第527話 夜に逃げる

 ヴィルヘルムの所から伝書鳩に変身したシャドウが帰還し、受け取った手紙に書いてあった通りに準備を進める一行。


 村で一泊して、現在時間は概ね午後五時頃。長いようで短かった沼の者の村への滞在も、夕暮れの下に終わろうとしていた。






「ねえねえ一つ気になったんだけどさあ」

「何?」

「カタリナちゃん、確かリグスってファミリーネームじゃなかったっけ。ってことはトムさんもリグスさんなの?」



 怪我が治った影響で、久々に出てきて羽を伸ばすギネヴィアが尋ねる。カヴァスもその足元で自分の尻尾を追い回していた。



「ああ、それは……ファミリーネームではないんだ。我々は世界を飛び回る都合上、各地に隠れ家を作っていてな。それをリグスと呼んでいるんだ」

「入学する時、ファミリーネームがあった方が正体勘づかれにくくていいって思ってなあ。でも本来は、沼の者にはそんなもんねえでやんすから」

「確かに私初めてその名前知ったよ」


「あたし自身も、慣れてないから忘れてたんだよね……でも、そういうことだから」

「うん、そういうことそういうこと」






 たらふく手料理を食べて、たくさん子供達と遊んで、村人の手伝いもして、外の世界についていっぱい教えた。




 そんなことを繰り返していると、たとえ死と隣り合わせであろうと愛着も沸いてくるものだ。






「君達は我々に様々なものを齎してくれた。感謝してもし切れないよ」

「またお越しくだせえ! ……って、言えないのが本当に辛いでやんす」

「んな暗い顔しないでくださいよソールさん。カタリナがそう言えるようにしてくれるんでしょう?」



 青年の一人が、カタリナを見遣る。



「うん……あたし頑張る。もっと色んなことを勉強して、皆をこの森から解き放ってみせる」

「ううっ、何て真っ直ぐな瞳なんだ。俺でさえ泣きそうなのに、オレリアやヴィリオが見たらきっと咽び泣くだろうなあ……」

「……」



 ほんの少し懐かしそうにしてから、トムは一歩歩き出す。



「さて、お別れの時間だ。どうか我々のような者が生きているということ、頭の何処かで忘れないでいてくれよ」

「さようならー!!」

「ありがとうー!!」

「元気でなー!!」

「怪我とか病気とか、するんじゃないわよー!!」






 村人の声や手を振る姿に見送られて、エリス達十一人と――トムとソールを含めた沼の者十数名が、森に向かって歩き出す。
















 ただでさえ命を喰らう森が、夜の闇も合わさって更に踏み入る者の様子を窺っている。視力と脚力を強化してどうにか歩けているのが現状だ。




 エリスの力を頼るのも悪いと感じたので、強化に必要な魔力は全員で出し合った。特にイザークの貢献が大きい。






「イザーク、アナタ魔力不足とか起きてない? 大丈夫?」

「一回寝たし平気だぜ!」

「どういう理屈だよ」


「恐らくお前の姿が変わったことに影響しているのだろうが……」

「あー、あの演奏会で着ていたあれ? ていうか色々謎だわ、どっから持ってきたの? 今学生服なのに」

「何かさー、ボクが本気出すとああなるんだよ。で、本気出さないと直前に着ていた服に戻る」

「謎だぜー!」

「アーサーとエリスの鎧もそんなもんでしょ」

「カタリナの紫装束もそうじゃない?」

「んー……何なんだろうね」

「帰ったら詳しく研究する必要がありそうだな」






 等という生徒諸君の雑談を、横にしながら並走する沼の者達。






「にしても魔法ってほんっとすげえんだなあ。俺達とほぼ同速で森を進んでやがる」

「今度仕事の帰りに本とか買ってみようかな……」

「先ずは文字を読めるようにしないとな」

「ふふ、夢が広がる広がる……お前達が来てくれたから、こうして夢を見ることもできている。感謝感謝だ」

「どうも、どうも! おれ、嬉しい!」


「叔父さん、ソールさん、それに他の皆も。ついてきてくれてありがとう」

「夜の森は危険だからな。ここをよく知る者として送り届ける義務がある」

「それに聖教会ってのに狙われてるんでしょう? なら益々放っておけねえ! 安全を守らなくっちゃあ!」

「エリスちゃんも大変だねえ。カムランにも聖教会にも狙われてるときた。そしてカタリナちゃんは、そんな子と友達なんてなあ」

「……」




「守ってあげるんだぞ。カタリナちゃんはそれができる力を身に付けてるんだから」

「はい……」






 ふとカタリナが横を見ると、アーサーがむすっとした顔で歩いていた。






「あ、アーサーは……えーと……」

「……守るのはオレの役目だ」

「んな話をしてんじゃないわよっ!!」

「痛あっ!?」



 リーシャにサシで平手打ちを喰らうアーサー。隣でイザークとハンスがゲラゲラ笑う。



「お前ら……!!」

「アーサーはアーサーの!! カタリナはカタリナのできることでエリスを守ればいいの!! そういう話!!」

「ぐぬぅ……わかってるとも。ただ、変な意地が出てしまっただけだ……」


「え、何々どういうこと?」

「エリスとアーサーはお付き合いなさってるんですヨォ~~~~♪」

「あーそういうね!? 彼氏としてね!? はいはい!!」

「何かめっちゃお似合いだなあって思っていたら、実際めっちゃお似合いだったのね!! うんうん!!」

「「「ひゅ~~~~~!!!」」」


「何で皆さんも煽ってくるんですか……!!」

「種族出身問わず恋愛の話は格好の話題だということだ。さて……」




 ヴィクトールは一旦立ち止まり、額に水平にした手を当てる。






「そろそろ出口だ。ほら、馬車が見える」

「ケルヴィンの紋章も見えるぜ!! うおおおおおー!! おお!?」

「先ず俺が接触するから、一旦堪えてくれクラリア。その方が話が進みやすいだろう」

「その通りだぜ! アタシはこっから見ているぜー!」


「では我々は……少し離れたあの辺りから見守っていよう」

「もう帰ってもいいんじゃないの?」

「言ったでしょう、安全に見届けるまでが責務でやんす。最後まで何が起こるかはわからないでやんす――」











 木々が生い茂る場所を抜けると、一気に夜空の光が差し込む。



 そこに馬車が数台停まって待機していた。一番大きい馬車の近くでは、ヴィルヘルムが周囲を見回しており、こちらに気付くと駆け寄ってきた。




「父上! 只今戻りました!」

「おお、ヴィクトール。他のご友人達も無事であったか」



 十一人とヴィルヘルムは近付いて、馬車群の中心辺りで合流した。






「……ルシュド? 何だそんな顔して」

「……ハンス。何か変」

「え?」


「従者、皆さん、多い……」

「ん……?」

「……あれ。確かに、ここに来た時は数人ぐらいだった気が……」



 しかし今は、ざっと見ただけでも数十人ぐらいいる。






「……もっといる」

「は?」

「木々に隠れて、こそこそしてるぜ……アタシ、姿が見えたぜ……」











「いやあいやあ本当に……この森を生きて帰れるとは」

「前途多難でしたが何とか」

「大層疲れているだろう、早く馬車に乗りなさい。ええと、そこの赤髪の……」



 彼はエリスに顔を向け、



「貴女が一番お疲れになられていると見える。この一番豪華な馬車に乗り込んで、それを癒すといいでしょう――」



 満面の笑みを浮かべて、微笑んだ。










「……あっ?」






 彼が返事も待たずに彼女を引き込もうとした瞬間。






 空気を具現化した刃によって、その腕が裂かれた。






「――エリス!!! 貴様!!!」

「ヴィクトール。偽物だよ、この人」



「……なっ!?」






 穏やかだが騒々しい風を起こし、彼に駆け寄ったヴィクトールを引き剥がす。




 アーサーとイザークが咄嗟に振り向き彼を受け止め、そして、視線の先に二人を収める。








「偽りの憐憫、作り物の笑顔。本当はわたしのことなんて、どうでもいい癖に」



「ただの金づるにしか思ってない癖に、警戒心を解こうとしてさ」



「わたしが気付かないとでも思っているの?」






 攻撃を指示する手を――驚愕して白目を見開く彼女に向け、



 毛嫌いするような侮蔑するような視線をひたすらに送り続ける。








「……」



「……アハハッ」



「他のガキ共は騙せ遂せたのに――」



「肝っ心の、テメエに見抜かれるとはなぁ!!!」






 彼女が地面を踏み抜くと、地震が起こる。



 それは目の前の光景を次々と塗り替えていく――






「……幻惑結界!!」

「嘘っ、いつの間に……!?」

「いつの間にか騙してやれる程、我々の方が上手だということだ」





 馬車の中から一人の男が降りてくる。聖教会大司教、ヘンリー八世。



 周囲の従者達もその様相を変えていた。白いローブに女神を象った紋章、聖教会の者だ。



 すると、ヴィルヘルムに化けていたのは――





「お久しぶりですわぁ女王陛下ぁ♪ もう一度お見えになられまして私感激でございますぅ♪」

「汚い口を開くな、エリザベス・ピュリア!!!」






 再度風を起こしつつ彼女から距離を取る。




 他の連中と比べて最も白いローブ。しかし吐かれる言葉は、他の連中と比べて一番汚い。






「おうおうおうおうおうおうテメエ私がなぁ~~~~~~~~~にしてやったか覚えた上でその口聞いてんのかぁ!?!?!?」

「碌なことしていない癖に何様だ!!!」

「エリザベス・ピュリア、イングレンス聖教会教祖様だよ!!!!!!」






「はーーーーーーーーこ~~~~~~の森でさあ??? あの鬼畜野郎の従僕が交戦したって探知器に反応あったから、ワンチャンあると思ってきたみたらだぁ~い正解っ!!! ヴィルヘルムがこそこそしてっから、聞き耳立てて先手打ったらもっと正解っ!!!!! テメエ絶対に逃がさねえからなーーーーーーーー!?!?!?」






 他の友人達は中央に固まって戦闘態勢に入っていた。どこを見ても聖教会の魔術師や司祭に囲まれている。その目には悪意しか感じない。






「観念しなさい子供達。今ならその小娘を引き渡して、加えて聖教会の信者になるのであれば全てを許しましょう」

「そんなクソッタレな条件、誰が飲むか!!!」



 イザークが悪態をついた所に――








「……おおおおおおおおおおおおおおお……!!!」



 猛進してくる馬車が数台。











「この馬車は……!!」

「チッ!! アンニャロウ来やがったか……!!」




 その馬車は衝撃音を立て、聖教会の馬車共を悉く吹き飛ばす。






「……はぁ、はぁ!! くそっ、まさか彼女等が先に着ていたとは……!!」




 息も絶え絶えに降りて来る男性が一人。本物のヴィルヘルムだ。






「父上!!」

「ヴィクトール、遅れて済まなかった……!! 連中が先手を打ってきたのは想定外だった!! とにかく乗ってくれ!! 振り切るぞ!!」

「ならば我々も――」



 ここでトムやソール、その他の沼の者が姿を現す。



「連中が追ってくるのを攪乱させよう。その手の行為には長けている」

「……挨拶も控えさせてもらうが、感謝する!」

「叔父さん……!」

「元気でな、カタリナに皆。我々も元気でやっていくからな――」



 敵も味方も全員が馬車に乗り込み、馬の嘶く声が木霊する。








「……に、が、す、か、あ……」




「逃がすか小娘エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






「――かかってこい狂人共。沼の者の名に懸けて、彼女達を送り届ける!」

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