第386話 総合戦でたのしいチョコレート

<魔法学園対抗戦・総合戦

 二十四日目 午前九時 中央広場>








 今日はリネス魔法学園の試合である。




 しかしそんなことはどうでもいいという雰囲気で、イザーク達は中央広場に召集されていた。








「……また来たんすかトシ子さん」

「んまぁ~!! そんなこと言わないでよイザークちゃぁ~ん!!」

「いや……いいんすけどね。ただ、ボクが恥ずかしいってだけで。ハイ」






 渡り文句に売り文句、口を走らせてチョコレートを売りさばくシスバルド商会の面々。それに食らい付く生徒や騎士や魔術師の皆様。


 愛と感謝の祭日はとうに過ぎ去ったが、別にそんなことは関係なくチョコレートはいつでも美味しいのだ。






「オレ達も呼んでくださりありがとうございます」

「んまっ! そんなこと言わないで頂戴っ! イザークちゃんのお友達でしょっ!」


「んっ、ぐっ、うっ……」

「ルシュド、それカカオ七割だぞ。苦いだろ」

「ぐええ……」

「ええと飲み物……ほら、ミルクだ」

「ごっごっごっごっ」      ぷはー






「おんやあ、賑やかだと思ったら知っている顔がぞろぞろと」




 そう近付いてくるのは、ハワードを連れたゼラ。髪を団子に纏め、鈴蘭の髪留めで留めてある。




「まあゼラちゃん! 相変わらずいい腰の曲がりっぷりね!」

「もっと褒めることがあるだろうに、このケバ女」

「んまぁ~!! その台詞、そっくりそのまま返すわっ!!」

「はっはっはっ……」


「……悪口」

「言い合えるぐらいの仲だってことだよ」

「……?」

「そういう友情もあるんだ。ほら、二人ともよく笑ってるだろ」






 トパーズとゼラは思い出話をしているようで、四人の話には耳も貸さない。ハワードも宝石で彩られたウンディーネと何やら語らっている。






「おおっ、このウンディーネは」

「サファイアよ! 私のナイトメア! 今日は総合戦だからね、ちょっと連れてきたのぉ~!」

「――」



 くるりと一回転してからお辞儀をするサファイア。



「はは――元気そうだな、お前も」

「やはりイザークの知り合いなのか?」

「まあねえ。主君と知り合いなら、そりゃね?」

「一理あるな」





 入り口に目を向けると、女子達が多く入ってくる所だった。





「エリス達が来るな」

「このチョコレート持ってってやろうぜ」

「賛成」

「ミルクもあげる、おれ」

「いいねえ」






 ぞろぞろと移動する四人。






 その背中を見送ってから、ゼラがトパーズに切り出す。






「……あんた、聞いてるかい」

「何かしら?」

「石像だよ」

「……石像?」

「ほれ」




 ゼラが差し出したチラシは、運営本部から発行された要注意対象に対する警告だった。


 見つけたら逃げろというだけであって、ナイトメアであるという情報は伏せられている。






「……」




 トパーズはその絵を真っ青になって見ていた。ゼラも同様に歯軋りをしている。






「きっと、あたし達以外にこの子のことを知る人物はいないんだろうねえ」

「……ええ。そもそもあの方自体、この子を連れて外に出歩くことが少なかったですもの」

「でも……」

「どうして、こんなことに……」




 謎と溜息は深くなっていく。











「シェイシェイヤベーよマジうめえー」

「チョマジヤバ最強テイステイスティーング」

「ヒューヒュー酔いーが回ってくー」

「明日には二日酔ーいー」

「「「「君となら酔えるーさー」」」」


     うっえーい     


              かーん


「この人達大丈夫なんでしょうか……」






 ハードミルクシェイク――酒精を含む飲み物を加えたミルクシェイクを飲み漁る、アルベルトとローザとダグラスとフィルロッテ。




 遅れて中央広場にやってきたエリスは、心配そうに彼らを見遣る。






「あ~んめえ。これあれだな、味濃いジャンクが欲しいな」

「そんな貴女に!! サンライズハンバーガー!!」

「おお、トマトが瑞々しいぜ! 貰う!」

「五百ヴォンドになりま~す!」

「ルドミリアって人にツケとけ!!」


「エリスゥ~お前もこれ飲むか~。チョコバナナ味だ~」

「……ツンとします」

「酒の臭いだ~酒はいいぞぉ~」

「やめろ狐~。エリスに変なこと教えんじゃねぇ~」




 ローザはアルベルトの尻尾をどんどん毛羽立てていく。狐の騎士様はされるがままで一切抵抗しない。








「……ロザリン酔っちゃったよ」

「あはは……」

「ほいエリス! 酒精入ってないミルクシェイクだよ!」




 ソラと共にやってきたカタリナとリーシャ。リーシャは手に持っていた真っ白いドリンクをエリスに渡す。上にはホイップクリームと苺が添えられていた。




「じゅー」

「じゅじゅー!」

「じゅぅ……」

「チョコでけばけばになった口が癒されるぅ~」




 おっとここで酔った四人のウザ絡みだ。




「ソラぁ~! お前もこっち来てたか!」

「うんうん、寒いから身体の底からあったまりたいよねえ」


「おい生徒ぉ~!! ちょっくらアタシの愚痴を聞きやがれ!!」

「えっ……」

「はいはいカタリナはこっちねー!」

「あ、ああっ、うん」


「こぉーーーーーん!!!」

「あ、アルベルトさん?」

「尻尾が毛羽立って怒ってます。獣人の毛並みを毛羽立てるのは禁止行為でございます」

「ダグラスさん……?」

「何でございましょうか。自分に何か異変らしきものが見られましたでしょうか」

「いや、もう……いいです……」






 こんな状況にアーサー達はやってきてしまうことになる。






「エリ……ス?」

「あ、アーサー……」

「この辺ではお酒風味のドリンクが売られているんだ。子供は手ぇ出しちゃ駄目だよ~」

「言われれば確かに何か臭いわ」

「確かに……」




 アーサーもイザークに倣って周囲の臭いを嗅ぐ。




 のだが--






(……?)


(これ、酒の臭いか……?)






 何日も風呂に入っていないような体臭。


 しかしその臭いには、






 痛烈な魔の臭いも込められていて――








「……どうした? めっちゃ顔顰めてるけど」

「あ、ああ……済まない」

「いや、済まないじゃなくてさ。きついなら去るか?」

「……大丈夫だ。まだ耐えられる」

「そうか……」




 気が付くとルシュドやハンスもミルクシェイクを頂いている。ハンスに至っては片手で酔っ払い共を魔法で成敗している。




「風に煽られれば酔いも覚めるだろ」

「うっぷ!! やばい!! やばいかも!!」

「え゛っ」

「ハンスやめろー!!」




 リーシャが魔法を行使している腕を止める。急に止まって地面に叩き付けられる酔っ払い達。




「ゾラ゛ァァァァァ……」

「ほれほれ背中さすさすー」

「アルベルトさん、おれ、さすさす」

「ルシュドォお前は優しいなぁ……うええ……」

「ダグラスさんもさすさすー」

「ありがとうイザーク……」


「……ふふん」

「私酔い冷ましポーション貰ってくるねー。カタリナも来てー」

「うん、わかった」

「……」


「「……」」

「アタシから視線逸らすんじゃねえよ!! うえっぷ!!」






 その時フィルロッテの吐いた諸々が――




 丁度彼女を探しに出ていたルドミリアの足元に――






「……」




「あ、ルドミリアせんせー。こんにちはー」

「うむ、こんにちは。チョコレートパーティを楽しんでいるようで何よりだよ」

「うわぁ、何吐いてるんですかフィルさん。吐瀉物の処理って面倒臭いのにぃ……」

「そうだな、面倒臭いなソラ。そんな困る物が私のブーツにかかってきたわけだが」

「ぁぁ……」

「よーし君達ちょっと離れろ」






 離れた直後に清廉な滝をフィルロッテに浴びせるルドミリア。






「ミルクシェイクが欲しいなら私に言ってくれればな~! 買ってきてやったのにな~!! なぁんで抜け出すのを選択するのかなぁ~!!!」

「も゛う゛じま゛ぜんがら゛ゆ゛る゛じで……」

「お前のもうしませんは信用できないんだぞっ♪」




 豪快な笑顔の中に殺意を秘めたルドミリアとずるずる連行されていく酔っ払い。




 二人が去っていった後に時間は動き出す。






「……やっぱ副学園長怒らせると怖いわ」

「副学園長?」

「僕らの時代はそうだったんだよ。今はバックス先生がその席に座っているね」

「ずっと固定だと思ってたのに、色々あったんかなあ」

「……」




 多分その原因は自分達かもしれない。そう考えるエリス。




「おいー? エリスぼーっとしてるよー?」

「えっ、あっ、ごめん」

「まだまだチョコレート食べ漁るんだから! 魔力浪費したら甘い物が一番よぉー!」

「いっちりあるぅ~」


「ロザリン、僕が来たからにはもうお酒駄目だからね」

「ええ~……」

「げろげろぴーになってドン引きされてるロザリンを見たくないもん……」

「そ、それなら仕方ないな」


「ていうかアルベルトさんにダグラスさん……仮にも騎士たるお二方がそれでいいんすか」

「今日は休みなのー!! いいじゃんこれぐらいー!!」

「いやそうは言っても、イメージとかあるでしょうが」

「恋愛クソザコ団長の時点でイメージなんてあったもんじゃねえ!!」

「いざって時に切り替えられればいいんだよ騎士なんて!!」


「酔ってるなあ」

「酔う、こうなる。おれ、覚えた」

「うんうんいいぞぉルシュドもっと学べぇ」








「……」






 盛り上がる友人達から一歩引き、


 アーサーは再び臭いを嗅いでいた。




 やはりその臭いは依然として漂っている。


 鼻につんと入って、脳を浸食していくような、強い負荷の臭い。








(皆気付いていないのか……?)


(こんなきつい臭い、嫌でも気付くはずだ)


(まさかオレだけが――)








「……イザーク」

「んあ?」

「少し用を足してくるよ」

「オッケーいってらー。ボクらもまだこの辺いるから、戻ってくるならこっちでな」

「わかった……」








 そうして広場から出て行き、


 知り合いが視認できなくなった所で、臭いを追っていく。

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