第314話 こういう世界

<午後一時 演習区>




「サラ様のドキドキ魔法陣クッキングー」

「助手のクラリアだぜー!! ところで助手ってなんだー!?」


「先ずこちらに光の神誓呪文を刷り込ませた触媒を準備しまーす」

幻想曲と共に有り、ニブリス高潔たる光の神よ・シュセだぜー!! ニブの所を強調するといい感じになるぜー!!」


「でもってこれを地面に向けて呪文を唱えまーす」

「予め唱えておいたのがこちらになるぜー!!」


「今回は三つ程用意しましたー。今は魔力が空っぽなので発動していない状態なんですねー」

「だったら魔力を注入する必要があるぜー!!」

「それを今から行いまーす。この三センチ程大きく作った魔法陣ですね、これに魔力を注ぐと連鎖反応で他の魔法陣も作動しまーす。それではカウントダウンー」




「さーん、にー、いちてんごのー、幻想曲と共に有り、ニブリス高潔たる光の神よ・シュセー」

「だぜー!!」






         ビカアアアアアアアアアアアン








「おお……!!」

「ふむ……」

「凄い……これ、サラが作ったの?」

「……はっ」




 地面に設置された数個魔法陣からクリーム色の光が吹き上がり、煌々と輝きを有している。


 それを観察しているのは、昼食を食べ終えた四人。カタリナ、リーシャ、ヴィクトール、ハンスである。




「この間貰った金でねー。魔法陣キットとか理論書とか買って、ぼちぼちやってた」

「アタシも手伝いしたんだぜー!」

「意外と役立ってもらったわ」

「照れるぜー!」


「効果はどんな感じなの?」

「実際に触れてみるといいわ」

「その前に先程の茶番について説明しろ」

「淡々とやるのはつまんないと思った、以上」




 魔法陣に入ったリーシャは、薄荷のような爽やかな感触と、香辛料を口に入れた時のような痺れる感触が、同時に身体を駆け巡る。




「これは……回復と攻撃系統かな? えーっと……」

「そうそう、術式の内容もよく見てみて頂戴。勉強になると思うから」

「この線で葉っぱ描いてるのが回復で、トゲトゲが攻撃かな?」

「ご名答」

「やった褒められた!」

「貴様も後に作成するのだぞ。授業の課題でな」

「んへえ聞きたくないことー!!」


「あたしも……作れるかなあ」

「これのような合成魔法は独学になるけど、単純且つ簡単なものならできるんじゃないかしら。それだと今回には間に合わないけど」

「それはわかってる。ただ、授業でやるなら今のうちに慣れた方がいいかなって」

「殊勝な心掛けだ。こういう気の持ち様から魔法の訓練は始まるのだぞ、ハンス」




「……」




 声をかけられても、ハンスは返事をせず一向に上の空である。




「……ハンス? 聞いてる?」

「……は?」


「いやいやそんな怖い目付きしないでよ?」

「蹲っていたから叩き起こしたのは間違いだったか」

「……」




 数回首を振り、周囲を見回した後、




「行ってくる」

「どこに!?」

「いいだろうがよ」




 立ち上がるより先に風魔法を行使し、吹き飛んでいった。




「ああ、行っちゃったよ……」

「……止めなくていいの?」

「恐らく止めた所で行くだろう奴は」

「まあそんな気はしてた」


「アタシ追いかけた方がいいかー?」

「ふむ……まあ何かしら問題を起こされると困るな。頼めるか」

「おっしゃこー!!」

「アナタも問題起こさないようにしなさいよね」


「助手がいなくてサラはいいの?」

「まっ負担が減るってだけだし。ワタシは内容把握してるから大丈夫よ」













(……天幕区にいやがらなかった)



(すると、候補は)








<午後一時半 運営本部前広場>



「グルルルルル……」

「ガルゥ……」


「がっ……ああ……」




 天幕の中で、ルシュドは大勢の男達に囲まれて、地面に倒れている。


 その身体には先程付けられたばかりの傷跡が、生々しく残っていた。




「……ガルルルルァァァ!!! てめえら、どうして、こんな真似……!!!」

「……グルル」

「ガァァァ……」




「――『ルシュドは戻ってきた方が幸せになれる?』」


「――『魔法学園に行かせたのに、何の成長も見られない』!?」




「アアアアアアアアア……!!!」




 抵抗できないように腕を拘束されているルカ。その隣ではこの天幕を張った張本人、ガラティアの指導者であるスミスが目を泳がせながら立っている。




「グオオオオオオオオオ……!!」

「ざっけんじゃねえ!!!」

「ルカちゃん!!」




 とうとう拘束を振りほどき、殴ろうとしたルカ。スミスは大慌てでそれを引っ張り制した。




「……何て、言ったんだ?」

「『自分はルシュドが竜族の一員として成長できるように配慮している』って……!! 散々除け者にしておいて言う台詞か!!!」




「ふーん。竜族の一員として、ねえ」






 一陣の風が吹いたような声。



 誰もがその方向を振り向く。






「グルルルァッ!?」

「キミは……ハンス君!」

「あ……あ……」




 懇願するような、しかし拒むような態度を見せるルシュド。


 

 はぁという溜息が聞こえた。




「ぼくさあ、知ってるんだよね。今のてめえらの位置関係。強者が弱者を虐める時の体形、正にそれだ」


「――ていうか、もう手上げてんじゃねえのか? ああ、むかつく」




 片足で地面を蹴り、



 大股四歩で、ルイモンドに接近。






「むかつくからてめえら吹き飛ばすわ」




「偉大なるエルナルミナスの――「駄目!!!」






 体当たり。



 抑え込むようにして妨害してきたのは、他でもないルシュド。






「ああああ……!!」


「……何で邪魔するんだよ。てめえも苦しいんだろ? 怖いんだろ?」

「こういう、決まり……!!」

「……は?」


「おれ、角、爪、鱗、牙、何もない!! だから、悪い!! 皆、角、爪、鱗、牙、ある!! だから、良い!! こういう決まり、こういう世界……!!」

「そうかぁ……」




 糸目が開かれる。



 そこに宿していたのは、狂気ではなく怒り。






「だったら、木端微塵にしてやるしかないじゃん」











「ぐおおおおおおっ!?」



 ハンスの匂いを追っていく途中で、クラリアとクラリスは暴風に見舞われた。



「つ、強いな、これは……!!」

「風に匂いが混じってる!! ハンスがやってるんだ!!」

「案の定だったな!! で!!」

「行くに決まってるだろ!?」

「このまま近付けば我々は吹き飛ばされるだけだぞ!!」

「そんなの、魔法かけてどうにか――!!」




「す、る――?」






 腕で視界を覆いながらも、目に入ったのは、




 ゆっくりと、風に向かって歩く生徒。グレイスウィルのものとよく似た学生服を着ているので、恐らく生徒だ。




 足が竦んで動けない自分とは対照的に、一定の速度を保って、確実に前に進んでいる。






「……おーい!! そこの茶色い制服ー!!」




 呼びかけると生徒の動きは一旦止まり、


 クラリアの方に身体を向けて、またゆっくりと歩いてくる。






「……僕に御用ですかね。ああ、狼の獣人さんですかね。ということはグレイスウィルの生徒ですかね」

「そうだ!! アタシはクラもがあああっ!」

「前置き無しで訊かせてもらう。この風をどうにかする方法を知っているか?」

「……」



 少年は視線を向ける。


 その先にあるのは、恐らく風の発生源。



「迷惑ですよね。この風ね」

「……は?」


「きっと奴が発生させているんでしょうね。本当にね。何で周囲のことを考えないんでしょうね。そんな基地外がいるからね。この世界の秩序は乱れてね。誰も報われないんですよね」

「……ん?」


「む、難しいこと言ってないでさ!! 早く教えてくれよ!! アタシの友達がいるかもしれねーんだ!!」

「?????????ともだち?????????」




 理性の抜け落ちた、歪んだ声に様変わりして、



 首をほぼ直角に近い角度で曲げる。




「????????とぉもぅどぅぁたちって、だぁれのこぉとぅーだい??????」

「え、えっと……」


「???????まさか、あのくぅそぉぉぉぉやっろーをおおおおおおおおおおおお汚ともだちとでも言うのかい????????」

「名前……言っても、お前わかるか……?」

「風止むみたいだよ」

「えっ?」




 言われた通り、木々を震わせていた暴風はぴたりと止んでいる。



 そのことに気付いたクラリアが視線を外した隙に、



 彼は姿を消していた。




「……何だったんだあいつ?」

「歪な感じがしたな……」




 クラリスは顔を顰めていたが、頭を振って気を持ち直す。




「とにかく風が止んだのなら好都合だ。行くぞ!」

「ああ!」











「……キミは」


「……物怖じしないんだね」




 再びハンスが糸目に戻る頃には、



 竜族がいた天幕諸共、彼らは散り散りになっていた。木に引っかかっているのもいれば、地面に顔を打ち付けているのもいる。






「あ……ああ……」

「ルシュド、あいつらなら懲らしめてやったよ。これで満足だろ?」


「ちが……」

「何が違うんだ。そりゃあまあぼくの私怨も半分入ってるけどさ。でも、解放されたかったのはきみもそうだろ?」

「だ、だから……」


「こんなことしても、慰めにしかならないってことだよ」




 ルカは至って冷静に、砂を払いながら立ち上がる。




「キミはいいよね。『何とかできる』力があるんだから。そして『何とかできる』環境に属している。寛雅たる女神の血族ルミナスクランってそうでしょ?」

「……」


「でもねえ、竜族ってそうはいかないんだ。言語の壁とか、閉鎖的な環境とか色々あってね。頑固なの。風が吹いてきた所で、岩は姿形を変えはしない……」

「……」


「また回復したら、ルシュドを目の敵にすると思うよ。今までも、ずーっとその繰り返し……」

「……なあ」




「……その口ぶりだと、てめえも連中の態度に不満があるのか?」




「……弟が迫害されてるの見て、何とも思わないわけがないでしょ?」






 ルカはルシュドを抱き締めながら、優しく背中を叩く。


 彼の瞳は潤んで、弱々しかった。






「おーい!! ハンスー!!」

「ルカ!! こいつは何の騒ぎだ!!」




 反対の方向からそれぞれ人が駆け付けてくる。クラリアと竜賢者だった。






「てめえ……」

「ヴィクトールが心配してた!! だからアタシ、様子を見に来たんだ!! で、大丈夫なのか!?」

「大丈夫ではないだろうどう見ても……」


「この惨状、そこのエルフがやったのか?」

「……」

「……もしかして、前に言ってた寛雅たる女神の血族ルミナスクランの奴か? 竜族が何か無礼な行為をしたのか?」

「ルシュドが何か言い寄られてたから――」




 竜賢者の手が上げられ、ハンスの頬が殴られる。




「っ……」

「友達思いは結構なことだ。だがな、今お前のやったことはそれでは済まされないんだぞ。下手すりゃ一勢力を敵に回すことになる」

「……」


「……本当にツイていたな。お前があの連中の所属じゃなかったら、身体をズタズタに引き裂かれてたぞ――」




 そう言う竜賢者の目には、白いローブを羽織ったエルフ達が駆け付けてくるのが入っていた。






「……もういい。ここは大人に任せろ。お前らは天幕に戻って訓練するなり寝るなりしてろ」

「そ、それならアタシが案内するぜ!」

「うん……お願い。あたしもここに残るから。二人のこと、お願いね」

「よっしゃらー!! ついてこーい!!」

「クラリア!! 先導すると言っておきながら突っ走るな!!」




 取り残されたルシュドとハンス。



 ジャバウォックもシルフィも出てこない。ただ二人の言葉を待っているだけだ。









「……ルシュド」

「う……」

「なあ、ルシュド」

「……?」

「……いや、何でもない」




 傷だらけの肩を支えながら、天幕区まで歩いていく。ハンスがそうしてくれなければ、ルシュドは歩くことすらままならなかっただろう。








(……エルフ、竜族、そして人間。その他の異種族だって……)




(何で、こんなにも住む世界が違って――)




(その世界の垣根を超えることが、許されないんだろうなあ――)

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