第519話 沼の者の村・後編

「結構深いね、この森……」

「でももうすぐ着くよ。あたしが向こうに行ってから、訪れる人がいなくて風化しちゃったみたい」




 道なき道をタピオカ片手に進むエリスとカタリナ。



 そうしていると突然視界が開け、眼前に現れる。




「ほら着いた。懐かしいな……」

「わぁ……」








 小さな空間に切り株と岩が一つずつ。地面には削った跡が残されていて、風化はしているもののまだ形を留めている。



 近くにある木の幹には何かが打ち付けてあった跡があった。物体自体は腐り落ちていたが、それを使って何かをしていたことは想像できる。






「ここの木を……お屋敷にしてさ」

「おままごと?」

「うん。あたしがお嬢様で、姉さんがメイドさんをやってたの。こうして……」



 岩にちょこんと座って背筋を正す。



「お腹が空いたわ。今日のご飯は何かしら?」

「ははーっ。今日は白身魚のフライでございます」

「魚ぁ? 私肉がいいわ、直ぐに変えてきてよ!」


「いいえお嬢様、魚には栄養が豊富に含まれておると聞きます。ここで魚をお食べにならないと、お肌がぷるぷるになりませんぞ」

「むぅ……じゃあ、我慢して食べるわ。ソースをいっぱいかけてね!」




「……ふふっ」

「あははっ」






 一瞬だけ童心に戻れた気がした。


 童心に戻って、温かい昔に触れることができた。






「……お嬢様かあ。だからセバスンはタキシード着てるんだね」

「うん、そうだと思う。あたしのこともちゃんとお嬢様って呼んでくれるし。多分小さい頃にそうやって遊んでた影響かな」

「ナイトメアは発現するまでの体験が反映されるって学説……本当に思えてくるね」


 

 この空間だけ、昔の中に取り残されて、ゆったりと時間が流れているように思えてきた。






「ん、何だこれ」

「あ……看板。あたしと姉さんの名前をここに描いて……家札のつもりでさ」

「カタリナと……オレリア。オレリアさんか……」

「……姉さんも任務に行ったっきり帰ってこなかった。でも……」



 腰に差した短剣を一本抜く。



「いつの間にか二本になってる……」

「渡されたの。この短剣は姉さんが使っていたものなんだ」

「じゃあ……!」

「うん、生きてる。何処にいるのかはわからないけど……でも、必ず何処かで……」



 風が吹く。ちょっと頬をくすぐって心地良い。



「そうだ、あの人は? 魔術戦に来ていた」

「ああ、ヴァイオレット……さんだね。うん、あの人も……」

「死んだと思ってたの?」

「そうだね。やらないといけないことがあるって言って、村を飛び出して。魔術戦に来たのはいいけど急にいなくなっちゃうから……何してるのか聞きそびれちゃった」


「でも会えるよ。生きてる限りいつか。何ならわたしが呼び寄せようか?」

「ええ、いいよぉそんな……」




 暫く切り株と岩に座って、残ったタピオカを啜る。




 それも空になった時――




「もう行く?」

「うん。カタリナが好きだった場所、案内してもらえて嬉しかったよ」

「ありがと……」
















 こうして集落の方に戻ってきた二人。そこは異様な熱狂に包まれていた。



「ん、何か騒がしい……」

「おやカタリナ! 戻ってきたのかい!」

「おじさん、何をしているんですか?」

「ああ何か――何かやってる! 広場だ!」

「ん?」



 村の中央広場。人が集まれるように木材で整備された広場を、見てみると。











「くっ……おのれ怪人シャドウパンサー!! こんな幼い少女を人質に取るとは!!」

「♪、♪」

「なのですう……!!」



 豹が二足歩行しているような敵に対して、贋の剣を手に発破を切るのは鋼鉄の鎧を着た剣士。豹の後ろにいる厚着の少女は震え上がっている。



「――!!!」

「きやー!!」

「やめろおおおおおおお!!!」



 剣士は斬りかかり、少女の首を刈ろうとする手を止めに入るが――



「!!」

「ぐっ!!」

「ああっ、剣士さま!!」




「ママどうしよう!! 剣士さまピンチだ!!」

「落ち着きなさいお話は終わってないでしょ!!」

「剣士さまー! まけるなー!」

「頑張れ剣士さまー!」

「ワシも応援してるぞ剣士殿ー!!!」











「み、皆……」




「へへっ……その通りだぜ。お前は一人で戦っているんじゃねえ!」





 背後には小さな黒竜と、これまた小さな獣人の淑女と、ぷかぷか浮かぶ花の妖精が。





「全く、我々を置いて勝手に行くとはな! 水臭いぞ!」

「これはオレの戦いだ……巻き込むわけには……」

「俺達は死ぬ時まで一緒! そう誓っただろ!?」

「♪」

「……」






「ふふっ……」




「全く、とんだお人よし集団だ――」






 ブラックパンサーはとっても怒っている。


 手にしていた少女を投げ飛ばすぐらいには。




「け、剣士さま! ブラツクパンサーはひとすじなわではいかないのです! 力を与えるのでーす!」

「俺もやるぜー!」

「私もいくぞっ!」

「!!!」




「ぼくもやるー!!!」

「うおおおおがんばれー!!!」

「負けちゃいやよー!!!」






「ああ……力が、溢れてくる!!」




 剣士は剣を振りかぶり、ブラックパンサーに斬りかかる。






「観念しろっ!! これがお前の最期だあーーーーっ!!!」

「!!!」




 棘、岩、槍、刃。あらゆる攻撃手段を、全て躱して剣で受け流し――




「この剣は悪を滅する!! ジャスティス・エクスカリバーッ!!!」








「――」




 剣を振り下ろした瞬間、どこからともなく白煙が出てきて、


 物語の閉幕を告げていく――











「……なにこれ」

「さあ……?」




 演劇っぽい物が行われていた場所に向かう。現在そこではリーシャが口を動かして村人と話している。




「どうでしたか!? アーサー君と愉快なナイトメアーずによる即興寸劇!!」

「すごかった!!」

「あれ即興なのかい!?」

「一時間で脚本考えました!!」

「この子達の為に、ありがとうねえ……」

「いえいえこれぐらいー!! では出演の……ナイトメアの皆さんの体力が回復するまで暫しお待ちください!!」






 そんな声を横に、エリスとカタリナは広場の脇に向かう。


 アーサーを始めとしたナイトメア達が汗を噴き出して倒れていたのだった。






「~~~……」

「疲弊している貴様を見るのは新鮮だな」

「やっぱ何でも変身できるって便利ねえ」

「にしても何故ブラックパンサーなんだ」

「!」

「その場の勢いか……」


「……」

「アーサー……あの……」

「ああエリス……エリス!?」

「何で驚くの……」

「い、いや、お前いなかったから……」


「最後の方に戻ってきたんだよ。あの、鎧……」

「ああ、カヴァスに調整してもらってデザインを変えてもらったんだ。王冠も取った」

「そんなことできるの!?」

「やってみたらできた」

「そんなノリでできたの!?」




「ねえ、あの寸劇は……?」

「子供達にせがまれたんだぜー!」

「ナイトメア、かっこいいとこ、見せる! だんだん、ヒートアップ!」

「どうせやるならお話仕立てで楽しんでもらった方がいいじゃな~い?」

「サラが脚本考えんだぜー!」

「文芸部……」

「但しブラックパンサーはシャドウの命名」

「~~~!!!」

「やめろ、生徒会に持って帰るな。ここだけの秘密にしろ」

「ふふふ……あははっ」











 それから数分後に、また村人の前に出ていくエリス達。




「あれー!? 兄ちゃん鎧はー!?」

「鎧は重いからあまり着たくないんだ。代わりに犬を連れてきた」

「ワンワンアオーンどうも犬です」

「「「しゃべったあああああああ!!!」」」

「特技は狼に変身することです」バシュン

「「「うわああああああああああ!!!」」」




「ドラゴンも喋るぜ!」

「狼獣人も喋るぞ!」

「なのです! ぴやー!」

「この子かわいい! お名前はなあに?」

「スノウなのでぴやー!」


「ふふ、スノウを持ち上げるだけじゃなくて、私の毛並みも見てくれよ。毎日手入れしているんだ」

「すげー! もふもふー!」

「ドラゴンもかっこいい……!」

「おお、アルーインの時と比べてこの反応の差……!! 俺はドラゴンだぞー!! 蜥蜴じゃねえぞー!!」






「族長」

「♪」

「そこのじいさん」

「♪」

「向こうにいるハゲのおっちゃん」

「♪」

「俺」

「♪~!」


「こいつやべえぞ……!!! 完璧に変身しやがる!!!」

「♪」

「七三!? 向こうにいたはずじゃ!」

「~~~!! ♪」




「……シャドウは普段俺に変身しているんです。その姿は紛らわしいから戻れ」

「~~~」

「たはは、本当にすげえ……使い魔ってこんな能力を持っているのか……」

「使い魔ではなくナイトメアです」

「へへ、そうだった……何せ馴染みがないもんでよ……」






「妖精さん妖精さん、そのお花素敵ね!」

「♪」

「花占いできる?」

「!」

「何を占うかしら?」

「明日の天気! 晴れか雨か!」

「~~~……」


「!」

「晴れね。洗濯物が干せるわね」

「やったー!」
















 人々はナイトメアに興味を示し、関わりを持って反応を楽しんでいる。



 そんな様子を離れて見守るエリス。カタリナとセバスン、ギネヴィアも一緒だ。






「セバスンは行かないの?」

「わたくしのことは見慣れている方もいますでしょう。今は彼等と関わる方が大事なのです」

「ギネヴィアは行かないの?」

「ちかれた……」

「何したの」

「さっきの演出、大体わたしに任せられてた……」

「お、お疲れ……」



 励ますべく背中をさすっていると、トムが戻ってきた。






「あっ叔父さん。ねえ、皆楽しそうにしているよ」

「そうだな……」




 見つめる目には、言葉にできないような感動が込められていて。






「……話をしてきたよ。魔法陣の描き方を教えてもらったと、興奮しながら話していた」

「ヴィクトールは賢いんだ」

「それと、この辺りの植物を採取してきた子がいるらしいな」

「サラは植物に詳しいの」

「タピオカも……皆美味だと言っていた」

「リーシャやギネヴィアはこういう流行りに敏感で、エリスだってそうなの」

         ぶい! えへへ……


「先程の少年、見事な剣捌きだったな」

「アーサーの武術の腕はそれはそれは素晴らしいんだ。獣人のクラリアと、紺色の髪のルシュドも。エルフのハンスも風魔法が上手いんだ」






「皆大切な……あたしの友達です」


「……そうか」






 再びナイトメアと触れ合う面々を見る。




 皆それぞれ思い思いに、今まで見たことないぐらいの、笑顔と驚きに満ち足りていた。




 そろそろ日が暮れる。夕焼け空に彩られる人々の姿を、この日初めて視界にしていた。






(……姉さん。カティア姉さん)



(お前が言っていた、カタリナが希望になるという意味……)



(この光景を見て、やっとそれがわかったよ……確かにこの子は、村に新たな光を齎してくれた……)



(ありがとう……姉さん、カタリナ……)
















「……あれ?」

「どしたの?」

「今ので思い出したけど……ハンスどこ?」


「確かにいなかったね? また無茶して……いや、何を無茶するんだ」

「んっとね、寸劇やる前にちょっと飛んでくるって言ってそれっきり……」




     ああああああああああああ……!!!




「……ハンス!?」

「噂をすればっ!?」






 しかしその身体は疲弊に満ちていた。顔も真っ赤で痰の混じったような呼吸をしている。




「く、くそ……!!」

「あっ、防護魔法切れかかってない!?」

「まさか毒直に吸った!?」

「ふんっ……!!」



 ハンスを寝かせ、エリスがその胸部付近に手を当てる。魔力が正常な流れを取り戻し、合図に奔流が迸った。



「……あー。悪いな、ったく……」

「何があったの? 魔物に襲われた?」

「魔物よりもタチ悪い連中だ……!! 風に乗って臭いが飛んできたんだ!! それで見に行ったら、透明魔法駆使して進軍してて……!! 解除してやった!!」

「連中って、まさか……」






 敵襲だあああああああああああ!!!!






「……!!!」











 ……東から、黒いローブを着た人間が数百程度!!!



 こちらに向かってきている――仲間も襲われた――殺すつもりだ――!!!

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