第26話 園芸部のひととき

「ふぃ~。今日も疲れたなあ」



 エリスは離れに戻るや否や、鞄を置く前にソファに横になった。アーサーも同様にソファーに腰かける。


 しかしカヴァスは再び玄関に向かい、そして何かの前に立って吠えていた。



「ワン!」

「ん……どうしたのカヴァス?」

「ワンワン!」

「あれ……あんなのあったっけかなあ……」


「……」

「そうだね、持ってきてほしいな」




 立ち上がったアーサーに向かって、エリスは横になったまま声をかける。



 そしてアーサーは木箱を持ってきて、机にどんと置いた。




「箱……何が入ってるんだろ」

「……」



 アーサーが手際よく箱を開けると、その中には。



「……これは」

「ん、何々……わあ!」



 大粒の苺がぎっしりと詰め込まれていた。更ににその上には手紙が置かれている。




「宛先は……お父さんだ。どれどれ……あ、苺食べてていいよ」

「わかった。あんたも食うか」

「ワンワン!」

「ならば食え」

「ワッオ~ン!」



 エリスは手紙と数粒の苺を手に取って、またソファーに横になる。そしてアーサーが苺を口にする横で手紙を開き始めた。





『こんにちはエリス。

 いやこんばんはかも

 おはようかもしれないけど

 一応こんにちは。


 あとアーサーとあの犬、

 名前忘れたけど

 あの犬にも挨拶しておく』


『季節も五月に入って

 ますます苺が実る一方。

 お父さんは大変満足している。


 それでこの間

 たくさん苺が取れたので

 これは少しだけど

 エリスの分だ。

 美味しく食べてくれ』


『あとこの前

 昔の同級生に会って

 担任の先生の話になったんだけど、

 何でも今はグレイスウィルで

 先生やってるそうじゃないか。


『というわけで、

 リーン・ブレッド先生に会ったら

 教え子のユーリスが

 よろしく言ってましたって

 伝えておいてほしい』


『最後になったが、

 くれぐれも風邪には気を付けて。

 エリスにシュセ神の

 微笑みがあらんことを。


 ユーリス・ペンドラゴン』





「……あー!」



 エリスは声を上げて、寝返りを打つ。



「そうだった。お父さんが何か言ってたな、リーン先生の話」

「そうなのか」

「村を発つ前にちょっとね。魔法学園にいた頃にとっても優しくしてくれた、恩師だって」

「そうか」


「担任の先生だったんだ……明日って何かあるっけ」

「何もないぞ」

「じゃあ挨拶にでも行こうか……ううーん」



 エリスは伸びをして身体の力を一気に抜いた。一方でアーサーとカヴァスは黙々と苺を食べ続けていたのだった。



「……ちょっと、わたしの分残しておいてよね!?」

「わかった」

「だからと言って食べちゃだめってことじゃないよ!?」







 翌日の放課後。エリスとアーサーは正門を出てある場所へと向かっていた。



「……あれだな」

「温室って結構大きいんだね」




 校門を出て左に向かって行くと、そこには硝子張りになっている建物がある。外から見ても壁が茎や葉で覆われており、多様な植物が育てられていることが見て取れた。




「ここが園芸部の活動場所だって……」



 エリスはそう確認しながら扉を開ける。





 中には日光が燦々と降り注ぎ、植物達がそれに応えるように青々と茂っていた。





「……アナタ達。一体何の用なの」



 奥から大きな瓶底眼鏡をかけた生徒が歩いてきて、温室に入ってきた二人を出迎える。




 それは裁縫の授業で必ず会う生徒、サラだった。彼女は記憶を思い起こすとすぐに嫌そうな表情に変わる。



「って何よ……いつぞやの二人じゃない。男の方は結構久しぶりね」

「……」

「覚えてくれたんだ、ありがと」

「そりゃあ嫌でも覚えるわよ……」



 大きく溜息をつくサラに、エリスは続けて話しかける。



「ねえねえサラ。あなたって園芸部だったの?」

「そうだけど。それがどうかしたのよ」

「訊いてみただけだよ。それでね、顧問のリーン先生に用があってきたんだけど……」




「あら、私に何か用かしら」



 通路で立ち止まっていたら、温室の奥からリーンがやってきた。銀色の長髪の間から長い耳が見え隠れしている。




「先生、こんにちは。わたしはエリスっていいます。こっちがアーサーです」

「あらこんにちは。もしかして入部希望かしら?」

「えっと、実は先生にお話があるんです。入部希望じゃないんですけど」

「まあそうなの。じゃあちょっと二人でお話を……二人で大丈夫?」


「オレは構わない」

「わかったわ。じゃあサラちゃん、彼に園芸部を案内してくれる?」

「……ワタシがですか?」

「ええそうよ、折角だからね。その間私はお話しているから。さあさあこっちにどうぞ」

「は、はい」

「……」



 リーンはエリスを連れ、来た道を戻っていく。




 二人が小屋に入った所で、サラとアーサーは顔を見合わせた。互いに真顔で。



「……ワタシ達も行くわよ」

「ああ」



 そして少し遅れたが、顧問達とは別の方向に歩き出した。





「それで、お話って何かしら」

「えっと、ご挨拶に来ました。父が昔お世話になったみたいで」

「お父様が……? 失礼だけどお名前を伺っても?」

「はい。ユーリス・ペンドラゴンっていいます」

「ユーリス……」



 リーンは少し考え込んだ後、手を叩いた。



「ああ~! あの子の娘さんか……そうだったんだ……!」

「父のこと、覚えているんですか?」

「ええ。私のクラスの子だったんだけど、中々頭が良くてね。そのせいで他の子にも目を付けられてみたいだったけど、本人は全く気にしていなくて……色んな意味で強い子だったなあ、懐かしい……」




「それにしても、子供が生まれて学園に通うような年になったのかぁ……今お父様は何をしているの?」

「苺を育てています。色んな種類を育てていて、一年中出荷しています」

「そうかそうか、苺農家かー。だったら店先でも名前見かけることあるかな……? あんまり気にしたことなかったけど、今度から意識しよう……」




 リーンは一回深呼吸をし、コップに水を注いで飲む。そして胸を撫で下ろすように言った。




「うん、本当に嬉しい。彼が何をしているのか、今まで全然わからなかったから……」

「え……そうなんですか?」

「卒業してから何年だったかな? 今年で二十数年? とにかくその位便りがなかったのよ。他の子達は手紙をいっぱい寄越してくれるのに彼だけ……でも今こうして話ができて良かった……」



 エリスにとって、それはお人好しで温和で、人間関係を大事にする父の姿からは想像もできない事実だった。



「今ペンドラゴンって言ったよね。昔は姓も違っていたんだよ……でもユーリス君、『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』が好きだったから、それにあやかったのかな?」

「そうだって教えてくれました」

「そうかそうか~! あの子らしいなあ……そうだ、普段はどんな感じなの?」

「誰にでも気さくで優しくて……あと、わたしにはよくわからない魔法をたくさん使ってました」

「魔法! そうかそうか、ん~……!」



 彼女は自分だけが知っている記憶を回想して、懐かしさに耽っている。




 それでエリスが置いてけぼりになったことに気付いたのか、慌てて言葉を続けた。



「とにかく伝えてくれてありがとう! そうだ、この後の予定は?」

「特にはないです」

「そうなんだ! だったら園芸部を見ていかない? 見るだけならタダだから!」

「そうですね……どんな活動しているのか興味がありますし、見ていきます」

「わかったわ! それじゃあ行きましょうっ」






「ねえねえ。サラが男連れてるんだけど」

「うっわー気持ち悪い。根暗のくせに」

「つーかあいつ嫌いなんだけど。マジ死神」

「ここにいるだけで植物が枯れるわよ……」





 アーサーは聞き耳を立てながら温室を進んでいく。様々な種類の植物が生い茂り、日光を我先にと奪い合っている。カヴァスも周囲に目を光らせながらついていくのだった。





「到着よ」



 先導していたサラはプランターの前で立ち止まった。そこでは花を持った妖精が、魔法を行使して水やりをしている。



「園芸部に入ると一人一つずつプランターが与えられてね。それで好きな花を育てるの。サリア、お疲れ様。休んでいいわよ」

「……」



 妖精サリアはその言葉を合図に消え、魔力体としてサラの身体に溶け込んでいった。プランターには小さな芽が何本か生えている。





「……あんたは死神なのか」

「何よ急に」

「ここに来る途中に聞こえた」

「ああ……アイツらが言ってたのね」



 サラはプランターの前でしゃがむ。そして指で土をつまみ、パラパラと落とす。



「別にアイツらと馴れ合うつもりはないから。寧ろ向こうから避けてくれて都合がいいわ」

「……」

「アイツらは自分を表現できないから他人をこき下ろす。気に入らないとかって理由をつけてね。実に愚かだと思わない」



 アーサーは何も答えず、立ったままじっとプランターを見下ろしている。



「……一人が好きなのか」

「まあそうね。愚者と関わるなんて時間の無駄よ、何も得るものはない」

「……」




「他に何か訊きたいことある?」

「……特に」

「そう。だったら作業でも眺めていれば――」



 その時、突然カヴァスが温室の奥の方に向かって吠え出した。



「ワン!」

「……どうしたカヴァス」

「ワンワン!」


「……ああ。どうやらあいつらが終わったみたいだ」

「そう。じゃあワタシ達も行きましょうか」






「あっ先生こんにちは~!」

「先生、作物は順調に育っていますよっ」

「聞いてください! この間育てていたマーガレットが枯れちゃって……!」

「かぼちゃはいい感じに育っています。この秋はかぼちゃプリンが食べられますね」




 リーンが生徒達の元に着くや否や、大勢の女生徒達が彼女の前に詰めかけた。




「はいはい、落ち着いて落ち着いて。今はお客様の対応をしているから……話はまた後で、ね」

「「「はーい!」」」



 そう言うと生徒達は霧散していく。





「先生、すごい人気ですね……」

「そりゃあ美人ですから。えっへん」



 リーンは誇らしげに言い張る。



「……ただその影響か、女の子しかいないんだよね園芸部。花や野菜を育てる活動なんだけど、そういうのって男性が主に頑張る仕事だと思わない? 力仕事なんだし」

「う、うーん……それは確かにそうかも……?」




 そんな会話をしている所に、サラとアーサーが合流してきた。




「先生、一応活動の紹介は少ししましたが」

「ご苦労様。それでどう? 園芸部に興味沸いた?」

「……」


「……苺も育てられるんですよね?」

「そうね。生徒の中で育てたいって意見が挙がれば準備するわ。月水金の週三回、時々土曜日に集まって作物について話し合ったり、獲れた野菜でお料理パーティ! どう? 入ってみない?」




 リーンは両腕を曲げて身体に寄せて、期待するようにエリスの顔をじっと見つめる。




「うーん……興味はあるんですけど、すでに他の課外活動に入ってて、体力が持ちそうにないので……今回は見送り、ですね」

「そうねぇ……確かに掛け持ちは大変だからね。それなら仕方ないわ。でも見学にくるのならいつでも歓迎よ」

「はい。また気が向いたら見に来たいと思います」

「……」



「それでは先生、今日はどうもありがとうございました。サラもありがとう」

「……フン」

「いいえ。それじゃあさようなら、二人共」

「さようならー」

「……」

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