第121話 一時休息

 ……


 ……


 ……




「う……」





 意識を取り戻したエリスは、ゆっくりと薄目を開ける。視界に白い天井と壁が目に入った。





「……?」



 だがそれは、雪を押し固めた物だと気付くのにそう時間はかからなかった。更に、身体が厚手の毛布で雑にくるまれていることにも気が付いた。



「……」




 左に頭を傾けると、そこには焚き火があり、三人の人間が取り囲んで何かをしていた。そして右に傾けると、カタリナとリーシャが同じようにくるまれていて、意識を取り戻し出していた。




「あ……エリス……」

「リーシャ……カタリナも気が付いた?」

「……うん」


「……」




 三人は身体を起こし、改めて焚き火の方を見る。相変わらず人間は動かなかったが、代わりに一匹の魔物と目が合った。




「あれは……オーク……?」


「……ん? おお! げひゃひゃひゃひゃ! 目を覚ましたみたいですぜご主人!」

「本当か!」



 オークに主人と呼ばれた女性が、ぴょんと立ち上がって三人の前にやって来る。



「ふん、私達が助けてやらないとあそこで野垂れ死んでたんだぞ? 感謝しやがれ!」

「げひゃひゃひゃひゃ! 何でえご主人、死なれちゃ後味悪いとか言ってた癖に……」

「黙れ汚豚ぁ!!」

「ぶひぃ!」



 オークの顔を蹴り飛ばす様を、エリスとリーシャは見つめながら記憶を辿る。



「……」

「……」

「何だ? 私の顔をじろじろ見やがって……」




 彼女の身長は百四十センチ程度。そして防寒対策に喧嘩を売っているような、白とピンクとクリーム色のドレス。ブロンドのセミロングを靡かせて胸を張っている。




「ねえリーシャ、この人……」

「うん……そうだよね……?」

「おおっ!? 何だ私のこと知っているのか!? 何処で見かけた、言ってみろ!」


「えっと……グレイスウィルの学園祭で、暴れてた人……」

「ぶほっ!!!」




 橙色の癖っ毛の男性が口に含んでいた飲料を吹き出す。近くに居た紫色の角刈りの男性も、それに釣られて笑い出した。




「てめええええ!! 笑うんじゃねええええ!!」

「だって……えっふん! 覚えてるのがそれって!!」

「あーあー姐者、初対面の印象が最悪でしたな!!」


「うるせええええええ!! 殺してやるうううううう!!」

「げひゃひゃひゃひゃ! ご主人!!! あんまり声を上げるとこのかまくら崩れます!!!」

「知るかボケエエエエエエ!!!」



 オークが女を必死に宥めている隣を縫って、ダニエルが三人の下にやってきた。



「……よかった。お姉ちゃん、ずっと眠ったままだったらどうしようって思って……さっきも言ってたけど、あの人達が助けてくれたんだよ」

「ダニエル……」

「ほらこれ飲んで。はちみつとしょうがが入っているから、早くあったまるんだって」

「……そっか。ありがとう」








「……よし。ではこんな状況だし、自己紹介でもしようじゃないか」



 女性が無事に宥められ、そして全員が焚き火の周りに集合する。



「はい……わたしはエリス・ペンドラゴンです。先程も言った通り、グレイスウィルの学生です」

「リーシャ・テリィです。同じくグレイスウィルの学生です」

「カタリナ……です。二人と同じ、学生です……」

「……」



 ダニエルは紙コップを手にしたまま、じっと俯いていた。



「おいガキ。てめえ名前も言えないのか?」

「落ち着いてください姐上……このような生死の境を彷徨うような状況は始めてで、言葉を失っているのでしょう」

「うーあー……もういい。次、こっちの自己紹介だ」



 女性は立ち上がり腕を胸の前で組み、威厳を誇示する。



「私はエマ。とっても可愛いエマ様だ。この汚ねえオークはセオドア、私のナイトメアだ」

「げひゃひゃひゃひゃ! 皆さんよろしくお願い致します。ちなみにさっきから上げている汚い叫び声は話す時の癖です。ほら、私オークですから。ということで改めてよろしくお願いします」


「私はマットと申します。今は斥候をしておりますが、リズというナイトメアがいます。帰ってきたら改めて紹介しますので、一先ずよろしくお願いしますよ」

「俺はイーサン。この背中に背負しょった鞘がナイトメアで、名前をエルマーって言うんだ。よろしくな」


「オレンジでひ弱そうなのがマット、紫で馬鹿そうなのがイーサンだ。こいつらは実の兄弟なんだぜ」

「さらっと侮辱していますよね……」

「お気になさらず。我々はいつもこのような距離感で仕事をしておりますので」





 雪で作られた天然の部屋。僅かに開けられた入り口からは、吹雪の音と白く濁った世界が見える。





「仕事……もしかして魔物の駆除ですか?」

「正解。最近は騎士の仕事も回らなくなってきてな、それで私達のような傭兵に依頼しているんだ」

「こういう魔物退治の依頼ってよくあってな。俺達からすると、報酬に加えて得られた素材を売って副収入も得られるお得な仕事なんだ」

「それでいつも通り依頼を受けて、いつも通り魔物を狩っていたら……奈落の者ですよ。いやあ驚きましたねえ……」

「奈落の者?」



 得体の知れない呻き声が耳に入る。先程も聞いたその声に、子供四人の心臓が飛び跳ねそうになった。



「さっきアンタらを襲った化物のことをそう言うのさ。黒魔法のことは知っているか?」

「……わかりません」

「あたしも……です」

「お話の中で、それっぽいのは見たことありますけど……」


「むぅー……なんてことだ。学園では教えないのか?」

「それは有り得ませんよ。何せ魔法の中でも禁術と呼ばれる物です。その危険性を周知させないだなんてあるわけないでしょう」

「まあこんな大層に襲ってきたからには、方針を変えそうではあるけどな」



 エマとマットは蜂蜜と生姜の湯のお代わりを注ぎ、一気に口に流し込む。



「げひゃひゃひゃひゃ! ご主人に変わって私が話を元に戻します。黒魔法、正式名称奈落魔法とは生命の命や魂を代償にして甚大な威力を発揮する魔法のことです」

「それで、ハイリスクハイリターンってやつだ。黒魔法の威力が高ければ高い程、反動で溢れ出るマイナスエネルギーも多くなる。そのマイナスエネルギーが具現化するとあんな気味の悪い連中になる」


「多分あんたらもわかると思うが……あれは最初は黒くて油っこくてねっとりした液体として現れる。そして近くの生き物を取り込んで模倣するんだ」

「そうして次々と取り込んでいくことによって、世界を黒一色の奈落で満たす。それがあいつらさ」



 傭兵三人は苦虫を噛み潰したような表情をする。何度も戦ってきたが、勘弁してくれという言葉が露実に現れていた。



「黒魔法を使うとあれが現れる……ということですか?」

「簡単に言うとそうだな」

「だったら……誰が黒魔法を……?」

「今回の連中は数が異様に多い。考えられるのは結構な使い手か、もしくはあまりの数に対処しきれず、逆に奈落に飲み込まれて自滅しているか。悪いが犯人捜しをしても返り討ちに遭うだけだ、やる意味は一切ない」

「……」




「……それよりも今は生きてアルーインに戻ることだけを考えろ。近くに手頃な森を見つけて、隠遁の魔法をかけてこのかまくらを作ったが、それも時期に限界が来る。この吹雪が止む頃には移動を開始しないといけない」



 エマは足元に置いてある鎖の付いた鉄球、モーニングスターに手をかける。



「……突破できるんですか?」

「まあな。あんな気味が悪くてブヨブヨしている連中だが、条件を満たせば攻撃が通るようになる――」



 マットは比較的細身に見える剣を、イーサンは両手でようやく担げる大きさの剣を。レイピアとバスタードソードと呼ばれる武器をそれぞれ構える。



「どういう原理かは不明だがな。あいつらナイトメアに弱いんだ。ナイトメアによる直接攻撃、あるいはナイトメアの補助を受けたり、支援魔法をかけてもらった主君の攻撃ならダメージを与えられる」



 エマは立ち上がり深呼吸を一つ挟む。突き刺さるような冬の空気を肺にめいいっぱい補給した後、誰よりも覚悟が据わった瞳で子供達に言い放った。



「助けてやったんだから、当然手伝いをしてもらうぞガキ共。この吹雪が止むまでに覚悟決めとけ」








「イリーナ殿下! 馬車とレインディアの準備ができました!」

「うむ、ご苦労」




 雪原と城下町を繋ぐ関所。先程の奈落の者の襲撃の跡が残されており、まだ瓦礫の撤去や怪我人の手当ての作業が続けられている。


 アーサー達は現在そこまで移動し、騎士達の出撃を見守っていた。そこにやってくる修道服の女性が一人。




「ああ、イリーナ様……!」

「メアリー殿! こちらに来て平気なのですか!?」

「リーシャ達が雪原に向かったと聞いて、居ても立っても居られなくて……! ごほっ……!!」


「無理すんなよばあちゃん。まあここに来たからには俺達の帰りを待っててくださいよ」

「どうか……どうかお願いします……! 我が主よ、どうか迷い子に残酷な運命はお与えになりませぬよう……!」



 メアリーは十字架を握ってひたすらに祈りを切っている。それを見ながらアルシェスとイリーナは馬車に乗り込む。



「トナカイ、レインディア。同じ?」

「近似種といったところだな。動物がトナカイで、魔物がレインディア。トナカイには属性がなく戦闘力は低いが、レインディアには属性があって魔法も使える個体もいる」

「とはいえ魔物だから、飼って手懐けることは難しい。王国ぐるみで数体飼えている程度だ」


「今回は結構吹雪いているし、しかも奈落が闊歩する所に突っ込んで行くんだ。馬よりもレインディアの方がいいと判断したんだろう」

「……それでも気軽に貸出許可が下りる訳じゃない。多分イリーナ殿下、女王陛下に直談判したんだろうな……」

「……」




 ルシュドとイザークはとりとめのない話をし、アーサーはただ馬車を見つめている。人が十数人は乗れるであろう非常に大型の馬車。それを四匹の屈強なレインディアが引っ張るのだ。




「重ねてお伺いしますが、本当にいいんですか? 仮にも王女であろうお方が救出作戦に同行するなんて」

「……彼女達をここに連れてきたのは私だ。どのような不慮の事態であろうと、私は責任を取らねばならない」

「そうですか。でも危険だと感じたら……迷わず戻ってきてくださいよ。我々だけでなく民が心配するんですから」

「ああ……」



 馬車の中に乗り込んだアルシェスは、窓から顔を出して三人に笑いかける。



「心配すんなって! このアルシェス様がばっちり助け出してくるからよ!」

「……頼んだぞ兄ちゃん……!」

「お願い、します」

「おうよ! それじゃあ……行くか!」

「はっ!」




 アルシェスとイリーナ、それから数人の騎士を乗せた馬車は雪原へと赴く。




 レインディアが地面を蹴り、粉雪が舞い散る。それは風と共に、出陣した彼らの姿を覆い隠していった。






「……」




 馬車が全て見えなくなった後も、アーサーは拳を握ったまま震えていた。傍から見るとそれは寒さによるものかと思われたが、実際は違かった。




「アーサー? 大丈夫か?」

「……」

「……そうだよな。オマエは特に心配だよな」

「……オレなら……」



「え?」

「オレなら……戦える」



 その言葉にイザークは、狐に顔面を握り締められたような渋い顔をする。



「オマエなあ……さっきの話聞いてたか? 奈落の者はナイトメアが一緒じゃないと倒せないんだよ」

「わかっている。だから――」

「カヴァスと一緒に戦うってのか? 攻撃はそれで通るだろうけどさ、倒せるとはわからんだろ。だってオマエ学生だぞ?」


「違う、オレは――」

「何が違うんだよ? まあオマエは剣術達者だけどさ、それでも毛が生えた程度だろ。あんな化物相手にしても何もできないだけだって」

「オレは――!」





 原初のナイトメアたる、騎士王だ――





「……」

「……」


「あ……あ……」



 アーサーとイザークが睨み合いを続け、ルシュドが焦りながら様子を窺う。



 そのような状況の中、詰所から出てきたローザが声をかけてきた。



「……よう小僧共。暇か?」

「あ、ローザさん……! えっと、おれ達、馬車、帰り、待ってる」

「んじゃあ暇だな。なら少しは手伝え」

「……は? 何を」


「魔法陣の構築。まあ授業の予習だと思って気楽に来いや」

「ふーん……じゃあ、行こうかな」

「……おれも。じっとしてる、無理」



 イザークとルシュドはローザの後ろについていく。



「……」



 アーサーも黙ってそれについてこうとするが――





 腕を何者かに掴まれてしまう。





「おい……君はこっちだ」




 後ろを振り向くと、そこには氷賢者がいた。


 何故か仮面を外した状態で。何故か初めて出会った時と同様の、暗褐色の肌が目立つ不健康そうな見てくれで。




「……何の用だ」

「君はこっちで僕とお話しようねぇ……ふひひ……」

「ぐっ……!?」



 アーサーは腕を離そうとするが、強い力のため離すことができない。細長い体格に見合わない力で掴まれていて、且つ気持ちの悪い表情でじっとりと見つめてくる。



「大丈夫……悪いことはしないから……ひひひ……」

「……くそっ……!」

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