まれ歩いていく。




「クラリア達はあっちだね」

「合流してから荷物下ろしてもらうの手伝うか」

「そうしよっか」






 こうして荷物を抱えて歩き、エリス達は――




「皆さん!! お待ちしておりましたー!!!」




 兎耳の女性に熱烈に歓迎された。








「……レイチェルさん。お久しぶりです」

「久しぶりだぜー!!」

「久しぶりですねっ!!」


「あまりにもどたどた来るもんだから引いていますよ皆」

「ひゃいっ!? 申し訳ありまへぶっ!!」

「……挙式を前にしてテンション上がりすぎじゃないですかね?」




 やれやれと肩を竦めるクラヴィル、レイチェルが頭を抱えてふええ状態な所にクライヴもやってきた。




「皆様、今日はこの素晴らしい晴れの日にお越し頂きありがとうございます……」

「畏まらなくていいですよー! 私達所詮は学生ですもん!!」

「いえいえ、学生以前にお客様ですから。もてなすのは当然です」

「何かお菓子あるのか!?」

「クラリアは鼻が鋭いなあ。先ずは皆様お茶でもどうぞということでね。既に用意してあるんだ」

「やったぜー!!」




 ばっと背後を振り返るクラリア。鼻だけでなく目も鋭いので異変に気付いた。




「あれ……サラは? どこ行ったんだ?」

「ありっ、確かにいないわ。さらっといなくなったなーサラだけになー!!! いでぇっ!!!」

「呼んでくるか?」

「いや……アタシが探すぜ。アタシはここに何回か来たことあるから、地形も把握しているしな。皆は先にお茶飲んでてくれ!」


「おお、昔のクラリアだったら頼んだぜー! とか言って真っ先に駆け込むはずなのに……成長したなあ!」

「アタシは成長する生き物なんだぜー!!」




 そして走り去っていくのであった。






「ではご案内しますね。今から案内する館はロズウェリ家とその近親者が住まう別荘なんですけど、結構広いので……」

「私一日三回は迷ってますからね!!!」

「自慢げに言うことではないですレイチェル様」

「あはは……」











      お母さん



      お母さん!






「ん……何かしら?」


      お母さんにお手紙よ!


「あら、王宮の方?」


      違うよ。トゥーベリーって書いてある。


「まあ。お礼の手紙ね……ふふ」


      お母さん何かしたの?


「ええ。前ペスタの町に行ったら、丁度そこの偉い方が来ていてね。あまりにも肩を落としていたようだからお話を聞いたのだけど、町が殺風景だから何か飾り付けたくて、それで世界中を回っているってお話だったの」




      わかった!

      お母さんが花を咲かせてあげたのね。




「正確には、花を咲かせる方法を教えてあげたの。この温室で育つ花のように、元気になりますようにって。いつかあなたと一緒に行ってみたいわ……」




      うん!

      お母さんがお手伝いした町、

      ワタシも見てみたい!




「そうね……きっとあなたは喜んでくれるわよ、サラ」











「……」






 確かにその言葉の通りだ。



 ここの花々は全て、嬉しそうに咲き誇っている。



 大地に根差し、風に揺蕩う様を楽しんでいるのだ。



 昔自分が見ていた花々――






「おう嬢ちゃん、観光かい?」

「……っ。びっくりさせないで」


「悪い悪い。んでも、熱心にこの花畑を見ているようだったからさあ」

「……綺麗に手入れされているわね」


「そりゃあそうさ! サリア様の言う通り、我々はずっと手入れを続けている。花達と語り合うようになぁ……」

「……」






 中年の男性が朗らかに去って行った後に、クラリアがやってきた。






「サラー! 街中まで出ていたのかー!」

「あら……臭いを辿ってきたの」

「そうだぜ! サラは花のようないい匂いがするからなー! アタシすぐわかったぜ!」

「あのねえ……そういうことをさり気なく言うのやめてよ」

「何だ! 悪いことなのか!」

「恥ずかしいって意味よ……ったく」




 それだけ嬉しいという意味でもある。




「……ねえ。この町って、昔はこんな感じじゃなかったでしょ?」

「ん? んー……確かに昔は石や岩だらけだったらしうぜ! こんなに花が綺麗になったのは結構最近のことだったと思うぞ!」




 石や岩繋がりで砂漠に来た。理由は草木が育たないから。


 そんな状況で、荒野においても緑を芽吹かせる方法があると聞いたら、それは飛びつくというものだ。




「そう……まあそうよね」

「何かすっげー魔術師が花を咲かせるのに貢献したって聞いたことあるぜ! 名前は忘れた!」

「あっそ。でも……ふうん」




 忘れられようとも偉業は残り続ける。


 そうだ、世界が忘れようとも、自分だけは――




「ってー! サラ、観光なら後でできるだろ! 皆からこっそりとはぐれてるんじゃねー!!」

「ああ、それについては謝るわ。ワタシ綺麗な花を見ると思わず突き動かされちゃうの」

「そうか! それなら仕方ないな!」

「本当に仕方ないって思ってるのかしら……まあいいわ、一先ず満足したから行くわよ」

「ロズウェリ家の別荘にご案内だぜー!」








 駆け出していくクラリアに続き、サラも向かおうとするが--






(……っ)






 気になるものを見かけてしまった。




 草花に紛れて見えなくなるような迷彩柄--






(革命軍……)




 サラが苛立ちを含ませながら見ていた彼らは、同様の迷彩柄の天幕の前で、ふんぞり返っている。


 町民と思われる獣人と語気を強めて交渉を続けている。力関係は連中の方が上で、土下座をする獣人を引き笑いと共に踏み付けている。




(それなりに勢力広めてるってことね)


(まあパルズミール地方なら沿岸近いし……デュペナから行くのも楽か「おーーーい!!!」







 再び戻ってきたクラリア、今度はサラの腕を掴んで走り出す。






「全く! 放っておくとサラはどこ行くかわかんねーから、アタシと一緒に来ーい!!」

「ちょ、待ちなさい!! 掴むのは目を瞑るにしても、もっと丁寧になさい!!」

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