第442話 フラワーナイトフライデー・後編

「ほれクオーク!! 食べな!! マルベリージャムのパイだよ!!」

「……どうも」

「そしてこれはフィッシュアンドチップスのチップス五割増量!!」

「あー……どうも」

「私があーんしてあげようか?」

「いや自分で食えるんで……」






 食堂の片隅に拘束され、手厚いもてなしを受けるクオーク。



 モニカが給仕に着き、料理を持ってくるガゼルとシャゼムはエプロンを着て、すっかり料理人の格好である。






「何か悪いな……俺ばっかり」

「地下牢に投獄されてたのにそんなことは言いっこなしよぉー!!! 精力つけなさいっ!!!」

「あとこれはバイト代貰ってるから!! 金貰ってた所に丁度お前が来たってだけだ!!」

「はぁ、そっすか……」



 やめてくれよ、という雰囲気を出していても結局は嬉しかったりする。



「失礼しますぅ」

「あ、ミーガン先生にヘルマンせんせ……い?」


「うげええええええ……」

「酒を飲み過ぎてしまったようでぇ。何か落ち着ける物を作っていただけたらなぁと」

「あいよーかしこまりー!!!」











 月がぽっかり浮かび上がってくる頃になっても、まだ塔の光は消えはしない。寧ろここからだとでも言うように、益々強く輝いていく。






「アザーリアああああああ!!! あはははははー!!!」

「ダレンー!!! おーっほっほっほっほー!!!」

「……はち合ったらすぐこれかいな」




 ラディウスが抱き合う二人を横目に見ていると、同じ演劇部の仲間がやってくる。マイケルとマチルダだ。





「よーうラディウス! 今暇かい!?」

「藪から棒に何だよ」

「明日の打ち合わせでもしねーかなーって!」

「詳しく」



「要はスタートダッシュをどう切るかということで……ごにょにょ……」

「貴方にも協力してほしくてね……ごにょにょーん……」



「……はいはい。そういうね。あの二人に話は付けた?」

「まだこれからだけど、四年もやってきたからわかるよ。あの二人はこちらの都合に大体合わせてくれる!」

「確かになぁ!」






 そこに、盛り上がっている所済まないが、と生徒が話しかけてくる。






「おおー、君は確かアストレアさん!」

「ああ、私の名前を覚えてくれて「演劇部入部の意思表明ですかっ!?」


「い、いやそうではなくてな……」

「マイケルゥ、急に迫ってくるからドン引きしてるじゃないかぁ」

「実はエレナージュにいた頃に、君の噂を聞いていてな。演劇部の中で優れた生徒がいると」

「優れた? 狂人の間違いでは?」

「ええと、仮にそうなるとその中に君も入っているのだが……」

「まあ僕は兄貴がクズ野郎だからなぁ! とっくに狂ってるわ!」

「……」






\こぉーれがグレイスウィル魔法学園よぉー!!!/






「……来たな本命」

「リリアン吹っ切れてるねぇ」

「まあな……」











 フルーツポンチを並々注いだ深皿、ブロッコリーしか残ってないサラダ、バジルの芳醇な香り纏うチキン。



 それらを食い、食われるようにしてリリアンがやってきた。横にはユージオとフォルスを侍らせている。






「わー英雄系小説あるあるの男二人を家来に持つ悪役……」

「誰が悪役だってぇ!?」

「思ったことを述べたまでです」


「……」

「……フォルス。君はその、何時如何なる時でも私を見つめてくるな……」

「リリアンの話をもっと聞きたいんだとよ。全く、何でここで詰まっちゃうかなぁ」



 ユージオはフォルスの背中をばぁんと叩く。流石に若干よろめいた。



「ぐっ……ま、まあ、そういうことだ」

「それなら私自身が話してあげるのになぁー!?」

「お前絶対照れて話さないこととかあるだろ。こいつが知りたいのはそういうことだ」

「なら私は喜んで話すぞ」

「アアアアアアアストレアーーーーー!!!」





 乱舞するリリアンを尻目に、ふと視線を背けたら、




 そこにあったのは熱々チキンの山――





「……相変わらずだなお前!!! アザーリア!!!」

「うふふ、五十人前ですわっ! ログレスにいた頃は節約で存分に食べられなかったんですもの、ここでたらふく食べますわよー!!!」

「因みにダレンのも入ってるのかこれ」


「俺のはこっち。ていうかお前らも食えよ。中にチーズが挟んであってな、ジュワーってなったらのびーんよ!!」

「へー美味そう。頂戴頂戴」

「はいよはいよー!」

「いただきうまー!!!」











「先生ー!! アタシお代わりだー!!」

「俺もだニース先生ー!!」

「……ふぅ。俺はもういいかな……」

「何だよルドベックケチ臭えなー!!」

「お前と違ってあまり暴れなかったからな、アデル」

「じゃあメーチェもお腹いっ……!」

「メーチェの分も追加で頼むな!! ヒレカツ!!」

「……」





 カフェのスペースは現在武術部が独占し、特にがっつり食べる生徒が多く詰めかけていた。



 クラリアも久々に学園で食べる食事に、味以外にも満足しながら、出される料理を平らげていく。





「……んぐっ……うう……!!」

「何だメーチェ。苦しいなら俺が食うぞ」

「だ、べ、そんなっ……」

「こうして振り回されることに喜びを感じているのだよ」

「はぁ?」

「つまりマゾヒストということだな」

「五月蠅えんだよお前はよぉ!!!」



 叩き付られる前に撤収していったマリウス。それが意味する所を知って、ふっと笑うルドベック。



「お代わりだぜー!!」

「お代わりですー!!」

「はいはい。ふふ、相変わらずよくお食べになりますね」

「普段の光景が戻ってきて安心するばかりだ……」


「そうそう……っと、君はヴィクトールにマイクじゃないか」

「お邪魔してますだ!」






 続いて来たヒレカツを平らげた後に、クラリアは二人の存在に気付いた。




「ヴィクトール!! お前、いっぱい食ったか!!」

「ああ。俺はここに三年もの間通ってきたわけだが、初めて知ったよ。魔法学園の食事は質が高い」

「そりゃあ生徒達に頑張ってもらいたいからね。ふふ、食堂の料理人を舐めるんじゃないよ」

「没落貴族専属の料理人よりも腕がいい……俺も貰おうか、そのヒレカツとやらを」

「はーい、かしこまりましてぇ」




「アデル! お元気だですか!」

「んがんが……!! ああ、オレはぴっちぴちで元気だ!!」

「アデルがいない間、おらがばっちり皆を守っていただです! だから安心してほしいだです!」

「知ってるよ!! オレの友達皆して、お前が如何に素晴らしいかを語ってくれたからな!!」

「えっ……」


「そういうとこで素に戻るのマイク君らしい~☆」

「あっ、ああっ……!」

「褒められ慣れていないのか? まあいい、今後慣れていけばいいからな。マイク、お前は凄いぞ」

「ルド君そういうとこ~!!!」






 またしても、閉め切っていた扉がチリンチリンと開く。






「お疲れ様ですー!!」

「その声はサネット!! 楽しんでるか!!」

「はい!! 大絶賛!!」

「やっぱりここにいたのね」




 サネットを横に通り過ぎ、サラはクラリアとヴィクトールに声をかける。




「サラー!! サラー!! サラァー!!!」

「喜び過ぎよアナタ……あら、結構美味そうな物食べてるのね」

「肉だぞ肉!! ジューシーだ!!」

「へぇ……でもワタシ、ホットドッグでお腹いっぱいになっちゃった」

「それは残念だぜ!!!」

「よかったら今後のメニューに追加してもらえるように手配しようか」

「頼むぜー!!」




「……ヴィクトール、アナタ随分苦しそうだけど」

「うぅ……ふう。勢いで頼んだはいいが、やはり油物は来る物がある……」

「中年かよ」

「……」


「まあいいわ。ねえ、満腹なら外を散歩しない? 実はさっきイザークとかを見かけてね、今から絡みに行こうとしていたのよ」

「そうか……なら乗るとしようか」

「アタシも行くぜー!! ヴィル兄に片付けを頼みたいぜー!!」

「任せられたー!! 行っておいで!!」

「行こうぜー!!」




     どたどたどたどた




「……ああ、この感覚! やっぱりしっくりくるわね!」

「ふっ……俺もだよ。当初は煩わしく思っていたのにな。慣れとは恐ろしい」
















「……」

「……」


「……お前らー? 渋い顔するなよー!?」

「そういう君が一番渋い顔してませんかねえ」





 パーシーとノーラが今何をしているかと言うと、サンドイッチを食している。



 何のサンドイッチかと言うと、マーマイトを塗りたくったパンにベーコンレタストマトを挟んだ美味しい美味しい隠し味入りの……というのはパーシーの弁。



 折角なので兵器ではなく生まれ持った本来の使命を全うさせてあげようという話になって、こうなった。





「……」

「何だい何だいカルゥ~? 興味津々じゃないんか~?」

「……食わんぞ。絶対にな」

「あはは……」




 リーシャとカタリナも巻き込まれ、ちびちびデザートを嗜みながら、他の生徒が巻き込まれていく様を見守る。




 そしてその裏で、隠れるようにしてこそこそと機会を窺う生徒が一人。






「……」

「何固まってるんですかネヴィル君」

「ひゃいっ!? み、ミーナさん……」


「もう。臆することなくアタックすればいいじゃないですかぁ」

「それができれば苦労しませんよ!! 僕はリーシャさんが気分を害さないようにしっかりチャンスを窺ってですねえ……!!」




 するとリーシャがカタリナを伴い立ち上がり、


 ネヴィルが息を潜めている方に歩いてくる――




「ほら、そうこうしてたらチャンスの方から来ましたよ」

「ウワアアアアアアリーシャさんっ!!!」





 やけになって飛び出し、手を突き出す。



 リーシャはその手を――





 掴まずに、後ろにいる友人達の元に向かった。






「……」


「脇目も振ってくれませんでしたね」

「ちくしょー!!!」











 脇目も振らずにリーシャが駆け出して行ったのは、塔を出てすぐの入り口。




 他の友人達がいるのを見つけて、急いで来たのだ。






「おはよ! 皆集まったね!」

「今は夜だが」

「えーそんな突っ込みはヤボよぉ!!」

「何か、必ずおはようって挨拶する奴いるわよね」

「だってぇーこんにちはもこんばんはも何か違うもん! 友達にする挨拶としてー!!」

「わかんねぇなあ……」






 最初ハンスがイザークとルシュドを連れて、外で何となく屯っていたのをサラが見つけ、クラリアとヴィクトールを誘い、そこをリーシャとカタリナが見つけたことになる。






「ちょっとーリーシャン聞きましたぁーん?」

「何がぁーん?」

「ルシュドさんコレがいるんですってよぉー?」

「ああーんコレがぁ……コレがぁ!!! おめでと!!!」

「あ、あああああ……へへへ……」



 喜びつつ照れる姿を見て、カタリナは微笑みながらドリンクの残りを啜る。



「ふふ……リーシャもいつかこうなるのかな」

「え? 何の話?」

「だって、カル先輩……だっけ。仲良いよね」

「え゛っ!?」


「おっとぉぉぉ~~~!?」

「いやいやいや!!! あれは単に面倒見てもらってるだけだし!? その気は一切ないから!? 多分先輩だってそう思ってるよ!?」




 大きく両手を振るリーシャ。その一方で、そういう話題に興味のない面々は冬空を見上げている。




「……星が綺麗だな」

「ええ、本当。最近空を見上げてなかったってのもあるでしょうけど……」

「空気がひんやりして気持ちいいぜー!!」

「まあ中が暑かったからなあ」



 気が付くと全員揃って星を眺めていた。








「……エリス。何処にいるんだか知らねえけど、アイツもこの空を眺めてるのかなぁ」

「きっとそうなんじゃないかしら……ええ、そうだと信じましょう」

「先にアーサーを助けてからエリスも迎えに行くわけだけど……正直、どうなるんだろうね。エリスの方を先にすればよかったとか、あるかもしれないね」

「――いや。きっとアーサーを先に助けないと、エリスは助けられない」




 そう言ったのは意外にもハンス。そしてヴィクトールとサラに視線を送った。




「……そうだな。何せ彼奴は最もエリスに近い存在だ。何かしら知ってはいるだろう」

「行きそうな場所とかね」




 騎士王たる存在がそれを知らないわけがない――


 その考えに至った時、漠然とした不安が二人を襲う。




 騎士王たる存在を解放した時、一体何が起こるのか--






「……どうしたの? 割と深刻そうな表情して?」

「いや……ああ。胃もたれがしてきたかな」

「おっとぉそれは深刻だぁ」

「なら……そろそろ部屋に戻ろうか?」

「アタシはもうちょい食ってから行くぜ!」

「私もお菓子仕入れてからかーえろっと!」


「……ぼくもう寝るかな。ルシュドは? あの子ともうちょっといちゃいちゃ?」

「う……うん」

「そんな悪く思うことじゃねーどぉ!! んじゃあそういうことだ!! 行こうか!!」


「「「おおおー!!!」」」






 こうして戦意を高揚させていく生徒達。決戦の日まで、あと大体およそ一日だ――
















 ……ははは



 もう何日経ったんだろうな



 わからない……わからないよ



 時間も、痛みも……存在する理由も






 ……駄目だよな?



 主君も守れない、騎士なんて



 人に危害を加える、破壊と殺戮の兵器なんて



 存在していい――わけがない――








「違う」






「--あんたは消えてはならない」








 ……






 ……来ると思っていたよ






「あんたがいないと彼女は悲しむ……」




「本当に二度と這い上がれない、奈落の牢獄に幽閉されてしまう」




 もうされているんじゃないのか?




「……」








 ……なあ。前に言ったよな。




 オレはあんたが手に入れられなかったものを手に入れている最中だって……




 あんたの目から見て、オレはそれを手に入れられたか?






「……」






 手に入れられなかったんだろう?




 手に入れられなかったから、オレはこうなった。




 今から手に入れようと望んでも、それは叶わない。




 だったらもう終わりにするしかないんだ……








「違う--違う! 勝手に終わらせるな!」




「あんたは絶対にそれを手に入れられる--オレが手に入れられなかったものの幾つかは! 既にあんたの周囲には溢れているからだ……!」




「だから最も重要なそれを--意地でもそれを手に入れてもらって、彼女を救出してくれ……!」

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