第153話 魔法系統

「よーチョコレートゼロ族!! 元気しているかー!!」



 放課後の生徒会室の扉が、茶髪の生徒によって荒々しく開かれる。



「……」



 その音を遮断するように、ヴィクトールは黙々と作業をする。





「あの子、確かヴィクトール君の知り合いだよね」

「存じ上げまぐっ!?」



 リリアンの質問に答える間もなく、隣のハンスに首根っこを掴まれて入り口まで連れて行かれたヴィクトール。



「ハハッ! コンニチハ! チョコレートゼロ族だよ!!」

「おおハンスよ、お主も我が同胞だったか!」

「そんな下らんことを言うだけに来たのか……?」



 ハンスの拘束を振りほどき、ヴィクトールは辟易した目でイザークを見下す。



「いや! ちゃんとしたお願いがあってきました!!」

「断る」

「ちょっとぉ! 真面目な内容だから聞いてよ!!!」

「だってさ。まあ聞くぐらいはいいんじゃない?」

「……」



 ヴィクトールは背中を向いたまま、顔だけを僅かにイザークに向ける。



「ボクはあのカップル共に打ち勝つことを決意したんだ!!」

「リリアン先輩、ここに要指導者が」

「ちげーよ!! 物理じゃなくて頭脳でだよ!!」

「……つまり」

「そう、つまり! 今月末に迫っているあのバケモノ……」




「後期末試験で、ボクは勝ってみせる!!!」 






 時は流れて、その週の土曜日。




「というわけだ、今日からボク達は怪物を討伐するための修行を行うことに」

「素直に試験対策と言え」

「うるせー面白みがないだろうが!!」




 薔薇の塔のカフェにて、男子五人再集結。前回のように机を囲み飲み物を用意し、絶白のプリント平原に降り立つ。





「ていうかアーサー、今回はチョコレートゼロ族がカップルに打ち勝つための修練であって、チョコレート入手族のオマエを呼んだ記憶はねえんだけど!?」

「……??? おれ、わからない。でも誘った」

「そしてルシュドを誘ったのはぼくでーす」

「気に食わないのなら帰るが」




「……まあ何だ! 一人ぐらいはチョコレート入手族がいても誤差じゃねーな! よっし一緒に勉強すっぞ!!!」

「はぁ……」



 ヴィクトールは非常に渋々鞄からノートを取り出して開く。



「さて……貴様等、今回は試験範囲が発表されているぞ」

「回答がわからないから意味ないね!!」

「よしハンス帰るぞ」

「待って!! 今のは冗談だから!! でないと勉強会開いてる意味ないから!!」


「……俺は冗談が好きじゃない。まして貴様のは尚更だ」

「辛辣ぅ~! んで難しそうな所はどの辺?」

「自分の目で確かめろ」



 ヴィクトールはノートをイザークに押し付ける。



「うっひょ! オマエ字ぃ綺麗だなー!」

「黙れ。そして迅速にノートを返せ」

「わーってますって!」



 イザークは雑にノートを捲っていくが、ある所に差しかかった所で顔を顰めた。



「あー……今回は魔法系統が出るんだな。やべえよ、頭の中からすっぽり抜け落ちてるよ……」

「次学年に向けた復習ということだろうな。前期の頭にやったっ切りで、その後は魔力に関しての授業ばかりで忘れている生徒は多いらしい」

「へー。そういうオマエは覚えてんのかよ?」

「当然だ。魔法を学ぶなら知っておかなければならないことだからな」

「さっすがー! んじゃあ教えて教えて!」

「……」



 ヴィクトールはかなり嫌そうな表情をしたが、視線を背けた先でルシュドが目を輝かせていたのを見て、説明をすることにした。





「……魔法系統は、帝国暦五百年頃に宮廷魔術師のチャーチルによって提唱された概念だ。魔力を込め脳内にイメージを走らせることによって、生命は魔法と言う名の様々な超常現象を引き起こすことができる」


「その現象の内容を属性と同様に八つに分けたということだ。物理的か魔法的、攻撃防御支援妨害を組み合わせて八つだ」




 ヴィクトールはノートのとあるページを開いて机に置いた。そこには八人の人間の絵が描かれ、その脇には細かい字で説明が加えられている。




「先ずは攻撃系統。物理攻撃ファイター系と魔法攻撃ウィザード系だ」

「あ、おれ、これ。物理攻撃ファイター系」

「そうか。ならば貴様は物理攻撃が得意なのだろう」

「うん。おれ、殴る、得意」



 ルシュドはこくこくと頷きながら、ヴィクトールの話に耳を傾ける。



物理攻撃ファイター系は読んで字の如く、肉体的に攻撃する現象のことだ」

「……それって普通に武器使うのと変わんなくね?」

「その通りだ。だからこの系統の話が出てくる時は殆どがナイトメア関連だ。主君は武器を使い回せても、ナイトメアは不可能という場合があるからな。そして始祖はガウェインだ」


「始祖?」

「円卓の騎士と呼ばれた八のナイトメア、それを八系統に当て嵌めたものだ。始祖とは呼ばれているが、歴史上円卓の騎士はそういう観点で作られたものではない。寧ろ円卓の騎士に合わせて八つの属性が決まったとも言われている」


「トランプにある、スペードとかハートのような、象徴としての意味しかないということか」

「聡明だなアーサー。そう解釈してくれて構わない。とはいえ試験にはうってつけの問題だ、本質にあまり絡まないと忘れてしまうからな」

「ほへーんそうなのかー」


「……理解しているのか貴様は」

「何となくはしてるよーん」

「……まあいい。次は魔法攻撃ウィザード系だ」




 屈強な戦士の隣にはとんがり帽子にローブを羽織った典型的な魔術師が描かれている。




「こちらは幅が広く魔法による攻撃全般を指す。火の玉を飛ばしたり流水を呼び寄せたりな。始祖はパーシヴァルだ」

「じゃあハンスは風魔法上手いから、この系統だったりすんの?」

「何でそうなるんだよくそが。つーかそんなん知らねえよ」


「……で、これと同じ説明を六回ぐらい説明聞かないといかんの?」

「貴様が因縁の相手に敗北を期しても良いのなら説明量を減らずぞ」

「はい次行こー! 防御系統だね!」



 イザークはコーヒーを飲んでからノートに視線を落とす。



「……防御系統は物理防御ルーカス系と魔法防御ソーサラー系だ。ルーカスの名はチェスのルークから取られているらしい」

「城みたいに強固ってことかあ」

「そんな感じだな。壁を召喚したり、盾を作ったり。付近の物質に防御性能を付与したりと、とにかく守ることに特化している。始祖はガラハッドだ」


「重装兵士みたいな感じねぇ。んで魔法の方は?」

「こちらは結界をイメージするといい。魔力で壁を作って魔法的現象を防ぐ。大体は一つの現象、一つの属性に対しての防御効果がある。始祖はベディヴィアだ。そういえば、先日俺が貴様等に使った結界も、この系統だな……」

「いだだだだだぁー!? じょっとぼおをづままないでー!?」

「……よし次だ」

 



 次にヴィクトールが指差した絵は、隣の説明書きが他に比べて事細かく書かれている。




「支援系統。この系統は種類が細かく区分されていて、最も研究が盛んだ。物理支援ストラテジスト系と魔法支援ビショップ系と呼ばれる」

「ビショップってんのもチェスの駒が由来なの?」

「みたいだな。特徴としては前者は身体強化、後者は回復がメインとなっている」


「あー何か想像通りって感じ。遅刻した時間に間に合うように、足に魔法をかけて速く走るのが物理支援ストラテジスト、その後で足首を挫いたら治してくれんのが魔法支援ビショップってことだろ?」

「そうだと、思う。多分」


「その比喩にも突っ込みたいが、これ以上込み入った説明をすると理解が不可能になるから省略するぞ。俺の慈悲に感謝することだ。始祖は前者がケイ、後者がガレス。ケイは騎士王の右腕として助言をしていたこと、ガレスは料理や掃除といった家事が得意だったというエピソードが由来だ」

「そこは理由あるんだ。まあ全員に理由求めちゃ追い付かねえしな~」

「……」



 アーサーはノートを取ることもせず、両肘をつきながらヴィクトールの説明を聞いていた。



「さあ、ここまで六つの系統の説明をした。理解できたなアーサー?」

「……何故オレなんだ」

「先程から貴様は妙に静かだ。言葉はともかく身動きすらもあまり起こしていない。寝ているのかと錯覚してしまったぞ」

「……ああ。それは悪かったな」

「起きているならいい。では最後二つだ……」




 口直しに紅茶を飲み、アーサーは再び集中し直す。




「妨害系統。物理妨害シーフ系と魔法妨害フェンサー系だ」

「はーい! はいはいはーーーい! ボクは魔法妨害フェンサー系でーーーす!!!」

「うっわ何だかそれっぽい」

「全く同感だ。ルシュド、魔法妨害フェンサー系はイザークのような系統と覚えておけ」


「うーん……? イザーク、いいやつ。妨害、違う」

「おい真面目に解説しろよ!! ボクはともかくルシュドが困っちゃってるだろ!!」

「ルシュドよ、貴様はこいつを鬱陶しく思ってないのか……まあいい」




「シーフは盗賊の意だが、ここでは密偵とか斥候ぐらいの意味だと思え。主に罠に関する現象を引き起こす。落とし穴を掘ったり貴様が指で退屈そうに回しているペンを爆発物にしたりな」

「ねえボクに対して殺意高くない!?」


「誰に呼び付けられたと思っている……あとは局所的な活用として、物理支援ストラテジスト系の魔法を打ち消すこともできる。まあかなり理論を学ばないといけないがな。始祖はランスロットだ」

「ここで来んのかヒトヅマン」



「ひとづま?」

「知らねえのかルシュドは。ランスロットは人妻が大好きな性格として描かれてることが多いんだよ」

「……ひとづま???」

「おい!! ルシュドに変なこと教えんな!! 殺すぞ!!」

「はいハンスっちょがキレたのでこの話は終わりー!! で!! 魔法妨害フェンサー系は!? ねえ魔法妨害フェンサー系は!?」



「俺はもう疲れた。貴様の系統なのだから貴様が説明しろ」

「却下ぁー!! あとちょっと待ってー!! ボクお代わり持ってくるねー!!」

「……はぁ……」




 イザークがマグカップを二つ持って戻ってきてから、再び説明が始まる。




「フェンサーは掻き乱す者の意。その通りに肉体や精神に影響を及ぼすことが主だ。肉体系はわかりやすく、例えば倦怠感や筋肉痛を引き起こす。物によっては病気も誘発できるらしい。精神系は気分を落ち込ませたり、対象にしか聞こえない音を鳴らしたりだ。あとは結界の効果を打ち消したり、魔法の行使にかかる時間や魔力量を増やしたりといった用途がある」



「……あの、ボクが言うのもあれっすけど、凶悪すぎないっすか?」

「実際、牢に入れられる程度の犯罪のうち、大半はこの系統の魔法を使われて行われているからな。だから支援系統に次いで研究が盛んな系統だぞ。悪用されないように、そもそも制御できるように改良が常に行われている。始祖は悲恋で有名なトリスタンだ」


「……イザーク、悪いこと、する?」

「するわけねーだろおおん!?」

「よかった。おれ、心配、思った」

「優しいなあ……」




 ハンスはゆっくりと首を回す。



 直後、彼の腹も目を回したのか悲鳴を上げた。




「……」

「……ぷくくく……! ハンス君、腹鳴ってやがんの……!」


「帰る」

「逃がさんぞ」

「くそがぁ!!」


「え、えっと。ご飯、食べる。おれ、買ってくる」

「というかもうそんな時間か。今回集まるの遅めにしたからな~……じゃあ飯にしようぜ!」





 それから三十分程経った後。





「さて……先程八系統について説明したわけだが」

「今日のボクは珍しくノートを取っていたぜ!」

「そんな余白だらけのノートなぞ認めん」



 食後の飲み物を流し込みながら、再度プリントやらノートやらを展開する。



「各人にはそれぞれ得意な系統があることは、魔法陣検査で周知の通りだ。得意な系統だと、行使に必要な魔力量が少なく済んだり効果量が上がったりする」

「ふーん、なら得意分野を伸ばしていった方が良いんだな」

「その方が効率も良いし負担も少ない。八属性と八系統、掛け合わせて六十四通りの戦い方から自分なりの方法を見つける。強くなるためのコツと言ってもいいだろう」

「……」



 間食に貰ってきたシナモンロールをつまみながら、意見を交わし合う。



「……でもさあ、得意と好きって必ずしも一致しないでしょ?」

「ハンス、急に口を開いたな。というと?」

「いや……何となく思っただけだよ。深い意味はない」

「……」



「あとさー、主君の系統属性ってナイトメアにも影響あるんだっけ?」

「ああ、主君の属性と系統がそのままナイトメアにも反映される。これはナイトメアが主君の魔力を基にして生成されているからだな」

「へえー。じゃあサイリは雷属性で魔法妨害フェンサー系なのかー」

「……」



「アーサー、何か意見はあるか」

「いや、特にない」

「そうか。ではこの後はどうする? まだ魔法学総論をやるか?」

「ぬあんか思ってたより時間食っちまったぬあ。ここは気分転換に、別なのやろうずぇ」

「口に入れたまま話すな」

「ふぁい」




 イザークは口の中の物を飲み込み、持ってきたプリント類を適当に漁る。


 彼を前にしてアーサーは考え込んでいた。




(……)


(……オレかエリス、どちらかがわかればもう片方もわかる……か)




「どうしたアーサー、俺の説明が理解できなかったのか?」

「……いや、そんなことはない。何でもないよ」

「ふん……それならいい」

「ああ……」




(まあ……頭には留めておくか)

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