第304話 曲芸体操部の雪灰灯

『割ろう、割ろう、何を割ろう?』


『そうだ、きみの頭にしよう』




(……次は右に回る)




『割れない、割れない、何故割れない?』


『そうだ、おかしなのろいが邪魔してる』




(この幻影から……一転して離れるように)




『割りたい、割りたい、何割りたい?』


『そうだ、きみの全てだよ』




(勢い良く離れて――






 ――豪勢に!)











「……『ドロッセルの狂実割り人形』」






 リーシャが踊る演目、その名前を口にするカル。




 魔術によって生み出された、男の姿をした幻影。それに対応するように、


 華麗に身を翻し、旋律のままに舞う。






「曲芸体操、その前身であるクラシックバレエでは基本の曲だっけ?」

「……よく知ってるな」

「あの子関連でちょいとねー。ウチも調べたんだぜ?」

「……そうか」




 彼は友人のヒルメと共に、吹き抜けからの鑑賞を許可されていた。




「まあ……これを踊り切れてようやく初心者だからな」

「おっ厳しいねえ」

「俺の出会った人達は口々にそう言っていたよ」

「さっすが本場は違うねえ」

「目指すなら高みを……おっと」

「ん、あれは……」




 彼女の演目が終わり、次の演目が始まっていく。








『さあ、今こそ空に飛び立とう!』




(何者にも汚されぬ、白翼はためかせ)




『恐れも不安も其のままに、全て我が受け止めよう』




(貴君は大層麗美なり、呪縛に蝕まれようとも)




『星が笑い、月が微睡み、雪が踊るこの刹那に!』




(――清廉なる白鳥の耳に、逢瀬を諫めし嘆声!)








「『――悪魔よ、嗤ってみるがいい。比翼連理で合歓綢繆、誰にも愛は欺けない』」




 後に続く歌詞を口ずさみ、壇上を呆然と見遣る。




「『白翼の湖』……やっぱすげえわ。ウチでもわかる」

「……威風堂々」

「そうそれ」

「……」




「こうして喜びを舞うのは、確か改稿版だったか」

「んにゃー、確かそうだった。ターレロっていう音楽家が親しみやすくアレンジしたとかなんとか。現在でもそれが主流って話」

「……」


「まあ原作の結末なんて目も当てられないっしょ……散々愛し合ってたのに、報われずにどっちも死ぬって」

「……だが、悲劇である故に美しい」

「それも真理だと思うぜウチは。けど生きていた方がやっぱいいっしょ」

「……」




 視線を外し舞台の天井を見遣る。



 乙女達の晴れ舞台を照らすのは、幾多にも取り付けられた照明。



 その中央にある白く輝く棒状の光。



 他の照明にはない、高潔な存在感を放っている。






(……あの子が最も好きだと語っていた戯曲)


(そしてあれは、母上が……あの子の為に……)






「にしても曲芸体操の舞台って、めっちゃキラキラしてるよなあ。魔術かなんかか?」

「ああ……それは雪灰灯ライムライトだ」

雪灰灯ライムライト?」

「厚い硝子を筒状にして、その中に雪と石灰を閉じ込め、酸素と水素と魔力を注ぐ……すると熱を帯びて、石灰が燃え光り雪が輝く」


「……雪溶けないの?」

「それがな、溶けないんだ。イズエルトの万年雪を採取して、更にウェンディゴ族が氷魔法で加工を加えるからな」

「じゃあ……手の込んだ特別な照明ってことかあ。その一本がこれ?」

「……」






 寄りかかっていた手すりから身体を起こす。






「氷の舞姫達の為に作られた、特別な舞台装置……名誉と名声の象徴だ」






        





「お疲れ様、リーシャ」

「えへへ……どうだったかな?」


『きれいだった すごかった』

「わーそう言ってくれるの嬉しい!」




 演目終了後、控え室から出てきたリーシャと話すエリス。


 丁度カタリナも演目を観に来ていて、一緒に来ていた。




「魔法の訓練もあったからさ、今回練習足りないかなって不安だったんだけど……」

「でも上手くできてたと思うよ」

「そ~かな~……」


『自信持って』




 そこに拍手の音が響く。






 雨のような、割れんばかりの大喝采。口笛の音もおまけでついている。






「わわっ、凄い音だ……」

「じゃあ終わったのかな、あの子」

「あの子?」




 そこに足音が近付いてくる。






「おや……お疲れ様です、リーシャ先輩」

「あっ……ミーナお疲れ」




 その後エリスとカタリナを視界に収めて、ミーナは会釈をする。思わず二人も会釈を返した。






「知り合い?」

「一個下の後輩」

「……あれ? 一年生? 演目発表って、二年生以上じゃなかった?」

「私は特別に許可されたんですよ。結果は上々でした」




 手を組み上に腕を伸ばすミーナ。


 すると身体から腕の凍ったパンダが出てきて、布を片手に彼女の汗を拭く。




「お嬢さん、お疲れ様っした。雪灰灯ライムライトの元で緊張していたと思いますが、よく演じ切りました」

「シンシン……まあ、流石の私でも緊張しましたよ。ここでお目にかかれるとは思ってませんもの」


『すごいもの ここにあるんだ』

「一年前の旅行で見たやつだね。曲芸体操専用の照明で、作るのに時間がかかるから数が少ないんだっけ」

「その通りです。イズエルトの魔法学園にはあるのは知っていましたが、まさかグレイスウィルにもあるとは思いませんでした」




 ミーナの言葉の端々から、本当に衝撃的だったことが伝わってくる。




雪華楽舞団キルティウムの中でも、更に特別なプリンシパルの舞台でしか用いられない照明――それを使わせてもらうということは「最も実力があると証明されているも当然」






 ミーナの言葉を遮り、食い入るように言うリーシャ。






「……」

「いやー……凄いよね! 一年生なのに! それに比べればまだまだ私なんて……」


『これから上手くなるんでしょ』

「……」




『いつかリーシャも あの照明の下で』

「……なるかな~」


「まだ二年生だから、時間はあると思うな」

「……」

「その通りですよ。実際、先輩の演技は光る物があったと思います」




 ミーナが顔を覗き込むようにして、リーシャを見つめる。




「先輩の演技は何だかふわふわとしていました。もっとメリハリをつけて、自信を持って演じればますます魅了できると思いますよ」

「自信かぁ……」

「まっ、そのためには基本の演技をしっかり押さえておく必要がありますけどね」




 シンシンが荷物を持ってきたのを見て、ミーナは入り口に足を向ける。




「では私は失礼しますよ。これからも切磋琢磨していきましょうね、リーシャ先輩」








 颯爽と彼女が去った後も、余韻を感じてその場に留まる。






「……」

「……負けられない?」

「そうそれ!」











 一方その頃、控室の外。現在は二年生全員の演技が終了し、幕間となって照明が全て点灯している。






「凄いですよねこの照明」

「そうだな……」




 アーサーが話しているのは、カタリナと共に来ていたルドベック。エリスをカタリナに預け、二人で舞台の前に立っている。






「あ! 君はもしかしなくてもルームメイトのルドベックではないか!?」

「む、ネヴィル……そうか、曲芸体操部だったな」

「立食会でリーシャの周囲をうろちょろしてた……」

「言い方ー!!」



 ネヴィルは作業を中断し、壇上から近付き声をかける。



「ねね、リーシャ先輩の演技観てました!? 初めての演目披露だったんですけど、中々のものだったと思いません?」

「そうだな……曲に合わせて動く、なんてことはオレにはできないからな」

「繊細な動きには憧れるな」

「手芸部の君が言うかい!?」




 すると背後で音が鳴る。






 その方向を見ると、複数の教師が一つの照明を外し終えていた。とても丁寧に厳格に作業が行われていた。


 白い粉がそこに溜まり、中央に透き通った管が通っている。無機物であるのに生命力が溢れんばかりだ。






「ふぃー、雪灰灯ライムライトも無事に外し終えて良かった良かった」

「そんなに重要な照明なのか?」

「世界中で数百……? いや数十だったかな? それぐらいしか存在していない、曲芸体操用の特別な照明だよ。作るのにも国策レベルで経費がかかるんだ」


「そんな貴重な物が何故この学園に?」

「先輩に聞いた話だと、三年前に突然寄付されたとか……」

「寄付……?」

「匿名である日突然ですって。それ以上は僕も詳細わかんないんですよね~」


「……あんな素晴らしい物を、匿名で突然か」

「おっルドベックもわかる? 実は雪灰灯ライムライトってランク付けされてるんだけどねー、あれって一番質のいいやつなのよ。雪華楽舞団キルティウムですらも十数本しか置いてなくて、しかも使われることは滅多にないレベルの」

「何だか……益々謎は深まるばかりだな」

「本当にですねー。でも使えって言われてるんだから、使ってあげないと雪灰灯ライムライトが可哀想……」




                どこどこどこどこ




「んあっ、危険な臭い……」

「どうした?」


「いや、貴族のお嬢様方がですがね、雪灰灯ライムライトを自分達に使えと、一年生の猪口才なんぞに使うのはおかしいとですね!! やられるぐらいならぶち壊してやるとか何とか申し上げてまして!!!」

「そ、そんなことが……」


「僕はマネージャーなんで!! それを収めていたんですよ!! そして今も行きます!!」

「後で何か奢るよ」

「ありがと!!!」






 そしてネヴィルは高速で控室に戻っていく。


 すると入れ替わりになるように、エリス達が戻ってきた。






「アーサー、お待たせ」

「む、来たか」

「では俺は……」




 エリスが来たのを確認すると、そそくさと視界から外れるように移動するルドベック。




「ごめんね、気を遣わせちゃって」

「いえいえ、これぐらいどうということは」

「……」


『仲良いよね 二人共』

「ん、手芸部で一緒だからね」

「先輩といると居心地がいいんですよ。俺しか男子がいない所に、良くしてもらっています」

「成程な……」




 その時講堂全体に声が響く。




 魔術音響による生徒のアナウンスだ。






「……もう少しで六年生の演目が開始されます。つきましてはお席に着きますようにお願い申し上げます……」






「遂にフィナーレだ。二人は観るの?」

「……」




 アーサーに身を寄せてから、ホワイトボードに文字を書く。




『何だか疲れちゃった』

「そうか……まあアデルにルドベックに、大柄の男性に沢山会ったからな。気を遣っただろう」

「……」こくこく




「そっか。じゃあ今日はもうお別れだね」

「ああ。世話になったな」

「また今度来るからね」




『今日楽しかった ありがと』




「――うん、さよなら。またね」

「アーサー先輩も、武術部で会ったらまたよろしくお願いしますね」

「ああ、ルドベックも訓練を重ねるんだぞ――」








 学園祭もこうして終わり、暦は十一月に。いよいよ魔術戦がやってくる――

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