第22話 絡みにくるタイプの先輩

 土曜日の清々しい朝。ハインリヒは薔薇の塔にやってきていた。


 真っ先に目に入ったのは、草刈りを行っていたアレックス。汗を流しながらしゃがむ彼を見て、声をかけることにした。



「おはようございます、アレックスさん。今日も仕事熱心ですね」

「ああ。おはようございますハインリヒ先生。草刈りは地道にしていかないと大惨事になりますんでね。先生は?」

「散歩を兼ねた見学ってところですかね。新生活が始まってどうしているのかなと」

「なーるほど、それは確かに懸念事項ですからねえ」




 そんな話をしていると、アレックスの視界に見慣れた姿が入った。




「おや、この気配は……」

「エリスとアーサーですね。おーい!」



 アレックスは二人を呼び止める。二人はそれに気付いたのか駆け寄ってきた。当然足元にはカヴァスもいる。




「アレックスさん、おはようございます。何か会うの久しぶりですね」

「まああまりこっちに来ねえからなあ。ところでそんなにご機嫌で、これから一体何処に行くんだ?」

「今日は課外活動なんです。初めての料理なんです」

「おおー、それはいいなあ。楽しんでおいで」



 アレックスとエリスの隣で、ハインリヒはアーサーに声をかける。



「いかがですか、学園での生活は」

「わからない」


「何か得られるものはありましたか」

「特に」


「……何かあったら私に言ってくださいね。必ずですよ」

「……ああ」



 それだけ言葉を交わすと離れていく。




「じゃあ二人共、行ってらっしゃい」

「行ってきまーす」

「ワン!」

「……」



 エリスだけがアレックスとハインリヒに会釈をし、二人と一匹は園舎へと向かっていった。







「二人共おっはよー!」

「お、おはよう」


「おはよう、リーシャにルシュドも」

「……」



 調理室に入ると、一足先にリーシャとルシュドがエプロンと三角巾を着てテーブルに着いていた。スノウとジャバウォックもそれぞれの主君の隣で待機している。



 エリスは挨拶をしながら鞄を机に置いた。対してアーサーは終始無言のままだ。



「うーん、手を洗うのとエプロン着るのとどっちからにしよう」

「どっちからでもいいんじゃない?」

「じゃあ……先に着ようかな」

「……」



 アーサーは置いた鞄からエプロンを取り出す。



 背中で紐を結び、髪が隠れるように三角巾を巻く。



 エリスも同様に着替えていき、料理をする服装に様変わり。





「おっ。そのエプロン超似合ってんじゃ~ん。ヒューヒュー」



 着替え終わった直後、エリス達の机に近付きながら、一人の生徒が話しかけてきた。




 半袖短パンで両腕と両足にそれぞれタトゥーが入れられている。他の生徒と比べて個性的で浮いているのもあって、一年生の四人は興味深そうに女子生徒を見つめた。




「あれ、純血トールマン見るの初めてな感じ?」

「えーっと……ニース先生に見た目が似ているような……」


「そうそう、ウチとニース先生は同じ種族。ただ先生は混血で長袖着てるけど、ウチは純血だから無理なんだよね~」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ~。バチバチーってなんのよ。まあ褐色肌で半袖短パンの奴はみーんなトールマンって思ってくれて構わないと思うぜ。つーかやべえ、いきなり来たのに自己紹介忘れてたわ。たはー☆」

「……バウンッ!」




 女生徒の足元に居たワーウルフが、彼女の肩まで登り一吠えする。




「ウチはヒルメっていうんだぜ。ちな四年生。こっちがナイトメアのメリー、メリーさんだよーん」


「よ、よろしくお願いします。わたしはエリス・ペンドラゴンで、こっちがアーサー・ペンドラゴンです。アーサーの足元にいるのがカヴァスです」

「……」


「リーシャ・テリィです。こっちがスノウです!」

「ル、ルシュド、です。こっち、ジャバウォック……です」

「おけおけ、エリっちにアサっちにリーシャンにルシュドーンね。覚えた。マジ完璧」

「……」




 アーサーはみるみるうちに狐につままれたような表情になった。他の三人は警戒心が解けたようだったが。




「アンタら一年っしょ。ウチ後輩と絡むの好きだからさ~、ここいていい?」

「え、でも先輩のテーブルはいいんですか?」

「気にすんな。ウチ大体こんな感じだから」


「それじゃあ……折角なのでよろしくお願いします!」

「よろぴく~うっ」

「ああ……」



 またタイプかと――アーサーが漏らした溜息は誰にも聞こえなかった。






「……よし、欠席確認完了っと。セロニム先生は今日は休み……ってまた休みかい。まあいいや」




 部長はぶつぶつ呟きながら、ファイルを黒板前の大机に置き――



 やがて時間が来たのか、大きな声で挨拶を始める。




「はーいそれじゃあこれから帝国暦一〇六〇年最初の料理部の活動を始めまーす。記念すべき第一回に作るのはこれ! やっぱり料理の基本はこれに限る! ポークソテー! はい拍手ー!」



 部員達は流れに乗って拍手を行う。



 エリス、リーシャ、ルシュド、ヒルメもそれぞれ拍手をしたが、アーサーだけは腕を組んだまま、睨むように調理室全体を眺めていた。



「食材はテーブルの人数ごとに分けてあるのでそれぞれ持ってってください。調味料もですからね? いくらジハール島で買い込んでいるとはいえ貴重なのには変わりありませんから」

「じゃあ私取ってくるね!」



 部長の呼びかけと共に部員達がぞろぞろと動き出す。リーシャは一番に飛び出し、丁寧に分けられた食材とレシピが描かれた紙を持って戻ってきた。





(よし……やってみよう。やらなきゃ始まんないよね)



 リーシャが食材を置いたのを合図に、エリスが他の四人に聞こえるように話す。



「ねえねえ、提案なんだけど」

「ん、なあにエリス?」

「このテーブルには四人いるから……二対二で競争しない? ヒルメ先輩に判定してもらう感じで」



「おっいいねえ。ウチは大賛成ッ」

「あんたに従う」

「おれ、それで、いい」

「私も構わないけど……」



 リーシャは無骨そうなアーサーをちらっと見た。その後エリスに視線を戻してから答える。



「……うん、大丈夫! 組み分けは私とルシュド、エリスとアーサーでいい?」

「うん、わたしもそれで行こうって思ってた。それじゃあ……負けないよっ」

「あ、ああ。おれ、全力、出す」


「いいぞぉルシュドーン。その意気だ」

「うんうん。アーサーも頑張ろうねっ」

「……」

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