第312話 ヒルメ先陣を切る
<魔法学園対抗戦・魔術戦 四日目 午後十二時>
「おっしゃらー!!! やったるでぇー!!!」
試合開始の角笛の音が響く。そうすると否や、叫んで気合を入れるヒルメ。
武術戦と比べて、開始と同時に切り込んでいく生徒は早々いない。ただし、彼女はどうやら例外の様で。
「ヒルメ、あんまり変なことはしないでくださいよ。あ、私が貴女専属の指揮官となりましたので、どうぞよしなに」
「マジか! そんにゃらノーラとウチとで最強確定じゃん!! ヒャッホー!!」
「もー言ってるそばからぁ。取り敢えずそうですね……貴女から見て北東に第二十二フラッグライトがあります。その辺を、どーんと」
「イエエエエエエエイ!!」
帯電した足で地面を駆け抜ける。ニーハイソックスの上から、バチバチと電流が迸っていた。
「おっとー!! 何だか足が冷たいぞー!!」
「丁度氷属性の領域に突入しましたね」
「今突破したから問題ないなぁー!!」
「で、いますねわらわらと」
フラッグライトの周囲に集まる生徒達。白の明朗快活なデザインのそれは、リネス魔法学園の学生服だ。
「おーらっしゃあー!!! いーっちょやったるでー!!!」
地面に手を付け、
鼓動を大地に預ける。
「ペルーン神よ!! ウチのお声に応えましてー、どどーんと一発響かせたれー!!」
どどおおおおおおおおん
<午後十二時五分 中央広場>
「……!!」
「エリス、落ち着け。よしよし……雷落ちて、びっくりしたな」
「……」
「……ん?」
現在エリスとアーサーがいるのは中央広場。同じ料理部のリーシャやルシュドと共に、ヒルメの勇姿をとくと観戦中。
しかし彼女の姿を映す投影器は、今は一面の黒を映し出している。
「こ、これはどういう状況!?」
「雷の衝撃で投影用のドローンが落ちたな。まあ直ぐに予備を飛ばすと思うけど」
付き添いのローザは大きく欠伸をし、隣にいたソラからコーヒーを受け取る。
「エリス大丈夫か? 怖いなら戻るってのもありだぞ?」
「……」
『頑張ります もうだめだったらその時はその時』
「うっし。まあ先輩出てるんだもんな。応援したいよな」
「ヒルメちゃんだよね? 確かライナスさんの娘さん!」
「知ってるのかソラ?」
「一度だけ髪を手入れさせてもらったことがあってね~」
「あのアフロヘアーを?」
「ヒルメちゃんの方だよ!!」
ずどおおおおおおん
「……ここにいるのに音が聞こえるってやばいな」
「おおっ、投影映像復活するっぽい?」
一面の黒から、徐々に色とりどりの目に悪い配色の渦が現れる。魔術を通して投影を準備している過程のようだ。
「……よっし! よっし!!! 死ぬかと思ったよこんちくしょー!!!」
「流石はヒルメだぁ。純血のトールマンは伊達じゃないっ!! 私達はデカいドローンに乗って飛び回りながら実況してるんだけどねぇ!!! 危うく撃ち落されそうになったよぉ!!!」
「んなこともあったが実況に戻るぞ!!! 宮廷魔術師がこしらえた領域魔法も物ともしない姿は正に雷の化身といった所か!! さあーて雷を打ち消すには氷属性が一番効果的だが――!?」
「リネスの生徒のあれは……ブラックジャック!! 多分氷詰めてるねありゃあ!!」
「魔法に対しては物理が効果的な場合が多いです!!! 多いんですけどもヒルメの動きは雷のように素早いぞっ、この策は吉と出るか凶と出るか!?」
「対するはケルヴィン、今回は武術戦で猛威を振るったウィルバートが未参加だねぇ!! さあさあ彼がいない中、果たしてどう動いていくのかぁ――!?」
「……え?」
最前列とまではいかなくても、ヴィクトールも席に座って観戦をしていた。しかし実況の言葉に眉をしかめる。
それに気付いたのは隣に座っているリリアン。
「どうしたの?」
「いや、今の内容……」
「ああ、ウィルバートのこと? 何か今回参加してないみたいよ?」
「……」
「詳しくは私も知らないけどねー。でもだからといって、油断はしちゃいけないと思う」
「ウィルバートは一年生なのもあって特に目立ってるだけさ。他の生徒も同じぐらい賢く、魔法に秀でている」
アッシュがリリアンの横で飛び跳ね、頭に乗る。
「……そういえば先輩。今回も武術戦のようなことをなさるつもりですか」
「いやあ!? 流石に今回は自重かなあ! アストレアもいないし! 目立ち過ぎた感はあるし――!?」
「私が何だって?」
「おにゃあー!!!」
正面から転がり落ちるリリアン。背後に立っていたのはエレナージュの制服を着たアストレアである。
「なななな何でここにいんのよー!?」
「暇なんだよ。今日はエレナージュの試合じゃないし、私は魔術戦に出場しないし」
「そんな理由で移動してきていいんですか」
「割といるぞ? この機会に課外活動同士で交流を行ったり、友人を見つけに行ったりする生徒も少なくない」
ヴィクトールは、今朝の朝方から、アザーリアが演劇部の生徒を率いてイズエルトの領地に出張していったのを思い出した。
「特に、武術戦を経ているから顔と名前は覚えたって生徒も少なくない。魔術戦においては多く見られるぞ」
「そうそう、そうそう! ヴィクトール君もケルヴィンに行ってみたらいいんじゃない? 気になるんでしょ?」
「いえ……そこまでの関係ではありませんので」
余程自分に敗北を期したのが衝撃だった。
そう考えるのが自然だろう――
<試合経過一時間半 残り一時間半>
「さて残り時間は半分を切ったぞ!!! ここから先はトーチライトを駆使した細かい戦法に徐々にシフトしていく頃合いだぁー!!!」
「グレイスウィル三十九、リネス三十六、ケルヴィン二十五!! んー、微妙な拮抗状態っ!! ケルヴィンがやや苦しいぐらいかぁ!!」
「だが油断はできない!!! 一手一手で戦況がひっくり返る可能性が大きいのが魔術戦!!! 現に今ケルヴィンが一個フラッグライトを奪取したぞ!!! 闇属性魔法が強烈だぁ!!!」
「よーしよしよし、このままトップをキープできればいいんだが……」
「!!」
「うわっ目ん玉!! ってソロネかびっくりさせんな!!」
「慣れろよいい加減ー!? 何年一緒に生徒会やってると思ってんだー!?」
指令本部では多くの生徒がせわしなく動き回っている。
そこに設置されている魔法具、特に投影器には、元の形が辛うじてわかる程度の激しい改造が施されていた。
「今の戦況と……属性領域の状況はどうなっている?」
「えっとこっちが三十七……に減ったな、うん。リネスが追い上げてきているっぽい」
「属性領域はバラバラに展開されてるー。あーでも一箇所だけ光属性が固まってる所あるねえ。でもってこっちのものじゃないフラッグライトが二つあるよ」
「んー、闇魔法で霧を撒かせながら進軍させるかあ……」
「うえええん、目がちかちかするぅ……」
「パーシー、これもーちょいどうにかならなかったのか?」
取り付けた箱によって魔力回路が加えられ、属性領域の状況についても目視できるようになっていたのだ。
そんな改造をしたのがこのパーシーである。自慢げに胸を張るが、背後からはたかれて正気に戻った。
「……いやさ、視認性を重視して各属性の色をどーんと入れたんだけど、これは酷いな!! もうちょっと調整する!!」
「まあそんなこと言っても俺らには関係ないけどな」
「後輩や先輩方には関係あるだろー!?」
「お前なあ、ド三流の学生が改造したもん使わせるつもりか……」
ぶしゅうううううー
「わわっ、パーシー君! 煙出てきた!」
「マジかよ想定外!!!」
「想定外って想定外って!!!」
「だが俺は天才だから想定外でもどうにかなるのさ!!!」
投影器に近付き、腰から下げていた箱から工具を取り出してがちゃがちゃ。ソロネもやってきて魔力を放出。
「うっし! これで何とかなるだろ!」
「――!!」
「あーそう!? 魔力漏れそう!? じゃあソロネが塞いでおけ!!」
「!!」
「よーし誰か手ぇ回せそうな奴のナイトメア持ってこい。ソロネに協力してもらうぞ」
幾人かがナイトメアを発現させ、ぞろぞろと投影器周囲に集まる。
「さっ修理の目途も立ったし切り替え!! ヒルメはどうなってるよノーラ!?」
「張り切りすぎたので休んでもらってます。そろそろ再出発でいいかも? 現在は中央より若干北西、第十二フラッグライト付近です」
「えーっとその辺は……土属性領域に苦しんでいる部隊がいるな。よし、そこに救援に行ってもらおう!」
「了解です~」
<試合経過一時間四十五分 残り時間一時間十五分>
「というわけなんですけど聞いていましたか?」
「バッチリエビチリグーチッパーだぜ!!」
ヒルメ座っていた状態から立ち上がり、着地と同時に相棒のメリーが発現する。
「北西? 北西っつった!?」
「はい北西です。今正確な場所に誘導いたしますので~」
「頼むで~ヒヨコチャン!!!」
「バウッ!!」
土属性の領域では、地面が茶色に変色し、ぬかるんでいる土も固い岩も不規則に配置されている。
故に足が取られやすい。しかし魔法を軽くかけると、簡単に歩くことが可能だ。
とはいえ瞬時にそれを行えるかという点については、また論じないといけないが。
「ほらほらこっちにいるぜー!!」
「ぐおっ……!」
ブラックジャック片手に暴れ回るリネスの生徒達。グレイスウィルの生徒は衝撃を与えられ、地に伏していく。
「ヒャッハー!!! たのし!!! ヒョロヒョロの魔術師共殴り倒すの楽しすぎわろ!!!」
「魔術戦だぞこれ!!! 何で殴打武器持ってきてんだよ!!!」
「補給部隊用の袋に色々ぶち込んでいるだけですー!!! だからノーカン!!!」
たったったったっ――
「もういっちょやったれー!!! いっそ回復魔法が追い付かないぐらいに「おんどりゃあああああああ!!!」
ブシュッ
「……うぇ?」「オラアアアアアアッッッッ!!!」
リネスの生徒の一人に、雷が纏わり付く回し蹴りが頬に入り、
その勢いのまま地面に吸い寄せられていく。
「
「アオーン!!!」
愚者の悲鳴は暴虐の肴、轟音通れば叫喚引っ込む。
足を伝う振動は、神経刺激し脳髄目覚める。痛烈が猛烈に肉体を造り変える。
「お、鬼だ……!!」
「んあ!?」
「鬼だあああー!!! 雷のアフロ巻いた鬼がいらっしゃりますぞー!!!」
そう言いながら両手を上げ、露骨にヒルメから逃げていくリネスの生徒達。
「……んっふっふっふ……」
「……キャハハハハ!!」
「神のツラは三度まで、鬼のツラは一度でアウチだぜええええええ!!!」
髪に静電気を纏わせ、ふわりと風に靡かせながら駆け抜けるヒルメ。
それに気付いた生徒達、泣きそうな目をして加速していく。だが向こうの方が遥かに早い。
「ウチのことを二度と鬼と呼ばせられなくしてやるぜー!!!」
「アンタらにはウチのこと、キャンキャンカワユイトールマン・ヒルメ様と呼ばせてやっからなー!!!」
その後も巨大な雷が、秋晴れの平原に続々と落ちていき、
グレイスウィルは見事初戦勝利を飾ったのだった。
<午後三時半 中央広場前>
「いや~」
「ウチめっちゃ頑張ったわ~」
今回最も戦果を上げたヒルメ、堂々帰還。タオルを首からかけて汗を拭いながら、やり切った感を存分に出している。
「ヒルメ、お疲れ様」
「おっすカルゥ~。ウチの疾風迅雷の活躍見ててくれた!?」
「勿論だ。パーシーは?」
「アイツは魔術研究部の方に行ったよ。仲間内でお祝いされるみたい」
「まー彼のお陰もありますからね。投影器の改造が功を奏しました」
「そうか……後で俺も差し入れを入れに行こう」
「きっとアイツ喜ぶよ!」
「……そういえば姉上が意気込んでいたぞ。これがトールマンの本気かと。ウェンディゴの血を引く者として負けられないと」
「え!? そういう流れできてる!? ウチあの人とタイマンできちゃうの!?」
「それは直接訊いてみないとだな。あの方も忙しい合間を縫っていらっしゃっているから」
「んじゃ今訊いてくるー!!」
「っとぉ、貴女にはまだ仕事が残ってますよ」
「んへえ?」
ノーラに拘束され、後ろを振り向かされると、
見知った顔がやってきていた。
「っ……」
「おお、ウチのカワユイ後輩ズ!! リーシャンもいますねえ!!」
「……俺は失礼するぞ」
「んだよー照れやがって!!」
「皆さーん、ヒルメ先輩はこっちですよー」
ノーラが手招きしたのは、アーサー、リーシャ、ルシュド、そしてエリスの四人。
直前にやってきたエリスはすぐに、大切そうに抱えた箱をヒルメに差し出す。中にはレモンクッキーがたんまりと入っていた。
「……!」
「お疲れ様です差し入れです~! ってやつかなこれは!」
「♪」
「先輩の活躍凄かったですね。三回も投影映像が故障しました」
「ヒルメぇ……」
「だってぇー、今回パパ来られないって言ったからさ! イングレンスのどこにいてもパパに見えるようにって、頑張ったんだよ!」
「そうだったんですね」
「……」
「ルシュドーン? どうした?」
ヒルメの顔を見つめながら、考え込む素振りを見せるルシュド。
「……はっ。何でもない。です」
「そっかそっか。でもなーんかぼーっとしてたぜー?」
「……」
「ウチの勢いに気迫されちゃった~? あれ? そういえば魔術戦には出場するんだっけ?」
「今回の出場はリーシャだけですね」
「マジか! じゃあ期待してるよリーシャン!」
「え~そんな……私、先輩みたいなことできませんよぉ……」
「アイツも見ているんだからさ、いい所見せるように頑張りなよ!」
「あ……」
多分カルのことだろう――
と思ったが、友人の前なのですぐに気を取り直す。
「先輩、この後はどうするつもりですか?」
「同じ五年生のメンバーと打ち上げかな~!」
「それならオレ達はここで失礼しますか」
「んじゃね~!」
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