第212話 アリアとトシ子

<魔法学園対抗戦・武術戦 七日目

 午前六時 グレイスウィル男子生徒天幕区>





「……」



 手水場で顔をすすぐ。水面に映るはやや曇った空、僅かに浮かぶ自分の顔。


 水滴を拭った後、眼鏡をかける。



「……ああ」



 脳裏に浮かぶのは昨日の戦いの光景。三年生の先輩方は、一生懸命戦って勝利を手にしていた。


 最後の最後まで諦めずに、時折観客を魅了させながら。



「……」



 そよ風が頬を撫でる。慰めなのかはわからないが。


 一先ずは自分の天幕に戻りに――





「あ……」



 後ろを振り向くと、彼らはいた。





「……おはよ!」

「おはよう。今日はそこそこ過ごしやすい天気だな」




 たくさんの生徒達。彼らは同じ生徒会の二年生であることを知っている。


 その先頭にいたのは、アーサーとイザークの二人であった。




 逃げようとするのは許してくれない。一歩踏み出して、続けて声をかけてくる。




「オマエさあ、話は聞いたぞ? 弟に勝ちたかったんだってな?」

「……貴様」

「ボクもさあ、今回の対抗戦は勝ちたいんだよ。観てくれる人がいるからさ」

「……」




「ついでに生徒会の方でも聞いたからな。俺らの知らない所で色々と……でも、責める気は毛頭ないよ」

「……お前だけに全部任せようとしたのも悪いからな。だが今度はそうしない。一緒に策を考えて共有する」



「勝ちたいのは……ここにいる全員が思ってる。過去に何があったか、そんなのは関係なしに」




 全員口角は上がっているが、目付きは真剣そのものだ。






「勝つんなら正々堂々と勝とうぜ。実力で勝って、あのウィルバートとケルヴィンの連中に、苦汁をしこたま飲ませてやろうぜ」

「……」



「ボクはいくらだって最善を尽くしてやる。そのために訓練も積んできたんだ。足手まといにはならねえはずだ」

「……オレも改めて手を貸す。共に戦おう」






「……」


「貴様等……」




 水が滴る顔を、改めてタオルで拭く。



 眼鏡をかければさっぱりとした顔になり、伴って気分も吹っ切れた。




「……やる気、だな」

「そりゃあやると決まったからにはねぇ!?」

「……そうか」



 頬を軽く叩いて、頭を起こす。



「それなら俺も最善を尽くすとしよう。先ずは――」

「んじゃあちょっと来いや!」

「あっ……!?」




 イザークはヴィクトールの腕を掴む。そのまま引っ張っていく。




「な、何のつもりだ……!?」

「皆今訓練してんだよ! 戦力がどれぐらいあるかどうか見た方が、策も練りやすいだろー!?」

「そういうことだ。何か言いたいことはあるか?」

「……」



「ないな! じゃあ行こう!」

「いや……」



「何だよヴィクトール、ビビってんのか!?」

「残された時間はそうそう多くはないんだぞ。善は急げだ!」

「……」






 数十人の生徒に気を押されて、まだ朝食も食べていないと伝える前に、演習区に到着してしまった。





 しかし様子がおかしい。




「……何か人増えてね?」

「しかも武道着じゃないぞ。何かベストっぽいの着てるな」

「ここは二年生の専用区画だぞ。なのに何で……」



 イザークが歩き出そうとした姿勢のまま、固まる。



「……どうした?」

「うあー……!! 来るとは言っていたけど、よりによって今この時かよー……!!」



 渋い顔をしながらその場を後にしようとするイザークだが。



「……何だ貴様。俺をここまで引っ張っておいて自分は逃げるのか」

「えっ、いやそれは……!」


「……もしかして、この人達に心当たりが?」

「あーうんそーだねー……!」


<イザークちゃああああああああん!!!!!!!





 砂煙と甲高い声を上げながら、その人物は突進してくる。





「うっふっふっふぅぅぅ~!! 会いたかったわ~~~~~~ん!!」

「むぎゃああああ!!」




 金色のロングヘアーにピンク色のドレス。


 がイザークの頭を胸に埋め、力強く抱き締める姿は、


 演習場にいた二年生たちに衝撃を与えるには十分すぎた。






「……ぶはぁ!! オマエ、出会って早々これかよ!!」

「だぁ~ってアタシ嬉しくってぇ~! こうして時間取って話すの久しぶりじゃない!?」

「待って! 待て待て! えっと……取り敢えず皆普通に訓練していいぞ! ボクはコイツと話があるから!」

「あ、ああ……わかった?」




 一緒に来た生徒会の二年生はそれぞれ散っていき、アーサーとヴィクトールだけがその場に残る。




「……状況が飲み込めんのだが」

「それはボクもだよ! 何で演習区に来てんだよ! 普通に考えて本部の方いるだろ――なあ、アリア!?」




「アリア? ……思い出した! グランチェスターで見たことあるぞ!」



 アーサーの言葉に、アリアは反応して身体の向きを変える。



「グランチェスター……ということは、半年前のゾンビ事件の時かしら?」

「そうです。オレはあの時の……覚えているかどうかわかりませんが、ユーリス・ペンドラゴンの知り合いです」

「あら、ユーリスさんの! ばっちり覚えているわよぉ、というか今もご贔屓にしているし!」

「そうだったんですか……意外です」



「意外はこっちの台詞よぉ! まさかアナタ、イザークちゃんのお友達か何かなの!?」

「……ええ。友人です」

「あんらまあ~~~~~!!」



 再度抱き締めるアリア。再度もがいて脱出するイザーク。



「オマエなあ、苦しいんだよそれやられると……!」

「あら、ごめんなさいねぇ~!? だぁってイザークちゃんがこぉんなに立派に成長しちゃって、アタシ嬉しいんだものぉ~~~!!」

「ああ、そうかいそうかい! 全くいつ見ても暑苦しいよなオマエ!」

「……」



 一旦間を置いてから、ヴィクトールが切り出す。



「……ナイトメアか?」

「あら、わかるぅ?」

「此奴と年齢が離れていそうな割には、やけに親しげなのでな」


「……まあ、そうだな、うん」

「でも誰のナイトメアかは秘密よん?」

「それは……いや、前に何処かで見たことあるような……」






「おおーい! お前らもこれ、食ってけー!」




 二年生の一人が、どこから調達したのかサンドイッチを持ってやってきた。




「……え? 何これ? 差し入れ?」

「武器庫の近くに何故かシスバルド商会の人がいてさー。ここにいるのも何かの縁だから、ご馳走になれって言われたんだ!」

「シスッ……!? ああ、そういえばサンドイッチがどうこうって言ってた気がする……!!」


「そっちにも挨拶しとくぅ?」

「する!!!」




 武器庫の方に駆け出すイザーク。




「ん~♪ んじゃ、アタシ達も行きましょうか♪」

「あの……」

「なぁに? このに訊きたいことあるぅ~?」


「……イザークとは具体的にどんな関係なんですか?」

「ん~、それはナイショよん♪」

「はぁ……」






「おばちゃん、フルーツサンド!」

「はいは~い! さあさあどうぞどうぞ~!」

「鹿肉サンドなんで初めて見たぞ?」

「食べてみたいかしら!? しっかりと血抜きしてあるから美味しいのよぉ~!」

「こっちにレタスサンドくださーい!」

「はいはい今行くからね~!」





 武器庫の前に広げられた、茶色の紋様が刻まれた黄色の天幕。



 中ではアーガイルのローブを着た数人の大人がせわしなく働いている。



 特に派手な化粧をして、ぶってりとした風貌の壮年の女性が一際目を引く。





「うわあああ……何か想像以上なことやってる……」



 そこに駆け付けてきたイザーク。勘弁してくれよと言おうと思ったが、サンドイッチの山をとそれに群がる生徒達を見て止めておいたようだ。



「はいいらっしゃいませ~! ってあら! イザークちゃんじゃない!!」

「ト、トシ子さん……何やってんすかホントに……」


「何って見ての通りよぉ~! 折角なんだもの、イザークちゃんの同級生の皆にも頑張ってもらいたいじゃない!? シスバルド商会は頑張る学生ちゃんを応援するわ!」

「えーっと……色々突っ込みたいんすけど、もうここまで広がっているとなんというか……」




 アーサーとヴィクトールも合流し、するとトシ子は雷に打たれたような表情になる。




「あらまあ! もしかしてイザークちゃんのお友達かしら!?」

「うん……まあうん、そうだよ」

「あら~そうなのぉ~! 初めましてねぇ!! さあこれ食べていって!」

「ど、どうも……」

「……ありがとうございます」



 二人は渡されたチョコバナナサンドを口に恐る恐る含む。



「……美味いな」

「まあ、食べられない味ではないな」

「我らはシスバルド商会! 食い物に命をかけまして大体六十年! そんじょそこらの商会とは違うのよ~~~!!!」

「……」



 今度のヴィクトールは、はっきりとトシ子のことを思い出せたようで、



「……トパーズ・シスバルド。食料品に関しては右に出る者はないシスバルド商会、それを一代で築き上げた稀代の天才、でしたか」

「うっふふう、私ったらそんな呼び方されちゃってるのぉ? 別に大したことなんてしてないわよぉ~! ただ皆に、美味しい物をいっぱい食べてほしくて、ちょーっと頑張っちゃっただけっ!」

「そうですか……にしても、商会長と知り合いか。顔が広いのだな貴様」

「ま、まあ~ね~……」



 イザークは目を逸らしながらフルーツサンドを頬張る。





「うみゃうみゃ……ん? ヴィクトール、さっきからサンドイッチ物色してるな?」

「……」


「あーっ!! わかった、オマエ腹減ってんだろ! そういうことは先に言えよなー!!」

「貴様……」


「トシ子さん、とりあえず適当に箱に詰めちゃってください!」

「わかったわぁ!!」




 サンドイッチが六つ詰まれたランチボックスが、イザークを通してヴィクトールに手渡される。




「まあ視察ぐらいなら食いながらでもいいだろ! 行こうぜ!」

「はぁ……」


「イザーク、オレはどうしようか。一緒に回った方がいいか」

「ん~どうする? というか案内なら別にボクじゃなくてもいいんだよね。生徒会のヤツに任せてもいいんだけど? どうする?」

「……」



 二人の顔を交互に見る。だがそうするまでもなく、彼の判断は固まっていた。



「……いや。貴様等に頼もうか」

「マジで? ボク達でいいの?」

「……」



 何かを言おうとした。



 が、上手く言葉にできなかったので、無理矢理口にサンドイッチを押し込んでごまかす。



「ごはっ……!? ごほっ!?」

「あ、それヘルブレイズチキンカツサンドだ。辛いっしょ?」

「貴様、何故これを……!」

「適当って言っちゃったからしゃーなしだ。んじゃあ行こうぜ!」

「待て、先ずは水をだな……!」

「向こうにあるから心配ないな。早く行こう」



 左腕をイザーク、右腕をアーサー。ずるずると引っ張られて、ヴィクトールは演習区を行く。






「……」




「ねえトシ子さん……イザークちゃん、本当に成長したわねぇ……」

「うふふ、この先もっともーっと成長していくのよぉ? 多分今後も感動しっ放しねっ!」

「そう、ね……」

「……」




「……やっぱり、彼も来るべきだった。意地でも連れてくるべきだったわ」

「……あら、そう考えていたの」


「互いに逃げずに向かい合わなきゃ、一生互いのことを知らないままよ。アタシはそれを為さないといけない……存在意義として」

「……やめましょう? 来てもない人のことを話したって、今から瞬間移動で現れるわけじゃないわ」

「……」




「それよりも今は目の前のことよ! 折角だしイザークちゃん達に付き添ってあげたらどうかしら?」

「……そうね。そうさせてもらおうかしら」

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