第302話 ぷるぷるりっぷる

 その時、料理部には非常に珍妙な客人が来ていた。






「えっと、このブラウニー・ボムっていうのかな。欲しいな」

「は、はい……い、いくつになさいましょうか……?」

「一つ……いや、二つで」

「か、かしこまりました……」

「あ、向こうの小っちゃい子が作ったのがいいな」

「ひゃいん!?」




 黒いパーカーに黒いズボン、そして顔にのっぺらぼうの仮面を被った彼は、




 出来立てのブラウニー・ボムを箱に詰めていたファルネアを指差す。




「了解しました。というわけだファルネア、厨房担当こうた……「待ったああああああああああ!!!」




 リップルが飛び出し、客の眼前にすっ飛ぶ。




「貴方……ファルネアに作ってもらいたいんですってね!?」

「そ、そうです。だって……」

「このロリコンがああああああああああああ!!!!!」




「……え?」

「ロリータ・コンプレックス!!! 小さい女の子に向かって欲情する変態の通称よっ!!!」

「えっ、ちょっと待って?」

「待たないわ!!! 小さいファルネアが作ったのがいいだなんて、さては変態ね!!! 今すぐここから出ていきなさーーーーーーーい!!!」

「だから待ってくれよー!?」




 魔法の鞭でぺちぺち彼を叩きながら、外に追いやるリップル。






 二人が丁度飛び出してきた現場に、エリス達三人は到着した。






「……リップル?」

「待ってくれ!!! 僕の話を聞いて!!!」


「あのー、一体何の騒ぎだい?」

「うるさーい!!! 勧善懲悪ロリコンシスベシ!!!」


「……」




 エリスが近付き、リップルを制しに行く。




「……あら? 先輩? エリス先輩!?」

「ん、エリスって言った今? そうか、君がエリス……」

「そうよこの方はエリス先輩……って何で貴方も知ってるのよ!?」

「だから、誤解だってばぁ……ちょっとこっちに来て!」




 エリスとリップルを誘導し、廊下の壁に向かい合いながら。




「……これで信じてもらえるだろう?」




 彼は仮面を外した。






「……!」

「……あああああああああああ!?」




 勇ましい顔付きに、金色の髪。黄色い瞳にはエリスも馴染みがある。






「申し訳ございませんでした!!!!!」




 エリスが口を押えて驚いている隣で、リップルは一転、地面について丁寧な土下座。






 それを受けて、彼――ハルトエル・ロイス・プランタージ・グレイスウィルは、仮面を着けながら振り向き、頭を掻く。






「うーん、変装が上手すぎるのも考え物だなぁ……」

「貴方様のことをロリコンシスベシなどと宣ってしまい誠に申し訳ございません!!!」

「ロリコンシスベシまでが正式名称なのかい……?」

「……」




 後ろを振り向いたエリスの視界には、何が起こったかわかっていない様子のアーサーとアサイアが入っている。






「エ、エリス先輩どうかなされましたか?」

「……」




 急いで二人の元に戻り、そして引っ張って戻ってきた。




「単刀直入に訊くが問題は解決したのか」

「たった今しました!!!」

「したのでブラウニー・ボムを食べよう。さあさあ中に……」

「何故貴方が先導を……もがっ」

「お願いしますから余計なことは仰らないでください!!!」

「……は?」








 そしてハルトエルが中に戻ったのを受けて、


 正体は知らずともファルネアは頑張る。




 


「このブラウニー生地を多めに取って……」


     にぎにぎ


「中にチョコレートボールを入れて、小さく丸めて……」


     ぎゅっぎゅっ


「六個並べてオーブンでぶん!」


     ぶぅんっ




「ちーん! これを箱に詰める!」


     つめつめっ






「できましたー! お待ちのお客様ー!」




 ファルネアが呼びかけると、ハルトエルは意気揚々と受け取り口に向かう。




「はい、ありがとうございます」

「お会計は銅貨三枚になります!」

「えっと……はいこれ」

「ありがとうございましたー!」




 ファルネアのお辞儀を背に受け、ハルトエルは満足そうにテーブルに戻っていった。











「いやあ、美味しそうなお菓子だ……いただきます」

「……」


「……うん、美味しい。ファルネアの愛が伝わってくる」

「こちらミルクになります」

「おお、気が利くね。ありがとう」




 リップルが丁寧に対応する様を、横目で眺めるアーサーとエリス。一方でガッチガチに固まるアサイア。


 ブラウニー・ボムを待っている間に、アーサーはハルトエルから直々に説明を受けていた。






「話は聞いております、騎士王殿」




 唐突にそう切り出し、頭を下げようとするハルトエルを慌てて制する。




「……失礼ですが、ここは魔法学園です。頭を下げられたら、オレも貴方様も変な噂が立ちます。どうかそのようなことはおやめくださればと」

「とはいえ君は、偉大なる原初のナイトメアであることには……」

「そういうものが好きではないと言ったら、改めますか」

「……」


「噂が立つのもそうなのですが、オレは王族の方に頭を下げられる程出来てはいません。そもそも学園長やその他の四貴族の方も、オレに敬意は払ってませんよ。何よりオレ自身も威張るような真似はしていません……正体に繋がる可能性もあるので」

「……」




「……そういうものか」


「案外敬意を払っているの……王室だけだったりするのかもね」




 しんみりとするハルトエルを見て、アーサーは頭を掻く。




(……オレって上からはこんな風に見られてるのか)


(でも、そこまで威張ってる自覚は……威張りたいって欲望も、ないんだけどな)








 エリスはアサイアの緊張を解くのに必死で、話は聞いていなかったようだ。




「……?」

「いや、何となく世間話をしていただけだよ」

「……」


「……それで、君がエリスさんだね」

「……」




 肩を窄め、手を膝に押し付け、最大限の礼儀正しさを整える。優しい人柄が伝わってくるのもあってか、あまり恐怖心は感じなかった。




「ファルネアがね、手紙をくれるんだ。そこに一番最初に出会った、とても優しい先輩がいるって」

「……」


「あの子が世話になっているね。いつもばたばたしていて、危なっかしいけど、他人のことを想えるいい子なんだよ」

「……」


「……何だか、随分と物静かな人なんだね? 手紙では凄くおしゃべりな先輩だって書いてあったけど」

「ああ、それは……」






~アーサーは事情を説明した~






「そんなことが……」

「お前、ホワイトボードあるだろ。使わないのか?」

「……」


『言葉遣い 困る』

「ああ……そういうことか」


「ん? 僕にも教えておくれよ」

「殿下に対して、文字だけで意思を伝えるのに限界を感じているとのことです」

「そうか、そうか……いや、先程アーサーど、さんも言っていた通りだ。普通に接する感覚で構わないよ。僕もお忍びで来ているからね……」

「どさん……アーサー先輩、ぷぷっ……」




 遂にアサイアが正気に返り、ハルトエルをちまちま気にしながら、ブラウニー・ボムをちびちびつまんでいく。






『アサイアちゃん 大丈夫なの』

「その、このお方、オーラが半端ないじゃないですかぁ……!!」


『感じるの』

「わかるんです!! このお方に逆らったら何もかもが終わる!!」

「えっと、アーサーさん」

「私はただの一般人だから!! そういうのに対する感性は人一倍あるんですよ!!」


『呼ばれてる』

「えっ……はいいいいいいい!!!」




 背筋を直し、ハルトエルに向き直る。笑顔を浮かべてはいるがどこかぎこちない。


 先程演劇部の発表で、堂々たる演技を魅せた者と同一人物である。一応。




「アーサーさん、いつも娘が世話になっているね」

「へっ?」


「ファルネアからの手紙に君の名前もあったよ。授業中隣の席で、仲良くしてもらっているようだね。本当に感謝しているよ」

「……???」




「貴女ねえ、ちょっと何言ってるかわかんないですみたいな顔してるけど!! ファルネアの正体知ってるなら、この方のことも知っているでしょ!!」

「……」






「……ニ゛ャ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーーーーーー!!!」






 まるで発情期の雄猫のような声を出すアサイア。発現していないキャスパリーグが何か仕組んだようだ。






「そそそそそそそそそうですね!! はい!! ボクはいつもファルネアとは仲良くしてもらってます!!」


『声も見た目も 男の子仕様になってる』

「役者根性だな」

「ワンワン!」




「ふふ……君も君で、面白い人だね。やはり百聞は一見に如かずだ。あの子の周りには、素晴らしい人が沢山いる……」

「あの……」






 あまりにも騒がしくしてたものだから、ここで遂に本人登場。






「えっと……さっきから、わたしのお話、してるみたいで……」

「ああ、ファルネア!? その、仕事はいいのかい!?」


「んとね、これから休憩時間なの。お仕事頑張ったから、ご飯食べるの」

「その休憩時間はどれぐらいある?」

「えっと、一時間半……ってアーサーせんぱい!?」

「用件だけ話す。金は俺が出すから、アサイアと一緒にホラーハウスに行ってくれないか」

「……???」


「エリスがホラーハウス無理だから、お前達に行ってもらって感想を聞こうと思ってな」

「……なるほど! それならファルネア、頑張ります!」




 ビシッと敬礼をしている間に、ハルトエルは完食して仮面を着け直していた。




「それでその、仮面の方……」

「ん、何でしょうか」

「どこかで……お会い、しましたか……?」

「……」




 くりくりした瞳に心臓ばっくんばっくん


 ファーザーなら猶更であろう!






(可愛い……)


(メリィの若い頃に……瓜二つ……ッ!!!)






「……いや、今年入学した一年生にとても元気のいい子がいると聞いてね。それで気になったんだ」

「え……それって……」

「君のことだよ、ファルネアさん。ブラウニー・ボムを作ってくれてありがとう」

「~~~っ!」




 頬に手を当て照れる素振りを見せたが、




 すぐに立ち直ってぺこりとお辞儀。




「こ、こちらこそ、本日はお越しいただき、誠にありがとうございます!」

「何て真面目でいい子なんだぁ~……レオナ殿はよく頑張ったなぁ~……」


「……? 何か言いました?」

「いえ、何でも。さて、僕はもう少しここに残って、まったりとするよ。君達はホラーハウスとやらに行くのだろう?」

「そうですね」

「その前にファルネアのご飯ですよ」

「ふっ、そうだな。ではオレ達はこれで、失礼します」

「ああ、また何処かで会うことがあれば」


「さようなら!」

「ワンワン!」「ニャーン!」

「……!」






 四人と二匹は会釈をし、教室の外に出ていく。






「……」

「……リップル?」

「は、はい!? ななな何でしょう!?」

「君、ファルネアのナイトメアだから……行っていいんだからね? 僕に構わずに」

「あひぃ!? そそそそそうですね失礼します!!!」




 一歩遅れてリップルも豪速で飛んでいく。




「……誤解したこと、まだ気にしてるのかなあ」


「後でお高めの菓子でも送ろう……」

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