第517話 カタリナの真相
身体が引っ張られる感覚の後、目を開くとそこ広がっていたのは。
ブルーランドのトロピカルフェアリーの村を彷彿とさせる、自然に溶け込んだ原始的な村であった。
「木と藁でできた……」
「君達の目には貧相と映るだろうな。だが、我々にとっては至高の贅沢だ」
後からやってきた男達。転移魔法陣の感覚に酔ったのか、気持ち悪そうな顔をしている者もいた。
そんな彼らも含めて、好奇の視線が出迎えてくる。紫装束を着た村人達だ。
「皆、彼女達のことが気になるのはわかる。しかし大事な客人なのだ――先ずは私の家に入ってもらって、そこで話をつけてくる」
その言葉に理解を示して、視線の主達は撤退していった。
「全員が紫装束なのね……」
「動きやすいし毒にも耐性がある。更に我々の能力を引き上げるように改良も行っているんだ」
「やっぱりこの村も毒に覆われているんですか?」
「定期的に防護結界を張ってある。ただ積極的に外に出ないといけないのでな……結局この装束の方が便利なんだ」
ぽつぽつと泡を噴き出す巨大な沼。
家々はそれを囲うようにして建てられてある。他の地域なら憩いの泉とか、そんな風に呼ばれるものなのだろう。
底が見えない紫をしているので、全然憩おうという気持ちにはなれないが。
「ビビア沼。世界最大の沼にして、最も強力な毒を湛えている」
「これが……」
そんなに沼に村人と思われる人々が近付いて、目を瞑った後に手を突っ込む。
「死なないの?」
「一族に伝わる方法でな。一定の間毒の効果を無効にできるんだ」
「それでここの毒を取り出すってわけね……」
「そういうことだ。まあ、積もる話は追々な」
そうしている間に男性の家に到着した。それは村で最も巨大な家で、唯一の木造建築。
入り口で出迎えてきた男性には見覚えがあった。
「ソール……さん?」
「おおっ、お嬢さん方。何であっしの名前を?」
「だって学園祭に来てました。すっごいダサい恰好で」
「ダサ……ええ、ダサい……」
「普段からこの紫装束だからな。あれぐらいの方がかえって悟られなくていい」
「族長もそう思いますよねぇ!?」
ソールの言葉に目を丸くする学生達。
「あれ? 話聞いてないんですか? この人族長ですよ?」
「まとめて説明するつもりだったそうです」
「あ、そういう……んならもう中に入ってくだせえや。お茶、準備しますよ!」
「俺達もう任務に戻っていいですかね?」
「構わないぞ。お前達の仕事はあの魔法陣の構築だったからな」
「まっそこの七三のお陰で無用だったけどな!」
「じゃあな生徒諸君。族長とゆったりおしゃべりするんだぞ~」
「それから……カタリナのこともよろしくな」
そんなことを言った後、四人の青年は撤収していく。
たった数歩でその姿はすぐに見えなくなった。
「これが訓練の成果……」
「如何にも暗殺者って雰囲気ねえ」
「サラさんサラさん、もーちょい言葉選ばない?」
「事実だから構わないよ……」
中に足が進もうとしたその時――
「あの……」
「ん?」
「わたしは……お茶とか大丈夫です。なのでカタリナに会わせてもらえませんか?」
「……わかった。ソール、茶より先に案内を」
「承知! ささっ、あっしについてきて!」
エリスは残った友人達に軽く手を振ってから、ソールについていく。
地方の村だったら宿に用いられてそうな木造の家。部屋が幾つもあり、中を動き回っているのは全員紫装束。
その光景に目を奪われていると、ある部屋の前で足を止めさせられる。
「ここです、カタリナちゃんの部屋。あの子ここに戻ってきた時からずっと引き籠っちゃって……返事もしないんです。セバスンが出てきて食事を持っていってくれてるんで、生きてはいるみたいなんですよ。便所や風呂は透明魔法使って行っているらしくて……」
「……」
「あっしらに顔も見せたくないみたいなんでやす……でも、でも、エリスちゃんの話なら。あっしらとは違う友達なら、話を聞いてくれるかもって……」
「……そうでしたか」
扉の持ち手に手をかける。
「大丈夫です……何とか話をしてみます。ソールさんはお茶の準備に行ってください」
「へへっ、そうさせてもらいますよ。それじゃあ、よろしくお願いしやす!」
彼の足音が完全に聞こえなくなったのを確認する――
「……カタリナ」
「扉に鍵かけてるみたいだけど」
「……わたしは聖杯、魔法使いだよ?」
ふっと魔力を込めると、かちゃりと音が鳴る。
臆することはない。扉を開いて中に入った。
「……! お嬢様、お嬢様!」
中は質素な内装をしていた。生活に必要な最低限の物しか置いていない。
ベッドの上で蹲るようにして、彼女はいた。
セバスンに背中を揺すられ、布団から起き上がる――
伸ばし放しの深緑の髪。虚ろになった紫の瞳。
会いたかった人がそこにいた。
「……」
「何で……」
「何で来たの、エリス……」
一方応接室に通された八人。椅子はやはり木製で固く、長い机には色が変わりつつあるテーブルクロスが敷かれてある。
「こちらがお茶になりまっせぃ!」
「ソールさん!? 早いっ!?」
「暗殺業は速さが命だ」
「族長がそれ言うんです?」
「事実だろう。我々はそのように訓練を受けてきた」
至って普通の紅茶だった。味も特に説明しようのないセイロンティー。
「……」
「ど、どうしたんですか?」
「族長紅茶が苦手なんでやんすよ」
「そうなんですか」
「水でいいと言っているだろうに」
「……まあこの辺にしておこうか。本題に入ろう」
握った拳を机の上に置く。背筋を伸ばす。
「改めて自己紹介を。私はトム、この『沼の者』の族長をしている。そして……最初に説明しておくと、カタリナの叔父にあたる」
「カタリナの……」
「私の姉があの子の母親だ。最も、あの内戦で死んでしまったがな……今となっては私が、あの子にとって一番近い身内だ」
二人は暫く目を合わせていた。
しかしそれだけでは話が進まないと思い――
エリスはカタリナに近付いていく。
「やめて……!」
「やめない!」
彼女が逃げる前にベッドに飛び乗る。
そして渾身の力を込めて抱き着いた。
「放して!! 放して!! いやだ!! 来ないで!!」
「カタリナっ……!! 落ち着いてよ!!」
落ち着く香りを想像した。
柑橘系の香りが部屋に充満する。
「……あ……」
「落ち着いた?」
「で、でも……どうして……」
「わたしは魔力がいっぱいあるから。好きな香りを出すことだってできるんだよ」
「……!」
「ねえカタリナ……どうしてあの後姿を消しちゃったの。わたしに、わたし達に何も言わないで、どうしてこんなことしたの?」
「……君達は沼の者についてそこまで知っているのか。なら簡潔に行こう。紅茶を飲みながら聞いてくれ……」
「我々は暗殺者。我々にしか扱えない毒で多くの人の命を奪っていく。それしかできない故、幼少期から訓練を受けることになる」
「カタリナは……天才だった。成人までに扱えていればいい技術を、あの子はたった七歳で全て会得した。しかしその代償……と言っていいのだろうか。精神が非常に不安定だった」
「実際に魔物を殺させる訓練が終わって、帰ると家の柱に頭を叩いていた。唸り声を上げて暴れ回って、拘束したこともある。あの沼に投身自殺を図ろうとしたこともな。だから……次第にあの子は前線に出さないようにしていったんだ」
「だって……」
「だって、嫌でしょ……」
「暗殺者の友達なんか……奪うことしかできない友達なんて、エリス、嫌でしょ……」
おめおめとカタリナは泣き出す。
顔を下に向けて、大粒の雫が零れていく。
腕にそれが落ちてくる感触が残る。
「……それなら、カタリナは嫌?」
「……え」
「聖杯の友達……三騎士勢力が狙いをつけているような友達は、嫌?」
「!!! 嫌じゃない!!! エリスはいい子だよ!!! 嫌いになるわけがない!!!」
「それとおんなじことなの、カタリナ……」
「同じじゃない!!! あたしは悪い子でエリスはいい子!!! 違う違う違う……!!! 」
「違わないの!!!」
「あの子の父親はもっと幼い時に死んでしまった。母親はタンザナイア制圧戦の時に。どちらも任務で……それもあの子を追い込む要因となっていったのだろう」
「だがその母親が遺品として残した物があったんだ。それが魔法学園の入学書だった……」
「彼女は言っていた。カタリナには普通の生活を送らせてほしいと。そして……この子は沼の者の希望になると」
今度はエリスの方が泣き出した。
頬を伝う不快な感触も、今は気にしてられない。
「カタリナは悪い子なんかじゃない……!!! 優しくて、裁縫上手で、一生懸命な、わたしの友達!!! いい所なんていっぱいある……!!! なのに、自分を悪い子だって言うのは止めて!!!」
「だって、だって……あの時、カタリナが殺したのは、わたしを襲おうとしていたからでしょ……? いいことでしょ……わたしを守ってくれたんだから……」
「確かに人を殺したのは事実だとしても、それ以上にいいことをした……それじゃだめなの?」
二人揃って涙を零す。
「……あた、しは」
「あたしは……」
「悪い子なんて言わないで。もっと自分に自信持って? どうして自分が悪い子だと思うの?」
「……」
お互いに泣き腫らして、その目は真っ赤だ。
「父さんと、母さん……」
「うん……」
「どっちも、任務で、帰って、こなかった……あ、あたし、悪い子、だった、から……」
「その時カタリナは何かしたの? お父さんを直接手にかけたの? お母さんの食事に毒でも盛ったの?」
「しない!!! してない!!! できるわけがない!!!」
「だったらカタリナのせいじゃないじゃん!!! 悪い子だからとか、関係ないじゃん……!!!」
「希望という言葉の意味はわからなかった。しかし普通の生活を送らせてあげたいという点では……同じ考えだった」
「入学書と一緒に使い……ナイトメアを発現させる為の方法と道具も遺していてな。それでセバスンはやってきたんだ。それから我々は祈りながら送り出した……あの子が無事に生活できることを祈りながら……」
「……その祈りはどうやら届いたみたいだ。あの子にはこんなにも友達ができた。普通の女子として、殺しとは無縁の生活を送っていられた。自分を大切に思ってくれている人と知り合えた」
「……ありがとう。あの子の叔父として、言わせてもらう。本当にありがとう……」
「カタリナ……カタリナは、わたしから友達も奪うの?」
「え……」
「奪うだけなら命だけにして。学園に……戻ってきて……」
「ああ……」
「また一緒に勉強しようよ……わたし……カタリナがいないと寂しい……」
「……」
「あたしも……」
「エリスや、他の皆と、一緒がいい……」
「でも……でも……」
「みんな受け入れてくれるよ。カタリナのこと知ってるもん。優しくて強くて一生懸命……三年間ずっとそうだったでしょ?」
「……うん……」
「聖杯のわたしだって受け入れてくれてるんだもん。暗殺者なんてどうってことはないよ! それに……カタリナは優しいから、わたし達のためにしか殺さない。そうでしょ?」
「それは約束する……!!!」
「うん……うん!!!」
固く抱き締め合う。
気付けば頬に流れた涙は乾き、笑顔の花が咲く。
「それから自信を持つ練習もしていこうね。カタリナにはもっといい所があるんだから……あと……やりたいことはある?」
「……」
「服飾……」
「服……服作るの!」
「う、うん……それで……将来は、仕立て屋に……」
「グリモワールさんみたいになるってことだね! 確かにあの紫装束……機能性は高いかもしれないけど、ださいもんね!」
「……いつか、この村の皆が。紫装束じゃなくて、自分の好きな服を着れるような世界……それがあたしの、夢、なんだ」
「素敵……! わたし、全力で応援する……!!」
泣き腫らした目で二人は笑う。にっこり仲直りの雰囲気だった。
「……お嬢様」
「セバスン……迷惑かけてごめんね」
「何のこれしき。わたくしはお嬢様のナイトメアでございます……これからも、何なりと言い付けてください」
「……ありがとう」
「……ねえエリス、前に姉がいるって話したよね」
「うん、魔術戦の沐浴の時だね」
「その姉さんとよく遊んだ場所があるんだ……案内してもいい? 折角来てくれたんだから、この村のこと知ってもらいたいんだ」
「してして! お願い!」
「うん、それじゃ……」
「あ、待って! まずみんなに言ってこなきゃ!」
「皆……ここまで来たの……?」
「イザークだけお留守番してるの! それ以外はいつもの友達、全員来てるよ! 今は族長さんと話しているはずだから、行こう!」
「うん……そうだね。叔父さんにも迷惑かけちゃったから、一声かけないと」
「叔父さんなんだね!」
「そうそう、あたしの母さんの弟。無骨だけどいい人なんだ……」
ある程度他愛のない話をしてから、ようやく二人は立ち上がり、部屋を後にした。
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