第472話 真実の終わりに
桜が散って行く。
薄れ行く世界の中に、ただその姿だけが後を引いて残っていく。
やがてそれすらも見えなくなり、
世界には最初と同じく、一本の木と平原だけが残された。
最初に響いたのはアーサーが膝から崩れ落ちる音だった。
そんな様子の友人を、イザークは眼前に立つギネヴィアと交互に見つめている。
カタリナは両手を口元に当て、何か言いたい気持ちを物理的に押さえ付けている。
ルシュドの握った拳は震えていたが、目は恐ろしい物を見てしまったかのように見開いている。
リーシャは腕を組み、顔を俯け正面を見ないようにしていた。
あの投影はハンスにとっては予想を遥かに超えた物で、流石の彼でもからかうような発言はできないだろう。
馬鹿を自覚しているクラリアでも、あの投影がどれだけ凄惨で残酷なことであるのかは理解できていた。
それはヴィクトールも同様で、目を見開いて普段の彼なら決して見せないような、驚愕の表情を浮かべている。
サラも目を見開いていたが、口は固く結ばれ、奥歯を強く噛みしめて歯軋りをしていた。
「……お疲れ様。これでもうお終いだよ」
「辛いよね……でも、これが全て」
「マーリンが作った偽りの歴史、エリザベスが作った偽りの信仰。それからモードレッド……人々の間ではほんの少ししか言及されていないあいつの、おぞましい野望」
「……それは今も終わっていないの」
全員の脳裏に、いつか受けた痛痒の感覚が蘇る。
あれを与えてきた人物こそが――
「何でか知らないけど、モードレッドは蘇った。そして千年前の計画を実行に移そうとしている」
「それはエリスちゃんを手に入れること。明確にわかるのはこれだけだけど、絶対それ以上に凄惨なことを考えている。きっと世界も手に入れようしている――」
「キャメロットだって聖教会だって、エリスちゃんを手に入れようとして、あらゆる方法に出ている。アルブリアや魔法学園に乗り込んできたのも、その一つだと思う」
「だってエリスちゃんはまだ宿している――全ての願いを叶え、事象を意のままにする力。聖杯の力を」
「これからそれを巡って、より過酷な戦いが始まる。そうなったらあなた達は否応なしに巻き込まれる。なんてったって、エリスちゃんの友達だもん」
「……」
ギネヴィアが手を鳴らすと、
背後にあった木が消滅した。
「……きゃあっ!?」
「さあエリスちゃん、あなたのことは全部説明したよ。ここから先はあなたの番。自分で伝えるんでしょ?」
「……」
丁度幹に寄りかかっていたようで、背中を向けていた。
白いワンピースに身を包んだエリスは、迷う素振りを見せていたが、意を決して歩いてくる。
かと思うと、ギネヴィアを背にしてちらちらと様子を窺い出した。
「……」
「恥ずかしい?」
「……いっぱい迷惑かけちゃった」
「それを今から自分の言葉で言うんじゃない!」
「……うん」
「でも……そうだよね。しばらくまともに話できてなかったもんね。緊張するのも無理ないか」
「……」
「ならわたしの背中にいていいよ。でもちゃんと言うんだよ?」
「それは……もちろん……」
その会話は、それこそ姉と妹がするような、優しい声色で行われていた。
「……よし」
意を決したのか前に出てくる。
口を開く前に頭を下げた。
「……迷惑かけちゃってごめんなさい」
「あいつが原因だったとか、そういうのは抜きにして……みんなを嫌な気持ちにさせたのは、事実だから」
「あとは、その……」
「その……」
「……」
またそそくさとギネヴィアの背に隠れた後、ひそひそ声で耳を打つ。
「……ん、わかった」
エリスに優しく微笑んだ後、ギネヴィアは正面を向く。
「あのね。こんなわたしだけど、また仲良くしてほしいって。今までと変わらずに……ね」
微笑むギネヴィア、照れて隠れるエリス。
「……勿論だよ。あたしはエリスの友達。だって学園生活で一番最初に、声かけてくれたからね」
カタリナの言葉を皮切りに、全員が思いの丈を打ち明ける。
「ボクだってそのつもりだ。何だかんだ言って、友達であることには変わりないぜ!」
「私も! もう色んな面で仲良くなってるもんね! ズットモだよ!」
「おれも。エリス、友達、思う」
「何てことはないぜー! アタシはずっとエリスの友達だぜー!」
「……まあ、ぼくもだな、うん」
「ワタシもねえ。初めてうっとおしいって思ってたけど、今はそれが心地良いわ」
「俺も完全に右に同じだ。今後とも何卒」
八人がそれぞれ返事を返す中――
「……」
言葉に迷い、沈黙している一人。
「……わたし、みんなに言いたいことあるから。ちょっと失礼するね」
「え?」
「あ、おい……!」
エリスとアーサーが引き留める間もなく、ギネヴィアと八人の友人達はどこかに消えてしまう。
逆の八人からすると、二人だけが突然消えたようにも見えた。
それを確認したギネヴィアが、改めて切り出す。
「……わたしはアーサーの心を造ろうとしていた。でもそれはできなかった。できるはずがなかったんだ」
「色んな経験をさせてやれなかったっていうのが一番の原因だろうけど。仮に色んな経験ができたとしても、それで造られた心はきっと不完全なものだったと思う」
「魔法学園という場で……何も知らないみんなが、心の底からアーサーのことを友達だと思って、接してくれて。何にも縛られない日々を送ることで、初めて心が生まれた。心ってそうして作られていくものなんだ」
「わたし、みんなに感謝してるの。ずっとお礼を言いたかった。わたしにはできなかったことを成し遂げて、わたしが与えたかったものをアーサーに与えてくれた」
「……ありがとう。アーサーの友達でいてくれて」
そうして彼女が頭を下げる頃には、
だんだんと視界も薄れ出す。
声も遠くなっていく刹那、最後に聞こえてくる言葉。
「……わたしの役目はこれでお終い。エリスちゃんは自分の力を自由に扱えるようになったし、二人について本当のことも教えた」
「だから、その――ばいばい――」
穀然としているが、どこか名残惜しさも感じられる声だった。
「……」
「……」
隠れる木も取り払われ、広い平原に二人取り残される。
恥ずかしくてそっぽを向く――
こともなく、二人は距離を詰める。
それが最至近距離に達した時、
互いに抱き締め合った。
「……もう一度。この場ではっきりと言わせてもらう」
「オレは男として、女であるお前が好きだ、エリス」
「騎士と主君、騎士王と聖杯、そんな立場は関係なしに。オレはお前を愛している。お前が傍にいてくれれば、オレは幸せだ」
強く、逞しく、身を預けられる。
儚く、華奢で、身を包み込みたい。
「……わたしも、あなたのことが、好きです」
「あなたといると、嬉しくて、楽しくて、どきどきして……それが何より幸せだった」
「身分とか立場とかではごまかせない感情。わたしの本当の気持ち……です」
「勇敢で誇り高い騎士さま。恐ろしい束縛の夜から解き放ってくれる、わたしだけの騎士さま……」
感じる温もりは、踏み出す為の勇気になる。
「……だから、お前を傷付けてしまうのが怖かった」
「わたしも……あなたに苦しんでほしくなかった」
「……はは。今思ってみると、同じ理由で悩んでいたんだな」
「うん……互いに言えればよかったのかも?」
「でも言えるわけがなかった。お互いに背負っていたものが重すぎた」
「今はもう大丈夫。どれぐらいのものを背負っているか、ちゃんとわかったから」
「……どうか、辛いことがあったらオレにぶつけてほしい。その気持ちも分かち合って、一緒に幸せになろう」
「それはあなたも同じこと。わたしはあなたを幸せにする義務があります。不幸になったら……許さない」
「……エリス」
「アーサー……」
ちょっとだけ膝を折って、
ちょっとだけつま先立ち。
誓いとして交わした口付けは、
ほんのり甘い苺の味がした。
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