第417話 監視を逃れて

「ふわあ……」


「……涼しくなってきたな」




 欠伸を一つ交えながら、いつもの島にやってくるハンス。目的は冬に作ったハンモックで居眠り、なのだが。




「……あ?」




 洞――ティンタジェルの洞で作業をしている人影が見えた。








「よし……いい感じに伐れたわ」

「さっすがサラ先生だぁー」



 作業していたのはサラとイザーク。汗を流して作業服姿、そして洞には二十センチ四方の穴が空いていた。





「……何してんだよきみ達」

「あ、新たなる作業員だわ」

「ホントだ新たなる作業員だ」

「お、おい待て……」



 無理くり引っ張られて、その穴の前に立たされる。



「……何だこれ」

「前に言ってたやつよ、換気扇」

「ああ……空気を循環させるってやつか」

「暇だから作ることにしたんだよ」

「暇って……きみ達なあ」

「今が平日の昼間である以上、アナタも人のことは言えないでしょ」

「……」



 ハンスは洞の中に入り、丸机に足を突っ込んで作業の様子を見つめる。






「きみ達は何で行かないのさ」

「あんな覇権に執着しているような大人の授業、受けても得られる物がないから」

「単に連中が嫌い」

「……そう」


「オマエは……まあサボってるのはいつものことか」

「……お菓子でも買ってくればよかったか?」

「別に。どうせ昼飯は買ってきているから」

「あっそ……」




 まだ九月であるというのに、島に吹いた風はどこか物寂しい。











 それから数時間経って、日が暮れて放課後の時間になった。



 今日は島にも来訪者がやってくる。






「……やはり此処にいたか」

「あら生徒会役員様。ワタシ達を密告するかしら?」

「するわけないだろう」



 ヴィクトールに続いてカタリナとルシュドも洞に入ってくる。鞄も持ってきていたので、恐らく直行でやってきたのだろう。



「お、お疲れ様」

「カタリナお疲れー。んー……サボるってことに罪悪感はないはずなんだけどな。でもオマエだけにしちまって、何か悪ぃな」

「別に大丈夫だよ。サボりたい気持ちも……わからなくはないから。それにエリスとアーサーもいるし」

「あの二人なあ……」



 昼食の残りのサンドイッチを食べながら、イザークは空を見上げる。



「どうなんだよ最近。ボク直行でここにいるから、最近アイツらとも会えてねえんだわ」

「いつも通り……なのかな。ただ何て言うか、ぎこちない感じがする」

「そりゃあ普通って言わねえだろ……」



 まだ手を付けていないサンドイッチがあったことに気が付いた。



「でも……あたし、何て声かけてあげればいいかなんて、わかんない……」

「……」


「あ、あたしっ、だって、何かっ、言ったらっ……」

「もういい、もう何も言うな、何も言わずに食え」



 そのサンドイッチをカタリナの口に無理矢理押し込む。



「むぐ……美味しい。お魚かな?」

「トゥナ・サンドだってさ。トゥナって魚の切り身を油漬けにして、それをマヨで和えたんだって」

「へえ……」






 むぐむぐしているカタリナをよそに、宿題を取り出したルシュド。






「……真面目だねえ」

「真面目? おれ?」

「そうだよ。もう連中の授業なんてミソッカスの価値しかないのにさ」

「……おれ、学生。学生、授業、受ける。これ、決まり」

「……」


「おれ、止まる、嫌だ、無理。力、欲しい。だから……頑張る。それだけ」

「……ごめん。きみはそういう奴だって、わかっていたのに」

「ハンス、授業、嫌だ。おれ……わかる。あいつら、怖い……」



 身震いしたルシュドを、ふっと出てきたジャバウォックが窘める。



「……きみは連中が怖いんだね?」

「うん……生徒、罰、与える……罰、理由、ない……嫌だ」

「つまり、憂さ晴らしとか遊びだとか、そういった理由で罰を与えられるのが嫌だと」

「……うん」



 こくこくと頷くルシュドを見て、大きい溜息が零れるサラ。



「……対外的には綺麗な言葉を並べても、やっぱり大きい組織っていうのには、どうしてもクソ野郎がいるものなのよねえ」

「聖教会の連中が来た初日は酷かったな。急に所持品検査など始めおって……」

「サネット……」




 大切な本を全て燃やされてからというものの、何だかんだでよく遭遇していたあの後輩は、塞ぎ込んで部屋から出てこなくなってしまった。聞いた話によると、聖教会傘下の診療所に通ってカウンセリングを受けているらしい。






「ヴィクトールも連中は嫌いなのか?」

「……まあな」

「それでいいのか生徒会役員、いやいいわけがないんだけどさあ」

「……正直な所。貴様等と出会う前の俺なら、疑うことなく連中に協力していたかもしれん」


「……ほうほう?」

「だが今は貴様等と出会ったからな、考えは大幅に変わった。連中は清純を求めてとか言ってはいるが、それは単に自分達が気に食わない物を抹消しているだけではないか……そう思っているよ」



 そう話す彼の顔には、思い悩む節が見受けられた。



「生徒会なあ。上からの圧力が酷いって聞くぞ」

「……連中の教えを纏めた張り紙を作ったり、周知を徹底するようにな。実際問題、これに賛同している生徒は三分の一にも満たん」

「うわあ……」

「それも聖教会に良くしてもらっているとか、お得意様だとか、そのような生徒ばかりだ。そんな生徒の影響力は、残る三分の二以上の生徒よりも勝っているのだから、末恐ろしい」

「ああ……やっぱりこの世界って、身分の世界なんだな……」



 魔法学園によって守られている現状から出てしまえば、そこには地位で全てが決まるまだ世界が広がっているのだ。



「……そういえばリーシャは?」

「えっと、誘ったんだけど、断られて」

「そうか……何か、最近アイツも調子悪そうだよなあ」

「聖教会が来てから露骨だったねえ。今思えば、ログレスにいた時謎に元気出てたのは、反動が来ていたからなのかな」


「ログレス……ねえ」

「クラリアのヤツ元気にしてっかなあ。手紙の文面だけは元気そうだけど」

「わざわざ九人全員に書いて寄越してるのだから元気ではあるだろう」



 ふと、壁に空いた穴がヴィクトールの目に留まる。



「あの穴は何故空いている」

「換気扇の途中経過よ」

「換気扇……とうとう着手したのか」

「暇だからねえ」

「……」


「手伝ってくれるか?」

「……ああ」

「えっマジ?」

「だが生徒会として皆を率いていかなければならないのでな……そちらが……」

「どっちが本心だよ」

「――」




 シャドウが出てきて、ぽっかり空いた穴を愛おしそうに見つめている。




「ってことは手伝いたいのか」

「……」

「まあきみならサボっても自分で勉強できそうだけどなあ」

「というかボクらヴィクトールにサボってる分の勉強教えてもらえばいいのでは?」

「名案ね」


「……検討しておこうか」

「やっぱりきみも連中のことは好きじゃないんだねえ」

「……」








 誰も知らない秘密の島。彼らの中では一番自由な時間が流れている場所。




 秘密であるということは、縛られないということなのかもしれない。

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