第529話 紫の森の冒険、その終わり

 こうして全力疾走してきた馬車は、ある村の入り口をへなへなになって入る。




 そこはギリギリフェルグス家の領地になっている村らしく、住民はヴィルヘルムの姿を見ると事情も訊くことなく対応してくれた。








「も、もう、くたくた……うえっ」

「吐くのであればこちらに……」

「あ、ありがとう、じゃあ、一応……」



 口を袋に向かって開き、待機するリーシャ。横目にしながらアーサー、イザーク、ヴィクトール、エリスも降りてくる。



「リーシャ……?」

「ん、だいじょぶ! 出ない!」

「君達も平気か? あれだけ揺れたのだからな」



 ヴィルヘルムが降りてくると、村人の一人が対応を伺いにやってくる。



「領主様、この後のご予定は如何されますか?」

「そうだな……先ず確認なんだが、この村に聖教会関係者はいるか?」

「ございません。何せクロンダインに近い辺境ですもの」

「うむ、その辺境が今は役に立ったな。ここまで来るのに馬達を無理させてしまったから、彼等の休憩と新しい馬車の手配を行いたい。故に今日一日はここに滞在したいのだが」

「畏まりました。宿の手配を致します」






 村人は頭を下げると颯爽と走っていく。




 そこに他の従者達と、カタリナ、ルシュド、クラリア、ハンス、サラの五人もやってきた。






「みんな……! 無事でよかった!」

「エリス……!」


「お前らさっきの爆発見たかー!? 凄かったな!」

「きっと沼の人達が起こしてくれたんだろうけど……けど……」

「大丈夫、皆無事。魔術で守ったみたい」

「そうなの?」

「うん、手紙が届いたからね」



 カタリナはあの矢に巻き付いていた手紙をひらひら見せる。



「そっか……それわぁっ!?」

「ぶはー! うっぷ!!!」


「ギネヴィア!? 急に出てきて何で吐きそうなの!?」

「いやずっとエリスちゃんの中だったからそろそろ自分でも行動したいと思って出てきたはいいけれど体内で感じた揺れに振り回さあああああああああああああああ」

「ぎゃーーーーーーー!!!!」




 大慌てでギネヴィアを隠すエリスとリーシャ。村人の一人も大慌てで、布を大量に持ち込んでくる。






「とにかく……これで一安心ですかね」

「ああ。ここで一旦休んでから港に送り届ける。ここは何せ私の領地だ、好き勝手は誰にもできないから安心してほしい」

「……」


「……ヴィクトール?」

「さっきから不安そうな表情ね、アナタ」




 その表情でじっとヴィルヘルムを見つめている。






「……心配なのだろう? 私が聖教会に報復されるのではないかと」

「……ええ」


「案ずるな、立場上はケルヴィンと聖教会は対等。こちらも相応の利害を持ち出せば、罰が降りたとしても軽くて済むさ」

「……」


「……ぷくく」

「何だ貴様は!?」

「いや、きみもそんな表情するんだなって……あははっ」




 若干腹を抱えて笑うハンス。もう一言咎めようとする前に、ヴィルヘルムはヴィクトールの頭を撫でた。




「……っ」

「いつも私のことを心配してくれてありがとう。お前は本当に優しい子に育ってくれてよかった」

「……」




 場所を選んでほしい、と思っても言葉にできない。



 友人達がにやけながら自分を見つめてくる。




「あ、有難き御言葉。期待に沿えるように今後も励んで参ります……」

「それも程々にな。っと……」




 先程会話をした村人が戻ってきた。






「宿の確保ができました。この村で最も高級な宿です、品質は保証しますよ」

「だ、そうだ。では向かうぞ皆の者」

「あ゛い゛~~~~~」

「ギネヴィア、脇支えるよ。宿に入ればベッドあるから、それまで頑張って!」

「がんばりゅ~~~~~」


「……ふわあ。おれ、休みたい」

「アタシもだぜー……」

「実は宿に斥候が隠れていて……」

「ハンス、アナタまだ元気だからって笑えない冗談言うの止めろ」

「はいはいすいませーんっとぉ」

「こいつは……」











「あ……そうだ」



 数歩前に出て行って、進行方向の後ろを向きながら話すイザーク。



「そのさ、ボクにやってほしいこと何かある? 今のうちに訊いておこうと思って」






「……」

「……」


「何でもいいよ。飯も奢るし、勉強の手伝いもする」


「……」

「……」








 考える間に宿まで到着した。








「……してほしいこと、特にねえなあ。アタシ」

「おれも……」

「私もタピオカ……って思ったけど。何か、もうそれすらもいいや」

「ぼくもいいかな」

「……ワタシもいいわ」

「全くもって同意だ」






 目を丸くし丸くされる。






「アタシはイザークが何か強くなって、自信を持てるようになったのが嬉しい。それだけで満足だ」

「おれも。イザーク、きらきら、いいこと」

「私もそんな感じかな~。イザークがああした心境も理解できるし。もしかしたら私だって、そう判断するかもしれないし……さ。笑えないし馬鹿にはできないよ」


「まっ、成長するのにはピンチも必要ってことだ」

「……何かあの音楽聴いたらどうでもよくなったわ」

「俺も貴様の本質が知れたからそれで構わん。しかし、ああだこうだと言ってはいるが……」




「……結局の所は、四年以来の友人だからというのが一番大きいと思うぞ」











 数秒の間を置いてから。




 気まずいのか、恥ずかしいのか、身体をくねくねさせるイザーク。






「何だその動きは」

「い、いや~~~~~~~? 溢れる感情を表現したらこうなって~~~~~?」

「こそばゆいのか」

「くすぐったいんだな!」

「にこにこ、嬉しい!」

「ハッ、面白」

「まあそういうことだね! イザーク、何もしなくていいからこれからもよろしくね!」

「よよよよよろしくなぁ~~~~~!」








 彼が他の友人達に囲まれる様を、遠巻きに見つめるアーサー。






「……どうやら彼は憎めないというか、そういう性格の人間なんだね」

「はい。何だかんだ言っていい奴です。ヴィクトールも心のどこかでは、認めていると思いますよ」

「そうか、そうか……」




「……むぅ。宿の前だってのに、まだ長話になりそう」

「お゛え゛っ」

「み、皆ー! 早くしないとギネヴィアがー!」

「あ゛ーそうだったー!! よし入ろう!!」

「ふかふかベッドー!」

「ご飯ー!」




「……ってそうだ! わたしまだイザークに何も言ってない!!」

「うっ!!!」

「今回は結果無事だったし、学んだこともあったからまあ許す!!! でも次裏切ったら一日一度はマーマイトキメないと死ぬ呪いをかける!!!」

「ぎゃあああああああああ!!!」


「許しているのか怒っているのか……」

「半々でしょ」

「エリスが言うとマジでやりそうだから怖い」








 この後翌日は何事もなく港に到着し、船に乗ってアルブリアに帰還することになった。




 友人を追い求めて訪れた紫の森。未来に向けた覚悟を固めさせてくれた冒険の一幕は、これにて降ろされたのだった。
















                   がぁ……





           クソがぁ……




 クソ共……がぁ……











「畜生あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」








 大穴に醜悪の叫びを木霊させながら、這い上がってきたエリザベス。






 同様に他の司祭や魔術師達も、何とか地上に戻ってきていた。荒れ地が彼女達を出迎える。








「我が主よ、息災で何よりです」

「おうヘンリー!!! 生きてたか!!!」

「貴女様より魔術をご教授された身、少しのことでは死にはしませんよ。それで、ざっと見た限りだと三十七は減ってますね」

「はぁ~~~~雑魚。三分の一が死んだか……クソがよ」

「このまま聖杯を追いますか?」

「いんやあ~~~~??? もう馬車も魔力結晶も使い果たしちまった。今回は諦めだ、もう!」

「……ケルヴィンの連中に頼むという考えはないのですか?」






 そう反論をしてきたのは、氷のように冷たい声。





 あのイズエルトの雪原を彷彿とさせる--






「……あ゛?」

「ご機嫌は悪いですね、エリザベス様。クリングゾルでございますよ」


「ねえ……こんな目付きの悪い女に合わせる為に、私を連れてきたの?」

「口は災いの元だよクンドリー。ほら、彼等の目を見てごらんなさい」




 今にも当たり散らかしそうな程に眉を攣らせて、白々しい視線を向けて。彼らの態度はまるで、世界全てが敵になったかのような感覚を覚えさせてきた。




「……おい。何でここに今更来た」

「今更?」

「聖杯が来たんだぞ!!!」


「おやまあ、そうだったのですか。しかしその情報は仕入れたくても仕入れられない物。理不尽です」

「知るかよ!!!」

「まあまあ。それで君は、先程の台詞をどう弁明してくれるのかな?」

「台詞?」

「我が主の素晴らしき考えに反論したではないか」

「ああ、それですか。私は合理的な意見を述べたまでですが」

「ちっとも合理的じゃねえ!!!」






 エリザベスの皮膚にはどす黒い筋が浮かんでいる。ここ数日で、致死量を遥かに超えた毒を吸ったのだ。魔術による身体の制御が利かなくなっているのだろう。






「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!!!!!酒酒酒酒酒酒酒……!!!!!」

「汚らわしい……」

「クリングゾル!!!そこの女何とかしろ!!!」


「ふぅむ。偶には彼女にも自分が仕える存在を知ってほしいと思ったのだが、どうやら駄目そうだ。帰っていいぞ、アルーインに」

「やったわあ!」




 嬉々として瞬間移動球を使うクンドリー。




 その姿が見えなくなった後に、エリザベスは怒り散らかす。




「があああああああああ!!!何もんだあのクソアマ!!!」

「私の直属の部下のような者です。しかしイズエルトの氷賢者にぞっこんでして」

「それは扱いに困るな」

「おい!!!テメエそれだけか!?!?私に対して悪態つく為にわざわざ来たのか!?!?!?」

「まさかそんなこと。貴女様にご報告があってきました――」




 一歩踏み入り、首を垂れる。






「ようやく判明しましたよ。氷の小聖杯の居場所が」

「……!!!」


「何処にあるのだ?」

「ビフレスト島ですよ。あそこは悪天候且つそれに晒されて生き延びた魔物が多く生息している。人工の結界以上に自然の防壁が出来上がっていたのです」

「回収しろ!!!」

「勿論ですとも。しかし、それにはですね」

「聖教会の備品使いまくっていいぞ!!! 合成獣キマイラも使っていいぞ!!! 兎に角絶対に奪い取れ!!!」

「ははっ……そのように」






 エリザベスから一歩退こうとしたが、ヘンリーに耳打ちされる。






「……血盟魔術と聞いたが。解除手段はあるのか?」

「まだ捜索しております。しかし場所も判明した以上、強引に破壊する手段も検討しようかと。最も見つかるに越したことはありませんが」

「……期待しているぞ。嫌いではあるが」

「ふふっ、本音を吐露してくださり感謝します。では……」



 怪しげな笑みを浮かべた後、クリングゾルはクンドリー同様瞬間移動球で撤収していく。








「……全く」

「おいヘンリー!!! シケた面すんじゃねえ!!! ガハハハハハ!!!」


「あの男は何をしでかすかわからないのです。命令違反が多すぎる」

「有能ならそれでも構わねえよっ!!! ああああああああ!!!」

「エリザベス様! ウイスキーの瓶が奇跡的に残ってました!!」




 司祭の一人から受け取るとすぐに口を付けて飲みたくる。




「ぷはーーー!!! ……ああ、実に生き返るわぁ」

「それにしても、存命魔術の効果が切れかかるとは。今までもそのようなことはあったのです?」

「ないに決まってるでしょう? まあ千年振りに表出たから、支障出てもある程度はね? だからカンタベリーに戻って改造しなくっちゃ!」

「それを行う為にも早急に撤退しましょう」

「そうしましょうそうしましょう! さあ、指示を出すからとっとと並んで頂戴――!」








 危機は去ったが、暗雲はこれからも立ち込める。

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