第223話 みにくいそのひと

<魔法学園対抗戦・武術戦 二十日目 午前十一時五十分>





「ほらほらリーシャン、ここに座って!」

「あっ、うわっ、引っ張らないでください!?」



 リーシャがヒルメによって座らされたのは、最前列の席。投影映像が首を傾けてもばっちり見える。



「今から試合始まっから! 今日の試合は観て損はねえど!」

「……でも、今回の相手って」

「リネスはともかくケルヴィンだろ? ばーっちり観てろって、ぜってー勝つから!」

「……」




 彼女は妙に自信に溢れていた。



 それだけの根拠があるということだろうが、



 それはもしかして――




「……昨日、カル先輩に会いました」

「……」



 あれだけ快活で笑顔が絶えないヒルメが、真顔になった。



「その時、一緒に居合わせた人が言ったんです……先輩のこと、醜いって」

「……」


「……先輩。先輩は、カル先輩のこと、どれだけ知っているんですか?」

「……」




「知っていたら――」

「ほれ、始まっぞ。集中しろい」

「え……」






<午後二時 試合経過二時間 残り一時間>




「ぬおっ……!」

「……口程にもない」



 ケルヴィンの生徒が、グレイスウィルの生徒を薙ぎ倒す。



「ここのフラッグライトも制圧です」

「了解。次は南の十八番を……」



 そんな感じのあまりにも圧倒的な光景が、二時間に渡って繰り広げられていた。






「うああああ……!! 二十一番も落ちた!!」

「何よあいつら!! 自分達の陣地に近いやつで誘い込みとか……!!」

「どうやっても逃げられないようにしてからね!! はーほんとむかつく!!」

「反則ギリギリを攻めるのも上手すぎる……魔法の使い方も、どれもルールに反してはいない……くそっ!!」




 口々に文句や愚痴をこぼすグレイスウィルの生徒会役員達。


 

 それで戦況が好転したら苦労はしない。




「……今、占領率、どんぐらい?」

「うちらが三、リネスが七、ケルヴィンが……九十……」

「……」



 誰もがその現実に叩きのめされる。




 ――あの二人だけを除いて。





「……ノーラ」

「はい」


「お前……さっきからずっと隅で魔法具ばっか見やがって」

「……」




「パーシーもだぞ。天才なんだろお前。だったら黙ってないで何か考えてくれよ――なあ!?」

「ちょっと、落ち着いて!!」




 殴りかかろうとした生徒を、他の女子生徒が止める。






「……」



 幻想に耽りながら、ドワーフ族特有の小さい手を掲げて。



「『ええ、何とでも言いなさい。疑念も、懐疑も、全ては白鳥から零れ落ち行く、古く毛羽立った羽のよう。ちっとも恐れるに足らないわ』」



 その後に続いて、眼鏡を指で押し上げてから。



「『だって私は神様のご加護を受けているもの。あの狼の如き残酷と誇りを併せ持つ、氷の主神カルシクル様が、有り得ざる罪に溺れさせられようとしている私を哀れんで、これまた残酷で誇り高い、気高き騎士様を遣わせてくれるわ』」



 最後に二人揃って、凛々しく、誇らしく。



「「『――その時が、あなた達の最期よ』」」





 詠み終えた瞬間、小屋の扉が開かれる。



 それを開けたのは、白い羽を含んだ風であった。





「……」



 扉の先に立っていた生徒を、生徒会の面々は目を見開いて凝視する。



 それすらも気に留めず、ノーラは彼の前に歩み寄った。



「六十分あれば充分……でしたよね?」

「……ああ」

「なら期待していますよ」




「『素性を明かせぬ白鳥の騎士』様」







「ふん……」



 ウィルバートは満足そうに魔法具を置く。



「……ウィルバート様。今回も……」

「ええ、僕達の完全勝利です」



 その言葉を合図に、小屋の中は拍手で満たされる。



「やはり愚民なぞ口程にもない……我等ケルヴィンの叡智が、このイングレンスで最も誇り高き物なのです」

「残り一時間も消化試合。実につまらないですね」

「ならば他学園の生徒を、見せしめに痛めつけて――」





       ぎゃあああああああああああああ!!!!!!





「――!?」



「何事だ! どの魔法具から聞こえた!?」

「これからだ――第二十八フラッグライト!! グレイスウィルの本拠地に最も近いです!!」

「グレイスウィルだと?」



 ウィルバートも伝声器に食らい付く。同時に投影器も接続が完了し、



 その者の姿を映し出した。






「『嗚呼、麗しきブラルヴァートの姫君よ。貴女様の心中は、この身に突き刺さった氷柱が唸り、きりきりと痛みを与えてくるように、痛々しく領解することができるのです』」




   鎧の中からでも窺える、

   爛れたように、黒く染まった半身。


   顔から足先まで包み込み、

   そこに浮かび上がる、

   冒涜的とも言える赤い紋様。




「『何処から来て、何処に向かうのか、貴女を救うためとは言えども、何処から赴いて、これから貴女を何処に連れていくのか。貴女はそれを何も知り得ない。知り得ることは叶わない。無知の恐怖は払拭されることはない』」




    その左目は濁り切り、

    元の色すらわからぬ鈍赤。

    右目だけが正気を宿し、

    純碧を保っている。




「『それを知りたいと願った瞬間、天上から卑下なさるカルシクル神の瞳は苛酷に染まることでしょう。沌夜を駆る狩人、全ての災禍を率いるエクスバート神が、貴女の首を落としに、亡霊の馬に乗って遥々やってくることでしょう』」


「『この予言が事実になりましたら、貴女はマギアステル神の御元に向かうことは永遠に許されず、天上より遠き彼方、ヘルウォード神の住まう地底に押し込められ、二度と光を浴びることは許されない』」




   髪は狂ったように紫に染まり、

   もう半分の銀の髪と交わることはない。




「『故に貴女様が、私の箴言を恐れ、女神の御元に赴きたいのなら、この先私のことはこうお呼びください――』」


「『白鳥の騎士、と』」






 その一節を述べ上げた後、ようやく彼は周囲を見回す。




 領地を占領していたケルヴィンの生徒達は、一人残らず地面に伏し――




 彼に対して、怯懦の意を示していた。






「何だ何だ何だああああああ!?!? グレイスウィルが瞬く間に再占領を進めていくぞ!?」

「……」


「二十一番、十九番、……ああっ、今十六番と十五番も落ちた!! いや十五番を取ったのは他の部隊か!! どうやら士気を取り戻したらしい!!」

「……」


「なんて言ってる間に二十三番が落ちたぁ!! 今度は二十二番が落ちそう!! ああもうくっそ実況が追い付かねえよおおおおおお!!!」

「……」




「ねえマッキー!? さっきから黙ってばっかで何なの!? せめて一騎当千の活躍を見せているあの生徒の解説とかしてくんない!?」

「うるさいな今必死に調べてんだよぉ!!!」

「あだーっ!!」


「でもねえっ!!! 見つからないっ!!! こっちには今回の武術戦に出場する生徒の情報全部あるはずなのにぃ、一切見つからないっ!!! 完全に不明の謎の生徒だぁ!!!」

「うっそだろおい!?!? 宮廷魔術師の何倍も丁寧なことで知られるグレイスウィル魔法学園の事務員達のミスがここに来て発覚か!?!? ああっ、その話題の生徒が十一番を落としていく――!!」






「応答しろ!! 十三番はどうなっている!?」

「たった今十二番が落ちました!!」

「連中、こちらに向かってきます!! 十番以上のフラッグライトを制圧するつもりで――!!」




 次々と飛んでくる戦況報告に対し、ウィルバートは目を見開いて、頭を抱えて蹲っている。




「ウィルバート様、方針は防衛でよろしいで――」

「補給部隊を出せ」

「……?」




「何をしている!! 今すぐ準備しろ!! 迎え撃つぞ!!」



 椅子から飛び降り、必要な道具をまとめるウィルバート。



 それが済んだ後には、散らかった道具だけが無造作に残された。








 五年生部隊の一つ、前衛部隊。ケルヴィンの生徒に壊滅的被害を与えられたが、


 今ではすっかり持ち直した。それも全て彼のおかげ。


 化物のような見た目の、味方である。





「……ノーラ」

「はいはい?」

「あいつ……一体誰なんだ? 五年生の一員、だよな?」



 頭ではわかっていても、やはり気になってしまう。彼は一体――



「それを知ろうとするなら、エクスバート神に首を落とされますよ」

「……物騒なこと言わないでくれよ」

「『氷騎士の血を引きし白鳥』という戯曲があります。後で読んでみてくださいね」

「……は?」


「さて、雑談はここまで。前方に注意してください。来ますよ」

「え、来るって……」



 伝声器の声が切れる。



 これ以上耳に押し当てていても仕方がないので、生徒は顔を上げると――



「……!!」

「あいつ……知ってるぞ。ウィルバートだろ?」

「ああ、きっとそうだ……」




 図体の大きい生徒達に囲まれるようにして、一際小さい生徒がいた。


 彼と距離を置いている、この場所からでもわかる。


 憎悪が彼の周囲で渦巻いているのだ――




「……任せていいか?」

「元よりそのつもりだ」



 それだけ返事をし、彼は歩を進める。






「――!」




 突然、地面から紫の腕が、何本も生えてきた。


 その悉くを彼は避け、再び、元の位置に戻って接近する。





「何だ貴様。何だ、何だ、一体何なんだよ――!!」




 視界に収まるウィルバート。



 悔し涙を浮かべて、歯を食いしばる様は、



 年相応――或いはそれ以下の、幼子のようで。






「……」



 彼の目が見開かれる。濁り切った赤の瞳と、澄み切った銀の瞳。



「……!!」





 それを目撃して、唯一ウィルバートだけが、怯むことなく睨み返す。


 それ以外の者達は、みなたじろぎ、狼狽え、膝をついてしまう。





「許さない……許さないぞ!! 僕にこのような屈辱を……!!」



 ウィルバートは容赦なく杖先を向ける。蛇のようにうねり、口を開いて待ち構えているような形だ。



「その罪、命を持って償え!! 夜想曲の幕を上げよカオティック――」

氷夜を率いる王よ、アブソリューティア大いなる其の名は・ヴァルデ絶対零度ィアス





 白閃走り、白羽が舞う。




「……」



 彼は呪文を唱えられたと思ったが、事実はそうではなかった。


   

「……!!」



 口が、呪文を口走る口元が、




 氷に包まれて固まっていた。




「――!! !!!」




 口から拡がって、手が、足が、耳が、


 その機能を鈍らせ、動かなくなっていく。


 だがまだ動いている目だけは、明らかな異常を捉えている。




 雪も霜も降りていない。爽やかな平原の風景だけを映し出し、脳を経て投影している。






「……」



 彼は再び仲間達の所に戻って、そして指示を出した。



「……行くぞ。彼の姿を見れば、皆士気を失うはずだ」

「あ……ああ、わかったよ」




 動けなくなり、辛うじて深い息を吐いている生徒達を横に、グレイスウィル達の生徒は進軍していく。


 去り際にまた、白い羽が舞い散っていった。






 七、三、九十。


 左から順に、この試合における、リネス、ケルヴィン、グレイスウィルの戦績である。

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