第232話 出場せずとも忙しい!

 こうして生徒七人、意気揚々と天幕区を後にしたわけだが。




「……そういや、すっかり忘れている存在がいたな」

「誰だ?」

「エリス。あとカタリナとリーシャ。いつもこの十人でつるんでるじゃん」

「うおおおお!! 忘れてたぜ!!」

「というかここ数日会ってなくね? 訓練に夢中で忘れてたわ……」

「うう……後、謝る、する……」


「いや、それは必要ないと思うぞ」

「ん? 何か知ってるのか?」

「ああ……」




 アーサーはここ最近の三人の様子を事細かく話す。






「え、最近私がエリスと一緒にいることが多いって!? そこまででもなくない!?」



 とか言った直後にエリスと合流するリーシャとか、



「あ、アーサー……えっと……その……ばいばい!」



 という感じで露骨に避けるカタリナとか、



「もーっ! わたしは大丈夫だから! ねっ! 訓練行っていいよ!」



 どう見ても内緒にしたいオーラ全開のエリスとか。






「何か……隠し事をしてるんだろうけどな……」

「ああ、それなら敢えて訊くまでもねえな……」


「まあ、今日中に答えは出るでしょ。というわけで行くわよハンス」

「え、どこにだよ? ていうか何でぼくなんだよ?」

「多分ワタシとハンスには教えてくれるわ。だって武術戦に出ないもの。というわけでちょっくらしてくる」

「ちょっ、待てよーっ!?」




 ハンスをずるずる連行して、女子天幕区に向かっていくサラ。見届けた後時は動き出す。




「……じゃあ、訓練すっか!!」

「早いもん勝ちだぜー!!」

「あっ、クラリア! おれも、行く!」

「やれやれ……」







<午前十一時 第十九森林区>




「茸はなー、属性特化してなくても毒入ってるやつとかあるから判別が難しいんだよなー」

「わぁ、この茸白くてきらきらしてます」

「それはマジカルマッシュルームだな。魔力が豊富な滋養強壮食材だ。採っても構わんぞ」

「マジックマッシュルームとは違うんですかー?」

「あれは幻覚作用のある毒茸だよ。微妙に傘がしぼんでいるのが違いだ。まあそんな危険物、人工であるこの森には生えてないけどな」

「はへぇ、わからないですぅ」




 エリス、カタリナ、リーシャの三人は現在、カーセラムのおやっさんと共に森林区に出かけていた。


 目的はマッシュルーム――属性もなければ幻覚作用もない、ただの美味しい茸の採取である。




「茸の判別方法って、結構盛んに研究されているっぽいぞ。ウィングレー家にも専門にしてる魔術師がいるぐらいだ」

「でもおやっさんは目で判別しますよね」

「この道ウン十年だ、舐めんじゃねーぞ? 魔法具なんかに頼るもんか!」

「いよーっ、おやっさんかっこいいーっ!」



 ふとリーシャが足下を見ると、それがあった。



「おっとぉ、このこじんまりとした白い茸は!」

「おお、見つけたか。どれどれ……」

「何かいい匂いするし、これなんじゃないですか?」


「ああ……そうだな。これは普通に美味しいマッシュルームだ。身も結構詰まってるぞ」

「やったあ! 採ろう採ろう!」

「となると、今いる付近に群生しているな」



 おやっさんが木の根元を掻き分けると、そこにもマッシュルームが。



「すごい、どうしてわかったんですか」

「茸ってのは自分のいる周辺にしか胞子を撒き散らせねえのさ。だから大体固まって生えてる。お嬢さんも覚えておきな」

「わたしの名前はエリスですよーっ」

「がっはっは、そうだったな! ユーリスさんちのエリスちゃんだったか!」







<午前十二時 運営本部前広場>




「牡丹肉は脂っこさがなくてどしどし食することができ且つ筋肉の成分となり得る有用食材ですぞ!!!」

「……生臭さも、そこまでない……」



「気になったんだけどさー、獣人の人って自分達の特性である獣の肉って、同族喰らいで躊躇わないの?」

「それはないですよー? 獣人は人の姿で生まれたことを誇ってますからね。人になれなかった獣なんて同族なんて思ったことありません」

「白い兎耳で可愛らしいのに、物騒なこと言うんだね……」

「私はこのように周囲から教わりましたっ!」

「んへえ、獣人貴族怖い」




 レイチェルとチャールズが慣れた手付きで猪肉の下準備を行う様を、ソラは茶々を入れながら観察している。





「ふぅ、ふぅ……」

「うふふ、疲れちゃったかしらぁ~?」

「いえ!! まだまだいけます!! せんぱいに頼まれたんですからら頑張ります!!」

「そうね、その意気だわ!! さあもっと激しく!! 熱く!! 麺棒で生地をこねくり回してぇぇぇ!!!」

「はいいいいい!!!」



「……無理しないでね?」

「全く、変なスイッチ入っちゃったんだから……」




 アリアの指導を受けながら、生地を平べったく伸ばすファルネア。アーサーとリップルはそんな彼女の隣に、不安な面持ちで立っている。





「ファルネアちゃん頑張ってるなあ……」

「あたし達も負けてられないねっ!」

「は、はい! そうですね、ルカ……さん」

「ん~? どした~?」



「……」

「何々? あたしの尻尾と角が気になる感じ? でもキアラちゃんだって、いいの持ってるじゃん!」

「……ありがとう、です」



「おいルカ、本人が困ってるみたいだからそれぐらいにしておけ。というかこっち手伝え」

「はいはーい。チェシャもやるんだからね~」

「んにゃぁ……」




 ルカとキアラの竜族な二人は竜賢者の所に向かい、葉物野菜を和える仕事に戻る。





「ひっひっひっ、元気そうじゃないかトパーズ。最後に会ったのは半年ぐらい前だったか?」

「あらぁ~! 私二月にグレイスウィルに行ったじゃな~い! もう忘れちゃったのゼラちゃん!?」

「ああそうだったそうだった。いかんねえ、最近記憶が不安定になってきちまって」

「クーソーバーバーアーッ」



 ガゼルとクオークが大量のじゃがいもを持って、二人の老人の前にごろごろ落とす。



「おらぁ駄弁ってんなら皮剥がすの手伝えや」

「はっ、折角淑女が会話を嗜んでいるって時に水を差すかい。いい度胸だね」

「もうゼラちゃんったら~。昔から相変わらずね! ついつい毒が出ちゃうんだから~!」

「昔っからそうなんですかこのババア」

「というか昔って大体いつぐらいからなんですか」


「最終戦争で魔術師やってた時ぐらいからね!」

「うっわすっごい昔!!」

「というか……え? 魔術師? いや、後でシャゼムの奴を問い質すか……」 




 二人はこの後も何とかかんとか言いながら、じゃがいもの皮を剥いていく。





「皆おはよう!! ガレアさんだよ!! 今回の武術戦では購買部に籠りっきりで久しぶりに外に出たガレアさんだよ!!」

「いいからアーモンドそこに置いていってください」

「冷たい!! アイスドリンク並みの冷たさだねマチルダちゃん!!」



「そうだガレアさーん、あのホイップのスプレーするやつ使わせてもらえないんですかー」

「あれちょっと使い方が難しい魔法具だから。君達素人には使わせられないノ=サ☆」

「うざい……顔は結構いい方なのにうざい……」



「そう言わずにマチルダ。わたくし達も使えてしまったら、ガレアさんの立つ瀬がないというものでしょう?」

「それもそうかー!!! そうだなガレアさんの面子を守ってあげなくちゃなー!!!」

「アザーリアちゃんもアザーリアちゃんで酷いなー!?!?」




 演劇部の二人も含めた数名の女子生徒が、ガレアの指揮の元ドリンクの準備をせっせて行っている。






 などなど、他にも学年を問わず生徒が集合しており、中央広場は大所帯。






「……何よこのカオスは」

「さあ……?」



 広場には昨日までなかった天幕が大量に現れ、その中で様々な人とナイトメアが食材の仕込みをしていたのだ。



 女子天幕区から移ってきたサラとハンスが、その光景に唖然としている所に――



「あっ、二人共! こっち来てたんだ!」

「……あら、恐らく諸悪の根源」



 作業着に着替えて籠を背負ったエリス、同様のスタイルなカタリナとリーシャがやってきた。





「悪じゃないもん! 色んな人に声かけてたら、予想以上の大事になっちゃっただけだもん!」

「いやあ……逆に凄くねえか、それ」

「ハンスが感心してる! 珍しい!」

「殺すぞ氷女」

「ところでその恰好と……マッシュルームね。採ってきたのかしら」

「その通り!」



 若々しい生徒達の間に、おやっさんものそのそと合流する。



「全く、おっちゃんを置いていくなよ。もう年なんだから早く走れないんだよ」

「そこは体力ないんですね?」

「筋力に振って走力には振ってないだけだよ。さあさあ、これを必要としている方の所まで、早く持ってってあげようぜ」

「そうだった! 行こう、二人共!」


「ワタシ達もついて行くわ。面白そうだし」

「一体何が始まるんだか……」







 ――手頃な大きさに切って筋を入れた猪肉、半月切りにした人参、アスパラガスを三本、採れたてのマッシュルームを五切れ程。最後にバターを一切れ、オリーブオイルを二匙程度。




「以上を木目の強い紙で包み込みましてえええええ!!!」



「十分程度蒸し焼きにしたのがこちらになりますうううううう!!!」





 紙を開くと、香ばしい香りが解放され、目にも麗しい肉汁の滝。





「うっわー!! 美味しそう!!」

「美味しそうでなく美味しいんです! パルズミールではこうして食材を召し上がりますからね! さあさあ、昼食がてら食べちゃいましょう!」



 レイチェルはささっとランチョンマットの準備を行う。各々がそこに座り、一息つく。



「……全員分あるの?」

「エリスちゃん、カタリナちゃん、リーシャちゃん、おやっさんさん、私、チャールズさん、ソラさん、そして貴女達二人の分! しーっかりと準備しましたよー!」

「……まあ腹が減ってるからな? 特別に食ってやろうじゃん?」




 各自スプーンとフォークを手に取り、食前の挨拶をした後、その肉身に匙を入れていく。


 そして肉が溶けていき、心は幸福に満たされる。




「美味しい……!」

「ほっぺがとろけるとはまさにこのことでありますなー! 某の筋肉も歓喜に打ち震えておりますぞ!」

「ロザリンにも食べさせてやりたかったな~。仕事が重なっちゃったからな~。そうだ、この包み焼きのことだけ美味しそうに語ってやろっと」

「嫌ったらしいわね……」



 熱々の食材を頬張り、舌が鼓を打ちまくる。



「こんなに美味しいならきっと、アーサー達だって喜ぶに違いないねっ!」

「クラリアちゃん叫んで喜ぶねっ! 私も頑張る甲斐が出てくるってもんです!」

「あーそういうことね。アイツらを喜ばせようとしてこそこそやってたわけね」

「そうですそうです!」「そうなんです!」




「最初は私達の周囲にだけ声かけてたんだけどね~。クラリアの知り合い、ルシュドの知り合いって。で、イザークの知り合いって誰だろーってなった時に、トシ子さんに声かけて」

「シスバルド商会にまで話が回ったわけと。ほーん……」

「にしても凄い行動力だぁ。僕達の世代には学園総出で何かするってことはなかったぞぉ」




 ぼちぼち食事を終え、匙と紙をまとめて片付けていく。




「ねえ、二人はこの後暇?」

「暇って言ったらこれに付き合わされるんでしょ」

「その通りだ、察しが良いなお嬢さん」

「っ……」




 苺が山盛りに入った籠を抱えたユーリスが、一切の気配を出さずに、サラ達の背後に立っていた。




「君達食後にはデザート欲しくない? 欲しいよね?」

「まあ……そうね」

「てめえはデザート枠なのかよ」

「口の訊き方には気を付けた方がいいぞぉ!?」

「ああ!?」


「はいはい、落ち着いて。でも作ったのは食べてもいいよ?」

「んー……」



 サラは考える素振りを見せたが、答えは決めていたも当然。



「そうね、今日はこっちに付き合いましょうか。訓練側に行くのも飽きてきたし」

「ぼくはあっち行ってもいいかな?」

「デザートいらないの?」

「黙れ。そんなことよりルシュドなんだよぼくは」

「ふーん……」




 舐め回すように観察するサラ。直後ににやりと口角を上げる。




「……何だよ」

「別に?」

「あっそ。じゃあぼく行くからな」


「そうだハンス。行くならついでに、こっちに来るのは午後六時以降にしてって伝えておいてよ」

「ああ、そんぐらいならやるよ。じゃあね」




 そう言ってハンスはその場を後にする。




 その後サラがにやつくのを目撃していたエリスは、彼女から話を訊くことにした。




「サラ……ハンスとルシュドって、どんな関係なの?」

「友達みたいよ? 彼の口から聞いたわ」

「へぇ……それはよかった。よかったって表現が合ってるかどうかわからないけど」


「んでもまあ、よかった所で僕達も作業をしよう。美味しいスウィーツをお作りになられましょー!!」

「ユーリスさん、テンション高いなあ本当……」

「まあ自分の作った苺が関わってるしね?」

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