第4話 魔法学園への導き

 家に戻ると玄関の前でエリシアが待っていた所だった。エリスと目が合うと彼女はすぐに声をかけてくる。



「ああエリス、それにアーサーも。折角散歩してたのにごめんね」

「大丈夫だよ。それでお客様って?」

「今家の中にいらしているわ。とにかくお話を聞いてちょうだい」

「話……?」



 エリシアに急かされるがままに、二人と一匹は家に入る。






「……おや、この子が噂の。中々可愛らしいお嬢様だ」

「い、いやあ……そりゃどうも」

「そしてそちらが……ああ、まずは席に座って頂けたら」




 リビングには二人の男性が椅子に座っていた。片方は赤いローブを着て右前にいるユーリスと話をしている。そのユーリスはというと肩を強張らせており、突然の来客にかなり緊張している様子だった。


 もう片方は薄いクリーム色のローブを着て静かに紅茶を飲んでいる。その瞳は閉じられていて、中を窺うことはできない。




 エリスとアーサーは二人の正面に座り、白い犬がアーサーの足元に待機する。エリシアはテーブルから少し離れた所に立った。




「――では、先程ご両親にさせていただいた話と同じものを。今からするお話は貴女達の未来に関わる重要なことです。心して聞いてください。そしてわからないことがあれば何なりと」




 クリーム色のローブの男性がティーカップを置いて正面に向き直る。その瞳は明らかに閉じられているはずなのに、凛とした瞳で見つめられているようにエリスは感じた。




「私の名前はハインリヒ。こちらにいるアドルフと共に、ここより遠く離れたグレイスウィルの地からやってきました。 グレイスウィルについてはご存知ですか?」

「……ちょっとだけなら。この世界で一番大きい王国ですよね」

「まあそんな感じですね。私はそこでナイトメアの研究を行っていまして、ナイトメアのことに関しては人一倍詳しいのです。故に貴方のことも」



 ハインリヒは身体をアーサーの方に向ける。



「数日前、我々はグランチェスターの町に居まして。そこで偶然貴方達二人を見かけたのです。貴方の姿が変わり、剣が光を纏う所を」

「……」


「……アーサーのこと、知っているんですか?」

「はい。こちらをご覧いただいた方が分かりやすいでしょう」




 そう言ってハインリヒは一枚の紙を広げる。同時に赤いローブの男性――アドルフが身を乗り出す。そして彼が静かな口調で、言葉の一つ一つに重みを乗せて話し出した。




「これは古代の壁画の一つで、その写しです。イングレンスで最も有名な伝説、騎士王伝説に纏わる内容の」

「騎士王伝説……一体、何が描かれているんですか?」

「全てのナイトメアの起源――騎士王と呼ばれるナイトメアと、それを元に作られた円卓の騎士と呼ばれるナイトメア。中央に描かれているのが騎士王です」




 エリスはそう言われて中央をじっと見つめ、そして息を呑んだ。



 その騎士王と呼ばれている存在――金髪に紅の瞳の彼が、あまりにも隣にいる彼に似ていたから。




「……これがアーサーで、この白い犬も……?」

「はい……そうですね。貴女が仰られるなら間違いない。町で見かけた時はあまりにも偶然だと思いましたが、断言します。貴方は原初のナイトメア――騎士王アーサーその人だ」



 アドルフはアーサーを見遣ってそう言い切った。




 アーサーは何も言わず、ただじっと壁画の写しを見つめているが、その真意はわからない。白い犬も只ならぬ気配を察知して、机を見上げているだけである。


 エリシアは静かにその様子を見つめ、ユーリスは何か言いたそうにしているが膝を掴んで必死に我慢している。




 そしてエリスはゆっくりと顔を上げ、ハインリヒとアドルフを交互に見つめ、尋ねた。




「そんな……そんなすごいナイトメアなら、何でわたしの所に来たんですか。わたし、普通の村娘なのに……」

「申し訳ありませんが……我々にもわかりません。しかし理由がわからない以上最大限の努力をする必要があります」

「……理由を解明する努力、ですか?」


「それもですが、最もしなければならないのは貴方達を保護することです。数日前に見かけたのが我々で本当に良かった。これが他の勢力だったら騎士王は連れ去られ、悪用されていたかもしれません。そうでなくても貴方達に危機が訪れていた」

「……」




「……まあこんな話を聞いたら暗くなりますよね。でもご安心を。そのために我々は遠路遥々やってきたのですから」




 アドルフはそう言うと、ローブの中から書類を数点取り出す。一番上に置かれた書類には豪勢な建物が描かれている。




「……これは?」

「グレイスウィルには魔法学園がありまして、その資料です。実は私この魔法学園で学園長をさせていただいてまして。あ、ハインリヒ先生もここの教師をしているんですよ」

「……ナイトメア学という授業があるのですが、そちらを担当させてもらっています」



 そんな説明をよそに、エリスは書類を眺める。どの書類にも様々な建物と、そこで生き生きと生活する生徒達の姿が描かれていた。



「つまりこの時点でこの魔法学園には知り合いが二人いることになる――この魔法学園はナイトメアを発現していれば地域身分を問わず誰でも入学できるようになっています。そして貴方達はその条件を満たしている。また、この魔法学園はグレイスウィルが王国として運営しているのですが、王国は二人を保護する方向でいます。つまりここに入学すれば貴方達二人は保護され安全が保証されます」




「……何だか入学しろって言われているみたいですね」

「まあ……そういう言い方になってしまっていることは認めます。ですが我々としては、貴方達の意思を尊重したいと考えております。今日ここに伺ったのは騎士王が本物であるかどうかの確認と、魔法学園への入学の意思確認。前者はもう伝えたので、後は貴方達の言葉次第です」

「……」


「先程仰られたようにグレイスウィルは世界一の大国だ。そんな国が無理矢理連れて行くなんてことをしたらイメージが悪くなるので。そのためもし入学したくないのであればそれを尊重します。ただ全ては我々が述べた通りです」

「……お父さん、お母さん……」



 エリスは助けを求めるように両親の方をちらっと見る。



「……入学するのは私達じゃないから。エリスが決めなさい」

「……もしかしてお金のことで悩んでいるのかい? それは心配いらない。エリスがいない間に説明してくれたけど、入学費その他諸々国が全額負担してくれるんだってさ。だから……うん。好きな方を選びなよ」




 二人はそれだけ伝えて、あとは口を閉じた。その後アーサーを見つめるが、出てくる答えは考えるまでもない。




「……わたしの決めたことに従う、だよね?」



 その言葉に頷く自分のナイトメア。そうしてこの場にいる全員がエリスの言葉を待つだけになった。






「……わたし、アーサーのことが全然わからなくて。どうしてわたしのナイトメアが彼なのか、一体どう関わればいいのか全然わからなくて……」


「でも魔法学園に入学すれば、それがわかるような気がするんです。もしわからなかったとしても、こうして何もしないまま毎日を過ごすよりは、絶対にいいと思うんです」




 顔を上げハインリヒとアドルフに向き合う。


 覚悟が込められた緑の双眸で、二人を正視する。




「わたしとアーサーは、グレイスウィル魔法学園に入学します。させてください」






 静寂が訪れる。



 彼女の決意を尊重し、そして受け入れるように風の音だけが通り過ぎていく。桜の花びらが、新たなる旅立ちを祝って舞っていた。



 そこにいる者もまた、彼女を受け入れるように暖かい眼差しを贈る。






「……わかりました。そうと決まったら早速準備をしなくては」



 アドルフが指を鳴らすと、窓の外の空に白いペガサスが現れた。それは家の前に到着すると一啼きし、主君の到着を待つ。



「では私はこれで失礼しますよ。学園長として色々準備をしなければならないので。あとわからないことがあったらハインリヒ先生に訊いてください。それと一応渡した書類にも書いてあるので目を通しておいてください。あ、お茶ごちそうさまでした。よかったらコップ洗っていきますよ」


「まあ、お気遣いありがとうございます。でも食器洗いぐらい大したことないので、お手を煩わせるわけにはいきませんわ」

「そういうことでしたらお言葉に甘えさせていただきましょうか。行くぞ! フォンティーヌ!」



 アドルフは慌ただしく外に出て、ペガサスに飛び乗るとそのまま飛び去っていった。





「……あら、学園長様ったらこの羽ペン忘れていってないかしら」

「すみません、彼はああいう性分なもので……学園に戻ったら返しておきます。さて、彼が言っていたように準備をしなくてはなりません。取り敢えず今日はお話を聞いて疲れたでしょうから……明日から準備をしましょうか」

「この村に滞在するなら宿があります。私が案内しますよ」


「そのお言葉に甘えさせていただきましょうか。ああ、できれば私の手を繋いで連れて行ってくださると助かります。何分目が見えないもので」

「あら……何だか目を閉じているものだから、ちゃんと見えているのか心配だったのですけれど、本当に見えていないなんて」

「魔法で――ナイトメアが手伝ってくれているので一応行動はできるんですけどね。ただ毎日頼るわけにはいかなくて」



 エリシアとハインリヒはそうして家を出て集落に向かう。リビングに残されたのはエリスとアーサー、そしてジョージとクロにユーリスである。





「……エリス! 魔法学園はいいぞぉ!」

「魔法学園はいいぞぉ! ンモーゥ!」

「ひゃあっ!?」




 ユーリスは椅子から立ち上がるや否や叫んだ。ジョージがそれに続いて牛らしく鳴き声を上げた為、エリスは目を丸くすることになった。




「……すまん、つい興奮して。だが魔法学園は本当にいい所だぞエリス。俺とユーリスもお前ぐらいの時には魔法学園に通った」

「グレイスウィルじゃなくってウィーエルの魔法学園だけどね! あのエルフがいっぱいいる! でもまあやることはそうそう変わらん! 美味しい飯を食って! 課外活動とかに励んで! 勉強もそこそこに友達と遊びまくる! まさに最の高だ、人生で最も充実する時間だ!」

「……友達、かぁ」



 友達という単語を聞いた途端、それまで固く結ばれていたエリスの口元が緩んだ。



「そうにゃ、エリスは森や苺ばっかりで近い年齢の子と関わったのを見たことないにゃ。村の外でいっぱい関わって、いっぱい勉強ができるいい機会だと考えるにゃ」

「……わたしの知らないことがいっぱいあるのかあ……」

「そうだそうだ。世界はお前が思っている以上に広いんだ。だからいいかい、保護とか何だかそういうことは気にしないで学園生活を楽しみなさい。僕がエリスにしてほしいことはそれだけだから」

「うん、わかった」




 エリスはアーサ―と向き合い、そしてくすっと笑いかけた。




「何があるかわからないけど……学園生活楽しもうね、アーサー」

「……楽しむ?」

「アーサーのやりたいことをやればいいってこと」


「……オレのやりたいことは」

「わたしを守ること、でしょ? でもそれ以外にもきっと見つかるよ」




 そのような言葉が出たのは、これから始まる学園生活に胸が高まっているからだろう。




「アーサーも作ろうね、友達。美味しいもの食べて、いっぱい勉強しようね」

「……ああ」





 かくして少女は世界に選ばれ、少年と共に役者となった。


 桜の花びらは春に散り行く。運命と呼ばれる舞台、その冒頭を飾る演出として――

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