第337話 遅くまでの事後処理

「……よし。見つけた」


「全体重を乗せて、三秒間――」






 首筋のとある一ヶ所を、両手の親指で押していくカタリナ。






「ぐおっ……」


「おえええっ!」






 イザークは咳き込むが、特段何かを吐いたりはしない。また、身体があちこちからくすぐられる感覚を覚えた。






「どうかな?」

「ああ……ちょっと気持ち悪かったけど、すっきりした」

「でも応急処置だから、しっかりと診てもらわないとね」

「うん……」




 隣ではカタリナにツボを教えてもらったルドベックが、他の生徒にも押してあげている所だ。




「ルドベック、順調かな?」

「ええ、お陰様で。しかし凄いですね先輩、このようなこともご存知だったなんて」

「全部把握しているわけじゃないよ。緊急時に必要だと思われる部分だけ。ここを押すと体内の魔力が刺激されて、身体中に行き届きやすくなるの」

「それで一部分の負荷が減ると」

「魔力は干渉しにくいから、かなり強く押さないといけないんだけどね……」


「なあなあカタリナ。そのツボさ、ボクにも教えてくれよ! 押して回るわ!」

「いいよ、ちょっと待ってね――」











 ……




 ……




「うう……」






 リーシャが目を覚ますと、ある天幕の中で寝かせられている所だった。






「ここは……」

「リーシャ!!」



 カルがすぐに駆け寄ってきて、身体のあちこちを触って点検する。



「せ、先輩……」

「異常は……よし、目立った所はないようだな。ああ……!」

「そ、そんなにじろじろ見ないでください……」

「今はそんなこと気にしてる場合じゃねえべ、リーシャン」



 水色のポーションを持ちながら、ヒルメがやってくる。



「何があったか覚えてるか?」

「えっと……頭の中で声がして……」

「声がしてから何秒経ったかわかんねーけど、お前気絶したんだ。頭からばっくりいって、カルが支えなかったら大事になってた」

「え……」



 ヒルメが投げ渡したポーションを、即座に水で薄めるカル。



「これ、解毒作用もあるんだよね。だから結構きついよ。でも今はこれぐらい飲まなきゃ、明日に支障が出る」

「う……」

「水で薄めたから味はましになるはずだ。さあ……」



 半ば脅しのような言葉に躊躇ったが、意を決する。






「いただきます……」






 あまりすっきりとは言えない、甘ったるい味。



 喉を通って数秒後、身体の中を何かが込み上げる。




「うっえっ……!!」

「出そうか?」

「あ、ああっ、ぎ、ギリ……耐えられ……」




 何度か咳き込んだが、結局中身は出なかった。






「……身体が軽くなりました」

「そっか、それならポーションが効いている証拠だ。まあ魔術師さんとかにしっかりと確認はしてもらわないといけないんだけんども」

「それまでは耐えられそうです……」

「うっし、いい子だ」




 頭をぽんぽんするヒルメ。ちょっと照れているリーシャを、安堵し切った表情で見つめるカルだった。











「……よし。血管に異常は見られないね。あとは安静にするように」

「ありがとうございます……」

「では次の子……」

「……」




 むっすりとした表情のサラが、クラジュの前に座る。




「……サラ? どうしたんだい? そんなに苦しそうな顔をして……」

「テメエがいるからだよわかっているだろ何でここに来たんだよ」

「だって、魔術師の応援が必要だって言うから。僕は治療行為は難しいけど、知識はあるから診察はできる」

「クソがよ……」


「サラならわかっているはずだよね。魔術診療の時は何処を差し出せばいいんだっけ?」

「……額と手首、首筋と臍の上」

「いい子だ」






 そんなサラを心配しながら、クラリアは薬草やポーションを持ち運んでいる。




「せんぱぁい、足が止まっちゃってますよぉ?」

「……ん、ああ、悪いなメーチェ」

「サラ先輩のことぉ、心配なのはわかってますけどぉ、私達にできることをしましょ? ねっ?」

「その通りだな……」




 どこからどう見ても気分が沈んでいるクラリア。彼女が去るのと入れ替わりに、台車を引き攣れたサネットがやってくる。




「おおサネット……てめえは相変わらず元気そうだな」

「元気だけが私の取り柄!! ……ってのはさておき、私あれに耐性ありますから」

「耐性? それはその、洗脳の魔法とやらについてか?」

「んー、そっちよりも演説自体の内容ですね。カムランのパンフレット家においてありまして、目を通したことがあるんですよ。まんまあの内容が書かれています」

「黒き翼の……」




 そこまで言いかけて、いやいやと首を振るメルセデス。




「今はそんなこと考えてる場合じゃない……お互い頑張ろう」

「そうですねっ!」











 こちらは生徒会の天幕。七年生や六年生の生徒が主体となって、気分を悪くした生徒の治療を行っている。






「ふう……」

「ヴィクトール君、お疲れ」

「お疲れ様です……うっ」

「何よ、ヴィクトール君も頭痛してんじゃん。こっちおいで、休もう。無理は禁物だよ」

「……」




 リリアンに引っ張られて、近くの岩に座らされるヴィクトール。その後紙コップに入ったコーヒーを渡された。




「酷い生徒だと気絶するみたいだね。いやあ、ロシェもユージオも気絶しちゃって参った参った」

「リリアン先輩は平気なのですか」

「私はね~。元々魔力の質がいいから、結構こういうのにも耐性あるんだ」

「……なら俺はまだまだ半人前ですね」

「気にしちゃいけない。ほんと黒魔法耐性って個人差が大きいから……特に若いうちはね」




 リリアンが飲んでいるのはコーンポタージュ。底に残ったコーンを何とか口に入れようと奮闘している。




「……」

「……どうしたの?」

「……連中の演説が、どうにも」


「ああ~……あれ、聞き流した方がいいと思うよ。どうせ眉唾だよ、仲間を引き込むための嘘っぱち」

「……やけに説得力があったもので」

「魔法がそうさせてたんだよ、落ち着け。気を取り直せ」

「……そうですね」




 ブラックのコーヒーを飲み干して、頭はすっきりと目覚める。


 まるで悪い思考を妨害してくれるかのようだ。








「あ゛ーっ……もうやだ……あっつい……」

「お疲れ姉ちゃん、ゆっくりと休め」

「……」


「何だよその目は。素直に労ってるだけじゃん」

「いつも素直に労ってくれたかー!?」





 宮廷魔術師の天幕にて。マイケルを始めとした何人かの生徒は、魔術師達の手伝いをしていた。





「父さん大丈夫? 肩揉む?」

「そ、そうだな、天幕に戻ってからお願いしようか……」

「まだ休む時間じゃないからねぇ、マチルダぁ」



 マキノがマーロンをちょいちょい小突き、それとなく急かす。



「おや、そういえば貴方の主君は何処に?」

「ブルーノなら直属の上司と一緒に天幕を飛び出していったよぉ。多分明日の打ち合わせするんだろうねぇ」

「あーねぇ。……どうなんだろ。こんなんで試合できるのかな」

「二年生を優先して治療は行われているみたいだけどねぇ。その結果がどうであろうと、多分あっちは押し通してくると思うよ……なんてったって寛雅たる女神の血族ルミナスクランだしぃ。リネスだってそこそこ力のある商人の集まりだぁ」

「うーん……いい落とし所を見つけてほしいんだが……」




 突風が吹く。仄かに花の匂いを纏って、心を落ち着かせる風だ。




「お待たせしましたわー!」

「ん、アザーリアにダレン。何持ってきたの?」

「紙だってよ紙。新鮮な羊皮紙だ」

「ええっ、何でそんな古臭いの。木とか魔術繊維とかじゃないの?」

「急に来たから足りなくなったんですよ。それで至急商人から言い値で仕入れてきました」

「はー……売る方も売る方だ。よくこんな時間に起きてくれたねえ」


「今からカルテの様式をこれに書き加えていきます。手伝ってくれますか?」

「勿論当然ですわ!」

「俺は字が汚いんで力仕事してます~」











「ルシュド、気分はいいか」

「うん……」

「そうか。まだ寝てるか?」

「いや……ちょっと、歩く……」

「わかったよ」


「ああうう……」

「キアラ、無理はしないで。ほらキャンディ」

「はむ……ふう。まさか自分達が作ったキャンディが役に立つなんて」






 ハンスに支えながら、キアラとセシルの元にルシュドもやってくる。






「キアラ……」

「先輩……お疲れ様です。あ、あの……」

「キャンディ……食べたい……」

「は、はいっ。どうぞ……」



 口をもごもごさせる二人をよそに、ハンスは何かに気付く。



「……何か静かだと思ったら、ナイトメアが殆どいないじゃないか」

「症状を悪化させないように、身体の中から安定させてもらっているんですって。指示があったの聞いていませんでしたか?」

「……くそが」

「ぼく達純血のエルフで良かったですねえ。魔力耐性が高いんですから。お陰でこうして友達を介抱できます」

「けっ……」




 そこでルシュドが人影に気付き、ハンスの制服を引っ張って振り向かせる。






「やっほ!」

「ハンスにルシュド、大丈夫……?」

「リーシャ、カタリナ、イザーク。おれ、回復、何とか」

「そうか、それは何よりだ」






 遅れてヴィクトール、サラ、クラリアもやってきた。騒めきもある程度は収まって、悠長に喋れる空間が形成されてきた。






「皆来た。用事、ある?」

「んー、そんな感じ。まあずばっと言っちゃうと、エリスに会いにいこうって」

「エリス……」


「カヴァスが教えてくれたよ。一足先に天幕に戻ってるって。結局この場で話できなかったからさー……企画してくれたの、アイツだろうし」

「……そう、思う、おれも」

「まあ気心の知れた仲間だし、直撃しても大丈夫でしょ! というわけで、いいかな?」




 顔をセシルとキアラに向けてリーシャは訊く。




「大丈夫で……あっ!」

「どうした!?」

「あ、アデル君が……勢い余って顔からすっ転んで……!」

「何やってんだよアイツ……」

「ぼくらは彼の手助けでもしましょうかね。それでは先輩方、ごきげんよう」

「じゃあなー!」

「……ふん」








 時刻は大体午後九時。本来の終了時間になっても角灯が灯され、治療や事後処理が進んでいく。

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