第221話 大漁ならぬ大採

 第十二森林区。教師達がそう呼んでいる森には、今日は乙女達の奮闘する声が響いていた。





「ぎゃー!! ミミズー!!」

「えっどこどこー!?」

「あたしの腕!! いや待って今裏に逃げたかも!!」

「あっこんな所に――えい!」

「あっつーーーーい!? 何で魔法使ったの今ー!?」





「ほらほらエリスちゃん、こっちに来てよ」

「どうしましたかソラさん……あ!」


「そうそうこれが森レタス。どう? 青々としてるでしょ?」

「普通のレタスと比べて、緑色が強いんですね?」

「風属性を内包してるからって聞いたよ~。属性効果で味にも深みがあるってことだね!」

「じゃあ早速、この鎌で……




               ……わあっ!?」




「……吹き飛ばされた!?」

「言い忘れてた。風属性を内包してるってことは、地面と切り離された瞬間それが一気に解放されて、風が巻き起こるってことだからね~」



「~~~ぁんでそれを先に言ってくれなかったんですか!」

「ついついうっかり☆」



「……ん? 風属性……じゃあこれが火属性だったら……」

「火事になっちゃうね☆ だから十分気をつけないとね☆」

「勉強になりましたわね☆」

「何で真似してるんですか……」





 真面目でお堅い課題も、皆でやれば楽しくほんわか。





「んっふっふぅ……いっぱい採れたわぁ……」

「おお、流石マール殿お早い。わたくしも精進せねば」

「ばうばう!」



「おほほほぉ……ところでぇ、セバスンさん……」

「何でございましょう?」

「これ……頭につけるのよねぇ……」

「そう説明されていましたな」

「頭につけて……わしゃわしゃすれば、綺麗になるのよね……」

「そう……ですな?」

「うふふ、うふふ、うふふふふふふふ……!!」




「……マール様? いかがなされましたかな?」

「これで、これで、これで私も……もっと可愛く……!!」



「……わんわん!!」

「……そうですな、騎士の扱いは主君が心得ております。リティカ様を及び致しましょう」





 特に魔法学園の卒業生がいるものだから、思わぬ所で得する知識を得ることも。





「あーーーーっ!! ストップ!!」

「ん? 何々?」

「前! バクダングリがある!」

「ぎゃーっ、ほんとだ! あっぶな!!」

「はえー、こんな平和そうな森にまさかのトラップ。この森生やした奴はかなり捻くれてるな」

「ああっ、ソラさん!! 足元!!」

「え?」



        どっかん



「ソラさーーーーーん!!!」

「なんてこと……私達は自らの足元に気を取られて、彼女の危機に気付くことができなかった……」

「だが我々は、間際に彼女が残した右手を掲げるあの姿を忘れることは「勝手に殺すなーーーー!!!」





「……頭がトールマンみたいに」

「うるせえやい!!!」

「ばううん!」

「ああもう……!! 誰だこの森生やしたの!?」



「皆誰だと思う?」

「バックスに一票」

「バックスだったら入り口から嫌らしい罠ばっかでしょ」

「あー確かに。じゃあミーガンあたりにしておこう」



「ミーガンか!! あの野郎なら確かにあり得るな!!」

「知ってるんですか?」

「奴のテストで何回赤点掴まされたかわかんねえもん!!」

「うおお、思わぬ所で被害者発見……!」






 こうして採取は課題とは思えない程盛り上がり、結局日が暮れるまで森に潜っていたのだった。






「……はい! こちら今回の収穫になります! 大漁ならぬ大採です!」」




 背中に背負ったかごを、受付にどんと置く。ついつい流れでドヤってみたりしちゃうエリスであった。




「おおー……やるなあ! 山盛りじゃないか!」




 天幕の奥から出てきたのは、ルドミリアではなくアドルフだった。


 普段の赤いローブではなく、ノースリーブのシャツにズボンで、上着を腰元で巻いている。かなり活動的な印象を受けた。




「これもソラの手助けの賜物か~~~???」

「え、気付いていたんですか!?」

「何かあったらいけないから、フォンティーヌに乗って見回りしてんだよ。んで丁度空飛んでたら、ソラが森に落ちていくのを見かけてな」

「わかってた上で放置したんかい!!」


「だってお前なら悪いことはしないだろ?」

「んおおおおおおお信頼ばんざい!!!」




 アドルフの隣にフォンティーヌも加わって、一緒に採取してきた森レタスを一つずつ検品している。




「んー、ちゃんと実が詰まってるのを持ってこれたみたいだな。物を見る目も及第点! まあソラに教えてもらったんだろうけども!」

「僕はどこにあるか教えただけだから! 採取はしてないからセーフ!」

「そうかそうか~~~。ちゃんと風が巻き起こるって教えたか~~~?」

「教えまし「嘘です教えてくれませんでした!!」


「私も教えましたわ!!」

「リティカさんこの流れで嘘つく意味あります!?」






「ほいほい、お前らちょっと来てくれ」



 一旦アドルフは手招きをし、エリス達を誘導する。



「それでだな、点数を出せる量はこの半分で大丈夫だ。残りは持って帰って好きに料理してもらって構わないぞ」

「やったあ、計画通り!」


「よかったねエリス」

「うん、頑張った甲斐が……!!」




「……あ」

「どしたんエリス?」



 喜んだのも束の間、急にうーんと唸るエリス。



「いや……最終戦まであと十日ぐらいあるじゃん……折角だから前日に食べてもらって、英気を養ってもらいたいじゃん……」




「最終戦に英気を養うー!?!?!? つまりウワサのカレー確定じゃないですかやだー!!!」

「うわあああああああ失念してたあああああ!!!」




「……つまり、最終戦前日に使いたいけど、それまで保管できないってことだな?」

「ハイソウデス……」

「そういうことなら、ゼラさんに頼むといいぞ」




 アドルフが親指で差した先には、一つの天幕が展開されている。




「氷室を貸し出して採取した食材を保管してもらうように頼んでいるんだ。まあ金が別途必要だが……」

「先生、エリスもう行っちゃいました」

「は……照れ隠しか~??」

「照れ隠しでしょうな~~~」






「ゼラさぁん! この森レタス保管しわっぷ!!」



 走りながら巨体にぶつかり、受けた衝撃でもんぞり返る。



「ぷぎゃあ……」


「ん、お前は……エリス! 久しいな! 元気だったか!?」

「いや、伸びてるっつーの……」




 クオークに起こされ、視界が開かれると、シャゼムが申し訳なさそうに頭を掻いてるのが目に入った。




「シャゼムせんぱぁい……ふるふる」

「にしても急に走ってきて、一体どうしたってんだ?」

「あっ……レタス! レタスは無事ですか!!」

「この籠のことかねえ」



 ゼラの声が耳に入った。首を回して姿を視界に収めると、隣で籠を持ち上げているガゼルも認識できる。



「うっひゃあこんないっぱい入って……あだっ!」

「ガゼル先輩!? 大丈夫ですか!?」

「うぐぐ……この間の戦いの傷が、まだ……」

「後で薬草塗ってやるから今は働きな」



 ゼラはぶっきらぼうにそう言い放って、来た道を戻っていく。



「んひぃ~……冗談きついぜあのスターゲイジーババア……」

「エリス、このレタスを保管すんだな?」

「はい!! 最終戦前日までお願いしやー!!」

「ちょっと、口調が……」




 カタリナ達が遅れてやってきて、エリスを落ち着かせようとする。




「まあ何はともあれ、これで課題は達成ねっ。今後はどうしようか?」

「うみゃあ……いい感じの課題やって、食材買うお金がほしい……」

「だったらばあちゃんの仕事手伝うってのもありだぜ!」

「やーめとけやーめとけ、あのババア銀貨一枚とスターゲイジーしかくれねえ。賃金低いしゴミ押し付けられるし仕事は辛いしいいことないぞ」



 エリスはうげえ、と言って舌を出す。カタリナは完全に理解できていない様子だった。



「……あの、スターゲイジーって……?」

「はぁ~~~~~!?!?!? まさか、『ほしをみあげるもの』をご存知でないぃぃぃぃ~~~~!?!?!?!?」

「随分と幸せな世界に住んで……げほん、いや! 『ほしをみあげるもの』は世界で一番美味しい料理だ!!」

「そうなんですか?」


「そうだとも!! よし今からばあちゃんに作ってもらうように「みんなー!! カタリナは今日疲れてるだろうから、一緒に先天幕戻ってていいよー!!」

「わ、わかったー!!」




 エリスが無理矢理クオークとシャゼムを連行、カタリナを連れて他の女子が撤収。見事な連携。




「けっ、折角ばあちゃんの愛情たっぷり自家製料理を布教するいい機会だったのによぉ」

「この世界にはー!! 知らなくていいこともー!! あると思いますー!!」

「スターゲイジーは知ってていいことだと思うんだけどなぁ!?」

「五月蠅えよライオン魚!! あれは世界の闇だ!! 業を煮込んで罪で味付けしたものだ!!」

「クオーク先輩どっち側の人間なんですかもう~!!」

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