第226話 聖杯の遺跡

「無能……無能無能無能無能……!!!」

「……」


「何でガキ共に手出しちゃいけねえんだよ!!! 将来の黒魔術師がどうこうってふざけやがって!!! その上で僕達はここで目を見張っていろだと!?!? ざけんな!!! どう考えても僕達を遠ざけたいだけじゃねーか!!!」

「……」


「わかんねえ未来に懸けるより、今この瞬間に臓物引っ張り出して深淵結晶にしちまった方がが余程有益だよなあ!?!? 何でそれがわかんねえんだ!?!?」

「……」


「クソがクソがクソがクソが……!!! あの汚豚が上に立っているから!!! 一生我が主君は日陰のままだ!!! あの無能のせいで!!!」

「……」




「……いい加減黙れ。連中に聞こえたらどうする」

「黙れよ脳無し!!!」

「ハッ、くだばれゴミ」

「ぶっ殺す!!!」

「……茶番もそれまでにしろクズ共。生徒がそろそろ来る」




 老人に制され、青年と臍を出した女が押し黙る。




「……猛獣を連れて来なかったのは正解だったな。確実に手が付けられなくなる」

「そーれはー同意。ざまあ見やがれってんだ」

「……」



 女は城の壁に触れ、何かを感じ取るように目を瞑る。



「はークソみたいだ。何感傷的になってんの? 馬鹿なの? ああ馬鹿だったわ」

「ブスで無粋な貴様にはわからないだろうな、この遺跡の価値など」

「何だと!!!」

「我が主君が日常を営んでいた城だぞ?」




 青年の振り上げた手がゆっくりと降ろされる。



 女は勝ちを確信した。追撃を加えるなら今だ。




「見るがいい、この城を。そして貴様は感じられないだろうなあ? 我が主君はこの廊下を歩き、部屋に滞在し、窓から月を眺めになられたのだ。その行為の中で、我が主君が何を思っていたかなんて、貴様には理解することは到底不可能だろうなあ?」




「ア゛……あああああああ!!!!」




 地団駄が踏まれる。今自分が立っている地面が揺れる程には激しい。




「……ジジイ。このクソガキをどうにかしろ」

「クズが。ワガハイに責任を転嫁しおって」

「貴様もそういきり立つな。ワタシもそれなりのことはしてやるさ――」



 左手を出入口の方に伸ばす。



「今防音結界を張った。連中が気付かないうちに早くしろ」

「……クズ共が。覚えていろ」








<魔法学園対抗戦・武術戦

 二十五日目 午前十時>




「ん~……しぱしぱするなあ」

「矯正水晶入れたの?」

「うん、お試しでやってたから。せっかくのお出かけだし、気分でも変えようかなーって」



 そう言うエリスの瞳は、美しく青く輝いていた。



「カタリナも入れてみたら~? 緑髪だと濃い赤とかオレンジとか映えると思うけどなあ」

「あ、あたしは……いいよ」

「そんな~。カタリナって結構元はいいんだから、おしゃれしないともったいないよ~」

「……」



 顔を俯け、拳を固く握り、それを膝の上に置くカタリナ。エリスやリーシャはそんなことも気にせずのんびり気分だ。



「ていうかそろそろお化粧とか学ばないとな~。曲芸体操部って絶対そういうのやるでしょ~」

「やるよ~やるやる~。この対抗戦終わったらお化粧講座とかやるの~」

「後でわたしにも教えてよおねが~い」

「一タピオカで手を打つ~」

「何それひど~い」




「お話し中な所悪いが君達、もうすぐ着くぞ」

「「は~い」」「は、はい」



 ルドミリアがそう声をかけてから一分後、乗っていた馬車が止まる。



「さて、ここからは徒歩で向かうぞ。見た目以上に広いからへばらないようにな」

「頑張りますぅ」








 各魔法学園において、試合が行われない日に限り、ティンタジェル遺跡を散策することが許可されている。それを知ったエリスは、カタリナとリーシャを誘い、申請を出して遺跡まで来ていたのだった。



 エリス、カタリナ、リーシャの他にも、同行していた生徒がちらほら遺跡の中に散って行く様が遠くに見える。





「さて……到着だ。いい、ここの空気感はいつ来ても素晴らしい。何もないウィンチェスターとは大違いだ……一概には論じれないが」


「ここからは自由に散策していいぞ。但し先程言った注意事項は厳守するように。破ったら金貨単位での借金だからな」

「はーい」



 返事をして、エリスは周囲をきょろきょろと見回す。何度溜息をついても足りない。



「……はぁ。すごいなあ」

「圧倒されたか?」

「はい……昔の人は、こんなすごい街に住んでいたんですね」





 滅び去った家屋の殆どは石造りであり、その一軒一軒に装飾が凝らされている。



 形も多少崩れてはいるものの、大まかな形は残されており、今でも十分住めそうだ。



 ともすれば、今すぐにでも適当な家屋から住人が出てきて、普段通りの生活を始めるかもしれない。





「今通ってきたのは大正門。多くの人々はこの門から町に入り、そして町から旅立っていったんだ。他にも九つの門があって、内八つは東と西にそれぞれ四つずつだ。それらには円卓の騎士の名前がつけられているぞ」

「じゃあ目の前にある門はなんですか?」



 リーシャは入った大通りを、真っ直ぐ行った先にある門を指で差す。



「あれは入城門。まあ文字通りだな、聖杯が置かれている城に入るためにくぐる門だ。あの門を隔てて、我々の生きる世界と聖杯が守護された世界が完全に分かたれた、なんて散文もあるぐらいだ」

「それぐらい偉大な門なんですねえ。ところで、お城の中って入ってもいいんですか?」

「入れるぞ。ただ進入可能な場所は細かく制限されている。攻撃性結界が張ってあるという内容の看板が置かれている先には進まないように」

「攻撃性?」

「少しでも結界に触れれば電流が全身に回って死ぬ」



 ぞくぞくと震え上がる三人。するとキャメロンが現れ、はぁと溜息をつく。



「主君、怯えさせないでください……ですがお嬢様方、死ぬとまではいかなくても気絶は覚悟しておいた方がよろしいですぞ」

「どっちも同じだよぉ……」

「まあ侵入した理由を訊かないといけないからな。無謀にもここに侵入を試みるからには、それ相応の理由があるのだから」

「ふええ……」



 いつの間にか、ルドミリアはバインダーとペンを片手にしていた。かなりボロボロになっており、使い古している様子が窺える。



「私は西住宅街跡の調査に向かう。一緒に来るか?」

「えーっと、お城に行きたいなって思ってますので」

「そうか。なら先程言ったことはしっかりと守ってくれよ。私は君達を信じているからな。私は君達を信じているからな。信じているから二回言ったぞ」

「……はーい」



「よろしい。では行くぞ、キャメロン」

「御意」




 すたすたと歩き去っていくルドミリア。その背中は教師と言うよりも、考古学者の風格を感じさせてくる。




「じゃあわたし達も……行こうか?」

「うん、ここから真っ直ぐだよね」

「行こー行こー!」






「ん……」



 足音が耳に入り、女は目を開ける。



「侵入者か!?」

「観光客というのが適切だろうがクズ」

「死ね!!!」

「騒ぐなクズ。連中にバレるだろうが」



 三人は部屋の窓から中庭を覗く。



「女、それも少女が三人か」

「……!! 少女!! 赤髪緑目はいるか!?」

「……いや、赤髪はいるが……青目だな」

「はぁ~~~~!?!?!?」




 目を細めて女は中庭を見つめる。三人の生徒達は興味深々な様子で、中庭にあるものに次々と食らい付いている。




「クソが!!! クソがクソがクソが!!! ひっさびさに我が主君に捧げる贄がやってきたと思ったのに!!!」

「……それも全て、貴様が臓器を引き摺り出すのが原因だろうが。尋問だけで帰していれば、ここまで減ることはなかったと思うぞ」

「生きている内蔵を抉って何が悪いってんだ!?!? ああ!?!?」


「……貴様、何故今日に限ってクズっぷりが酷いんだよ。普段から扱いには困ると思ってはいたが……今日は相当だな? 我が主君にチクるぞ?」

「むぅ……?」



 ふと、老人は青年の脇腹に目を向ける。



「おいクズ、鎧の脇にヒビが入っておるぞ」

「……あ?」


「しかも傷口もある……化膿しているではないか。痴呆が、ここまで放置しおって」

「へえ? てめえが一撃を喰らった相手がいるんだあ?」

「……」




 女の煽りを気にも留めず、青年はどんどん大人しくなっていく。




「……なあ? 僕帰っていい?」

「抜け駆けか? 許すと思ったかクズ?」

「ちげえよ早合点。ワタクシは我が主君から拝命を承っていてさあ――アンディネ大陸の調査をしていたんだよ。本当はもっと見て回りたかったけど、ヤバい情報が手に入ったから一旦報告に行かなきゃならないんだ」


「貴様……!!」

「は? キレてんの? でもキレた所で、ワタクシはテメエよりも有能って事実は変わらないんだけどなぁ。我が主君に直々に命令を受けたのはワタクシだからなぁ――!」




「おいクズ。話を続けろ。その情報とは――管理者とやらか?」

「ん――ああ」



 煮え滾っている女をよそに、青年は老人を見遣る。



「知ってたんだジジイ」

「あの豚共がざわついていたのを聞いた。その傷は、管理者に貰ったのか?」

「首落としてやろうって思って斬り付けたら、謎魔法で反撃してきやがった。死角になる背中から襲ったのに――しかもその後、なぁんにもなかったかのようにヘラヘラしてやがんの。マジムカつく。クソがクソがクソが……」



「……貴様の気配に気付いていた?」

「だろうなあ。深淵結晶使って、黒い霧に紛れていた状態でやられたんだぜ。だからとにもかくにも、あの二人の存在は我が主君に報告せねばならないんだよ。我が主君のことだ、手駒にするか抹殺するかどちらかにはなるだろう。そう、我が主君なら、素晴らしい方法を思いついてくださるはず――」



 両手を広げた体勢からマントを翻し、窓から飛び降りようとする青年。



「てなわけだ、じゃあな! 豚共の後始末よろしく!」

「おい――!!」





 そのまま飛び降りてしまったのを受けて、女は慌てて窓から下を覗き込む。




 空中にも、その下の中庭にも青年の姿はない。僅かに赤と黒の霧が残されていたのが目に入った。





「……即座に瞬間移動を使ったか。全く……」

「放っておくと奴は何をしでかすかわからんからな……」

「ああ、虫唾が走る!! 何故あんな奴がワタシよりも先に創造された生まれてきたんだ!!」



「……ところで、あの少女共。城に入ってくるようだが」

「ならば天辺に昇って外の様子を窺うぞ。赤髪緑目でない以上、あの三人に用はない」




 老人の返事を待たずに、女は窓から飛び出す。




「……クズが。奴はともかく、貴様も大概だ。貴様等のような欠落者が、ワガハイよりも先に産声を上げた寵愛を受けた? この身が尽きようとも認めんぞ」



 その後ぶつぶつと呪文を唱え、老人の身体は黒い霧に包まれた。

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