第531話 魔法音楽部、設立! 前編

 デュペナ大陸から帰還する頃には六月も半分を過ぎ、夏の装いを始めていた。


 そんな放課後のある日、アーサーとイザークは、人が帰った教室で駄弁っている。






「ぬっへっへっへぇ……」

「甚くご機嫌だな」

「そりゃそーよっ! だって……ばぁん!!」




 イザークは生徒会から受け取ってきた書類を、アーサーの眼前に差し出す。


 それは課外活動設立の為の必要事項を纏めたものであった。




「ここから始まるヒストリー! 魔法音楽部、設立だぜ!!」

「まあ諸々の条件を達成しないといけないけどな」

「人数、場所、顧問だろ? まあどうにかなるって!!」

「ああ、追々考えていこう。最悪エリスに頼めばいい」

「頼まなくてもどうにかしてやるけどなー!! よし!! 先ずは人数!!」




 生徒手帳を取り出しばらばら捲る。止めたのは課外活動設立の必要条件の頁。




「最低人数十五人だってさ!! 但し学年は問わない!!」

「なら掲示板に張り出そう。そこそこ集まってくるんじゃないか?」

「賛成!! あと部長を一人、副部長を一人か二人選出するって!!」

「お前が部長でオレが副部長だな」

「それしか有り得ー……ん? オマエ既に課外活動二つじゃないか?」

「……あ」




 料理部と武術部所属のアーサー君である。




「……料理部抜けるか」

「そんなあっさりと判断していいのか?」

「武術部は入ったばかりだし……それに四年もいたんだ、その気になれば顔は出せる」

「オマエがそう言うならいいけどよ。何か悪いな、ボクに付き合わせてるみたいで!」

「お前はオレと共に歩む覚悟を決めてくれた。それに応えるだけだよ」

「言うねぇ~! じゃあ早速行こうぜ!」

「ああ!」











 二日後。








「うっひょー入部申請がこんなに!!!」

「……」

「ヴィクトール? どうした?」

「……まさかこれ程とは思わなかった」




 イザークが寮に持ち込んだ入部申請書の山は、軽く十センチは積まれている。これが全部寮に設置してある投函箱に入れられていたのだから衝撃である。






「アーサー手伝え! 整理するぞ!」

「わかった。しかしこれだけの人数となると、有能な副部長がもう一人欲しいな」

「安心しろヴィクトールいるから」



 呼ばれた彼は飲んでいたブラックコーヒーを噴き出す。



「……貴様!!! 俺は何も言ってないぞ!!!」

「えーいいじゃんオマエ生徒会だけなんだからさー!! 入れ入れー!!」

「断じて断る!!」


「あ、おれもおれも。入る、だから手伝う」

「おっとこのタイミングで増えたぞぉ!? てかルシュドも料理部アンド武術部じゃん!」

「抜けた、アーサー、一緒!」

「そういうことだ」

「思い切りがいいなあ……!」



 そんな三人の傍観に徹するのはハンス。



「……」

「何々ハンスちゃぁん。興味あるのかしら~~~?」

「入るない、ハンスだけ。どう?」

「ぼくは無理。大真面目に無理。音がうるさすぎる……」

「あー、長耳だしな。音量を下げるってのも簡単にはいかない」

「それに武術部入ったばかりだし……そっちに集中したいっていうか……」

「それならしゃーないな」


「何だ、無理にでも勧誘すると思ったのに」

「そうやるとね、ああこの界隈の人間は無理矢理な奴が多いんだって思われてね、益々煙たがられるわけよ」

「随分と正論だな。だとすると俺がこっそりと入部させられているのは何だ」


「言っとくけど抜けられねーぞ、もう部長副部長の申請したから。喜んで受理してくれた」

「……誰がだ?」

「リリアン先輩」

「あの人は……!!」




 とうとう耐え兼ねて、申請書の山の前までやってくるヴィクトール。




「管理だけだぞ。管理だけなら受け持ってもいい」

「え? オマエボクらのバンドにキーボード担当として加入決定済みだけど?」

「……」

「シャドウがひっそり教えてくれたぞー。オマエ、ピアノ弾けるんだってなー!?」




 ばっと後ろを振り向くと、シャドウがソファーに座って、見慣れた自分の笑顔でブイサインを二つ。




「貴様なあ……!!」

「♪」

「まっキーボードとピアノは厳密には違うんだけどな。でも原理は一緒一緒。流れで弾ける!!」


「イザークがギターと歌をやるとして、オレは何をしようか」

「ならオマエはベースやってくれや。ギターが出せない低めの音が出せるんだ。んでルシュドがドラムな」

「ドラム?」

「何か色々叩いてリズムを取るんだ。細かい音階を覚えなくていいから楽だぞ!」

「おれ、頑張る!」

「勝手に話を進めるな貴様……!!」


「とは言ってもな。オレ、ベースどころか音楽なんて一切触れたことないんだが。楽譜を読めるかもわからない」

「楽譜ならぼくも教えられるよ。でも楽器の演奏はなあ」

「そこがポイントだな! ちゃんと魔法音楽に詳しい人を顧問にしないと!」




 ビシッとハンスを指差すイザーク。




「でもこの学園にそんな先生いるのか?」

「……課外活動の顧問のみを担当するのであれば、学園に勤めていない外部の人間でも構わない規則になっている。その場合、細かい条件はあるがな」

「なら魔法音楽に詳しい人を当たってみるのがいいか」


「アーサー、前に行った店あるだろ。あそこのオヤジにも相談してみるつもりだ。それであとはリネスに戻って呼びかけてみるか」

「いいのか? お前にとってあの町は、嫌な思い出もあるだろう」

「……そうだけど、それでもいかないといけないからさ」






           コンコン






「……ん」

「俺が出よう」

「よろしく」








 ヴィクトールが居室の扉を開けると、アレックスが困った顔をして立っていた。



「どうしましたか?」

「ああ、何かお前達に会いたいって人が来ていてな……その人、待ってる間バイオリンを弾き鳴らしているものだから、迷惑になっていて」

「……」



 記憶の奥底に葬り去った人物なのに、この程度の情報を与えられただけであっさり蘇ってくる。



「……この部屋に入れるか」

「迷惑されるぐらいならなあ……」











 こうして彼はやってきた。








「うっひょー!!! リビング!!! マジ生活感!!!」

「……」         グボォ

「あびゃーっ!?」






 鳩尾を殴られ悶える水色の髪のメカクレ男、ストラム。そのまま押し倒されるようにして席に着かされた。






「ストラムさん。違う、ナルシストバカさん。こんにちは」

「君さぁ!?!?!? 何でその悪名を覚えてんの!?!?」

「事実だからだな」

「はぁー今の僕イズエルトで英雄扱いされてますからぁー!?」


「……は?」

「カンタベリーの聖教会共おっぱらってきたの☆ きゃぴっ☆」

「キモい……」





 キモいがそれは事実であるように思えた。



 こんなのに色々されたらそりゃあ撤退したくもなる。





「で、オレ達に用があるという話だったが」

「そうそうご用が……ってんん!! これは何ぞや!!」

「ああー止めろー止めてくれー」




 言った所で勝手にやるだろうという嫌な確信。



 ストラムは入部申請書の山をぺらぺら捲る。




「おおっ魔法音楽部!? 作るの!?」

「いやあ、まあ、そうなんですけど」

「僕も混ざるわ!!」








「……何その微妙な表情は!?」

「いやあ……流石に……」

「あっまさか僕が魔法音楽無理だと思ってる? 安心して、ギターベースドラムボード更にはボイトレも行けるよ?」

「は?」

「僕ちゃん普段はバイオリン使いだけど、実は楽器なら全部行けちゃうのさ~~~~!!! ラララララ~~~♪」



 そのバイオリンを取り出そうとするのを殴って止めさせる。



「いっだぁー!!! うげええええええ!!!」

「さて、検討してみるか?」

「ぶっちゃけコイツでもいいかなって思ってる」

「正気か貴様」

「イザークがそれでいいって言うなら……構わないが。しかし根拠はあるのか」

「んー……」



 アーサーに馬乗りにされている、ストラムの顔を覗き込むイザーク。






「オマエ、昔どっかで会わなかったか?」

「え? 何のこと?」






「あー……まあ、いいや。でもコイツの楽器の腕は信頼できるぜ。ボクが断言する」

「そうでしょそうでしょ!! だから早く降りてほしいんだけど!!」

「煩わしいから暫くこのままで。で、こいつを顧問にするってことでいいんだな」

「名前、名前。えーと、ストラム、さん」

「ウルトラスーパーカッチョイイストラム様って書いてね?」

「やっぱりコイツ顧問にするの不安だわ」






「……そういえばさっき、顧問に置く為には細かい条件が必要って言ってたけど」

「ああ、それはだな――」



 ノートを取り出し捲るヴィクトール。



「あったあった。顧問は外部の人間でも構わないが、ちゃんと課外活動に参加できることが重要だ。魔法学園に通える手段を持っているかが審査される。第一階層に家を借りてもいいし、遠方に住んでいても瞬間移動球を駆使するというのであればそれでもいい」

「ということらしいが、当てはあるか?」

「ないって言ったらどうするつもり?」

「……」




「冗談冗談ジョークだよハニー。んっとねー、ここには知り合いがいるからそいつら当たってみるつもり。まあ僕の事情話せば了承してくれるっしょ」

「そうした事情を理解してくれる程のヤツなのか?」

「そしてお前はそれ程の事情を持っているのか」

「ちょっとー!? 馬鹿にしたような目で見てるけどね!! そうだよ僕はああああああああ!!」




 ストラムの口を手で覆うアーサー。苦しむのも気に留めない。




「で、顧問問題はこれで解決したわけだけど。場所はどうするのさ」

「それなら絶好の場所がある」

「はぁ」

「明日学園長にも同行してもらって、下見に向かう予定だ」

「それぼくもついていくよ。暇だし」


「おれも、おれも」

「ヴィクトールくぅ~ん?」

「……どうせ逃がしてはくれないのだろうな」

「わかってんじゃん!! あ、オマエも一緒だからな?」


「ぶはっ!! ちょっと!? これから顧問やるって人にオマエはなくない!?」

「だからと言ってお前に敬語を使うのも癪に障る」

「何だよそれー!? この美しい僕を下に見ていいのはアーサー様だけだからな!?」

「……」




 突然の様呼びに困惑したが――




「急に媚びようったってそうはいかない」

「あでーっ!!」











 翌日。








「足元に気をつけろよー」

「うおっと!」

「言った側からこれだ」

「お前達がここを使うって言うなら、照明も大分上等なのを買わないとなあ」






 五人とストラムがアドルフと共に向かった先は、聖教会とキャメロット介入時の負の遺産、魔法学園の地下牢。




 建築学的にも魔術的にも堅牢な造りになっていて、破壊しようにも手間がかかりすぎる予測になった為、今まで放置されていたのである。




 そのような設備故、魔法音楽部の活動場所に使いたいと申し出たら、速攻で許可が下りたのであった。






「確かここから上に向かって、音漏れてなかった?」

「あれは魔術によって強引に反響させていたようだ。解除したから音は漏れないぞ」

「大音量を前提にする魔法音楽には適した場所ということだ」





 案内されたのは大広間。連中はここで宴会騒ぎをしていたらしい。





「お誂え向きにステージが作られているな」

「ライブの練習にピッタリだ!」

「ライブ?」

「魔法音楽における演奏会のことだそうだ」

「そっか、覚えた」

「それにしても暗いな。照明だけではなく、壁の色も影響していると見る」

「じゃあその塗り替えと……あとは個室の改造も必要だな」



 つまりは牢屋の改造である。数えた所独房が十、それ以外が四十あった。



「先ず防音設備は欠かせないな」

「おっとこのストラム様が口を挟むよ。只の防音設備じゃなくって、こう手軽に解除して、隣の練習に顔出せるような感じのを所望っす」

「成程成程、態度が一瞬イラっときたが言いたいことはわかる。音楽は他人と切磋琢磨して練習するものだからな。しかし解除型となると、結構な魔力回路を通さないといけないな……」


「加えて部屋そのものの改造も必要かと。鎖等の撤去は勿論のこと、隣の部屋に行けるような扉等も視野に入ると思われます」

「ああー結局そうなるよなあ……牢屋を使い回すとなるとなあ……」




 紙に数字を書き連ねて、必要な予算を算出していくアドルフ。




「……白金貨一枚飛ぶかなー?」

「え゛っ」






「まあでも完全破壊を検討した結果、白金貨が十枚すっ飛ぶ予測だったからな。それに比べりゃ安い安い」

「金貨百枚分の価値の硬貨が十枚で、一千万? 金銭感覚狂うわ」

「やはり三騎士勢力の二つが介入して作った場所、というだけはありますね」

「とは言っても大事になってきたな……」




 事の重大さを吹き飛ばすようなバイオリンの音色が聴こえてきた。




「何してるんだーお前ー」

「ぎゃー!!!」

「これだけ騒いでも上には支障が出ない。全く素晴らしいな」


「よし! 改造にはウチの魔術師達を総動員させよう。生徒達がやりたいようにさせてやるのが教師の務めだ!」

「何から何まであざっす!!!」

「いいぞぉいいぞぉ、魔法音楽部ができたとなれば入学者の関心も集めるだろうからな!!!」

「そこっすか!?」

「学園長の立場から言わせてもらうと死活問題です!!!」

「……入学者と言われたら、生徒会にも飛び火するな、これは」

「ヤベー!!! ヤッベえ大事になってきてゾクゾクしてきたぞー!!!」








 新たなる歴史は今この刹那、脈々と築かれていく。




 雨垂れが石を穿ち、刹那が重なり歴史となる――

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