第258話 ある日の演習場

 太陽が幾度となく昇り、また沈んでいくうちに月日は流れ、前期末試験の日がやってきた。






「うおおおおおお!! たのもーだぜー!!」

「……」

「……」


「……クラリア、ちょっとこっち来なさい」

「サラ! アタシに何か用か! 勉強なら幾らでも教えてやるぞ!」

「違うわよ単細胞。アナタは武術戦に出場したでしょ?」


「したぜ! 斧をぶん回して敵を倒したぜ!」

「それが成績に反映されるから、筆記の方は問題が簡単になるの」

「それも知っているぜ! アタシは考えるの得意じゃないから、助かるぜ!」




「……だから問題が異なり、そして教室も違うんだよ……」

「クラリス!? へろへろじゃねーか!?」

「ああ、案の定突っ走ってきたのね……この馬鹿。とにかくクラリスに案内してもらって、本来アナタが試験を受ける教室に行きなさい。ここだと試験は受けられないわよ」

「何だと!? そいつは大変だ!! うおおおおおお!!」

「待て!! 試験会場は五階だ!! 第八教室!!」

「……はぁ」








「……」

「イザークがぶっ壊れている」

「だ、大丈夫……?」


「……ナンデジュモンノカキトリナンテ……」

「魔法学か……」

「ケビン先生容赦ないなあ」

「爽やかな笑顔でえげつない課題出してくるよな」


「というかイザークは勉強してなかったの?」

「……」

「図らずしもとどめを刺してしまったようだ……」








「……」

「……ハンス」


「あ? んだよくそが」

「貴様……集団に混ざって受けるのか」

「そうだけど文句ある?」

「去年は別室受験だったではないか」

「殺すぞ」

「貴様も少しだけ変わったということか」

「こ!! ろ!! す!! ぞ!!」


「はいはいハンス君、それ以上言ったら私と楽しい別室受験よー」

「……くそが!!」








 といったことがぼちぼちあって、前期末試験は終了した。








 そして最終日の午後、試験の感想を言い合いながら生徒達は課外活動に励む――











「FOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!


 この私が、来やがったぜェェェェェェェーーーーーーーッ!!!!!」






 眼帯をつけたその女は、木の天辺から飛び降り、




 まるで舞い落ちる羽のように、優雅に着地してみせた。






「さあて魔法学園の諸君。この私、ユンネ・ヘリアレッジ様が来たからには、諸君には天来の奥義アルカナズ・シークレットを伝えてしんぜるわ。さあ、その手に力を求める者は我が元に集え!!」




 すると演習場で訓練を行っていた生徒が、続々と集い――




「うわー眼帯かっこいいー!!」

「その背中の武器なんですか!? 大きくてかっこいいです!!」

「ナイトメアは!? ナイトメアはどこにいるんですか!?」




 などと押し潰さんとする勢いで殺到。号令に呼応した同胞ーとも言えなくもない。一応。








「うわーん変なのが増えたんですけどぉ」

「変なの言うな、顔見知りだろ」

「そうなんだけどさあ」




 と言うのはノースリーブのシャツに着替えたシルヴァ。現在カルファの監視の元トレーニング・ルームの外で休憩中。


 そこにアーサーが剣の素振りを止め、声をかけてくる。




「知り合いなんですかシルヴァ様」

「へあっ!?」

「声かけただけなんですけど」

「いや、ここの子達私のこと様付けで呼んでくれないじゃん!! シルヴァさんがいい所じゃん!!」

「逆に訊くけど、おまえは様付けされるほどえらい姿見せたかー!?」

「うわああああん何で痛い所突いてくるんだよぉカルファァン!!」


「……一応オレは身分を知っているので、こう呼ばせてもらいますけど」

「いい子だなおまえ! それはさておきさ!」

「さておくなよ!!」


「おまえ、ちゅーとはんぱに素振り止めたよな。いいのか?」

「ああ、その……相手してもらってた奴が、あっちの方行ってしまって。ツンとした髪型のあいつです」




 とかく新しいものや、個性的な人に敏感なのがルシュドである。




「まああんなまえこーじょー述べられたらなー。きょーみも湧くってもんさ」

「先程も聞きましたけど、あの方と知り合いなんですかシルヴァ様は」

「ん、まあね。一応入団式で顔を見合わせたぐらい。彼女は……」

「『穿闇の狙撃手』と呼ばれたユンネ様だッッッ!!!」




 そう声高に割り込んできたのは、三年生のユージオ。


 アーサーが会釈をする隣で、またしても項垂れるシルヴァ。




「……台詞をぉぉぉぉ~~~っ、奪わないでぇぇぇぇ~~~っ……」

「二つ名持ちですか」

「そう!! ユンネさんは世界でも数少ない火縄銃の使い手であるっ!! その腕前を活かし、グレイスウィル騎士団の銃部隊を率いておられる!!」

「銃か……」



 これまで何度か噂で聞いたことはあるが、その実際は知らない。






「物凄い速さで鉄の弾が飛んでくるんですよね」

「その通り! 余りの速さに見切ることはほぼ不可能! 軽装備の歩兵に撃ったら間違いなく効果テキメンだぞぉ!」

「……」



 自分の戦闘スタイルでは、不利になり得る武器――と思ったのも束の間。シルヴァが詳細な解説をしてくれた。



「しかしその製造方法はというと、開発したエレナージュの独占状態。内部構造を解析しようにも暴発しないやり方を教えてくれないので危険で無理。それを悪用して高値で売りつけてきやがるので調達が困難。調達できても膨大な訓練を重ね、使い方を懇切丁寧に学ばないと味方を射殺してしまう。それらを乗り越えて、やっとのことで前線に出れても、活かせる相手がそんなにいないって言うね!!!」


「……欠点ばかりじゃないですか」

「猟ぐらいなら普通に役に立つっぽいよ。あと大型の魔物に対しては音と煙で牽制させるって役割もある。でも魔物に関しては魔法で殴った方が早いんだけどね!!!」

「それでも人がじゅーをぶっぱされて死んだって話は聞かねーなー。やっぱまほうだよ、まほう!」

「だったら何のために……」

「ロマンよ、少年!!!」






 ユンネの張り上げる声が聞こえてきた。


 それも自分の背後から。






「っ……」

「ぎゃーっ!! ユンネさんが俺の間近にいるー!!」

「随分と大仰な反応ね。まさか、私のことを知っているとでも?」

「そうですそうです!! 実は俺も銃使いを目指していまして!!」

「ほう……君は私の同胞なのね。いいわ。ならば貴方にも、私が磨いた門外不出の絶技スキル・ザ・グレイトを伝える必要が――」




「――!」






「来るッ!」

「何がっ!?」

「本日は晴れのち、パンケーキ!」




 するとユンネは背中の銃を構え――






「辛苦の泥土を、その身を持って味わえ!!」






 存在を知覚させぬままに射貫く。それは刹那の出来事。






 彼女の親指が引き金を引くと、




 銃弾はそれに応え、天高く重力に逆らう。






 そして銃弾が、上空を飛ぶそれに、命中し――






「頭を下げて!!」

「ぎゃーっ!?」

「くっ!」

「あわわわわ、何ー!?」






 黒煙と粉塵を上げて大爆発。











「……まっ、こんなもんね」

「うわああああああ!! 俺の渾身のフライングパンジャンケーキ一号があああああああああ!!」


「さてパーシー先輩、謝罪をしに参りましょうか」

「あ、あの、ヴィクトール先輩……」

「マイク、これは特段同情する必要はないぞ」

「……」






 ずるずるとパーシーの首根っこを掴み、こちらに向かってきたのはヴィクトール。その後ろにはマイクもあわあわとついてきている。因みに死んだ目をしているハンスもご一緒だ。






「この度は生徒会の者がご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません」

「フッ……実害は出なかったもの。大した影響じゃないわ。それに……」




 貫いた物体の残骸を見つめるユンネ。




「まさかパンジャンドラムが空を飛ぶなんて……私は今、素晴らしい歴史の変化に立ち会っている……身体が打ち震えて衝撃波を起こしているわ」

「ユンネさんもわかりますか!!! このロマンが!!!」

「求道者なら、一度は通る道ッッッ!!」




 大仰に手を動かし、特に深い意味はないであろうポーズを決める。






「私は一度交えた誓いより叶えていく性分なの。というわけで銃にロマンを感じる少年っ!! 先に貴方に秘伝秘蔵の妙技スキル・ザ・アウトスタンディングを伝えるわ!!」

「あっ、ありがとうございます!!」


「その後でパンジャンについて語り合いましょうね少年!!」

「いいんですか!!! ありがとうございます!!! ついでと言っては何ですが俺も銃を使う所にお供いたします!!」

「ちょっ、先輩来たらやばいことになる気配しか「ユージオ先輩、同じ生徒会ということですし、後はお任せしますよ」


「ええっ!? でもまあいっか!! うわーい火縄銃火縄銃!!」






 手を挙げて別れを告げて、ヴィクトールはアーサーに近付く。






「あ、あの、先輩、こんにちはだです」

「紹介しよう、生徒会一年生のマイクだ。何故か俺が面倒を見る流れになってしまっているので、こうして引き連れ回している所だ」

「お前も後輩の面倒見るんだな」

「黙れ」


「オレはアーサーだ。こいつは何かと関わり難い先輩だから、大変だろうな」

「こんにちはだです、アーサー先輩。いえいえ、そんなことはないだです。確かにヴィクトール先輩は怖いだですけど、きっちりと指導はしてくれますだ」


「そうなのか」

「そうだ」

「口裏合わせているのか?」

「貴様なあ……」




 その隣で腹を抱えて笑い出すハンスであった。






「……ふう、変な奴が去ってくれた」

「ちわーーーーーーーっす!!!」

「と思ったらまた変なの来たよぉ!!!」




 演習場に走り込んできたのは、




 いつぞやでは世話になったアルシェスとユフィ、そしてイザーク。




 両手を上げて甚くノリノリな様子で走ってきた。太陽よりも眩しいのでシルヴァは絶望する。






「ひっさしぶりだなお前らあああああああ!!!」

「らああああ……」

「ユフィが困ってますようええええええええい!!!」


「貴様……臨海遠征がそんなに楽しみか」

「海だぜ海ー!!! 憧れのコバルトブルー!!! うえええええええええい!!!」

「ひゅええええええええい!!」

「ええええい……」


「ユフィが困ってますようええええええい!!!」

「会話がループしてるだです!!!」

「黙らせるか……」




 シャドウと二人で接近し、腹に一撃を決めるヴィクトール。




「「おっはああああ!!!! よう!!!!」」


「近い性格が集まるとどうなるかという例」

「所でこの派手な見た目の人間は誰だ」

「アルシェスさん。アールイン家の宮廷魔術師だよ」

「なっ……」


「流れるように腹パンしたよねえ」

「人を苛立たせる態度を取る方が悪い」




 身体を曲げながらシルヴァがやってくる。同じタイミングでルシュドも戻ってきた。




「なっ……シルヴァ様!? 貴方が何故ここに……!?」

「ふっふっふ……そうさ、ここにおられるのはスコーティオ家公子シルヴァロイス「貴方も筋トレに目覚めたんっすね!!! 実は今自分も今めっちゃハマってて!!! 一緒に頑張りましょうね!!!」


「カルファーーーーーーー!!! たちゅけてよおお!!!」

「知るかよ!!」




「……宮廷魔術師に見えんな」

「褒め言葉どーも☆」

「久しぶり、です。おれ、ルシュド、です」

「おお、ツンツントゲ頭!! ひさっしーだな!!」

「……」


「そういうのにルシュド弱いんでやめてください」

「あーいちゅいまちぇーん!!!」




 舌を出して決めポーズを決めた後、満面の笑みで五人に向き直る。




「でお前ら!! 聞いたぞもうすぐ臨海遠征らしいな!!」

「先程俺が言ったのだが」

「先輩、この方は宮廷魔術師だです」

「知らん」


「ブルーランドはいいぞ!! 実にいい!! 何てたって心のオアシスだからな!!」

「海だですかぁ……」

「貴様はジハールの出身だったな。となると、ブルーランドの海にはそこまで惹かれないか」

「子供の頃、取引で何度か行ったことありますだ。でも何度行っても、あの海は綺麗で楽しめるだですよ~」


「そこの二人俺の話聞いてくれねーのか!?」

「あっ、すいませんですだ!」

「聞いてやるとしようか」

「上から目線!!」




 アルシェスがつんのめっている所に、イザークが普通のトーンで尋ねてくる。




「そういえば臨海遠征のことで一つ訊いていいっすか?」

「んお? どした?」

「臨海遠征って、二年生の他に六年生も一緒に行くんですよね。交流とかあったりするんすか?」

「ないよ!!!」

「マジすか!!!」


「えっと……泊まる場所は、一緒……でも、内容が違うの……」

「六年はわりかしガチな野外訓練とか、勉強合宿とかで島中めっちゃくちゃ飛び回るんだよー。二年生も一応諸島中回れるけど、まあ例年本島とその付近で収まるな」

「要は行動範囲が大幅に違うと」

「ラスト三日の自由散策は同じ海で遊び回れるぞ。んでもまあ、ぶっちゃけ言っちゃうけど、六年生に知り合いいるか?」

「うーーーーん……」




 少し頭を捻った後、笑顔でないと答えるイザーク。




「そうっしょそうっしょ。だから実質二年生のみでの行動だと思っておけよ!!」

「同じ学年の仲間と、思い出いっぱい作ってきてね……」


「はい!! 然らば何かおすすめスポットとかありますか!!」

「サーフィン!!」

「さーふぃん!!」

「板に乗って波に乗る!! バランス感覚が求められるブルーランド固有のアクティビティー!! フィールドワークと訓練終わったら自由散策の日があるから、そこでやってこい!!」

「わかりましたサーフィンですね!!」

「遊びの予定立てるのはいいが、フィールドワークと訓練サボったら刺すからな」

「ンヒィ!?」




「あー若者はいいなー。シルヴァさんも今からブルーランドに高飛びしようかなー」

「おまえはこっちだよ!! ほらトレーニング!!」

「逃がさないっすからねシルヴァ様☆」

「ふえーん!! 厳しいのは夏の太陽だけで十分だよぉー!!」







 日が暮れてまた昇る。その度に、非日常は刻々と近付いてくる――

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