第290話 お見舞いラッシュ
こうして面会制限が緩和されたエリス。当然それを聞き付けて、見舞いの客がやってくる。
「エリスちゃん!! お久しぶりですわね!!」
「ちょっ、アザーリア……!!」
本日やってきたのはアザーリアとマチルダ。アザーリアは部屋に入るや否や、爆速で駆け寄ってきて抱き締めた。
「まあまあ、部屋着でもこんなに可愛いだなんて……わたくし、エリスちゃんに出会えてふぐぅっ!」
「患者さんなんだよエリスはー! 急に抱き着かれたらびっくりしちゃうでしょうがー!」
アザーリアをエリスから剥がしながら、サイドテーブルにやや大きめの袋を置くマチルダ。
「ウィングレー家謹製マジショだよ。あと魔力水も。健康食品だから、これ食って元気出せ!」
「……」こくり
「それから生徒会と演劇部からの見舞いだよー。生徒会からはアップルパイ、演劇部からはグリーンティーを用いたスイーツだよ」
「……?」
「紅茶の茶葉あるじゃん。あれがまだ緑色の時に摘むと、すっきりとして渋みが美味いお茶になるんだって」
「……」
好奇心を発揮させて、袋の中をじっと見つめるエリス。
「まあ話すより実物見せた方がいいか。ほれ!」
マチルダは袋から真緑の箱を取り出し、更に開けて見せる。
「……!」
「グリーンティーを用いたチーズタルトですわ! はうううううう……!」
「アザーリア、これは見舞い品! 勝手に涎垂らさない!」
「ワンワン、ワウン?」
「……」
エリスは箱からチーズタルトを取り出し、アザーリアに差し出す。
「い、いいのですか……?」
「……」
横に置いてあったホワイトボードに手をかける。
『先輩も一緒に食べましょ』
「まあ……何て優しい子なのでしょう……うるうる……」
「……正直な所あたしも食べたい」
『いいですよ でも少しだけ残しておいてくださいね』
「か、構いませんわっ! で、ではでは、早速食していきましょ!!!」
「これ気に入ったら茶葉も買ってきてあげるよ~。まあ最近出回り始めたばかりでお高いから、少しだけになるだろうけど」
『十分です ありがとうございます』
お腹が膨れて、午後に差しかかった頃にも。
「……んで、ここがあの子のいるっていう」
「こんにちはエリスちゃん!」
顔を覗かせたのはビアンカと、もう一人。
「……!」
「おんやまあ、案外元気そうじゃないかい。あたしが来るまでもなかったかねえ」
「そんな卑屈にならないでくださいよゼラさん」
ビアンカはベッドテーブルに座り、ゼラもやっとのことで腰かける。一緒に来ていたハワードの口には、紙袋が咥えられていた。
「ワンワン!?」
「ヴァオン!」
「くーん……」
「ほれハワードや、白いのと意地張り合ってないで、とっととそれ置いてこっちに来なさい」
「ワオンッ!」
ハワードはエリスのすぐ隣に紙袋を置くと、ゼラの隣に移動してきてぴんと立つ。
「別にあんたのことが心配だから来たわけじゃないよ。この女が様子見に行こうって五月蠅かったからね」
「まったゼラさんったらそんなこと~」
「ここまで来たせいで腰が痛いんだよこちとら。そんなことしてまで来てやったんだ、感謝しな」
「その割にはノリノリでお店の品物詰めてませんでした?」
「ふん、何のことやら」
すると扉が再び開かれる。
「おんや、ローザの小童じゃないかい。後ろにはソラもいるのかい」
「……どうしてここで出会っちまったかなあ」
「ゼラさん、お久しぶり! お茶淹れてきたんだ、よかったら飲んでよ!」
「丁度いい、喉が渇いたし頂くとしよう」
「くそーヤケクソだ、エリスも来いやぁー」
テーブルにお茶が置かれ、ついでにアップルパイも少々。
「へえ、生徒会からの見舞い。ピアルカフェイドか?」
「……」こくん
「さくさくでうま~。ゼラさんもどう?」
「あたしは茶だけで十分だよ」
「私も塔に戻ってご飯食べるから! 皆でどうぞ食べて!」
「ういーっすもぐもぐ」
至って普通の椅子なのだが、ロッキングチェアに座っているかのように揺らし始めるゼラ。
「ここはてめえの店じゃねえんだよババア」
「五月蠅いね」
「……」
『ゼラさんとローザさん 仲いいんですか』
「……どこをどう見たら仲が良いと言えるんだい」
「ゼラさんはこう見えて魔法に詳しくてね~」
「お前!! 待て!! もがあ!!」
ローザの口にアップルパイを乱暴に突っ込むソラ。悪い笑顔が浮かべて話す。
「それで、魔術研究部でお世話になってたんだよ。ロザリンは才能を見込まれたとか何かで、めっちゃしごかれててさ~」
「こう見えてっていうのはさておき、懐かしいねえ。確かにしごいたしごいた。この子はすーぐ他人を拒否する傾向があるから、魔法を唱えさせるのに一苦労だったよ」
『そうだったんですね』
「ごっくん!! く、くそ……!! ていうか!! 何でてめえここに来たんだよ!! エリスと何の接点が!!」
「この子は料理部だよ。それであたしの店にもちょくちょく来るんだ。でも最近姿見かけなくなったから、ビアンカに訊いてみたのさ。そしたらこんなことになってたなんてねえ……」
ゼラは椅子を揺らすのをやめ、エリスに向かって歩いていくと、
ぽんぽんと背中を叩く。
「大変だったねえ。あたしにできることはこれぐらいだけど、まあ頑張っておくれよ……」
その後再び椅子に座るが、
「……ハワードや、帰るよ。急用を思い出した」
「ワンッ!!」
「ワッフー!?」
すぐに立ち上がって、ティーカップもそのままに部屋を出て行ってしまう。
「……照れ隠しが下手!!」
「素直じゃないお婆ちゃんよね~」
「そういえばエリスちゃん、その紙袋の中身は?」
「……?」
言われるがままにエリスは、がさごそと中を漁る。
「……!」
「おおー、新鮮な野菜セットだ」
「よし、今日はこれでポトフにしよう!」
「♪」
「うふふ、毎日料理するのも楽しそうねっ!」
更に時間は過ぎ、放課後に当たる時間になっても。
「アーサー君見なさい、人参が実ってるわよ」
「ほう……」
家の隣の畑にて、軍手と長袖を着用しているアーサー。
見舞いついでに草むしりを手伝えと頼まれたのだった。
すぐ隣ではレベッカも同様に草をむしっていて、今は土をちょっぴり掘り起こして人参の橙を見せている。
「人参の旬ってまだ先だったはずですけど」
「ここの畑は特別仕様でさー。魔力を通してあるから、すっごい速さで育つんだ」
「へえ……もしかしてこれ植えたの、エリスが来てからだったりするんですか」
「翌日か翌翌日ぐらいだったかな? 詳しい時間は忘れちゃった」
「一ヶ月……なんて速さだ」
そこに漂う、
野菜の凝縮されたいい匂い。
「……」ぐるる
「お腹鳴ってるじゃーん」
「……身体を動かしたから」
「そっかそっか~」
ばたりと扉が開かれる音。
とたとたと走ってくる音。
「!」
「エリス……」
「んほー、じゃがいもごろごろポトフだぁー!」
作業を中断し、アーサーとレベッカはエリスが持ってきた器の中をじっと見つめる。
「!、!」
「ん~……味見をしてもらいたいの?」
「!」
「よし……」
アーサーはスプーンと器を手に取り、一口。
「ん……美味い。美味しいよ」
「……♪」
「そうだアーサー君、エリスちゃんに何か持ってきたんじゃないの?」
「ああそうだ……そこに置いてある」
農具が置いてある場所を顎で指す。
「……!」
「お菓子だっけ? バタースコッチ?」
「口に合うといいんだが……」
そう言ってエリスの表情を窺おうとした時には、
彼女はホワイトボードを持って戻ってきた所だった。
『あのね 今日お見舞いが来たんだよ』
「そうなのか? 一体誰が?」
『アザーリア先輩とマチルダ先輩 ビアンカさんとゼラさん』
「へえ、ゼラさんまで来たのか……意外だな」
『ポトフに使ったお野菜 ゼラさんに貰ったんだよ』
「ふふ、それは良かったな」
『それでね お菓子も貰ったんだ』
『だからアーサーも食べて』
『とっても美味しいの』
「……お前がそこまで言うなら、食べていくよ」
『ありがと』
「いっそこのまま夕飯もごちになっちゃったら~?」
「そこまでは流石に……」
「アーサー君なら皆歓迎してくれるよ! ねっ?」
『はい』
「よし決まりだ!」
「はぁ……仕方ないですね」
「でもその前に草むしりだ! 私達でやっとくから、エリスちゃんはご飯作ってて!」
『了解です』
エリスはまたぱたぱたと足音を立てて、台所に戻っていく。
「……じゃあ、やりますか」
「男手が増えてこっちも助かるわぁ~!」
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