第183話 幕間:シルヴァと噂の話
一方のシルヴァは、部下達に出迎えられた後、地上階のカフェから街の様子を見ていた。
「お待たせしました。こちらバナナチョコレートパフェホイップクリーム大盛りとキャラメルラテホイップクリームメガ盛りでございます」
「ありがとう」
同じ席にはカベルネとティナもいて、それぞれ頼んだメニューがどしどし机に置かれている。
「ああ、待っててくれたのかい。君達もう食べてもよかったのに」
「そ、そうは言われましても……」
「説明しただろう? これは私からのお詫び。君達二人の顔を覚えていなくて本当に悪かったよ」
「……別に構いませんよ……」
「いやいや、絶対に構ってる口ぶりでしょ。さあさあ食べよう食べよう。私は食べる」
「では……」
カベルネは厚切りフレンチトースト、ティナはスフレパンケーキに手を付け、それはそれは美味しそうに頂く。
それを見て満足そうに、シルヴァもパフェにスプーンを突っ込む。
「カベルネは結構重そうなのにしたんだねえ」
「……率直に申し上げますと、どこぞの誰か様が急に帰ってきた影響で、朝食を食べ損ねたもので」
「あっはっは。そうそうそんな感じ。皮肉でも言い合って気楽にやっていこう」
「ですが他の所はそうでもないのでは……」
「いやいや、とんでもない。寧ろ気楽にやってる所が大体。トレック殿の所のローザっていう魔術師は、結構頻繁にクソクソ言ってるし。階級を重んじているセーヴァが異常なんだよ」
「その後に続くのは、もう絶対帝政を敷いていた帝国時代とは違う、ですね」
「ああ、その通りだ」
パフェを平らげたシルヴァは、窓の外から通りを眺める。
「ここから景色を見るのも久しぶりん。何か変わったこととかあるかな?」
「グリモワールが店を開いたことが一番大きいですかねえ」
「ウィーエル辺りで聞いたことあるな、その名前は。仕立て屋だったっけ?」
「特に若い女子に人気らしいですよ。あたしも欲しいんですけど、何分高いもので」
「貴重な素材が使われているとかそういうことか?」
「違います……何というか。今までにない着こなしやすいデザインと、あとグリモワールが手がけていることが値段に拍車をかけているようです」
「……服に人という付加価値が付くってこと?」
「まあ、この辺男の人には難しいかもしれませんねえ。女性特有の服に拘る精神といいますか」
「ふーむぅ」
ちょうど目に入っていた長蛇の列はグリモワールの店のものなのだが、シルヴァにはそんなこと知る由もない。
「……ん?」
「どうしました?」
「……」
シルヴァの視界に一人の少女が目に入る。
金髪に赤い瞳の少年と一緒にいる、赤髪に緑の瞳の少女――気になったのは後者の方。
「……ログレスを旅していた時に、女性の容姿に関わる噂を聞いたんだけど」
「容姿? どんな噂ですか、それ」
「……」
「……赤い髪に緑の瞳を持つ少女は、悪魔に連れ去られる」
カベルネとティナも手を止め、シルヴァの話に耳を向ける。
「……え。どういうことですか」
「どういうことも何も、言葉通り。赤い髪に緑の瞳を持つ少女がいつの間にか連れ去られて大抵帰ってこない。何とか帰ってきた者も、怪我が酷かったり精神が崩壊していたりと無残な有様とのことだ」
「……そういえば、前に雑誌で読んだことある。赤い髪と緑の瞳は不幸を呼び寄せる組み合わせだから、絶対にしちゃ駄目だって」
「意外な形で民衆にも警告されてるんだねえ。言われてみれば、ここ最近で赤い髪に緑の瞳という組み合わせは珍しくなった気がするかも」
「片方だけなら見かけないこともないんですけどね。でも、何故急にその話を?」
「……その容姿の少女を今見かけたんだよ」
シルヴァがもう一度目を凝らすと、件の少女は既にいない。恐らく列の先に進んだのだろう。
「噂を知っているのか否か……グレイスウィルは島国で魔物も不審者も入れないようにされてはいるから、問題ないのかもしれないけどさあ。それでもビビっちまうよ」
「その噂って昔からあるものなんですか?」
「いや、ここ五年ぐらいで出てきたらしいよ。昔は年齢を問わず女性が連れ去られていたらしいが、最近は少女に絞られてきたそうだ」
「んー、何だろその意図は……あれ?」
食べ終えた皿を弄っていたカベルネが、途端に手を止める。
「どうした」
「いや、その見た目の子……会ったことあるような。ねえティナ?」
「ん……ああそういえば。確か君の弟の友達が紹介していたな」
「よーし、では今すぐその子を通じてコンタクトを……」
「失礼ですがシルヴァ様。いくら貴方が四貴族というご身分であろうとも、そこまで干渉するのは良くないと思いますよ」
「……きっぱり言うねえ!?」
「そりゃあ言いますよ。いたいけな女の子のプライベートに大の大人が干渉するなんて、変態以外の何物でもないですよ」
「変態」
「そう変態。現状でも自由人且つ甘党という濃い個性なのに、更に追加させないでください」
「……ずばずば切り込んでいくなあ君達!!」
「「女ですから」」
同時に言ってみせた後、カベルネとティナは微笑む。
「……いやー、君達最高。実にいい魔術師が入ってきたなあ。改めてこれからもよろしくねん、カベルネにティナ」
「あ、奢ってもらったお礼にあたしのこと教えておきます。あたし、カービィってあだ名で呼ばれているんです。シルヴァ様もよかったらどうぞ」
「覚えていたらねー」
「何ですかそれー」
かくして、死の淵に立たされたあの夜の出来事は、振り返ってみればあっという間に終わったのであった。
「……で、他に何か面白い情報ないの?」
会計を済ませた後、シルヴァは改めて切り出す。
「面白いって……気楽ですねえ」
「興味深さは神秘への入り口だよ? 実際、私はそういう噂を追求して旅をしてるし」
「うーん、シルヴァ様が面白いと思えるような情報……」
ティナが考えていると、正面をある女性が通り過ぎていく。彼女は三人共知っている人物であったのだ。
「おおーあのお方は。レオナ様」
「お綺麗ですよね~。今日はお休みなんでしょうか」
「格好がどう見てもそれでしょ。紅茶の茶葉を抱えて……」
カベルネはそこまで言うと、一旦言葉を切り上げシルヴァに尋ねる。
「レオナ様のお父様のこと、知ってらっしゃいますよね」
「そりゃあまあ。ご病気で亡くなられ、こっちに墓ができた際には私も参列に……」
「……病死って言われてますけど、実はそうじゃないって噂が「ほーん?」
カベルネの顔を超至近距離で覗き込むシルヴァ。
「おわわわ……わあっ!!」
「シルヴァ様、続きはベンチに座って話しましょう。立ちっ放しは疲れます」
「そうだな、ここでする話でもない!! 行こう!!」
ついでに屋台からソフトクリームもおやつに購入する。
「……で、病死じゃないってことは? 他殺?」
「他殺らしいですよ。誰かに偽造されたって話……」
「因みに噂の出処は?」
「同僚の……セーヴァ様の方の、魔術師からです」
「さいですか……」
となると当然、
「でもなあ……気になるんだよなあ。あの方がお亡くなりになられたの、イズエルトに行った時だし。あそこに関わった人物の不審死が、どうにも多いんだよなあ……」
「カルヴォート陛下とかですよね。傷口も凍り付いて、死因が一切わかんなかったっていう」
「一番大きい不審死だね~。それ以外にも、聖教会に文句言ってた人が軒並み死んでるんだよ」
「それじゃあもうクロじゃないですか。最も、あんな暴動起こした時点でですが」
「それな~」
気楽に話していた三人の空気が、言葉が途切れると一気に重くなる。
大寒波当時彼は放浪中、彼女ら二人はまだ学生。自分の知らない所で吹雪が荒び、被害だけが出て、事後処理が終わっていた。
「……前にトレック様が話しておられました」
「この流れだと……大寒波は本当に自然災害の一種なのかってことでしょ?」
「うっわ、全部ぴったり……シルヴァ様も聞かされていたんですか」
「もう散々とね。まあトレックはルーツがイズエルトにあるんだし、躍起になるのも無理はない」
「……気温の観測データが明らかに環境の変化によるものじゃない。何か突発的な、例えば魔術によるものだと」
「確かに私もそう思ったんだ。でも公表した所で突っぱねられる可能性の方が高くてさあ……トレックの為にも情報集めたいんだけど、何から手を付ければいいのかさーっぱり」
「……竜族とかどうです?」
ソフトクリームは完食され、コーンの包み紙だけが手元に残る。
「……竜族っていうと、何かあったっけ? 確かにムスペルとあとウェルギリウスにはいっぱい住んでるけど」
「それとこんな話が……これは弟が買ってきた、演劇の台本にまつわる話です」
「怪談みたいなノリだなあ。んで?」
「それのタイトルが『翼を失くした竜』。何でも、あの大寒波の折に、魔力を奪われて人間になった竜族の話らしいですよ」
シルヴァは思わず、持っていた包み紙を離してしまう。
「……魔力を短期間に致死量限界まで喪失すると、異種族の身体的特徴が消えるってやつ? それが大寒波で……?」
「寒さで魔力がってことか? 普通体温が先じゃないか?」
「あたしも弟に訊いたんですけど、そこに書いてある以上は真実。嘘だったとしても確認のしようがないって。でも大寒波って言われてる時点で何かありそうってのは……正直」
「……とにかく竜族ね。オッケー今度調べてくる。にしても、戯曲系なあ~……」
再びシルヴァの気が重い。
「……たまーによくあるんだよ、実際の出来事を脚色して後世に伝えようって試みが」
「影の世界関連は、多くがそれだと考察されてますよね」
「そうそう。実際に目の当たりにした重大なことを、どうにかして後世に残そうとした手段。直球で表現できなかったり言論統制があったりしてね」
「ウェルギリウスってマジでそれじゃないですか……うっわきな臭え~」
考えることが増えると脳はエネルギーを欲する。
そして最も効率的なエネルギー補給物質は糖分である。
「よーしまた別のカフェに寄ろう。お腹減った」
「太りますよ」
「その素敵なお召し物も着れなくなりますよ」
「ぎゃはは! おれより先に、ボロクソ言われてんの!」
シルヴァの中にいた子狼、カルファが爆笑しながら飛び出てくる。
「のわっ!? びっくりした!!」
「やっほー新入り! おれはシルヴァのナイトメア、カルファだ! こんな主君だけどまあよろしくな!」
「よろしくされるのはこちらの方ですよ、小さい剣士さん」
「カルファ君、小さいけどかっこいいな。これからよろしくね」
「はっはー! おい、シルヴァよりもふぜーをわかってる奴らだ! おまえも見習え!」
「だーかーらー、何でカルファは私に辛辣なのよー!!!」
不穏と穏和を交えて日々は進む。
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