第225話 獣人貴族・白兎
<魔法学園対抗戦・武術戦
二十四日目 午後一時>
「さあて戦況はどうかなー?」
「実に好調です。我がパルズミール軍は五割の領土を占領しております」
「うんうん、了解した。さて……」
舌舐めずりをして、前方に視線を向ける。まだまだ試合は中盤、各勢力も盛り立っている所だ。
「リュッケルト様、この後はどうなさるおつもりで?」
「単騎突貫していい?」
「ご両親へのアピールですね?」
「わかってるなぁ」
「七年も一緒でしたら、そりゃあ」
「えっへっへ、照れちゃうなあ」
「はいはい。まあ前半我慢して頂きましたし、自分は構いませんよ」
「いいの? やっちゃうよ僕?」
「どうぞお好きなように」
伝声器を切ると同時に、指を鳴らして黒いバイコーンを呼び出すリュッケルト。
「さて――行こうかデューク!」
「――!」
ひらりと後ろから飛び乗り、大きく前足を上げて嘶く。
槍を右手に携えて、名乗りを上げる。
「我が名はリュッケルト・ロイス・ウェルザイラ! 高潔なるグレイスウィル四貴族は、ウェルザイラの血を引く者だ!!」
大口上を掲げて、愛馬と共に駆け出す。
「うおー!! かっこいいぞーリュッケルトー!!」
「頑張ってー!! 負けちゃ駄目よー!!」
「いいぞー!! そこで一撃入れてやれー!!」
今日の観客席には大の大人が三人。学園長アドルフと、その妹アメリアとヘンリーの夫婦である。
わざわざグレイスウィルの広場の投影器を用いて、身内の試合を大人気なく観戦していた。
「……盛り上がってるなあ」
「確か甥っ子がいるんだっけか? あんなに応援してもらえるなんて、幸せだよなあ」
アーサーとイザークはただいま訓練の休憩時間。エリスとカタリナに連れられて、購買部で軽食を買いに来ていた。
「っ……」
「ん、大丈夫? 薬草塗る?」
「いやこれ……内部からの痛みだ……」
即座にサイリが出てきて、イザークの背中をさする。
「あ゛ーっ……つらい。最近、サイリの負荷に耐える訓練してたからなあ……」
「でも頑張ってるって証拠だよ。成長痛成長痛」
「うええ……もうしんどいぜぇ……」
「ふええ……ここはどこなんですかぁ……」
「……エリス? 何か言った? ふええとか言った?」
「え? 何にも言ってないよ?」
「あ、あっち……」
三人はカタリナの指差した方向を見る。
その先には、白い兎の耳を生やした、薄い桃色のワンピースの女性が、挙動不審そうにうろうろしていた。
「兎耳……パルズミールの関係者か?」
「パルズミールからグレイスウィルの領地に……?」
「結構距離あるよな確か」
「……」
少々観察している間にも、女性は泣きそうな顔で周囲を彷徨っている。
「……声、かけようか?」
「うん……何かほっとけないよね」
「よし、ボクが行こう」
サイリと共に駆け出すコミュニケーション能力最強男イザーク。
すぐさま女性にコンタクトを図る。
「すみません――」
「きゃーーーーーっ!?」
女性が悲鳴を上げると共に、
彼女の身体から、半透明の筋骨隆々な精霊が出てきた。
「おわーーーっ!?」
「大丈夫か!?」
「あああああ!! すみませんすみませんすみません!!」
「――」
精霊は胸筋を見せ付け、イザーク達をぎろりと一瞥する。敵意を示しているようだ。
「オークニー! この子達は制服着てます! だから生徒です!」
「――」
「そうですそうです! だから、もう、戻ってくださいいいい!!」
「……」
精霊は女性の言葉を受けて、渋々戻っていった。
「……」
「完全に腰が抜けている」
「ふええ……うちのオークニーがご迷惑をぉ……」
「あの……さっきからこの辺りをうろうろしていましたけど、何かあったんですか?」
「ふえっ!?」
女性はぴくっと飛び上がる。兎耳が真っ直ぐ聳え立つ。
「……あ、あのぉ……」
「はい?」
「私、演習区にご用があるんですけどぉ……案内、してもらえませんかぁ……?」
「あー……なるほど、わかりました。案内しますよ」
「うわああああああ!! ありがとうございますううううう!!」
何度も何度も頭を下げる女性。兎耳が激しく上下に揺れている。
「こ、これぐらいなんてことはありませんよ」
「うう……やっぱりグレイスウィルって凄いぃ……性格ができているぅ……」
「あ、あはは……」
<午後一時二十分 演習区>
「……古代都市エイルル、ねえ」
サラは手にしていたビラを隣のヴィクトールに押し付ける。
「どう思う?」
「何故俺に訊く……」
「息抜きにこういう話題もいいでしょ。遥か古の、海底に沈んだ神秘の都……」
そのビラは、運営本部の近くを歩いていた時に、青い衣に身を包んだ男から手渡されたものだ。
「青の地平線の底に沈められた神秘を一緒に追い求めよう、か。ふん、眉唾にも程がある」
「ワタシが見た限り熱心に活動している様子だったけどねぇ」
「おーい!」
クラリアが斧を持ちながら、手を振りつつやってきた。
「あら、休憩かしら」
「違う違う! アタシの訓練ばっちり見てたか、確認しに来た!」
「勿論見ていたわよ。まあまあ見事だったわね」
「へっへー、これぐらい朝飯前だぜ!」
「ふふっ、相変わらず元気そうで何よりだ」
そんなクラリアの背後から、二人の狼の獣人がやってくる。
「あら、アナタ達は……」
「父さん! イヴ兄! こんにちはーだぜー!」
「……うむ」
しわがれた男性に飛び付くクラリア。しかし煩わしい様子は見せず、男性は微笑んで抱き返した。その刹那に一つ咳き込む。
その様子をクライヴと、メイドの服を着たかかしが温かく見守っている。
「クレヴィル・パルズ・ロズウェリ卿……いらしていたのか」
「ああ、クラリアの父親ならそうなるわね」
サラとヴィクトールは立ち上がり、クレヴィルに挨拶をしにいく。
「君達は……」
「アタシの友達だ! こっちがサラでこっちがヴィクトール!」
「はは、そうかそうか。うむ……いつも娘が世話になっているよ」
「いえ……」
「ごほっ、ごほっ。ううっ」
「大丈夫か!?」
「何、平気だ。これぐらいいつものことだよ……」
父親と呼ぶには皺が多すぎないか、とサラは心の中でツッコミを入れた。
あと頻繁に咳き込む姿は、彼女の中では
「あれ? ヴィル兄は? あとレイチェルさんも来るって言ってなかったか?」
「クラヴィルは向こうで指導をしているよ。でも、レイチェルは……まさか……」
青褪めながら、クライヴは演習区の入り口に視線を向ける。
そこには彼女達がいた。
「……はい、ここが演習区ですよ」
「うわああああん、ありがとうございますぅ……はわああああああああ!!!」
「あ、ちょっと!?」
その女性は、自分の姿を見るや否や真っ先に突進してきた。
「うわああああああ!! クライヴ様あああああ!!」
「レイチェル!」
「ぐすっ……会いたかった……会いたかったですぅ……!!」
クライヴの胸元でおめおめと泣く女性、レイチェル。
事情が呑み込めない様子のエリス達四人と、騒ぎを聞き付けたのかクラヴィルもその場に合流してきた。
「あれっ、ヴィル兄! 指導はいいのか……ってエリス達もいる!?」
「クラリア、これはどういうことなの……?」
「あたし達、この人を道案内してきたんだ」
「案内? それはどこからだ?」
そう訊いてくるクラヴィルはどこか食い気味だ。
「えーっと……広場からです。挙動不審な様子で、今にも泣きそうで。何だか放っておけなくって……」
「レイチェル!! また迷子になったんだね!! だから僕と一緒に行こうって言ったのに!!」
「他にどこか立ち寄りましたか? ご迷惑かけていませんか!?」
「ええと……エレナージュとリネスとケルヴィンの区画に行って、皆冷たくて泣きそうになりましたけど、でも三時間ぐらいかけてようやく……!」
「ほわーーーーー!!」
頭を抱えるクラヴィル。エリスはその横でクラリアとクラリスに耳打ちをする。
「えっと、レイチェルさんって……」
「イヴ兄の婚約者だ! 明るくて優しくて方向音痴なんだ!」
「へ?」
「レイチェル・パルズ・アグネビット。パルズミール四貴族はアグネビット家、そこの公女様だ。そしてクライヴ様の婚約者でもある」
「へ……?」
もう一度彼女の姿を確認しようとして、後ろを振り向くと、
クレヴィルが被っていた帽子を取って、挨拶をしてきた。
「更にこの方はクレヴィル・パルズ・ロズウェリ卿。ロズウェリ家現当主、実質的にはパルズミール連合を率いる立場にあられる」
「……じゃあすげー偉い人じゃん!?」
「ははは、気構えなくてもいい。私はあまり身分や礼儀にこだわらないんだ。何せ娘がこんな性格なのでな」
がっはっはと大笑いするクラリア。
「改めて。私はクレヴィルという者だ。ロズウェリの領土を、そして僭越ながらパルズミールに住まう民達を治めている。いつも娘が世話になっているね」
「は、はい……」
柔らかい物腰の、一見すると弱々しい印象を受ける。しかしそれが安心感を与えてくるのが不思議なことだ。
「えっと……エリス・ペンドラゴンです。クラリア……とは、いつも仲良くしています」
「アーサー・ペンドラゴンです」
「イザークっす!」
「カタリナ、です」
「ははは……これはこれは、結構個性の強い子達だ」
「えええええ!! ミルクプリン!!」
いつの間にかクラヴィルが持っていた袋。そこから取り出した物体を見て、レイチェルは目をきらきらさせている。
「ええ、購買部で販売していたんです。レイチェル様のお口に合うかなと思いまして、買ってきました」
「食べますううううう!! そうだ、クラリアちゃん!」
「んあ?」
「あと他のお友達も! 一緒に食べようよ!」
「いいんですか?」
「私が許すんだから皆許してくれます! ねっ?」
「はは……まあ、構わないよ」
「好きにしなさい」
「よっしゃゴチになっぞ!」
その場からそそくさと去ろうとしたヴィクトールの右腕を、がっしりと掴むイザーク。
「貴様っ……!? ここまで腕力があったのか……!?」
「おーかげーさまーでなー! メキメキ成長期だぜ!」
「凄い! 強い! 逞しい! レイチェル惚れちゃう!」
「そういうこと言うのは身内だけの時にしてください? アグネビット家の品に関わりますよ?」
「いや、レイモンド様もこんな感じだったような……」
「そうですよっ! お父様には感情を隠さず感じたままに表現しろって教わりましたっ!」
「だとしても表現の方法ってのがあるでしょう!」
「お言葉ですが、授業の時は割と粗雑なクラヴィル先生がそれ言っても説得力ないような」
「うおおお……受け持っている生徒からまさかの攻撃が……!」
その間に全員にミルクプリンが入った器が配られ終わり、思い思いに口にする。
「美味しい……!! 美味しいですクライヴ様ぁ……!!」
「うむ、これは中々の美味だ。これを食べられただけでも、グレイスウィルの方に来た甲斐があったってものだ」
「ね、ねえ、クライヴ様……」
「……言いたいことはわかるよ。でも今は人前だよ。だから……あーんは我慢してほしい。ね?」
「うみゅう……」
幅広い年齢層の集団が、こぞってミルクプリンに興じている。傍から見ると何とも面白く映るだろう。
「うま~。搾り立て牛乳の味が広がる~」
「いつも思うが、あの購買部はやけに商品の質が高いよな」
「ガレアさんの顔がかなり広くて、いい食材をたくさん輸入できるって話だよ」
「そういやトシ子さんと語り合ってたの見たなあ。シスバルドからも輸入してんだろうな」
「……」
「あら、ヴィクトール。歯に物が詰まったような顔しちゃって」
「……ふん」
「そんなに味が――「まさか、あーんをお望みで!? あの、魅力を兼ね備えた男にだけ許される、神聖にして至高の極楽たる行為、あーんを!?!?」
「貴様……」
「反応したってことはそうなんだな!! うっしこのボクがあーんをして「シャドウ」
「ちょまーーーーー!?!?」
牛の姿になったシャドウに、ぐるぐると追いかけ回されるイザーク。
「……何であいつはいつも墓穴を掘るんだ……」
「……」
「……エリス?」
「ねえ、アーサー……」
「何だ?」
「わたしも……あーん、してあげよっか……?」
「……っ!?」
指を組みながら、ジト目で見上げてくるエリス。
「何を言っているんだ!? クライヴ様も言っていたじゃないか! 人前でそんなことはできないだろう!」
「じゃあ、人前じゃないならいいの?」
「……」
「墓穴を掘るのはテメエも同様だなアーサーさんよォ~~~~~!?」
イザークが左からやって来たと思いきや、すぐさま右に抜けていった。
「……あいつ、地獄耳だな!!」
「褒め言葉どぅーもぉ!! 痛っでええええええ!!」
「遂に敗北したわね」
「おーい食べ終わった器は俺にくれ。纏めて処分するから」
「はーい、ありがとうございまーす」
「ごちそうさま、クラヴィル」
「お代わりはないのかヴィル兄!?」
「自分で買ってくれ」
「わかったぜ! うおおおお!」
「ちょっと、まだ訓練の途中でしょ!」
「そうだったぜ! うおおおお!」
「クラリアちゃん、相変わらず忙しい子だなあ……」
こうして今日も、深緑芽吹くログレス平原で、緩やかな午後の時間が過ぎていく。
しかし一方で、緩やかではない時間が流れている場所もあり。
「ちくしょう……ちくしょう……」
木を拳で殴る。枝の上で眠っていた芋虫が、落ちてきて居心地悪そうにする。
「何だよあいつら……クラリアにべたべたしやがって……」
地団駄を踏む。地割れができそうな程の強さで。
「おれ様のクラリアだぞ!! それなのに……!! 離れろよ!!」
それは彼女達が集まっている所より、三メートル程離れた茂みの中から。
「……ジル・パルズ・ラズ様」
背後から声をかけられる。
「あ……?」
声の主は、黒い制服に身を包んだ生徒。
「お初にお目にかかりますかね。僕はウィルバート・ブラン・フェルグスと申します」
「お……おお! 何だ? このおれ様に何の用だ? ぶひぃ!」
吐き出そうとした唾をぐっと飲み込んでから、ウィルバートは続ける。
「貴方の視線の先……クラリア様を見ておられるのですね?」
「そう、そうだそうだ! あいつら生意気なんだよ! クラリアはおれ様の物なのに、気安く話しかけやがって! 許せん!」
「……成程。ですが当の本人は、彼らをよき友人だと思っているようですよ」
「な、何だとぉ……」
「とりわけ男三人。同じ武術戦に出場する仲間、同じクラスの人員として強く意識しているようです」
アーサー、イザーク、ヴィクトールの順に指で差す。
「……!!」
「許せませんか?」
「絶対に痛い目見せてやる!!」
「そう言うと思ってましたよ――」
待ち構えていたように、ウィルバートは右手を差し出す。
「ぶひぃ?」
「僕も彼らには思うことがありましてね――」
「――どうか良き友人として、共同戦線を張らせて頂けたらなあ、と」
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