第420話 妄執
秋は深まる、彩りを見せて。混沌は深まる、本能を剥き出しにして。
早い物で十月になってしまった。暗殺騒ぎがあった建国祭から数日後だ。遂に不安を感じた国民がアルブリアの外に避難を行うという現象も発生している中、生徒達は学園祭への準備を進めていく。
正直、意欲も熱意も最底辺。来客だって予想されない。それなのに行うのかと、そういう意見も少なくはなかった。
それなのに連中はやれと言ってくるのだ――
「……ふぅ」
「セシル、こんにちは」
「ああ、ルドベック……貴方でしたか」
「……やはり元気ではないようだな。普段ならお前の方から、率先して俺に声をかけてくるのに」
「そりゃあねえ……ふう」
「……お前の師匠が
「実は……何とか第一階層に隠れ家を見つけまして。現在は店の従業員やぼくと一緒に身を隠しているんです」
「そうだった……お前も師匠の家に居候させてもらってるんだよな」
「幸いにも、店に
「下手したら、お前も他の生徒と同じように……」
そうしていつもの部室に差しかかった時。
ヒステリックな彼女の声が聞こえてきた。
「……行きましょう。ぼくらで止めてあげないと」
「そうだな……」
「う……」
う!!!!!!!!!!!!!!兎か!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ねうしとらうたつみああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!
「……その……」
その!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!はなぞの!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「……」
おい何か言えよ!!!!!!!!!!!!!言えつってんだろ!!!!!!!!!!!!!!話聞いてんのかカス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
きゃはあはははっははははっははははははっははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「先輩こんにちは。さて作業に戻りましょうね」
「ぎゅうううううううううううううううううううううううううううううう「ふん……」
カタリナの背中を、力強く叩いていたラクスナを、易々と両脇から剥がすルドベック。
彼女は敵意を剥き出しにして、今度はルドベックを引き剥がそうとする。
「カタリナ先輩……」
「いや、いいの、これで」
「いいって……」
「あたしが標的にされているなら、皆作業できるから……」
聖教会とキャメロットが来てから手芸部の様相が変わった。保健室の管理が行き届かなくなり、そこで監視されていたラクスナが学園にやってくるようになっていた。
彼女の様子は総合戦の時から悪化している。すぐに暴れようとするものだから、裁縫室にある刃物は片っ端から鍵をかけて厳重に保管している。あまりにも力が強いものだから、返り討ちに遭うのを恐れて、他の手芸部の生徒は咎めようとしない。
ラクスナ自身も、他の生徒に対して攻撃的な態度を見せていた。とりわけカタリナに対してはそれが顕著で――
「おい!!!!!!!!!!!蚊トンボ!!!!!!!!!!!!!!」
「……」
「聞けよ!!!!!!!!!!!!!毒トンボ!!!!!!!!!!!!!!!おまえだよ!!!!!!!!!!!!!」
「はいはい先輩、手を動かしてくださいね。これは学園祭で販売するミサンガですから」
「おまえは蚊トンボだ!!!!!!!!!!!!!潰されてばちーんってやられて死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
また立ち上がろうとするラクスナをルドベックが制する。
「セディー、拘束魔法をかけておいてくれ。俺だけじゃ流石に辛くなってきた」
「――」
「はぁ……長耳って言うのも、結構苦労するんですよねえ」
カタリナの隣に座っているセシルも、疲労困憊な様子を見せている。
「ふん!!!!!!!!!!!!!!死ね!!!!!!!!!!!!!」
「きゃあっ!!」
鋏が明後日の方向に飛んでいく。壁に突き刺さった。
「先輩っ!! このっ……!!」
「あ、あああああ……!!」
「誰か拘束魔法をお願いします! それぐらいならできるだろう!?」
最後の方は語気を強めて、男特有の威圧感で他の生徒に飛びかけるルドベック。
それに観念した生徒が、杖を取り出したりナイトメアに指示を出したりして、それぞれ魔法を行使する。
「あ……ああ……今、鋏が……」
「おい!!!!!!!!!!!!ガガンボ!!!!!!!!!!!!避けるな!!!!!!!!!!!死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ね、ねえ、先輩、やっぱり何か手を打ってもらいましょうよ……これじゃあ生死に関わる……!」
「死ねええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!くたばれええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」
剥き出しになった執念が、やがては周囲をも巻き込む。
それは手芸部だけでの現象ではなかった。
「おーっほっほっほ!!! これから、このわたくしが!!! 曲芸体操部の支配者ですわ!!!」
手作りであろう旗を掲げて、壇上で宣言するのはカトリーヌ。
取り巻きの生徒達が口々に囃し立てる。
「……は?」
「ねえ……学園祭も近いって時に、冗談は止めてくれる」
「あーらぁ。冗談を言っているのはそちらの方ではなくって?」
「……」
七年生の生徒が杖で魔弾を飛ばす。
「まあ!!! わたくしのドレスが!!! 汚れてしまいましたわ!!!」
「学習しないね、本当に!!! いつまで経っても身分を引け散らかすのも、戦闘能力を高めようとしないのも!!! ああもう、うんざりだ――!!!」
七年生が掲げた杖を止めたのは、
他でもないクリングゾルその人。
「えっ……」
「私が進言したんだよ。この曲芸体操部をより高潔に、舞台に立つのに相応しい演者を育てる為には、高貴な身分の者が先導していくべきだ」
どう考えても屁理屈だ。
有難うと言える程正気を保った人間は、講堂どころか学園のどこにもいない。
「おーっほっほっほっほっほっほ!!! そういうことですわ!!! わたくしに逆らうということは、クリングゾル様に、ひいては聖教会に逆らうのと同義!!! 斬首に値してもおかしくありませんわ!!!」
(クックックッ……ヘンリー猊下は魔法学園内に聖教会の勢力を広めよと仰られた。支持者を強めておくのは後々繋がってくるのだよ)
きぃきぃと甲高い音が、脳内で反射を繰り返す。
うるさい、うるさい
清浄を象徴するはずの白に、視界の全てが眩まされる。
だまれ、だまれ
何もできない生徒に、何も思うことはなかった。
きえろ、きえろ
吹雪が視界を埋め尽くすかの如く
脳が真っ白になって
何も考えられなくなる
「……全く。この際だから愚痴っておきますけど。随分と乱高下が激しいですよね」
「総合戦から帰ってきてからは、あんなに落ち込んでいたのに。ナイトメアが自我を失って出てこなくなったとかで……」
「なのに聖教会の方が来てからは見違えるように元気に。はぁ、何も考えなくていい身分って楽ですねえ」
「そんなこと言ってぇミーナさん。ノブレスオブリージュって、貴女が思っている以上に負担なんですからね?」
「ネヴィル君はしっかりとリージュしてますじゃないですか」
「ミーナさんもそういう冗談言うんです……ねっ?」
クリングゾルが近付いてきたので、姿勢を正す二人だったが、
彼は二人には目もくれず、間で蹲っていた、
リーシャを強引に連れていく。
「……!!!」
「引っ張られるのは嫌か?」
「……う、うう……」
「顔に出ているんだよ、リーシャ。嫌なことを思い出すとな――ほら、ならば歩け。君に拒否権はない」
「……」
虚ろな目で壇上の方に歩いていく。
前の方で何を話しているのかは聞こえない。
わかるのは行動だけ。
リーシャがカトリーヌの前に屈んで、踏み付けられている――
「ヒッ、ウヒヒッ……オーッホッホッホッホッホッホッホッホ!!!!」
「あなたはっ、あなたは!!! 今まで散々、親無しの癖にっ、わたくしの前でうろちょろと蠢いてくれましたねっ……!!!」
崩壊の足音が近付いてくる。
近付いてくるのに怯えているならまだ良かったかもしれない。
接敵してしまった日は、突然訪れてしまう。
「……エリス。おはよう」
「……おはよ」
「……飯できたぞ」
「今行く……」
グランチェスターから帰って以降、エリスは部屋に閉じ籠り、学園にも行かなくなることが増えてきた。気分が乗らないのだそう。
とはいえ教科書を参考に自分で勉強をしているので、教師陣からは何も言われていない。連中からはとやかく言われているが、どうにかアレックスやビアンカが配慮してくれている。
「……ごめんね。わたしが作ればいいんだけどね」
「構わない。お前の気が進まないなら、オレが作ってやるのは使命だ」
アーサーはエリスの為にも学園に行き、情報等を仕入れて彼女の元に帰ってくる。お陰である程度の状況は把握できているのだ。
「学園祭……あと一週間後だっけ。早いね……」
「料理部は今年も頑張ってるぞ」
「照り焼きチキンだっけ……美味しそう……」
「実際美味い。よかったら今晩のメニューにしようか」
「うん……」
ぼんやりと返答をしながらも、クロックケークを主食とした朝食に手を伸ばす。
(……)
料理をしている時。学園に行って授業を受けている時。課外活動に出ている時。
何かをしている時は、何も考えなくていい。
何もしていない時は、何か考えないといけない。
傍から見ると彼の仕事は増えている。しかし彼にとっては、一番の僥倖であったのだ。
「……なあ」
「……何?」
「その……一度でもいいんだ。クラスや料理部に顔を出さないか?」
「……」
その話をされると、顔を俯けて食事の手を止めてしまう。
「お前が乗り気じゃないのはわかる。だが……お前のことを心配している者がいるのも事実だ。そいつらを安心させてほしいって、オレはそう思っている」
「……」
一理ある論理だ。
心の奥底に眠る気持ちが、部屋に籠ることを望んでいない。
彼の言うことを後ろ盾にして、無理にでも前進することにした。
「……じゃあ、今日は行く。エスコートしてほしいな」
「わかった。でも無理だと思ったら、遠慮なく言ってくれよ」
「うん……」
こうして二人は学園に向かう。
だが、
「……え……」
待ち受けていたのは、
「……何だよこれ……」
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