第335話 それぞれの立食会

「……」

「……あの」

「何だ」


「じっと見られると、食べにくいです……」

「……わかった」

「その、首だけ回すのも、違うっていうか……」

「……」






 特設の机に案内されたリーシャは、チーズの山からカレーが溢れるビフレストカレーを食べている。みっちりとカルの監視付きで。






「……俺はこの場を離れたくない」

「へ? そ、それはどうして……?」

「……」


「ヘイユー素直になっちまえヨォ! それはリーシャンの為に作ったってヨォ!」

「!!」




 大声で煽ってきたのは、謎の箱を背負ったパーシー。カルはそれを受けて顔を俯ける。




「せ、先輩……?」

「……」


「そりゃー気にかけてる後輩だもん、応援したくなるのも止む無し! あ、これ食べる? 美味しさ爆発パンジャンクッキー!」




 そんな物騒なものは食したくなかったが、この状況では食べて気を紛らわせるしかない。




「もぐも……ごふっ!?」

「なっ!? リーシャに何を……!?」


「重曹を含んでいるから唾液と混じって爆発するクッキーだぜ☆」

「何故そんなものを与えたんだ!」

「二人が煮え切らない雰囲気になってるからだぞ~~~? 詰んだら爆発させて道を切り開く! これだな!」

「くっ……済まない。俺の友人が余計なことを……!」

「い、いえ……あの、先輩」




 リーシャはカルの服の裾を引っ張り、目をじっと見つめる。




「……何だ?」

「その……今の爆発で、すっきり、しました……」

「……」


「……カレー、美味しかったです。そ、その、せ、先輩の……まごころ、伝わってきて……」

「リーシャ……」




 ぼろぼろ崩れ落ちるカルと顔を覆って赤らめるリーシャ。それを後ろにガッツポーズをするパーシーなのであった。











「サラー! お代わりだー!」

「ちょっ……」

「ここに置いておくからなー!」

「まださっきの食べ終わってないんだけど!?」




 武術部の天幕にて、クラリアから猛烈に歓迎を受けるサラ。肉汁溢れる包み焼きだ。




「肉を食うと体力がつく! だから肉をいっぱい食って走り回れるようにするんだ!」

「ワタシそこまで肉が好きじゃないんだけど!?」

「じゃあ……魚か! 魚が良かったのか!」

「そういう話でもない!!」


   <サラせんぱ~~~い!!!

   <サラさーん!






 もっと厄介なのが来た、と内心で思う。






「こんばにちは!! サネットです!!」

「えっと、ジャミルです。見つかって良かった、探したんですよ」


「何だテメエら……」

「何も言わずこれ食べてください!!」



 サネットはサラの口にキャンディを捻じ込んだ。



「むがっ……! ……っ」

「塩レモンキャンディです!! 水飴をにょーんってして作りました!!」

「……」



 結構口当たりがいいな、と思いながら飲み込む。






「サラさん、これはどうかな。ラッシーなんだけど」

「ほう、これはいい物だわ」



 ジャミルからぶん取ってごくごく。



「あ゛ーっ。さっぱりして美味い。肉に良く合うわね」

「アタシも飲みたいぞー!!」

「えっと、それなら文芸部にまでいらしてください。まだまだ余っていますので」

「んじゃ行くぜー!」


「待ちなさい! 最後までワタシの面倒見るんじゃなかったの!」

「そうだったぜ! でもキャンディは食べたいぜ!」

「どうぞ~!」




 肉がじゅーじゅー焼ける音が、耳にも入って心地良い。











「はい、これ」

「どうも」

「……」




 ルシュドはハンスに、魚の揚げ物を添えたポテトチップの皿を渡す。


 やっぱりポテトチップだけでは寂しいなーということで、フィッシュアンドチップスが即席で作られたのだった。




「……美味しい?」

「ああ」

「よかった。おれ、作った」

「そっか……」


「……頑張る、できる?」

「……うん。できると思う」

「そっか」

「……」


「明日、おれ、見てる。頑張れ」

「……どうも」








 そんな二人の様子を、遠巻きに眺めるのはヴィクトールとイザーク。




「へいオマエの分お待ちどう」

「……」


「おっと? 素直に手つけるんだな?」

「まあ、これぐらいはな……」






 ちびちびと料理をつまむヴィクトール。イザークの後ろでは、他の男子ががやがやと揚げ物を作っている。






「どうしたよオマエ。何かいつもと比べて暗いぞ」

「俺はいつでもこのような感じだと思うが」

「いんやボクから見ると暗いね」

「……」


「……真面目に何があったん?」

「……懸念しなければならない生徒がな……」

「懸念? ……あー」




 巻き髪の貴族のご令嬢方が難無く脳裏に浮かぶ。




「この学年の貴族って扱いにくいよなあ」

「俺にもっと力があれば良かったのだが……」

「アザーリア先輩とかが特別なだけだよ。気にすんな」

「……」


「他何かある? 今のうちに不安は口にして、すっきりさせようぜ」

「……ならばそのように。気にかかる生徒が一人いるんだ」

「だーれだっ」

「ラクスナという名前なのだが」



 イザークは必死に眉を寄せる。


 知らない生徒と思っていたが、何とか思い出すことができた。



「確か手芸部にいたわそんなヤツ」

「何? 手芸部なのか」

「それでカタリナと同じテーブルに座っていた記憶~。目が暗くて髪の毛ねっとりしてて、根暗って感じの生徒だよ。で、オマエの知ってる情報は?」

「精神が不安定な為、保健室に押し込まれている」



 眉が引き攣って、疑うような表情に変わる。



「……不安定って?」

「こちらの指示に従わないことがあり、また意図の不明な行動も繰り返す。保健室で薬を処方してもらって、様子を見ている所だ」

「んー……? それって何時からだ? ログレスに来る前だったら、ボクでも話は聞いてると思うぞ」

「その通り、ログレスに来て二日目辺りから発作が見られたそうだ。理由は不明、というより幾つもの要因が考えられるからな」

「まあ学園とは環境が違うからねえ」




 皿の食事を食べ終え、ヴィクトールははぁと項垂れる。




「何だよ今度は露骨にぃ。ていうか保健室に任せてるんだから、心配する必要はねーんじゃねーの?」

「……流石に魔術戦には出場したいらしい」

「あー……」


「こちらの言うことを聞いてくれない狂人なんて投入されたら、何が起こるかわからん……」

「それはボクでも吐きそうになるわ」

「一応何事もないように配慮はしているのだがな……」

「それでも大分気苦労はするっしょ」




 イザークはカウンターテーブルの下から、レモネードを一本取り出す。




「ほれ、そんなんならくれてやる。ホントはボクの間食用に取ってたんだけどな」

「……俺はコーヒー以外は好かん」

「しゅわしゅわすると頭すっきりすっぞ~? そら、注いでやる!」

「……はぁ」




 ここは甘えておこうと思うぐらいには、一部の生徒達には悩まされていたヴィクトールであった。











「んひゃー、盛況盛況! うちもお腹いっぱいだよー!」

「俺も大満足だぜー! やっぱり精一杯作る料理っていいなー!」

「エリス殿、我々も招待していただき感謝いたします」

「……♪」




 一周回ってエリス達の天幕。ソラとレベッカはそれぞれ立食会に赴き、代わりにウェンディが参上。カイルとダグラスも一緒に来ていた。




「おっしゃらー!! てめえら元気にしとっかー!!」

「!」


「ロイー!! その挨拶すんなって言ってたでしょー!!」

「アホ抜かせぇワイはこれしかできんのやー!! っちゅーわけだエリス、堪忍したってーや!!」

「……」


「エリスはん、こんな馬鹿の言うことなんてお気にせんとええで。それよりもどうどす? うちのレベッカが迷惑かけておらへんか?」

「♪」

「そうそう、それは良かった……」




 二匹は赤薔薇の紋章が刻まれたストールを羽織っており、それが一際目に付いた。アサイアはこっそり近付いてすりすりしている。




「……ちょっとあんさん。何してはるの」

「わわっ! すっ、すみませんっ!」


「もう……これは王太子殿下から直々に承った、名誉ある衣であるのに……」

「えっそうだったの!?」

「知らんかったんかワレェ!!」

「特命騎士として任命するって話は聞いてたけど、そんなの貰ったなんて聞いてないよ!!」


「まああんさんやレベッカの特別任務が終了したら、これは返上しなあかんのですがな」

「そっかーしょぼーん」

「当たり前やろがい……何をそんなに落ち込んでんや……」




<コロッケ追加で揚がりましたー!






 アーサーを伴ってファルネアが元気に出てくる。熱々のコロッケの入った金属皿を置くと、


 カイルはすぐに跪き、ダグラスもそれに続いて慌てて跪く。






「王女殿下、ご機嫌麗しゅう」

「へっ!?」

「グレイスウィル騎士のカイルでございます。本日はこのような場でお会いでき、誠に感謝いたします」

「右に同じ、ダグラスです。この度は……「わーっ!!! 待ってー!!!」




 ぶんぶんと手を振り、二人の挨拶を中断するファルネア。




「わ、わたしはそこまで偉い人じゃないです!!」

「「!?」」

「偉い人でしょうがっ!!」


「え、えっと!! そうじゃなくて、そうじゃなくて……!!」

「今は学生やってるから、そのような挨拶は不用! ってことでしょ?」

「そ、それだよリップル! で、でもっ、えっと……お、お会いできて光栄です!!!」




 スカートの裾を持ち上げる。しかしびろーんと伸ばしてしまったため、不格好に見える。




「おばかー!! もっとおしとやかにスマートにー!!」

「ひゃいいいいいいっ!!」


「……殿下……」

「ごめんなさいね!! 王女殿下はいつもこんなノリなんですー!!」




 それを横目に、アーサーはエリスとアサイアに話しかける。






「……カタリナの姿が見えないようだが?」


『ルドベック君に 誘われた』


「あいつにか?」

「キアラやセシルと一緒にキャンディを作っていたみたいで。それを食べながら話をするようですよ」

「そうか。あいつも結構後輩に慕われているよな……」


『ほんとにね』






「……」




 エリスはそこから何か言葉を続けようと思ったが、




 できなかった。








「……エリス?」

「先輩?」


「……!」




 ホワイトボードを落としてしまったことにも気付かず、


 頭を支えてしゃがんでしまう。






「う……あ……」

「殿下!」


「な、何、これ……頭が、しめつけ……」

「ウェンディ、回復魔法を。殿下を楽にしてくれ」

「了解!」

「くっそー……」




 ダグラスが周囲を見回すと、他にも頭を抱えている生徒が数人。


 そうでない生徒はある一点を見つめている。それは中央の、開けた広場がある方向。




「……直に団長とかもいらっしゃるだろう。俺は向こうに行ってくる、殿下のことを頼む!」

「そちらも生徒のこと、頼んだぞ……三人も、無理せず安静に! しゃがむと楽になります!」

「は、はい!」

「くそっ、エリス……」











「……伯父上」

「ああ……わかってるよ」

「嫌になってしまいますわ……折角、お母様とお話できたのに……」





 中央広場の隅で、それぞれ集めた料理を堪能していたアドルフ、リュッケルト、リティカの三人。そこにルドミリアが息せき切って戻ってくる。





「中央だ。くそっ、監視は万全だったはずなのに……!」

「止めにいくぞ」

「それでしたら僕らも!」

「連中は何をしてくるかわからない。お前達を危険に晒すわけには……」

「私達は今年卒業の身ですわ! 危険に身を投じる覚悟はできております!!」

「……」




 杖を持ち、数歩歩いた後、アドルフは二人を指で誘う。




「……卒業の身とはいえまだ学生の領分だ。俺達が最大限何事もないようにするが、何事かあったらすぐに下がれ。いいな?」

「「はい!」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る