第234話 名も無き生徒の立食会・その2

 一方こちらはルシュドとハンス。入り口に入るや否や、ルシュドはハンスを伴って天幕が並ぶ中を移動していた。




「お、おお……」

「はい兄ちゃん、牛肉の岩塩焼きだ。二つだったよな?」

「は、はい。えっと、銀貨、二枚」

「はいどーも」


「ハンス、これ」

「ああ……」





 熱が込められた石の皿を持って、フォークで刺して肉を頬張る。肉汁が顔に飛び散るのも気にしないルシュドと、それがかなり気になるハンスであった。





「おおルシュド、ここにいたのか」

「あ、シャゼム先輩。こんにちは。違う、こんばんは」

「あはは、こんばんは」

「……!!」



 急にハンスの身が震え上がり、その場を去ろうとする。



「……ハンス? どうした?」

「……う」

「お腹、痛い? 食べたい、もの、ある?」

「ぐぬぅ……!」

「あっはっはー、今日は逃げられなかったね!」




 高らかに笑うのはガゼル。彼の姿を見て、ハンスは悔しそうに顔を歪ませる。




「気付いていたよ? ここ一年ずーーーっと僕のこと避けていたの。僕はもっと話したいことが山のようにあるのにさ!」

「てめえ、てめえ、あっち行け……!!」


「……? ハンス、先輩、嫌い?」

「相性ってもんがあるんだよ。ところでお前らもこれ食えや」

「ありがとう、です。はふはふ」



 クオークから受け取ったのは、二人分のじゃがバター。熱々のバターがほんの少し手につく。



「あちち。ふーふー。もぐもぐ……おいひい」

「お前可愛いな」

「!?」

「いや、その反応がな? 美味しそうに食うんだもん、この芋とバターも感無量だろうよ」


「ハンスも食べたら? ちなみに僕とクオークとクソババアと秀麗たるトパーズ御婆様とで仕込みを行いました」

「食べない!! 絶対に!!」

「……だったら私がも貰おうかな?」




 その生徒の声が聞こえてくるや否や、ガゼル、クオーク、シャゼムの三人はぴんと背筋を張る。




「……あ? 誰だよてめえ」

「初めまして……かな? 私はモニカ、ガゼル君達の同級生なんだ」

「ふーん。興味無いわ」


「おれ、ルシュド、です。この人、ハンス、です」

「ルシュド君か。シャゼム君から話は聞いているよ。熱心で真面目な後輩がいるって」

「……えへへ」

「露骨に照れんなや~~~!?」



 ルシュドの背中をがしがし叩くシャゼム。



「もう、そんな強さで叩いたら食べた物吐いちゃうよ」

「ん! それもそうか!! すまんかった!!!」

「……はい」




「話を戻そっか。それ、もらっていい?」

「ああ……これぐらいなら、やるよ」



 ハンスはモニカに、ふてぶてしくじゃがバターを渡す。



「ありがと……はふっ、はふぅ。美味しいな」

「そぉーれはよかった!! 本当によかったなー!!」




 鼻の下が伸び切ったガゼルを、横目で見ながらハンスは引き笑い。心の底から侮蔑するのであった。




「ねえ皆、次は何を食べるつもり?」

「「特に決まってない!!」」

「同じく。おすすめとかあったら教えてほしいわ」



「んっとね、向こうにスムージー出してる天幕があって、そこに行こうかなって」

「スムージー?」

「野菜や果物を混ぜ合わせた飲み物だよ」

「おお、美味しそう。おれ、気になる。ハンス、行こう」

「え、あ、ああ、そうだな……」



「僕もモニカのおすすめとあらば行かざるを得ないなー!! ハンス君と行き先同じだなぁー!!」

「てめえぶっ殺す!!」








 こちらはパルズミールの紋章が刻まれた天幕。クラリアは特設の椅子に座って、包み焼きを片っ端から食している。



 そんな彼女の隣に座って、サラはミルクティーを飲みながら食事の様を眺めていた。




「レイチェルさん!! お代わり!!」

「はいよー!!」

「……これで十人前を食べ切ったことになるんだけど」

「まだまだ食い足りないぜー!! うおおおおおお!!」




 包み焼きの天幕の前には、クラリアを始めとした獣人の生徒が数多く並んでいる。やはりそれだけ、彼らに好まれている料理なのだろう。




「クラリアせんぱぁ~い、お疲れ様ですっ♪」

「んん!! メルセデス!! 久しぶりだな!! 元気してたか!!」

「はぁい! この平原で天幕張って暮らすのも、悪くないと思えてきました♪」

「そうか!! ところでこれ食え!!」


「えっ何ですかこれは」

「グラスホッパーの唐揚げ!!」

「ゲテモノ料理じゃねーかああああああ!!」






 ~メルセデスが奮闘しているが非情にも中略~






「ぜぇーっ、ぜぇーっ……」

「……お疲れ様」

「あざっすサラ先輩……クソっ。ここではおしとやかにしていたいんだよ……レイチェル様が来てらっしゃるんだから……」



 サラから差し入れられた水を飲み干し、ゲーッと鈍い溜息をつく。虫特有のえぐみが消えてくれない。



「兎耳だからやっぱり関係あるのかしら?」

「……実家がアグネビット家に仕える商人なんですよ」

「ああ、そういう」

「いつ消え去ってもおかしくない弱小商家だから、ここで媚びておこうと思ったのに……!! 話が違えよ!! イメージと違くて本当に困るわ!!」


「……それ、教えてもらっても?」

「え、イメージの件ですか? いいですけど先輩にチクらないでくださいね!?」

「それは当然」





 どこから来たのか、いつの間にかクラヴィルも隣に座り、クラリアと共に包み焼きを平らげている。クラリスとアネッサも同様だ。主君の食べっぷりに対して、半ばやけくそになっているようだが。



 その光景を視界に入れつつ、サラはメルセデスから話を聞く。





「……先輩、幼少期はかなりおしとやかだったらしいですよ? ドレスも大好きでピアノも得意。絵に描いたようなお嬢様だったって」

「想像つかないわね」

「アタシもです。んでもお母様が亡くなってしまって、それで性格が変わってしまったって」



「……亡くなった? 母親が?」

「そうです。お母様が亡くられたというのは聞いていました。でもその影響で性格が変わったってことは、アタシもつい最近知ったんですよ」

「珍しく真面目モード」

「うるせえよマレウス。でもまあ、何か不思議ですよね。クライヴ様は次期ロズウェリ家当主、クラヴィル様も凄腕の戦士として名を馳せているのに、一番下の先輩だけ社交関係が音沙汰ないって」



「本当にそうなのか両親に訊いてみたら、あんな性格になられていて驚きだって。何でもパルズミールの四貴族と呼ばれる方々としか交流がなかったとか……」

「……」




 あまりにも礼儀がなっていないので、表に出ることを禁じられた。これが最も有力。


 しかしそれでも、こっそり町に出たりとかして怒られそうなものだ。彼女の性格なら。




 それに母親が死んだという話は、本人の口から聞いたことがない。最もそれは、積極的に話すような話題ではないが。


 いずれにしても、今は――




「……アイツの過去を知れただけでもありがたいわ。お礼はアルブリアに戻ってからしてあげる」

「あざーっす!! でも何で先輩、急にこのこと知りたいって思ったんです?」

「それ訊くなら報酬無しよ」

「ひっで!!」




「おーい!!」




 クラリアが手を振って、こちらに呼びかけている。噂話に興じる時間は終わりだ。




「サラ、あとメーチェ!! いっぱい食った!! だから片付けを手伝え!!」

「はーっ、どうしてこうなるのかしら!」

「二十五枚! 先輩、凄い食べっぷりですねっ♪」

「真面目モードから媚びモードへ移行」

「うっせーぞこのトンチキ手鏡がァー!!!」

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