第556話 幕間:円卓の騎士・ガウェイン

 竜賢者がラグナルの町において拠点としている家は、やや込み入った路地裏にある一軒家。外見だけはわざと古びさせている為、誰も関わろうとはしない。


 故に秘密を隠しやすいし、人間も竜族も簡単に招き入れやすいのだ。






「おっじゃましー」

「先ず最初に台所に行こうとするな」

「アイス食ったら次は飲み物でしょー。何かあるー?」



 ルカは氷室を漁っていると、レモネードを見つけた。



「いいもんあんじゃん! あたしら用でしょ?」

「……」

「もう、顔に出てるってよぉ!」



 コップも持ってきてそれぞれ注ぐ。



「ごくごく、ぷはー」

「んめ~。さてさて、次は何しよ」

「二階に空き部屋があったから、適当な所掃除しておいてくれ。今晩はそこで寝てもらう」

「あい~。じゃああたし行ってくるね~」

「ニャッフ~」



 チェシャと共に二階に上がっていくルカ。






 その後をルシュドは、追わない。











「……」

「……」




 二人きり。厳密にはジャバウォックもいるのだが、彼は事情を知っている為いても問題はない。



 レモネードがまだ残っている瓶を挟んで、座った二人は向かい合う。ルシュドが外したキャスケット帽をジャバウォックが受け取る。




「ほう、平らにした髪も中々いけるじゃねえか」

「ありがとうございます」


「……」

「……」






 竜賢者はルシュドに見えるように、親指と人差し指を擦り合わせ、



 数秒してから丸を作って見せる。








「――円卓の騎士、ガウェイン」





 決然と、覚悟を決めた声と瞳。





「――やはり知っていたか」





 それに返されるは悠然と、飄々とした眼。








「グリモワールさん、ベディウェア。ストラムさん、トリスタン。竜賢者様……ガウェイン」

「ほうほう、その二人にはもう会ったんだな。ということはアルブリアにいるんだな……」

「二人共、います。おれ達の身近な所に」

「そうかそうか。俺も向かった方がいいかな?」

「それは無理。おれ、知ってます」

「はは、まあそうなんだがな」



 残ったレモネードをコップに注ぐ竜賢者。






「アーサー様は元気にしているか?」

「はい。エリス、えーと……ラブラブ」

「ははあ、そうかそうか! エリスって言うと、三年前に一緒にいたあの嬢ちゃんか! ほうほう……」

「竜賢者様、いなくても、平気。大丈夫」

「それは心強いな。如何せん俺は竜族と人間の橋渡しって大役を、今後も続けないといけねえ」



 ルシュドも同様にレモネードをお代わりした。



「俺は円卓の騎士の中で一番最初に造られてな。最もアーサー様に似せられているんだ」

「そう……ですか?」

「これでも昔は金髪赤目だったんだぜ? まあ俺が、俺達が何をしてきたかってのは嫌程思い知らされているから、決別の意味を込めて色を変えたんだがな」

「覚えている……?」


「ん、お前が会った二人は覚えてなかったのか?」

「ベディウェアさん、トリスタンさん。忘れてた、でも思い出した」

「ああ成程……恐らく俺はアーサー様に最も近い魔力構造をしていたから、記憶保持能力も高かったんだろう。一応今に至るまでの約千年の記憶が残っているぞ」

「千年前からずっと、ガラティア?」


「そうだ。初めは誠実に円卓の騎士やってた。だがマーリンの野郎が失脚すると同時に円卓の騎士は追われて行き、逃れた俺は竜族に拾われて実力を認められ、以後は賢者様ってこった」


「その辺はつまんねえから話す気はないけどな。そもそもうろ覚えだ」

「おれ、知りたい、思わない。大事なこと――ある」








 再び二人の視線が交わる。








「前に話してくれたな。お前は物理攻撃ファイター系だって」

「……ガウェイン、始祖、物理攻撃ファイター系。だから、おれ……」

「ああ成程、そういうことかい……」




 彼は座ったまま、上半身だけを乗り出し――




 ルシュドの額に指を当てる。











「……」






「……!!!」








 流れ込んでくる何か。




 それにしがみつこうと、喰らい付こうと、必死に集中するが、




 ある所で果ててしまい、途切れてしまった。








「う……うう……はぁ」

「ふむ……お前、やはり素質はあるな」



 喉を抑えて呼吸を整えるルシュドを前に、ガウェインは至って冷静だ。



「だが、まだその時じゃないってわけだな」

「そ、その時……?」

「思えば昔からお前はそうだな。まあその体質上、仕方ないってのもあるんだろうが――一刻も早く強くなって、自分の存在を証明したいって考えている」





 その言葉は、ずきりと針のように刺さってくる。





「加えてさっきの生贄の話聞いて、益々お前は焦っちまうんだろうな。だがそれではいけない」

「……」


「確かに前に進み続けなければ強くはなれないが、進んでるだけってのも良くねえんだ。時には立ち止まり、振り返ることだって必要なんだ――」

「立ち、止まる……?」








「おおーい、ルシュドー! ちょっと来てよー! 一緒に掃除しようよー!」






 快郎で、それでいて何も知らない、大切な姉の声が世界を塗り替えていく。






「……さっき結界をちょろっと張っておいたんだ。だから今の会話はあいつに聞こえてないから、安心しろ」

「……ありがとう、です」


「いいかルシュド、何もお前のしてきたことが無駄だったってことじゃない。あと一つ、何か切っ掛けがあればいい。そうすれば強さの方からお前の所にやってくる」

「やってくる……?」

「そうだ。だからこそ待ってみて、振り返ってみることも重要だ。具体的に何をすればいいかは、お前自身で見つけないといけないがな――」






 これを最後に、空になったレモネードの瓶を持って立ち上がるガウェイン。



 ルシュドも話が終わったのを察し、二階に上がっていった。











「ほらほらこっちだよルシュド! 見てよこれ!」

「わあ……がらくたしかない」

「その言い方は酷すぎるだろ」




 二階にある部屋の一つを開け放つルカ。ルシュドは目をぱちぱちさせてから、そこに進入する。




「ふうー。ジャバウォック、出ろ。力仕事だ」

「任せな! うえっふ!」

「うう……煙、凄い……」






 こうして黙々と掃除を始めた彼から――






 離れた部屋まで移動し、そこの掃除を始める竜賢者とルカ。






 というのも彼女がそっちに行きたいと竜賢者を誘導し、彼はそれに乗ったのである――










「……色んな魔術の本読んできたけどさ」



「あたしはやっぱり馬鹿だから、何にもわかんなかったよ」



「何にもわかんないなりにさ――気付いたんだ」



「最初からこうすればよかったじゃんって――」








 その後の彼女の行為を、敢えて抵抗しないで竜賢者は受け止める。






 急に身体を翻し――胸倉を掴んだのだ。






「教えろ、竜族の橋渡し役。ルシュドには昔特徴があったのか?」

「……」




「貴方は、あたし達姉弟を小さい頃から見てくれていた。当然あいつの小さい頃も知っているだろ?」

「……」






「意地でも答えてもらう――ラグナル大火山も異常が起きて、親父達も最近変わった。もう隠し事はしてらんない。しようものなら、あの溶岩が焼き尽くして、その本性を露わにさせる」




「さあ答えろ――あたしは姉として、弟の身に何があったのか知りたいだけだ――」








 彼女の言葉は真理だ。




 竜族は何かを隠している。しかしそれを隠すように命じた者、隠されていたそのものが、




 いよいよ白日の下に晒される時が来た。自分が慕うように命じられた、自分の元になったあのお方が、




 どこかで力に目覚めたのだと、その確信を得た時からだ――







「……ああ、お前には教えよう。いいなルカ、ルシュドは昔は普通の竜族だったんだ」



「角、爪、牙、鱗、あいつには何もかもがあった。だが、ある日を境にその全てを失った」



「……どうして失ったのかは俺にはわからん。そこだけは誰も教えてくれなかった」



「ただ――あいつらが隠蔽しているだけであって、その外部から答えは漏れ出ているように、俺には思える――」











 この火山の火口には門と結界が展開されている。




 時代は恐らく聖杯時代より以前。材質は特別な加工が施された石材。




 風化に耐えられるような造りにはなっているが、定期的に誰かが手入れを行わないと錆びてしまう代物。




「だが残念なことに、その手入れの方法が明確に伝わっていないと、そういうオチだ」








 白いローブの集団が火口に降りていく。



 門も結界も意に介さず、彼らは冷静に構造を分析し、そして塵も残さず破壊した。



 彼らが崇めるは創世の女神、と世間一般には思われているらしい。



 先導している男は、皆にジャスティンと呼ばれていた。








「ジャスティン様……誠に申し上げにくいのですが……」

「この暑さに耐え兼ねるようであるならば死ね。死んで魔力に変換されて、そのまま我々の養分となれ」

「……」

「そんな弱音を吐くようでは、聖域に誘われるのは当分無理であろう……くくっ」






 火口には辛うじて道が残っていた。万が一それに何かがあった時、直接それの様子を見に行けるように。



 その道を伝い、時々魔法で補強しながら、彼らは進んでいく。



 周囲に滴る溶岩の壁も気にしていない。水魔法を用いて極限まで高めた防御で、ただひたすらに突き進む。






 まるで、この先に何があるのか知っているように。











「あ……ああ……」

「流石にここまで来ると暑さも段違いだな」

「ジャスティン様……こ、これが……」

「怖いか?」

「いいえ……歓喜に震えているんです。まさか、まさか、生きている間に、自分の目で……」






 カンタベリーの大聖堂の、広間よりも広い大部屋。



 道に使われていた赤石がより広がり、十分に戦闘ができそうな程。



 ごおごおと溶岩が流れ落ちる音、ぐるぐると何かが鳴動する音。



 最もこんな過酷な環境で戦闘を行う酔狂はいない。壁は依然として溶岩が流れ落ちている。問題のそれは中央にあった。



















                         」








 其れは、人体と同じような顔をしていた。




 部位の位置が同一であった。






 其れは、やや橙がかった目をしていた。

 瞳孔と思われる部分が見開き、

 悍ましい視線が上層からの来訪者共に向けられていた。



 其れは、皮膚すらも橙色で、

 恐らく溶岩でできているのであろうと思わせた。

 髪すらも橙色で、

 これは炎が燃え盛っているのだろうと思わせた。



 其れは、口を有していた。

 人間の形に当て嵌めるならば、

 彼の口は今歯軋りをしているのだろうと認識させた。








 其れは、其れには。



 額に巨大な、赤く輝く石が埋め込まれていた。








「                     」


「                     」


「                     」






          ヴー











「……何か言いたいことがありそうだったから、待ってみたというのに。唸り声一つだけか」

「あ、あの、こ、こいつって……」

「作業に取りかかれ、休みの時間は終わりだ、使命だけを果たして早急に撤収する」

「は、はい……」






         ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ






「……や、やっぱり、こいつ、何か言ってますよ……!!」

「我々が理解できなければそれに意味はない。手を休めるな」






         ヴオオオオオオオオオオオオオオ






「な、何をしに来たとか、どういうつもりだとか、そんなこと言ってるんじゃ……!?」

「くだらん妄想をしている暇があったら腕を動かせ」






         ヴァアアアアアアアアアアアアア






「準備、できました……」

「ご苦労。後は私がやるとしよう……」








         ガアアアアアアアアアアアアアア






アアアアアアアアアアアアアアアア……











「や、やりましたねジャスティン様……!!」

「君、先程弱音を吐いていた奴だな。今更媚びようとするな」

「……」




      其れは確かにその眼で見ていた




「諸君の言動はしっかりと記録している……戻ったらどう評価されるか、覚悟しておけ」




      男が持っていた物を




「では帰るぞ。これにて我が主の野望に一歩近付いた」





      其れを持って、逃げられていくのを




      自分の力が抜けていくのを











「ヴー                」




「ヴァ……              」




「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……      」




「……                」




「ガアアアアアアアアア!!!!!!!!」








 慟哭はやがて懐疑に、懐疑はやがて憤怒に。

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