第547話 アーサーの確信

 午後四時ぐらいに外出組は島に戻ってきて、待機組と互いに情報を共有した。手土産にと交渉したアヒージョの鍋と共に。






「んめ~」

「うま~」

「はふはふっ」

「割とてんこ盛りねこれ。はふっ」

「……むぐ、むぐっ」



 島に待機していた五人は喜んでアヒージョをつつく。暑さで汗が零れるのも気にしない。洞の中には夕日が差し込む。



「やっぱりお持ち帰りやってたんじゃ~ん」

「今回だけ特別ってことだ。気に入ったなら次は店に行ってくれ」

「あ~い」


「ふー、腹いっぱい。おれ、満足」

「でもこの鍋ってどうするのかな」

「魔力で作ってもらっているから、ちょっと弄れば直ぐ大気に溶けるぞ」

「便利~」


「あたし達もそういうのできるかな」

「単属性の魔力を固めるなら恐らく可能だろう。ただ、かなり高度な技術を用いないといけない」

「腹式呼吸とかか!」





 熱い料理に汗を流している後ろで、アーサー達は復元してもらった日記をぱらぱら捲る。





「まさか呪文が四つも発見されるとはな……」

「しかもそれなりに有用だったとか。一応メモっとこうぜ」

「……ん」




 ふと捲った頁に、アーサーは気になる文章を見つける。


 そこには青い酒の名称が登場していたのだ。




「チダニー会摘発事件……」






「あーそれ? ちょっと時間あったからさ、図書館にちゃちゃっと行って調べてきたんだ」

「情報出たのか?」

「出たよ、そこはやっぱり王立図書館。帝国暦1036年にユディの町であった事件で、青い酒の製造販売に関与していたチダニー会って組織が、ウィーエルの異種族合同軍によって摘発されて、壊滅したんだって」

「ほう……」


「それ以降はユディの町で青い酒が出回ることはなくなったそうだよ。最も完全な壊滅じゃなくって撤退しただけってのは、アーサー達が話してくれた通りだけどね」

「世界中に勢力拡大してっからなあ。ウィーエル如き潰れても何のそのなんだろうな」

「……」




 もう片方の復元した日記も取り出して、両者を読み比べる。




「……先に復元した方が一年から四年。後で復元した方が五年から七年。魔法学園に通っている間の日記……」

「そうだよー」

「むぅ……」






「何だアーサー、思う所あっか?」

「ああ……この日記の主、どうにも農業に対して殺意を抱きすぎだ」




 やや強めにそう言い放つ。




 アヒージョの隣に移動し、油の飛び跳ねに注意しつつ全員に見えるようにする。




「特に見てみろ、この文章――『農業なんてマジでクソ。もっと言うなら、そんなことして食料を生産しないといけない人間異種族、その他多数の有機生命体全部がクソ』――だと。ここまで断言するだなんて」




 有り得ない、という単語は口にこそしなかったが、目にはそんな意図が読み取れる。






「まああれじゃない? 実家継ぐのが嫌すぎたんじゃない? 親を憎むあまり農業も憎むようになったとか」

「ボクもそれだと思うなあ。だって現に経済とか経営とか大っ嫌いだもん」

「その割には進んで授業取ったよな」

「嫌いということと知識があるということは別もんなんですぅー」

「そういうものか」


「そういうもんだよ。ていうかアーサー、オマエが今やや怒りっぽく抗議の意を示したのがちょっと衝撃だったわ」

「……ん?」




 大真面目に一瞬、何を言ってるのかわからなかった。




「身も心も農業に毒されてきたんでねえの~?」

「……ああ。確かにそうかもしれない」

「まさか昔はこうなるとは予想してなかったっしょ」

「本当だよ」

「ふふふ……」

「……はあ」




 今度のアーサーは安堵するような笑みを浮かべる。






「お前達も知っているだろ、エリスの父さん」

「ユーリスさんだっけ。苺農家の」

「ああ、あの雷野郎……」

「根に持ちすぎじゃないのハンス?」


「正直、オレはあの人がこの日記の持ち主じゃないかと思っていてな。だってあの人が住んでいる家の倉庫から出てきたんだから」

「一理あるわね」

「でも確信した……この日記はあの人が書いた物じゃない。あれだけ農業に励んでいる人が、農業を貶めるようなことを思うはずがない」




 数える程ではあるが、アーサー以外の八人も一度ユーリスと会ったことがある身。


 自然とアーサーの言うことが真実であると、そう思えてきた。




「……んでも、じゃあ何でエリスの家の倉庫から出てきたんだろ」

「昔の住人が埋めていったのが、そのままにされてあったんじゃないかなと思う」

「そういう感じかぁ」




「鍋、すっからかん。アヒージョ、お終い」

「ごちそうさまでした~♪」

「今日は色々な物食べたわね……夕食食べられるかしら」

「最悪カフェで何かしら買って食おうぜ」

「もしくは部屋で作るかだね」















 こうして復元作業を終え、双華の塔に戻っていく九人。



 しかし今日の最後に、また一つイベントが待ち構えていた。






「じゃーん!」

「おはばんはー!」



 と、塔に続く道の途中で出迎えてくれたのは、エリスとギネヴィア。






「おはばんは、エリス。今日は楽しかったか?」

「うん! とっても!」





 ふぁーーーと意味不明な叫びをするイザークとリーシャをよそに、エリスは提げていた袋を漁る。





「何が入ってるんだ?」

「えっへへー、これだよ!」



 出して見せたのは苺のババロアであった。小さな器によそわれて、ぷるるんと固まっている。



「ギネヴィアと作ったの! 苺余っていたから!」

「エリスちゃんと美味しく仕上げました! わたしたちの分はちゃんと食べたのでご安心を!」

「どうぞどうぞー!」



 九人分のババロアをそれぞれ袋から出して配って回るエリス。






「うーんエリスのお手製スイーツなんて私嬉しいぞぉ! けど、何でこんな所で……」

「だって……みんなどこに行ったのかもいつ帰ってくるのかも、ぜーんぜんわからなかったんだもん!」

「そういうことです……」



 次はちゃんと教えてね、と目線だけでアーサーに伝えるギネヴィア。



「……今日はありがとう。わたしの為に気遣ってくれて……」

「ううーんー! エリスも偶にはさ、思いっ切り甘えることも必要だしね!」

「そんなこと言ったらリーシャだって……」

「私はまだ大丈夫だし!? 実家で散々甘えてきたから!?」

「そうなの~?」


「ギネヴィア、後でタピオカ奢ってやるよ」

「!!!」

「ん? 珍しいねアーサーが」

「何となくそんな気分になったんだ」








 こうして手に持ったババロアを適度に人目から隠しつつ、それぞれの居室に戻っていったのであった。

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