第220話 採取の課題

<魔法学園対抗戦・十七日目 午前十時 天幕区>




「さーってと……一旦整理しようか」

「そうだね、大分数はこなせてきたし」



 朝食後の焚き火を囲い、エリスを含めた一般二年生女子生徒ーずは、じっと一枚の紙と見つめ合う。



「えっと……あとは二十点の課題を行えばノルマは達成、かな」

「でも二十点満点貰えるとは限らないから、三割増しでやっておいた方がいい、だっけ?」

「そうなると十点とか五点のやつをちょこちょこやっていた方がいいのかなあ」



 カタリナを含めた班全体で話し合い。真面目に学業やってるぜとドヤ顔を決めたくなるエリスであった。





「……あのね」

「何ー?」

「わたし……やってみたい課題があるんだ」

「どれどれ?」

「これ。森レタスの採取ってやつ」



 エリスが指差した所には、丸々かつ青々とした葉物野菜が描かれている。



「え、森レタスって自生してんの? 店に並んでるのしか見たことないんだけど」

「みたいだね。元々平原に生えてるのか、今回生やされたのかはわからないけど。でも……いい食材って言うじゃん。わたし、気になるんだよね」



 じゅるりと舌を出してみたりした。



「わかるわぁ~。サラダにしたらめっちゃシャキシャキしそう」

「あ、完全に理解した。ウワサのカレ~に作ってあげるんでしょ」

「まだ何も言ってないんだけどー!?」



 昨年の降神祭の余波は、未だに残り続けているらしい。別の女子生徒がエリスのヘッドドレスをちょいちょい触りながら、ひゅーひゅー口笛を吹く。



「わたしは!! 料理部です!! ですので!! 美味しい食材には興味があります!! 以上!!」

「はいはい弁明おっつ~。まあ特にやりたい課題とかないし、他もどっこいどっこいだし、私はこれでいいよ」

「うちも~」「あたしも~」「私も~」


「あたしも……大丈夫。じゃあ早速申請しに行こうか」






 採取の課題は点数制。難易度によってそれぞれ点数が割り振られており、達成するとその点数が加算される。この設定された点数が、既定の値に達して初めて成績に良い影響が及ぶ。


 また設定されている点数と、実際に取れる点数は別物。なので余裕を持って点数を稼いでおくというのは、先程エリス達が話していた通り。


 課題の一覧は事前に提示され、その中から行う物を決める。決まったら本部に行き、申請して必要な道具を借りることになっていた。






「……それでは今回の道具だ。採取するための手袋と鎌、それから袋。あとは……これはいるかな?」



 申請所にいたのはルドミリア。彼女は丸い魔法具を手に持ち、ぷらぷらと見せてくる。



「……場所を検知する魔法具ですか?」

「正解。森レタスは他の草に隠れていることが多くて、見つけることが結構難しい。だがこれを使えば簡単に発見できるぞ」



「そんなこと言って、絶対にデメリットあるでしょ」

「勘のいい生徒は先生大好きだぞぉ。この課題の設定点数は二十五点だが、こいつに頼るなら十五点になる」

「じゅ、じゅうご……十点も減る……」



「さあてどうする、点数を取るか楽を取るか……」

「もうお母様ったら、いつからそんな意地悪になったのですか?」




 ぷりぷりと怒りを孕んだ声をかけながら、ポシェットを下げた少女が近付いてくる。


 ライトブラウンの髪を緑色のリボンで束ね、紺色と白のセーラー服。何よりも、顔立ちがルドミリアによく似ていた。




「……お母様? 今、先生のことをお母様って……?」

「そういえばグレイスウィルの生徒は殆ど知らないか。ならば紹介しよう」

「いいえ、私一人でできますわ。ごきげんよう皆様。私はリティカ・ロイス・ウィングレー。ウィングレー家当主ルドミリアの一人娘でございますの」




 優雅に一礼するリティカ。



 その様子を受けて、エリス達六人の口からはあまり驚いたような声は出なかった。




「……何だお前達。あっさりと受け入れられてるじゃないか」

「だって先生とリティカさん、結構似てますし。親子って言われても不自然じゃないです」

「まっ! そんなこと言ってくださるのね! 私嬉しいわ!」

「うふふぅ……」



 彼女の身体から、リボンをたくさん巻いたマミーが出てくる。むしろそちらの方が衝撃的だった。



「わわぁ!? ナ、ナイトメア?」

「そうよぉ……私、マールぅ……お洒落が大好きな今どきのマミーよぉ……」

「お洒落……お洒落?」

「何を言いますか。どこを取ってもお洒落でしょう」



 意外にもそれを言ってきたのは、天幕の奥から姿を見せてきたナイトメア・キャメロンだった。



「ぎゃー! こっちもびっくりした!!」

「そういえばお前が生徒達の前に姿を見せることってあまりないか」

「今日初めてお会いになる方もいるかもしれませんな、主君。ところでそろそろ考えはまとまりましたかな?」


「ああ……そういえば……どうする、みんな?」

「うーん……」




 考え込むエリス達の間に、リティカが顔を覗かせる。




「採取の課題のことで悩んでおりますのね?」

「え、知ってるんですか?」

「お母様が教鞭を振るってらっしゃる魔法学園ですもの、当然ですわ! して、一体どのような意地悪をされていたんですの?」

「点数を取るか楽を取るか、です」

「ははーん、成程ぉ……」




 リティカはうんうんと頷いてから、



 ぽんと手のひらを拳で叩く。




「お母様! この方々の課題、私が同行するというのはいかがでしょう?」





「む……? だがお前、パルズミールの方はいいのか?」

「今日はあちらの方はお休みにしてきましたの! だからこちらで何をしようとも自由ですわ!」

「ふーむ、そうか。ふーむ……」



 考え込むルドミリアに、エリス達はここぞとばかりに追撃を加える。



「ここで出会えたのも何かの縁ですし、わたしリティカ様ともっとお話したいです」

「むぅ……」


「リティカ様がいれば百人力! 絶対に何とかなりますって!」

「しかし……」


「ルドミリア様の娘ですもの、間違いないですよ!」

「……ぐぬぅ」




「……わかった。同行を許可しよう」



 やったーという声が響く。中にはリティカの声も混じっていた。



「リティカ、一応お前は先輩なんだからな? 後輩達をちゃんと見守っておけよ?」

「もっちろん、そんなのわかりきったことですわ! さあさあ皆様、準備をいたしましょう!」

「「「はーい!」」」





 道具を受け取り、更衣室になだれ込む女子達。





「……主君。貴女は本当に親馬鹿ですな」

「直球にそれ言うか……仕方ないだろ、あんな目で見られたら……」

「あれこれ屁理屈を立てて物事に首を突っ込む、若かりし頃の主君に瓜二つでしたな」

「やめろ、いつどこでアドルフが聞いているかわからない」








 採取を行う森は十数個もの種類があり、それぞれ生えている植物の傾向や採取のしやすさが異なる。元々平原に自生している物もあれば、課題用に魔術でこしらえた物もある。特に一属性の傾向が強い物は大抵後者だ。



 そして今からエリス達が向かう森も、後者に該当する。





「ひゃあ……何か冷え冷えするなあ」

「この森って氷属性の森だっけ?」

「いいえ、ここは風属性ですわね。外より風が強くて、それが肌に当たって冷たく感じますの」



 リボンを巻いた山高帽を被ったリティカがそう答える。先程から転じてこの冷静ぶりである。思わず先輩と尊敬したくなってしまう切り替えぶりだ。



「やっぱりそういうのわかるんですね~」

「先程お母様が仰いましたけど、先輩ですもの! えっへん!」



「そうだ。わたし達って二年生なんですけど、リティカさんは何年生なんですか?」

「んっふっふー。聞いて驚きまして、私は七年生なんですの! 今年で卒業なのですわ!」

「え、そんなに離れてた!?」



「更に更にですねー、私は卒業したら実家に帰るつもりですの。そこで考古学を学びつつ、教鞭も振るえたらいいなって!」

「じゃあリティカさんからリティカ先生になる日が……?」

「そうなりますように頑張りますわ!」

「はへぇ……何だかすごいね、カタリナ」




 エリスは自分の後ろを歩いているカタリナに声をかける。




「……あれ?」




 しかしそこに彼女の姿はない。






「どした……あれ? カタリナは?」

「遅れた……? あ、いたいた」



 既に通り過ぎた、茂みの前で彼女は立ち止まっていた。



「……どうしたの?」

「ここに、何かいる」




 目を見張るカタリナの隣で、セバスンが臨戦態勢に入っている。




「何って?」

「わからない。でも、生命体だと思う」

「え? この森には結界が張られていて、魔物や賊の侵入はできないはずですけれど……」

「……」




 意を決して一切の躊躇もなく、カタリナは茂みを掻き分ける。




「ねえあなた――「のわーーーーっ!?「ばうばうーーーーっ!?」





 茂みの中にいた人物は前のめりにひっくり返る。



 薄めの金髪に水色の瞳。ほんわかしたその姿に、エリスは見覚えがあった。





「えっ――ソラさん!?」



「いっててぇ……ん! キミは綺麗な赤髪の子! そして声をかけたのは緑髪の子か! 僕覚えてるよ!」





「知り合いですの?」

「はい、前に会ったことがあって……」

「よっこらせっと!」




 ソラは起き上がると、隣でひっくり返っていた大型犬――ナイトメアのブレイヴも起こし、目の前にいる女子七人をじっくりと観察する。




「ふんふん……綺麗な髪の子ばっかり……うへへぇ、僕嬉しくなっちゃうなあ……」

「そ、それはどうも……」

「決めた! 僕の用事に付き合ってくれたら、ヘアアレンジをしてあげよう!」

「唐突だな!?」

「僕は気分でこういうことやっちゃう人間なのさ~! まあ用事を聞いてくれたらだけど!」

「どうあがいても用事を聞けという空気……!!」



「とりあえず内容を教えてくださる? 私達でもできることかしら?」

「ふっふっふー、それは勿論! 僕はねえ、今ある木の実を探しているんだ!」




 そう言ってソラは右手に握っていた物を見せ付ける。



 その中にあったのは淡い黄緑色の木の実で、割れ目からは白濁した液体がどろりと流れ出ていた。すももがまだ熟していないのを彷彿とさせる。




「……何これ?」

「ナツバキの実だよ。初めて見る子も多いかな? 椿の実に魔力が込められると、こんな風に光るんだよ~」

「へぇ~。で、何でこれを探してるんすか?」

「ふっふっふ、それは至って単純! これを集めて魔術で加工して、整髪剤にするのさ!」



「整髪……そういえばソラさん、髪を切る仕事をしながら、世界中を飛び回っているんでしたね」

「ヘアアレンジは僕の人生だからね! その前にはしっかりと髪を洗わないといけないってわけさ! というわけでこの木の実は商売道具でもある!」



 後ろに背負った木のかごに、持っていた実をぽんっと投げ入れるソラ。



「普段はウィーエルの奥の奥まで行かないと取れない貴重品なんだけどね~。何かこの辺飛び回ってたら、ここに生えてる気がして採りにきたんだ~」

「でもこの森は、先生方が魔術によって生やしたものですわ。部外者の方が勝手に採取いたしましたら、怒られるのではなくて?」

「魔法学園でしょ? それならむしろ大歓迎! 僕のこと知ってる先生もいるだろうから、まあ何とかなるでしょ~! とにかく、この木の実はあるに越したことはないから、見つけたら片っ端から持ってきてくれない!?」

「ははっ……軽いなあ。でも!」



 生徒が一人腕を捲る。



「あたしはやる気になった! 人助けと思ってやってやろうじゃん!」

「うちも頑張る!」

「私も~!」




「ああっ、ちょっと……待って!」



 引き留めた甲斐虚しく、エリスとカタリナとリティカは取り残されてしまった。



「……もう! わたし達の目的、森レタスを採取することなのに! これじゃあ本末転倒ー!」

「ん? 対抗戦お馴染みの採取の課題ってやつ?」

「そうですそうです! ソラさんもわかりますよね?」


「わかるよわかる~。ロザリンとかとめっちゃ頑張ったもん。よし、僕の用事を手伝ってくれた礼として、キミ達の課題も手伝ってあげるとしよう! 森レタスだよね!?」


「え、えっと「いくぞーブレイヴ! ここ掘れナイトメアだー!」

「わっほーん!」



 エリスの返事を待つ前に、ソラは駆け出していった。



「……はぁ。でも、ふふふ」

「何だか賑やかになりましたわね♪」

「取り敢えず、日が暮れるまでは頑張ろうね」

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