第313話 ハンスの魔術訓練
<魔法学園対抗戦・魔術戦
七日目 午前七時 演習区>
「
熱を帯びた風が走り、地面に焦げ跡を残す。
「
光を纏う風が周囲を取り囲み、神経に作用して筋力を増幅させる。
「
礫と共に舞う風だけではない。
地面を冷やし、冷気を吹き上がらせる。
風に煽られた木々は、やがてその動きを止め、完全に停止した。
「ふう……」
「……どうよ」
隣で見ているはずのルシュドに向かって、ハンスは決め顔をするが、
「やりますねえ先輩。流石は純血のエルフ、といったところでしょうか」
「お見事でした先輩!」
「水、用意、ある。飲め」
増えてた。
何か竜族とエルフが増えてた。
「……」
「あっ、えっとですね。ルシュド先輩に誘われたんです」
「ぼくは通りすがりです。偶然通った所をキアラに」
「キアラ、菓子、美味い。セシル、知ってる、ハンス?」
「あー思う存分知ってるなあ!!!」
ぶん取るように水を受け取り、浴びるように飲み干す。
「……!! ~~~……!!」
「ハンス、どうした?」
「ハンス先輩はまさかぼくがいるだなんて思っていなくて、恥ずかしいんですよ?」
「おおー。セシル、ハンス、知り合い。エルフ、同じ?」
「そうですね、彼もぼくも同じエルフです。そこで接点が少々」
「ああー!!」
身体を反対に向けセシルが視界に入らないようにし、地団駄を踏む。
「何でてめえが……いだぁ!?」
杖がすっ飛んできたことにより、それは中断された。
「……やけに鋭く飛んできましたね」
「ももも申し訳ないだですぅ~~~!!」
走ってきたのはリーゼントの男子生徒、マイクである。そして、
「……ヴィクトール!」
「何でここにいやがるてめえ」
「俺の個人的な時間の最中なのだが」
「あっ、あのっ!! 申し訳ございませんですだ!!」
頭を何度も下げるマイク。ハンスが怖く見えているのか、とても怯えた様子である。
「ああ……これ、てめえのなの」
「そうでございますだ!! その、魔法を放った衝撃で、吹き飛んでしまいましてだ……!!」
「一年なのに訓練?」
「此奴に頼み込まれたんだよ」
ヴィクトールはそう言って溜息をつくが、ほんのりと口が笑っていた。
「んだよてめえ……キモい」
「何だと?」
「ヴィクトール、話、ある」
「ん……珍しいな。貴様から切り出すとは」
「ヒルメ先輩、雷、ばりばり。トールマン、凄い」
「そうだな……元々雷属性が得意な種族だからな。その相乗効果もあって、属性領域を物ともしていなかった」
「ハンス、できる、同じ?」
突然話を振られて目を丸くするハンス。
「……ハンスが風魔法を極めて、属性領域を掻き消すのをできるかと?」
「うん」
「……まあできると思うよ? 何てったってぼくは純血のエルフだ。誇り高きエルナルミナスの下僕だよ?」
「出た、悪い癖」
「あ゛あ゛!?」
「せ、セシルちゃん……」
「ルシュド、期待している所悪いが、此奴には不可能だぞ」
素っ気なく言い放つヴィクトール。
「……魔力、足りない?」
「違う。寧ろ魔力は十分な方だ。しかし大抵は属性領域が覆せない前提で策を練っていくし、現に生徒会もその方針で来ている。そのような中でヒルメ先輩が許されたのは信頼があってこそだ」
「信頼……」
料理部でのヒルメは優しくて頼りになる。
もしかすると、クラスの間でもそうなのかもしれない。
「まあ答えなくてもわかるだろうな。ハンス、貴様にはそれがあるか?」
「……けっ」
「そういうわけだ。ルシュド、貴様が先輩に憧れているのは想像つくが。それ相応の準備がないと行えないこともあるんだ」
「辛辣じゃないだですか先輩?」
「貴様も次の対抗戦ではこうして策を練っていくんだぞ。理想を切り捨て、現実のみを直視する」
「ひえ……」
ここでヴィクトール、何か思い付いて手を打つ。
「ハンス、貴様マイクの訓練相手になれ」
「いきなり頭おかしいんじゃないのこいつ」
「状況に合わせて適切に魔力を放出する訓練だと思え。全力ではなく、しかしマイクが適度に苦しむように相手をしてやってほしいんだ」
「……おら、頑張りますだです!!」
「ふーん……」
マイクから目を逸らし、キアラとセシルの二人に向ける。
「はっ、一人じゃつまんねえや。三人でかかってこいよ」
「えっ……それって……」
「てめえも一緒だ竜女。あとてめえもだクソエルフ。魔法が下手なんて言い訳許さねえぞ?」
「……まっ、気付いてますか」
「でも、私はそこまで魔法上手くないです……!」
「キアラ、代わり、おれ。駄目?」
「……まあ、いいよ」
「よし!」
ルシュドが構えを取り、隣に杖を構えたマイクとセシルが立つ。
「あれ? てめえ触媒なんて使うんだ。ふーん」
「舐めてもらっちゃ困りますよ?」
「回復は俺とこの……キアラで行うとしよう。だから適度に暴れてこい」
「み、皆さん、頑張ってください!!」
<午前八時 女子天幕区>
「いや~、朝食ごちそうになってすみませんねぇ」
「はむ……このソーセージ、焼き加減が絶妙だ……」
「エリスちゃんが焼いてくれたんですよ!」
「そうか、ありがとうエリス……うわっち」
「ぷぷ……」
「わ、笑うなリーシャ。肉汁が飛んで……はぁ、後で洗濯しないと……」
朝練を終えたばかりのリーシャとカタリナ、二人に付き合っていたイリーナ。そんな三人を受け入れ、エリスは朝食を食べていた。
一緒に起きているのはレベッカとウェンディ。騎士である二人はイリーナについても知っているので、カチコチに緊張している。
『お洗濯しましょうか』
「いや、これぐらい自分でできるぞ。石灰をつけて手洗いすることなぞ、家事の基本だからな」
「王女殿下が手洗い……」
「イリーナさんは世界中を飛び回っていますからね~。それぐらいの生活スキルはお手の物ですよ!」
「そういえば、今回はどうして魔術戦の観戦をされているんですか?」
「母上……女王陛下の付き添いだ。たまたま予定が重なったのでな」
湯気のそそり立つコーヒーを優雅に飲むイリーナ。
『女王さま 来てらっしゃるんだ』
「何でも生徒達の朝練にちょくちょくと顔を出しているとの話だそうだが……」
「心臓に悪いですよホント! 他の方だったら変装も楽でしょうけど、頭凍ってますもん! 一目でわかりますもん!」
「そうなんだよな……変装が苦手な癖して、結構な頻度で民衆の元にあそばせなられる」
『じゃあいいお方なんでしょ』
「そうとも言う~!」
「ま、まあ、そうだな……」
「ふふ、イリーナさん照れてる」
「こ、これぐらいいいだろう!?」
そんな風にして、朝食を進めていると――
「……?」
ふと、天幕区の入り口から聞こえてくる。
大きい足音と気配――
「ん? どしたエリス?」
「……」
「……!!」
それらを視界に捉えるとすぐに、頭を抱えて震え出す。
「はいはい落ち着いて……私達がいるよ、エリスちゃん……」
「……」
「入り口に何かが……?」
「あれは……」
その集団を視界に捉え、イリーナは険しい表情をする。
「何でしょう、あれ。大きい男の人がたくさん……」
「竜族だ。族長のルイモンドやその他大勢の仲間が、今回観戦に来ているんだ」
「え?」
「ウェンディ殿、レベッカ殿。お二方は騎士だという話だったな。一緒に来てはもらえないだろうか」
「了解ですっ!」
「リーシャちゃんにカタリナちゃん、ちょっとエリスちゃんのことお願いね」
「「はい!」」
「……」
「おい」
「……」
「話聞けよ」
「……グオオオオオッ」
「こっちじゃないって言ってんでしょうが!!!」
竜族の族長、ルイモンドに対して当たり散らしているのは、派手な髪色と瞳を持つ少女――他でもないルカである。
「グルァ!?」
「何よ!! あたしに道案内しろって言ってきた癖にさあ!! 何であたしの話聞かないの!?」
「ガアアアアッ!!」
「ここは異種族も人間もいっぱいいるの!! 帝国語使ってよ!! 自分達だけ違う言葉使うなんて、そんなの許されないから!!」
「ガオオオオオッ!!」
どちらも引かない押し問答が続けられている。
そのような状況下に、冷静に対処できる三人がやってきた。
「失礼、ルイモンド殿――」
「ガッ……」
「私のことは聞いておりますか。イズエルト王国第一王女、イリーナでございます。今は私的な用事でこちらに参っています」
「グルル……」
「あのー、こっち魔法学園の生徒の天幕区なんです。しかも女子のです。そんな中に貴方方のような方が来られたら、多くの生徒は不安に感じてしまいます」
「だってさ!! 何やってんのよ!!」
「……」
ルイモンドは考え込みながら、ちらちらとイリーナの方を見ている。
「……何? イズエルトの姫様になら従ってもいいって?」
「……」
「だからはっきり言ってよ!! どうしてそこまで帝国語を使うのに抵抗感あるの!!」
「えーっと、ピンクの頭の貴女! どういう状況か、説明してもらってもいいかな?」
「……何か、演習区の朝練を見に行きたいらしくて。それであたしに道案内しろって言ってきたんですけど、ほんっと帝国語は駄目で!! 竜族の言葉を使えって五月蠅くて!!」
「演習区……」
言葉を出すより先に、イリーナは竜族達の前に出る。
「私がご案内いたしましょう。丁度道を知っているので」
「……」
「……イリーナ様の言うことは聞くんだね。ふん」
「あ、あの、大丈夫……?」
「……あたしは大丈夫ですよ」
「グルァ!!」
「やだね。あたしもついていくよ。そっちが必要とした癖に、いらなくなったら捨てるなんて許さない。ていうかまた問題起こされたら困るの!!」
「グルルル……」
「……他の生徒もこちらに来つつあるな。済まないが二人共、そちらを収めてはもらえないだろうか?」
「合点承知でございます!」
「……貴女に全部任せますからね?」
「うむ。ではこちらに……」
<午前九時 演習区>
「ああ、疲れた……」
「お疲れ様です先輩。ぼくもいい感じに身体を動かせました」
「んひー!! 関節が凝っただです!!」
「魔力が沢山身体を通った証拠だ。少し身体を休めろ」
「ハンスー、水かけるー? 飲むー?」
「飲むに決まってんだろうが」
「はい」
「……どうも」
「素直じゃないですねえ」
「殺すぞ」
「マイクも飲め」
「ありがとうございますだです!!」
「先輩気取りか~??」
「今この場で貴様を血祭りに上げることもできるのだが」
「ひっ……!」
「キアラ、落ち着け。ヴィクトール、嬉しい。おれ、わかる」
「い、言ってることと気持ちが合ってないです!?」
「大丈夫。いつもこう。だから……」
「あん……しん……」
入り口に来ていた彼らの姿を見て、
一気に青褪めるルシュド。
「……ん?」
「おや?」
「あれは……竜族だです!」
「……!」
茂みに向かって走り出すキアラ。
「ああちょっと!?」
「ごめんねぇ。あの子、ちょっとあいつらは駄目みたい……」
「シャラまで? えーっと、じゃあカナ! 傍にいてあげて!」
「わかったわ☆」
二人のナイトメアをセシルが見送り、その後に振り向いたら、
奴らは近付いてきていた。
「……」
「……!」
紺色の髪に緋色の目を持つ二人が、互いに向かい合っている。
その片方、少年の方は、どこか及び腰で彼を恐れていた。
「……」
「……ねえ、てめえら何なの。こっちは訓練中なんだけど」
「グルルル……」
「は? 何それ、威嚇のつもり? だっさ
あ――?」
視界が宙に舞い、背中からの痛みを感じて初めて、
自分が殴られていたことに気付く。
「……!!」
「グルルルルァ!!!」
「ちょっと、何やってんの――ってルシュド!」
「ねえちゃ……!」
「ガアアアアッ!!!」
一喝が響く。少年は何も言えず、ただ縮こまり、
彼の後ろを怯えながらながらついていく。
「くっそあいつら……!!」
「な、何だったんですかだ今のは……!?」
「ごめんね治療しながら説明するね!!」
「俺も手伝います」
「……」
自分の顔を覗き込むヴィクトールとルカの姿を視界に収めながら、ゆっくりと瞼が閉じられる。
それからハンスが再び意識を取り戻したのは、正午近くになってからのことだった。
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