第404話 ロズウェリ家の面々

 ……




 ……




 ……








 準備はできたか?


 はっ……何時でも起動できます。


 そうか。






 じゃあ三分後に起動させる。それまで魔力供給体制に入れ。



 そうすれば、こいつが大惨事を引き起こす。



 ここより北は見るも無残な光景が広がることになる……一体どれだけの被害を被ることになるかな?








 ……本当にやるんですか?


 おい、何度も言わせるなよ。死にたいのか?


 ひっ……






 なあ? お前は僕をどう思ってるんだ?


 ……


 言えよ。言わなきゃ殺すぞ。『可哀想な御方』だってなあ?






 ……貴方様はいつもお部屋にいることを強制させられ、自由という物には縁遠い、可哀想な御方です。






 そうだ、そうだ。ククク……






 ……ですので貴方様が好きなようにされることは、全ての民が望むことなのです。貴方様が生き生きと活動される様を、皆望まれているのです。






 そうだ、そうだ! ハハハ……!!!
















「それで、私がにっちもさっちも行かなくておろおろしていた所に……」


「クライヴ様が剣を片手にさーって!!」




 翌日、その翌日になっても、茶会におけるレイチェルの自慢話は止まらない。


 ずっと結婚相手の話を嬉しそうにしている。エリス達もその話に耳を傾けていた。




「貴族同士のお付き合いって、社交界とかそういうのから始まるものだと思ってましたけど……」

「貴族って言っても獣人だからさー。こうして野で遊んで出会うってことも少なくないの!」

「まあ社交界で会っても惚れていたとは思うけどね」

「クライヴ様……」

「お相手の方もこれだからなあ」


「レイチェルさんはアタシが小さい頃からの付き合いなんだぜー!」

「へえ、クラリアも遊んでもらったりとかしてたの?」

「一緒に山に登ったら迷子になったことがあったぜー!」

「その時はこっぴどくコーダが叱ってくれたっけ。懐かしいなあ」




 クライヴの後ろにじっと佇んでいた、メイド服を着た案山子がわさわさ動く。




「ひょうっ。びっくりしたぁ」

「はは、確かに慣れないと驚いちゃうよね」

「でもコーダはとても優しくて気が利くんですよ! 汗掻いたからタオル欲しいって思えば、すぐに取ってきてくれます!」

「え……?」

「魔法でちょいちょい動かすんですよ。この案山子の手に引っかけることは滅多にありません」

「そ、そうか。ですか」


「そういえばレイチェルさんのナイトメアって……確か、一瞬見たことあるんですけど」

「ああー、オークニーのことですね? えいっ!」






 レイチェルが力むと、彼女の背中から守護霊のように、半透明の筋骨隆々な精霊が出てくる。






「相変わらず怖え見た目……」

「便宜上はナイトメアってことになってるんですけど、オークニーはちょっと特殊で。アグネビット家に仕える守護神みたいなものなんです。今も昔もこの姿のまま、ずーっと一族を見守ってくれているんです!」

「てことは……初代オークニーとか三代目オークニーとか、そんな感じっすか?」

「大体合ってます! この子で五十代目ぐらいになるのかな? 忘れました!」

「実家のこと忘れないで貰えますかレイチェル様」




 窘めるクラヴィルの隣で、空を仰いでいたアネッサが欠伸をする。




「にしてもオークニーがあたしらの家族になるって言うんかい。実感沸かないねえ」

「ええと、オークニーからするとアネッサは……旦那の弟、いや妹ってことになるのかな?」

「その点においてナイトメアって面白いですよね。全く似てないのに、主君に釣られて家族関係が成立する」

「精霊の弟が亀って、傍からすると笑い話だがねぇ! はっはっは!」






 クラヴィルやその父のクレヴィルも交えて、晴れ渡る空の元で美味い茶を嗜む。






「あ~お菓子が美味いぜ~!」

「……マジでリーシャ大丈夫か?」

「え!? もうそれ何回も訊かれたよ!? 私バリクソ元気だからね!?」

「元気過ぎて怖いよ……」




 多くの者が勢い良く菓子や茶を食べていく中、丁寧な所作で嗜むヴィクトールとハンス。加えて冷ややかな視線を送っている。




「貴様等。仮にもご一緒しているのはロズウェリ家の方々なのだぞ。もっと礼節を弁えろ」

「でもロズウェリのお嬢様の時点であれだよ?」




 クラリアはこの面々の中では一番激しく、豪快に食している。




「……」

「クラリア。ヴィクトールがお前に対して絶望の視線を投げかけている」


「ん! どうしたヴィクトール! このクラッカーサンド不味かったか! アタシは小さい頃からの大好物なんだぜ!」

「……貴方方は何も思わないのですか」

「言った所で……」

「直せるもんじゃないし?」

「元気なのは良いことだよ」

「私も完全同意!!」




 とは言え寛容すぎではないか、と内心思うヴィクトール。




「クラリス、貴様が唯一の良心だ。しっかりと礼節を教えてやるんだぞ」

「そのつもりだ。そのつもりでやってきたんだが、こう、ばっちりとお嬢様らしくするのもこの子らしくないと思うなど」




        \確かに~/











(……お嬢様らしくするのが違う?)



 サラはメルセデスから聞いた話を思い出していた。





(昔はお嬢様だったって……そういう話……)



 今なら家族もいることだし、詳しい話を聞けるかもしれない。






「……でも昔はお嬢様らしかったって「確かにそんな時期もあったろうさ」



「……え?」






「そうだな! クラリアだって何だかんだ言って女なんだし、そういうのを意識することだってある!」

「しかし何分兄二人だ。影響されて元気に育ったのだろうよ」

「そうだぜー!! アタシは兄貴と父さんの背中を見て育ってきたんだぜー!!」




「「「はっはっはー!!」」」








(……いや、はっはっはーじゃなくてねえ)


(あの兄貴、今食い気味に被せてこなかったか……?)






 クラリア達に釣られた笑い声が拡散していき、サラの言葉は流されていく。








「……本当にねえ。お母様がお亡くなりになられてから、立派に成長したよねぇ……」



 そんなレイチェルの呟きを聞き逃さない。






「……ねえ」

「ひゃいっ!? びっくりしたぁ……」

「謝るわ。だから詳しく教えてくれないかしら。アイツ母親の話なんて一度もしてくれたことないのよ」

「そ、そうですね……とは言ってもお母様は死んでおられますし、辛い記憶でしょうから話さないのも無理はないかも?」

「母親が死んでから性格が変わったって聞いたわ。本当なの?」

「……私が交流するようになってからは、もうあの性格でしたから。本当かどうかはわかりませんけど……」




「……でもクラリアちゃんは、お母様のことが大好きだったって、いつも誇らしげに話してくれました……」






 サラはレイチェルを、団欒の輪から引き剥がし、会場の外にならないギリギリの隅に連れていく。同時に適当な料理もかっさらっていった。






「……よし、続きを話せ」

「圧が強いねサラちゃん……そんなにクラリアちゃんのこと知りたい?」

「いいから話せよ……ったく」

「わかった……」




 レイチェルはチョコタルトを一個口に放り込み続ける。






「さっき言ってた山で迷ってた時、救助を待っている間に話してくれたことがあるんです。お母様の死因について」

「……教えて」


「えっと……パルズミール全体に通達されているのは、魔物の襲撃に遭ったっていうことなんですけど。本当は毒茸を食べてしまって、毒が回ってしまったんだそうです」

「それをアイツが言っていたの?」

「はい、言っていました。その時のクラリアちゃんったら、今にも泣き出しそうで……普段滅多に悲しそうな顔とかしない子だから、こっちまで辛かったのを覚えています」

「アイツが泣きそうな顔……」




 余程辛い記憶なのだろう。それなら人格が変わってしまったという話も納得できる。




「お母様ってどんな方だったの?」

「えっと、お優しくて、時々厳しくて……」

「それもそうだけど、ていうか想像つくし。ワタシが知りたいのは姿よ姿。クラリアに似てたの?」

「ん、そうですね……まあ似てたと思います?」

「何で疑問形なのよ」


「その……何度かロズウェリにあるお屋敷に行ったことがあるんですけど。お母様の肖像画、私見たことないんですよね……」

「……何ですって?」

「変な話ですよね? お爺様とお婆様の肖像画はあるのに、お母様だけぽっくり抜け落ちちゃって。クラリアちゃんが思い出しちゃうから、敢えて外してたって聞きましたけど……」

「そこまでする理由……」








 それを考える前に、




 慌てた様子の獣人の兵士がやってきた。






 思考は元より茶会も騒然、一時中断される。






「クレヴィル様っ……クレヴィル様!!」

「どうした。そんなに慌てて、落ち着いて話しなさい」

「ば、化物が……!! 結婚式は中止です!! 急いでパルズミールの方にっ……!!」








     ぐらり 


           ぐらぐら



      どどどどどどどどどどど








「……へ? 地震?」

「な、何これ……ただの地震じゃなくない?」

「この、心臓を抉ってくる感じ――」





     ド

       ドドド


   ドド          ドド

    どどど   どど


どどどっ     どどお

      どど



     ドドドドド






「え――」






     え




            さ





 は     ら     へ    っ    た











「あ――」




「う、そだ――」
















「げほっ、げほぉ……!!!」



「……皆!! 大丈夫か!?」



「ああ、お陰様で何とか――助かったよ、ユーリスさん!!」






 村長の言葉を皮切りに、次々と家から出てくるアヴァロン村の村人達。




 事が終わったことをようやく実感し、ユーリスは地面にへたれ込んでしまう。






「ああ~……またこんなに魔力使うとは思わなかったよ……」

「でもユーリスさんのお陰で……うっ……!!」


「ど、どうした!?」

「あ、あああ……!」






 腹部を抱えながらしゃがんだ中年の女性は、そのまま地面に向かって何度も咳き込んだ。


 他にも類似の態度を示し、気分を悪くしている村人がいる。




「ああ……君達、風属性だね?」

「おえっ……な、何で、わかって……?」

「僕でも肌に感じているんだ……土属性の魔力が極端に強まっている。相殺関係にある風属性は、そりゃあ気分悪くするさ」




 ふんっ、と唸って立ち上がる。



 周囲の畑や家々、村の全体は一先ず無事。



 しかしそこから先は異様な光景が――




「おいユーリス、立つ元気があるなら魔法陣消すの手伝え……って何だありゃ」

「砂煙だよ」

「砂煙? ……あれが?」


「うん。何か無駄に濃くて壁のように分厚くなってるけど、あれ砂煙。だから魔法陣は消さないでね?」

「ああ……解除しちまうと中に入ってくんのか。じゃあ維持する方向でいかないとな……」








 村の木々よりも高く聳え立つ、砂煙の壁。アヴァロン村は完全に隔離されたように思える。天辺にある空だけが水色に色付いて見えていた。








「あなた、ホットミルクよ。一先ずお疲れ様」

「エリシアは本当に気が利くなあ。で……今の話聞いてたりした?」

「……ほんのりと聞こえてきました。魔法陣を維持するんですよね?」

「僕は暫く魔力空っぽだから、エリシア頼んだよ……うん。エリシアなら十分だ……」


「気にしないであなた。私の持つ力がこのような場で役立つなら、それこそ本望だから」

「そっか……うん。それならお願い……」

「ええ、任せて頂戴」

「俺とクロも手伝うから頑張っぞー」






 のっそりと広場の方に行くエリシアとジョージ。直後にクロがやってきて、ユーリスの肩に乗る。






「何処行ってたんだよ君はぁ」

「ご近所さんの見回りに行ってたんだにゃー。クロがちょいちょい魔力を供給して、何とか落ち着いてもらったにゃ」

「それはサンキューベリーマッチョォ。うーん、そっちの方も何とかしないといけないかぁ……」




「……」






 クロの温もりを感じながら目を閉じる。



 瞼の裏に焼き付いているは、魔法陣を発動させた一瞬だけ見えたそれの姿。



 朝方にそれの気配を察知して、村長達に連絡。急ぎ魔法陣を展開し、防御することによって其れからの被害を逃れたのだが――








「……腕、足、更に腹部から突き出た六本脚」




「その腹部は人間のそれ。当然衣は纏っていない。命を育む性特有の、豊満な身体付き――そして顔」




「常に上を向いていて、逆さの姿で対峙する。ぎらぎらした目には知性はなく、だらだら開いた口から涎が零れる」




「力を求めて餌を喰らう、獰猛な蜘蛛そのものだ――」
















 そうユーリスが形容したそれが、




 今はトゥーベリーの町にいた。











『――がああああああ


         ああああああああああああ……』









餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌その場にいた誰もが怯えて固まる。



茶会は中断、市井は騒然。崩れた街並みが遠目に移る。餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌



餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌

圧倒的な力の差。逃れられない弱肉強食の現実。



許されるのは弱者としての行為だけ――餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌餌力餌餌餌餌餌餌餌








……力?






力!!!!!!!!!!!!!!!!!!








『ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!』

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