第310話 リーシャの魔術訓練
<魔法学園対抗戦・魔術戦 三日目 午前七時>
初戦も終了し、その迫力に感化された生徒達の間にやる気漲る。
リーシャもその中の一人。彼女や他の仲間が出場する試合は、二十六日目。何の因果かまたしても最終戦だ。
つまり訓練に十分な時間を割けるということ。演習場に赴き、愛用の杖を握る。
「よーし……やるぞー! やってやりますぞー!」
気合を入れて一発、叫んだ所に見慣れた顔が。
「よう……来てやったぞ」
「リーシャ、おはよう。元気?」
「ハンスにルシュド! おはよ! 訓練付き合ってもらっちゃってごめんね!?」
「別に……いいよ」
不貞腐れているのかよくわからないハンス。
乗り気なルシュドはコッペパンを手渡す。
「ん、何これ?」
「パスタパン。ミートソース。もしゃもしゃ」
「美味いものってことか! どれどれ……」
「スノウもたべたいのです!」
「ほいっ!」
「――」
「シルフィも欲しいってさ! 可愛い!」
「ハンスはー? どうするー?」
「……お腹が空いてないんだよね」
「嘘をつくんじゃねー。ここに来る途中で食べ切っ「殺す!!!」
「はっはっは!」
ハンスをからかうジャバウォックを横目に、リーシャはパンを完食。
「んじゃあ訓練開始ー!」
「おらよ」
「はうわあっ!?!?」
杖を再び握る前に、ハンスが風を起こす。
「訓練なんだろ? これぐらいやらなきゃ」
「じょ……上等っ!!」
構えを取り、風が渦巻く中で踏ん張る。
「えーっと、サレ……」
「リイシア! これはくんれんなのです! つかえる魔法をふやすことをかんがえるのです!」
「あーっとそうだ! えっと、氷、氷以外……!」
頭を働かせる間にも、風がしなって身体を叩き付けてくる。
「ほらほらほら? さっさとどうにかしろよ、でないと本当に刺すぞ」
「わーってるってばあ! えっと!」
ようやく呪文を思い出し、地面と角度をつけて杖を構える。
「――
杖から橙色の魔弾が飛び出し、地面に落ちて霧散する。
すると、あれだけ吹いていた風が、
ビュンという音がしたかと思うと、一瞬にして止んだ。
「お……おお……」
「……」
「ふひー、何とかなった……」
「二人共、凄い! 魔法、使える、凄い!」
「ルシュドも使えるだろ一応」
「おれ、呪文、苦手……」
「これが属性の相殺効果ってやつかぁ~!」
くるくると器用に杖を回して弄ぶ。
「……」
「ハンス、どうした?」
「……邪魔だ」
「え?」
「ルシュド、火属性の呪文を教えろ」
「えっと……
「よし。
ハンスが詠唱を完了した瞬間。
彼の視線の先にあった森林が、ごうごうと燃え出した。
「……ちょっとー!?」
「ふん、ぼくにかかればこんなものか。火属性も難無く扱いこなせる」
「いや、何スカしてんのよ!! 先生方にどう言い訳すればいいのよー!!」
「別にそんな「あついいいいいいいいいい!!!」
森林の中から、服に火が燃え移った女子生徒が出てくる。
その生徒は全員巻き髪で、丈の長いドレスを着ていて、そこら中飛び回っていて。
「あ……」
「さっきの視線こいつらかよ。あー清々した、いい気味だ」
「いい気味じゃないよ!! ちょっと、ねえこれ、やばいって……!!」
「は? 何が?」
「そこのエルフ!!! 聞こえましたわよ!!!」
女子生徒を代表して、カトリーヌが突っかかってくる。隣には当然フレイアの姿も。
そう、他の女子生徒は、例にもよってカトリーヌの取り巻き達だったのだ。
「極刑!!! 色々ありますが極刑につきますわ!!!」
「ぼくに命令できる立場なのかよてめえ」
「貴様――カトリーヌ様のことを存じないと? イズエルトはディアス家の令嬢であるぞ!!」
「ふーん、エルフよりも貧弱なウェンディゴの家かあ」
「……」
露骨に目を見開き、口元を引き攣らせるカトリーヌ。
「ぼくはメティア家の嫡男だぞ? 偉大なる
フレイアがすかさず斬り付け、それをすかさず弾き返すシルフィ。
「ほほ……おほほほほほほ……!!! 今日こそリーシャを始末しようと思っていましたけど、感謝なさい!!! 先にあなたからにして差し上げますわ……!!!」
「こっちの台詞だボケがぁ!!! いいぜぇ、最近暴れ足りなかったんだ!!! 血祭りに上げてやる……!!!」
互いの魔法が重なり合う瞬間、
一面が氷に覆われた。
「「……はぁ!?」」
「こ、これは!?」
「――!!」
「な、なんだ? 寒い……」
「……」
「……リーシャ? 何か、どえらい表情になってるんだが?」
「……あの方もいらっしゃるのねぇ……」
その場にいた生徒が、寒さのあまり動けない中で、
彼女はやってくる。
「これは何事なのかしら……」
王冠のように凍った頭髪。澄み切った青い瞳。
緩い魔術師のローブを着用して、普段とは異なる姿であるが、彼女こそがイズエルト女王ヘカテであることは白日のうちである。
「……!!」
「貴女は……ディアス家のカトリーヌ様。このような所でお目にかかれて、光栄ですわ」
「わ、わたくしの、方こそ……」
「そして……」
視線がリーシャに向けられる。彼女の隣にいたルシュドは、目をぱちくりさせてヘカテを見つめていた。
「女王陛下……く、訓練の様子をご覧いただき、誠に感謝致します……」
「顔を上げて、リーシャ。久々に貴女に会えて嬉しいわ……」
「……」
リーシャの正面に立ち、そっと彼女の頬を撫でる。
(す、凄い……偉い人、迫力……)
(シッ! 静かにしろ……!)
動けないカトリーヌ達を尻目に、颯爽と移動してきたハンス。リーシャと話している間にひそひそ耳打ち。
(……ルシュド。もうぼくら戻ろうぜ)
(え? でも、訓練……)
(いいんだよ、面倒事に巻き込まれるのは
ごめんだーっ!?」
スノウが氷魔法でハンスを押し出し、ヘカテの前に無理矢理誘導。
追うようにしてルシュドもやってくる。
「ご友人かしら?」
「はい。右がハンスで左がルシュドでございます。ハンスに関してですが、彼は
「まあ、
「は、はぁ……」
叱責されるのを覚悟していたからか、罰が悪そうにしているハンス。迫力に耐え切れなくなったルシュドが後ろを振り向くと、
「ぐっ……くぅぅぅ……!」
「ゆ、許してください……! こ、このままでは……!」
カトリーヌを始めとした女子生徒達は、足が凍って動けなくなっていた。
その隣には、上半身が狼のような姿をした、隻眼の戦士が佇んでいる。
「あ……マーク。さん」
「何だって?」
「まあ、ルシュドさんは彼のことを知っているのね。彼は私のナイトメアで、とても勇敢なのよ……ふふっ」
口に手を当てて笑う姿は、いつ見ても麗しい。
会う度にリーシャはその仕草に魅了されている。
「でもそうね。流石にここまでされると、お話をする気にもなったんじゃないかしら」
「は、はい……」
「マーク、地面を溶かしてあげて」
「……」
鼻で返事をした後、持っていた戦斧を叩き付ける。
するとひびが入り、地面を覆っていた氷は爆散していく。
仕上げにヘカテが指を鳴らすと、木々に付着していた氷も溶けていった。
「では私はあちらに……訓練頑張ってね、リーシャ」
「はいっ! 本日はお会いできて光栄です、女王陛下!」
「ふふ……ごきげんよう」
その後ろ姿がほんのり小さくなるまで、三人は彼女を見つめていた。
「……リーシャ。今のってさ」
「イズエルト現女王のヘカテ様ー!! あーもう死ぬかと思った!!」
「リーシャ、知り合い?」
「知り合いっていうかなんて言うか……私がここにいられるのも、全部あのお方のお陰だし……」
「そうなんだ……」
「だから!! たとえ友達であっても無礼な行いは看過できないからね!?」
特にハンスに対して強く言っている。彼の頬を両手で挟みぐりぐりしている。
「……わーったよ。ここは……うん。きみのその態度に免じて、我慢……してやる」
「よっし言質取ったり!! じゃあ気を取り直して、訓練再開!!」
「……ふん。やってやるよもう……」
「おれ、見てる。アドバイス、する」
「よろしくねルシュドー!」
こうして氷と風、時々違う属性が飛び交う訓練が行われる。
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