第305話 幕間:帰りと旅立ちの船にて

 それはシルヴァが、アーサーに別れを告げた翌日のこと。






「……一緒に行かないかだってぇ?」

「ぶっちゃけ言うと僕ちゃん不安なんだよね!!!」

「まあ……わからないこともない」




 港で乗る船を見繕っていた間にルドミリアに捕まり、そこからジャネットの話を聞いてほしいということで第四階層まで強制連行されていたのだ。






「ルイボスティーのお代わりだ」

「ありがとうございますッ!!」

「どうもどうも」


「ここを離れたら暫くは窘めないだろうからな。浴びるように飲むといいぞ」

「ルドミリアー、何かいい感じのお菓子も頂戴。できればホイップクリーム使ってるの」

「よし、適当に漁ってこよう」




 ルドミリアは部屋を出て食堂に向かう。そんな足音が聞こえてきた。






「……で!? 来てくれるんだよね!?」

「まあ断る理由もないし……」

「ヤッフー!!! これで僕ちゃん百人力ィ!!!」




 椅子から立ち上がり、ぴょいぴょい飛び跳ねるジャネット。その現場を丁度目撃するルドミリア。




「どうやら話は纏まったようだな」

「はい、これから出る船で一緒に向かいます!!!」

「うむ……済まないなシルヴァ。ただでさえ頼みをしてしまった上、私の個人的な依頼もしてしまって」

「いやあいいよ、実家をほっぽりだして歩き回ってる分、これぐらいはやらなきゃ」




「……それにさ」




「……あいつ帰ってくるんでしょ?」






 ルドミリアに、生理的に不快そうな顔を向けるシルヴァ。




「……どうやら総合戦の観戦を行いたいらしい。その為の準備がどうこうとか言っていてな……」

「あー……じゃあ来年の四月まではいるなあ。やだなあもう……」

「嫌いにも程がありすぎじゃーないっすかねえ?」

「君が今沼の連中に抱いているのと同じ感情だよ」

「心底同情させていただきますっ!!!」











 それからたらふく茶と菓子を嗜み、






 夕方に出航した船で、のんびりと航海に出る。











「あー……穏やかだぁ」

「何ヶ月か前にはここを全力疾走したんだよなぁ……」

「ふっつーに航海して三、四日だもんなあ……数時間で行くだなんて、クソ頭イカれてたわ」

「火事場のうつけパワー恐ろしや~」




 水面をぼんやりと眺めるシルヴァとジャネットの後ろで、カルファとドリーが戯れている。




「あいつら平和でいいよなあ」

「気楽でいいよなあ本当に」


「平和じゃないぞー!! おまえにいかに運動させるかで、おれはつねに気を使ってるんだからなー!!」

「なーにが気楽でいいよなあじゃ。お前さんが無鉄砲な行動するから、儂は常に消える覚悟を固めておかないとならん」

「「地獄耳……」」






 地獄耳であってもそうでなくても、悠然と海原を行く音は入ってくる。






「……ねえねえ」

「何すか~~~」

「魔術師ヴォーディガン」



 ジャネットの眉がぴくりと吊り上がる。



「……マジで何すか急に?」

「知ってるかなって」

「知らない魔術師はモグリだからね? 千年かけても動かなかった針を~ってフレーズ、一度聞いたら忘れられないもん」

「やっぱりそうなのね~」




「……ジャネットクンにこっそり教えちゃうけど。実はウォーディガン、妻子持ちらしいよ」

「ま~~~じ~~~でぇ~~~!?」

「マジらしいぞ。で、家族の将来を案じて失踪したって説が有力」

「はえー、魔術研究の成果放り投げてでも家族を守りたかったのかー。キャメロットはそんな人情に篤い奴を受け入れるような組織じゃないよ?」




 ジャネットの屈託のない意見に、首を豪速で縦に振るシルヴァ。




「きっとウォーディガンが匙を投げたくなるようなことを研究してたんだと、シルヴァさんはそう睨んでいます」

「キャメロットの研究内容かー。流石の僕ちゃんでも詳しくはわかんない」

「ですよねー」


「待て待て、わかんないつっても詳しくはだよ? ざっくりとなら聞いたことはあるんだ。僕ちゃん天才で顔広いから」

「いよーっ流石ジャネット様。んじゃまあざっくりでいいのでプリーズ」

「おっしおっし、では発表しちゃうぞー」






 露骨に数秒程度間を置いて。




「……魔法人間ホムンクルス




 静かに波が打ち返す音が反響する。








「……魔法人間ホムンクルス

「そうそう、魔法人間ホムンクルス


「……マジで言ってる?」

「マジで言ってる。僕ちゃん命の恩人に嘘つかないもん」

「いや、でも、それって……」

「帝国初期から中期にかけての、錬金術研究の産物。魔術を駆使した臓器やら骨やらを組み合わせた、常人より優れた体力、魔力、精神力を持つ生命体」

「それってさあ、ナイトメアで良くねって結論にならなかったっけ? 錬金術を研究している魔術協会は、新時代におけるナイトメアの台頭で悉く解散していったって話でしょ。魔法人間ホムンクルスを研究する価値がなくなっちゃったから」


「んでもナイトメアってさ~~~結局は魔力の塊じゃん。それに何か思う奴は少なからずいるんじゃないの?」

「……確かに自分の魔力的なリスクが増えるだけだとかいって、発現に反対する派閥もいるっちゃいるけど」

「そんでもって新時代に生み出された王国の産物だから、偉大なる千年帝国には似つかわないとかね」

「私が何者かわかっててその発言したよね? ねぇ???」




「あとはフリーランスでもちょくちょくいるよ。ロマンの追求とか何とか言って、大々的に融資を募っている奴。だから気にぁかるのはさ、何でキャメロットとかいう大御所がそんな研究やってんのさっていう」

「んー……んんー?」






 シルヴァは頭を捻り、水面に皺を寄せている顔を映す。






「……初代皇帝マーリン。奴はナイトメアという存在に懐疑的だった? それでナイトメアを超えた生命体を造ろうとした?」

「騎士王に仕えていたのにそれやっちゃうの?」

「そこなんだよなー……」




 そこで船笛が鳴り響く。それと到着を知らせるアナウンスも。




「……やっと到着かあ」

「船の中は快適だったから、そこまで不便に感じなかったけどねえ。あっという間に過ぎていったよ」

「へえ、貴族でもそんなこと言うんだ」

「旅行慣れしてるんだよ私はぁ」











 こうして港に降り立った二人なのだが。






「アッ」

「どうしたよ?」

「私の天敵探知センサーが……強い反応を示して……」




 がばっと港を一望するシルヴァ。




 その先にあったのは、自分達が乗ってきたものより、やや豪華な船。




 そして、まるで生き写しのようにそっくりな二人が、大勢の人間に囲まれながら船から降りてくる。シルヴァはジャネットを背にするようにして動き出した。






「おお~リーゼとリーラだって何やってんの」

「あいつセーヴァの側近なの」

「そういえばそうだった。リネスにはたまに来ているんだよね」

「マジかい!?」


「時々セーヴァ様もおまけでついてくることがあるよ。まあ今回はいないみたいだけど」

「何処いやがるんだよあいつ……」

「ていうか僕ちゃんを背にこそこそやってるの、小物感漂う三下の言動そのものなんだけど」

「五月蠅いなあもう!! ……ん? あの特徴的な猫背は……」






 リーゼとリーラに近付くのは、赤いスーツと出っ歯が特徴的な、手をこねている人物。




 彼は二人の眼前に立つと、更に体勢を低くしてお辞儀をしている。






「ラールスだ。ネルチ家のトップが自らお出迎えにあがるとは」

「僕ちゃんの元上司でもある」

「そうなの?」

「人使い荒くて、このままじゃ使い潰されるって思ったから抜けたんだけどね!!!」

「大変だねえ魔術師も」


「んだんだ。っと、そういえばリーゼとリーラに変な噂が立ってたの思い出したぞぉ」

「まあ敵情視察ということで聞いておこう」






「あの二人、実は魔法人間ホムンクルスなんじゃないかって」





 ここぞとばかりにシルヴァの猛烈首縦降りが発動。骨の過労も気にせず主張を続ける。




「そんな納得できちゃうの。つーか納得しすぎの域だわ」

「だって……あの二人、数年前にセーヴァがぽっと出で連れてきたんだもん……」

「そうだったんだ?」


「あとやけにセーヴァに従順だし……何か思考回路を弄られててもおかしくないっつーか……」

「顔以外にも不思議な魅力があるんだよねー。これも魔法人間ホムンクルス故の効能とかだったらどうしようマジヤベえ」




 そんな話をしながら、暫く様子を窺っていると。




「……よし。ラールス共々移動を開始した。我々もさっさと行こう」

「よかったら僕ちゃんの家でご飯でもどう!?」

「人を上げられるほど綺麗な状態でないのに何を言う」

「君の方こそ何でそれだけ言って帰っていくのかなドリー!?」

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