第235話 名も無き生徒の立食会・その3

 ここは投影器に近い天幕。ダレンはマイケルやアザーリアと共に、ラザニアを貪っている最中だ。




「んめえええええ!! これ食えただけでも武術戦に来た甲斐あったぜ!!」

「それと似たような意味の言葉を何回言った?」

「うふふ、エリスちゃんには感謝いたしませんとね♪」

「びっくりしちゃったもんなー。エリスの声がけで開かれたもんなー。まだ二年生なのに見上げた行動力だ!」

「三年生で筋肉だかなんとかやってるお前が言う?」



「きっとアザーリアの眩しさに影響されたんだろうな!!」

「まあっ、ダレンったら……!」

「ナチュラルにのろけるのやめてもらえないかなあ? っと……」




 ラザニアを切り分ける手を止め、マイケルは別の天幕に目を向ける。




「ん?」

「失礼。僕の分のラザニア、食べてていいよ」

「お、おう?」






「……ビブレストカレー」

「はい。吹雪の島ビブレストをイメージして、刻んだチーズを盛り付けました。いかがですか?」

「……」



 手を組んで悩むカルの元に、近付く生徒一人。



「……こんばんは」

「……」


「自分は演劇部に所属するマイケルという者です」

「……それは、どうも」


「先日の試合、お見事でしたね」

「……」




「僕にはわかります。ええ、わかりますとも。投影映像ではぼやけていていましたが、あの試合で武功を上げた生徒は、貴方と酷似している。というか貴方がそうなのでしょう?」




 淡々と、饒舌に繰り広げられるスカウト行為。




「単刀直入に言います。演劇部に入ってくれませんか。僕と一緒に、素晴らしい劇を――」





        ピィピィッ!!





「でぇ……!?」



 マイケルのおでこにぶつかってきた謎のひよこ。それは身長の大層低い生徒が投げ放ったものであった。



「こんばんはー生徒さん。お前は確か三年のマイケルか? うん、そうだな、多分」

「え、えっと、お二人はっ」

「彼の友人ですよ。今待ち合わせをしていましてね、失礼します」




 そう言ってノーラとパーシーは、カルを引き連れその場を後にする。




「は、はぁ……びっくりしたな」


「……僕から逃げたかったみたいだ。ということはこの線潰れたかな~。いい役者になれると思うんだけどなあ」






「……悪かった」

「謝ることじゃないですよ。はいこれ、オニオンスープです」

「どうも」



 道すがらノーラに渡された、コップの中のスープを飲み、ふぅと一息。



「……どうにも、以前より声をかけてくる生徒が増えてきた」

「まああのような露出をしてしまったらねえ」

「ピィピィ~」


「どうだ? 今現状、あんな出しゃばってしまって後悔しているか?」

「……いや。これは、俺なりの」

「覚悟決めたんですよね。ならいいですよ」


「もしお前がウザイと思ってる奴がいるなら、俺様特製パンジャンドラムの礎にしてやらぁー!!」

「生贄の間違いでは」

「ふっ……あははっ」




 久々に笑顔になった気がした。


 ということは、少しは現状を打破できたのかもしれない--








 そしてここは、ババロアを振る舞っている、ユーリスの天幕付近。




「……何これ」

「いちご煮」

「いちご煮?」

「いちごっていう語感に釣られて、思わず貰ってきちゃった……」



 現在エリスとユーリスの目の前には、黄色い物体と白いぷるぷるがぷかぷか浮かんだスープが入った、お椀が置かれている。



「え、何だろうこれ……本当に……」

「美味しいものなのか、そうでないのか。それだけでもいいから知りたい」

「毒味をしてほしい。誰かに毒味をしてほしい。お父さんは断固拒否するけど」

「先手を打たれたなら仕方ない。でもそんな人は……いたー!!」




 ぴゅーっと飛んでいき、またぴゅーっと戻ってくるエリス。




「な、何だ貴様!?」

「ヴィクトール!! 何も言わず聞かずうろたえずこれ食べて!!」

「むぐっ……!!」





 ヴィクトールがエリスに、乱暴に白いぷるぷるが乗ったスプーンを口に突っ込まれてから、数秒後。





「……ふむ?」

「どう? 美味しい?」



「ああ、まあ……磯臭さはあるが、コクがあってまろやかだな。ぷりぷりしたものもあって、歯ごたえがいい。それを塩と……魚の出汁か? それらが引き立たせていて、あっさりと味わえる」



「うわむっちゃ詳しい食レポだ」

「でもこれで美味しいものだってわかったね。いちご……何でいちごなんだろう」




 そこにリリアン、ロシェ、ユージオがひょっこりとやってくる。




「あっ、リリアン先輩! よし覚えてた!」

「そいつはどーもっ。にしても、ヴィクトール君を急に連れていくから、何事かと思ったよ」

「こいつを食わせられました」


「どれどれ……何だこのスープ? 美味いの?」

「美味しいみたいですよ? 先輩もどうです?」

「遠慮しとくわ☆」

「おおっと逃がさない」

「ちょっ!?」




 ユージオがロシェを羽交い絞めにし、そこにリリアンがスプーンを突っ込もうと悪戦苦闘。




「……はぁ」

「腕章つけてたから、生徒会の人達だよね? 仲いいんだね」

「まあ……な」


「ねえねえヴィクトール、ババロア食べてく?」

「……まあ、くれるなら」

「はーい、じゃあ持ってくるねー」






 エリスも行ってしまい、しばし一人の時間が訪れる。






「……」

「……」



「……」

「……」




「……話しかけるならさっさとしろ」

「え、あ、すみませんですだ……」




 こそこそと歩み寄ってくるのは、リーゼントが特徴的な生徒。その髪型と喋り方で、ヴィクトールは即座に彼のことを思い出せた。




「マイクか」

「お、覚えててくれたんですだか」

「まあ、他の生徒に比べて浮いていたからな」

「……やっぱり先輩もそう思いますだ?」



 しょぼくれて、肩を縮こませながら、マイクはヴィクトールの隣に立つ。



「気に入らないか」

「事実なんで……でも気にしちゃうところはありますだ」

「なら言い方を変えてみるか?」

「え?」

「貴様は他の生徒に比べて、際立った個性を有している」




 ぽかんとした様子でヴィクトールを見つめるマイク。




 その後、彼はふふっと笑った。




「……先輩、やっぱりいい人なんだですね。ただきっと、言葉が強いだけで」

「……」



「初めの面接では怖かっただですだけど……でもハンス先輩との関わりとか見てると、面倒見がいいんだなって」

「……奴に関しては仕方なくだ」

「でも面倒見てやってることには変わりないだです」

「……勝手に思っておけ」




 ここで、肉に巻かれた料理が乗った皿を差し出すマイク。




「肉巻きニギリメシーだです。この立食会、色んな料理があったんだですけど、おら……自分の故郷の料理もあって、嬉しくなっただです」

「……ジハールの出身と言っていたな。濃い肌の色もその影響か」

「一日中日に当たって暮らしてきましただです。そこで魔法学園に入学する費用を出してもらえるってことになって、それにオラが選ばれて……正直自分でいいのかって思うこともあっただです」

「……」




「だからこそ、ここで学んだことを誇れるような、何かを身に着けないといけないなって思って。そう思ってた矢先に生徒会の先輩方に出会って……って、この話は面接でしただですね」




「……そうだな。貴様の決意は、そこから変わってないのだろうな」

「そうだです。まだ入学して、三ヶ月ぐらいしか経っていませんだですけどね」



 話をしつつも、互いにニギリメシーを完食し終える。



「先輩のこと、悪く言う人もいるかもしれませんし、これからまた何か言われるかもしれませんだです。その辺はオラにはわからないだですけど」

「……」


「でも、先輩は、頭が良くて賢い、面倒見のいい人だと思うだです。おらはそう思うだです」

「……そうか」


「……はい。その、言いたいことは言い終えましたんで。だから、その……」




「……また生徒会で会おう」

「は、はいですだ!!」




 ビシッと何故か敬礼をし、足早に去っていくマイク。






(……ああ)


(俺の周囲には、とかく他人を気にかける人間が多すぎる)




(いや……それが俺にあって、彼奴にはないものか……)


(ケルヴィンでは得られず……グレイスウィルで得られたもの……)


(それが希望という言葉の真意なのだろうか……?)

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