第518話 沼の者の村・前編

 閉めていた扉が開かれる。




 その先に立っていた二人に、応接室で話をしていた全員の表情が安堵に包まれた。






「皆……叔父さんも」

「カタリナ……」

「カタリナァー!!! うわーん!!!」





 リーシャやギネヴィア、クラリアやルシュドが我先に立ち上がり、サラとヴィクトールとハンスがやれやれといった様子で近付く。アーサーとトムは最後にやってきた。





「その……ごめんなさい。ううん、ありがとう。あたしのこと、迎えに来てくれて」

「ぐすっ……カタリナが急に帰っちゃって、私もうどうしたもんかと……去年の秋ぐらいなことになったらって思うと……」

「……」


「カタリナちゃん!! これおみや!! ブラッドティーってハーブティーよ!! それからブラッドクッキー、鮮血のキャンドル、血染めのハンカチに極め付けはブラッドタピオカアンド飲み比べセット!!」

「何で血に関する名前の物ばかり……?」

「ここに来る前にケルヴィンの町に寄ったんだ。折角だからお土産を持っていこうって話になって、そこで仕入れた」

「そっか……」



 差し出されたお土産袋を見回す。



「えっと……あたしの為に、嬉しい。でもこれは村の皆に配ってほしいな……あたしはグレイスウィルに戻る途中で、幾らでも買えるから」

「カタリナ……それでいいのか?」

「だってそもそも、こんなにお客様が来ることだって稀だし。皆興味津々だと思う……それで皆に教えてほしいの。この毒の森の向こう側には、素敵な物が沢山あるって」

「……そっか」






「というわけでこの袋、全部叔父さんに渡してね」

「ちょっと待て、幾ら私でもこんな量は」

「あっしが手伝いしますとも」



 何処に潜んでいたのか、ソールが出てきたひょいひょいと袋を担ぐ。



「ソールさん……」

「カタリナ、兄さん。そう?」

「まあ兄さんのように仲良くしていた人間ですねえ。あん時は沼の者だってバレるとやべいから、兄妹って体にしておこうってなったんでやんす。それに……いや、何でもないでやす」

「どれ、私も村の者達を呼んでくるとしよう。これも配りながらな」
















 こうしてトムから自分達の素性について説明された所で――




 沼の森の村を自由に探索してみることになった。








 ヴィクトールとハンスが二人で村を眺めていると、青年に話しかけられる。




「なあなあ、そこの七三! 俺の話を聞いてくれないか?」

「ヴィクトールと申します。貴方は……先程の」

「そうそう! さっき魔法陣作ってもらったあいつな! んでさ、あの魔法陣作る魔法、凄かったからもっかい見せてくれないか? な! 頼むよ! 金は出す!」

「そんなことされなくても、今から準備しますよ」


「これも縁だ、ぼくも手伝うよ。効能は何にする?」

「ふむ……回復系統が無難だろう。何処か悪い所はございますか?」

「それなら関節痛だな。俺だけじゃない、村の者全員だ。毒がちょっとずつ身体に入ってきてな……」

「よし、ではそのように」






 ~十分後~






「これで……よし」

「……」


「何でこんなに人集まってんだよ……」

「それだけ物珍しいってことだろう。そして貴方は帰ろうとしないでください」

「え!? だって魔法陣作るのは見たし……」

「魔法陣は展開して発動させるまでが用途です。こちらに」

「な、何をするんだ? また転移するのか?」

「先程申し上げた――関節痛です」

「ん? おおおおおおおお……!!」




 緑色の光が青年を十秒程覆う。




「……こんなに身体が動くのは初めてだああああああああ!!!」

魔法支援ビショップ系の魔力を元に解毒効果を多めに加えて……」

「お前らもそこで見てないで来い!!! 元気なるぞ!!!」

「ヒャッホー!!」

「ちょっとあたしが先よ!!」

「押すなよ!!」


「待ってくださいそんなに押しかけられたら魔力が枯渇します」

「ていうかこの魔法陣の描き方メモして、そいつ渡せばいいんじゃね?」

「それもそうか」

「えっ!? こんなすげえのが俺達にも作れるのか!?」

「手順が分かれば結構簡単に。それから円を描く時は専用の道具を……簡易的な魔法陣の展開の仕方をお教えしますよ」

「や゛っだああああああああ!!!」


「喜びすぎだろ……たかが魔法陣程度で」

「君たちにとってはたかがかもしれないが、俺達にとっては偉大なる文明の恩恵なんだよっ!!!」

「ああ……そうか、そうだよな」











 サラとクラリアは二人行動。村から目の届く範囲において、土や草を採取して眺めている。






「あんた、いいのかい? こんな地面なんて見てつまらないだろ」

「いいえ。寧ろ興味深いわ」



 丁度その辺りにいた中年の男性に突っかかられ、口を動かしながら作業をしていた。



「こんな毒ばっかの土や草……」

「毒しかないからだぜ!」


「……ん? 何だ、狼の娘さん」

「クラリアだぜ! いいか、ここに生えている植物はサラやアタシは見たことねえ! だから気になるのも当然なんだぜー!」

「……そうか。我々が外部の物が珍しがるように、あんた達もここの物を珍しがるのか」

「そういうことよ」

「こんな猛毒でも、あるだけましってことかねえ」





 サラが持ってきた小分けの袋。密閉できる構造になっているそれらには、採取した植物や土等のサンプルが入れられている。


 男性は溜息をつきながら、そして疑いの目を込めてそれらを見ていた。咎めるような態度は少々他人を苛立たせるかもしれない。





「今までビビア大森林は殆ど調査がされていなかった。だから可能性を秘めているの。緑を豊かにする方法のね」

「緑を……毒だぞ?」

「それは調べてみないとわからないわ。毒の構造を解析すれば、そこに有用な成分が含まれているかもしれない」

「解析とか何とかした所で、所詮毒は毒だ」

「頑固なおっさんだなー! 悪いもんだって思っちまうからいけないんだ!」

「……何?」




「例えば毒の構造を解析して、それが人体に害を齎すとわかっても、判明した構造を元に解毒薬を作ることができるわ」

「そんなことされたら俺達の商売上がったりなんだが」

「最後まで聞け。で、その解毒薬がもしかしたら未知の病気の特効薬になるかもしれない。更に解毒薬の仕組みを応用して、画期的な薬が作られて、多くの人の命が救われるかもしれないのよ」




「……毒が、人を救う?」

「そういうこと。そういう可能性があるのよ、毒には」

「……」




 男性はそれ以降は何も言わず、背中を向けて去ってしまった。






「おっさん、わかってくれたかなあ……」

「ずぅっと閉鎖的な村で育ったんだもの、思考が固定されてても無理ないわ。にしてもクラリア、ワタシが言ってたことよく覚えてたわね」

「アタシも馬車の中で聞いた時目ん玉飛び出たからな!」

「フフッ……あら、これは肉の焼ける匂い」

「うおおおおおおおおおお!!!」

「こういう所はいつも通り」











 クラリアが匂いの先に向かうと、そこでは焚き火を前に料理が振る舞われている所であった。ルシュドやアーサーが先に、肉料理を味わっている。




「うおおおおおおおそれは何だああああああああ!!」

「クラリア、サラと一緒だったはずじゃ」

「匂いがしたからすっ飛んできたぜ!!」

「その耳に違わないな」


「うふふ、お嬢さんも食べる?」

「食べるぜー!」

「じゃあちょっと待っててね……」




 壮年の女性達が解体していたのは巨大な猪。例によって紫の線がどくどくと浮かび上がっている。






「すぅ――」




 女性の一人が呼吸を整える。



 すると、彼女の周囲は淡い霧で包まれ、



 それが手の包丁にも波及した所で、一気に切り込む。






「……」

「沼の者の秘術さ。身体に流れている魔力を洗練させて、それを一箇所に集中させる。すると魔力が膜を張って毒を無効にしてくれるんだ」

「アタシも……できないな。一族に伝わるって聞いたからな」


「そうさそうさ。ここに生まれた子はね、小さい頃からその訓練に明け暮れるんだ。でないと生きていけないからね……」





 そんな話をしている間に、猪の肉が焚き火にかけられじっくり焼かれる。



 そして皿の上に、幾つかの野菜を添えて料理となっていた。





「色んな紫があるぜ!」

「毒が抜かれると元々の色に戻る品種もあるようだ。恐らく属性系だろう。すみませんお代わり」

「おれも、です」

「柔らかくてうめーぜー!」

「そりゃあここら辺を元気に走り回ってるんだものねえ。カッカッカ……」











 リーシャとギネヴィアは、お土産を配りに、トムやソールと一緒に村を回っている最中。近い年齢の女子とも話す機会があった。




「え~……これが? タピオカ? だそうだ」

「すっげ態度が流行りに乗れていないおじさん……」

「それ、他の子も大体そんな感じでしょ」



 紫装束をちょっとアレンジして、フリルを着けたり短くしている彼女達は、黒い球体の山を訝し気に見つめている。



「これ、何……? 魔物……?」

「違うよー!? そう見えなくもないけど!! たぴおかは食べ物なの!!」

「食うのかこれを!?」

「いいいいい一体どんな味がするでやんすか!?」



 腰を抜かしかけたトムとソールを尻目に、リーシャとギネヴィアは袋を開ける。



「えーっと作り方……味のある飲み物の中に、数時間茹でてぷるぷるにしたタピオカをぶち込むだけ!!」

「数時間!? 日が暮れるじゃん!!」

「そこは魔法でどうにかできるので、とりあえず適当な容器に好きな飲み物入れて持ってきてくださーい!」




         しーん




「……流石に警戒心が強すぎている」

「ならば族長として私が行くしかあるまい」

「あっしもお供しやす!」

「おおっおじさんのタピオカデビュー! これはこれである意味貴重!」






 そして数分後、二人は器を持って戻ってきた。






「「水ぅ~……」」

「私は水が好きなのだよ」

「それにソールさんのそれ、酒飲む用の両手で持つ大たらいじゃないですか……」

「適当って言われたもんでやんすから、適当な容器に入れてきやした!」

「うっ、こっちの指示が悪かったな。まあいいや、茹で上がるまで待ってください……」


「よしその間にミルクティーの準備をしよう」

「ちゃんとオレンジソーダと黒糖ミルクの準備もしてね?」

「ねえ!!! 今言ったやつ!!! それが飲みたいんだけど!!! タピオカは一旦置いといて!!!」

「あっそう来る~!?」











 タピオカ作りは思っていた以上に大所帯になり、食事を終えてその辺をうろうろしていたアーサーやルシュドとクラリアも引っ張られた。




「信頼してるからなー料理部ー!?」

「まあ任せてくれ……」

「初めて見る料理だから、おばさん達も手を出さずに見守ってるしね」

「お礼、返す、タピオカ!」

「ルシュドの言う通りだぜー! 食事をした後にはデザートがいいんだぜー!」





 各自で容器を持ってきてもらい、そこに三種の飲み物を入れる。



 それ自体で楽しむ者が多かったが、だんだんとタピオカに手を出す者が出始めた。





「族長とソールさんも飲みましょうよぉ」

「飲んだが味が全くしなかったぞ」

「ちょっと甘味がしただけで……あともちもちが……」

「それは水で飲んだからですよ!」

「それが楽しいんですよ!」

「「ぬぅ……」」




「ねね、お薦めのタピオカはどれ?」

「断然ミルクティー!!! まろやかで濃い味わい!!!」

「黒糖ミルクもいいぞ。落ち着いて飲みやすい」

「ソーダ、しゅわしゅわ!」

「ぬ~……困る!」

「じゃあ三人で飲み比べしよ!」

「あいよー!」






 薄いこげ茶、若干暗い白、橙色で泡を噴き出す液体の中に、黒い球体が並々と注がれる。


これだけ書けばおぞましいが、実際出来上がっていたのはタピオカドリンクである。






「「「いただきまーす……」」」


「……いただきます」

「いただきまっす……」






            ごくごく



  もちもち



        もちもちごくごく



 ごっくん    もちもちもちもちもちもち……






「「「うまーーーーーい!!!!!」」」






「……底に張り付いたのだが」

「飲み物だけ飲むからですよ! 一緒にタピオカも飲むんです!」

「あーもう、このストロー使って飲まないといけないの、面倒臭いでやんす!」

「一気に飲むとそれこそ喉に詰まって死にます!」

「難しいな……」「でやんす……」




「……だが、悪い気はしないな」

「ちょっと楽しくなってきたでやんす!」






 トムとソールはそう言い残して、他にもタピオカを躊躇している村人に声をかけに行くのだった。

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