第515話 グラドの町にて・後編

 こうしてグラドの町で時間を過ごす一行。




 昼食を食べた後、話し合った末全員で行動することに。ヴィクトールの出身地を知りたいという思いが皆の根底にあったのだ。






「こ、これは!! 何とも黒々しい!!」

「この辺りで採れるキャッサバが黒色でして。それから作られるタピオカもこんな風に」

「ブラッドティーの色味も相まって生々しい……!」




「だがそれがいい!!!」






 屋台から買ってきたタピオカをじゅーじゅー啜る一同。その合間にも周囲をきょろきょろ見回す。




「閑静で淑やかな町って感じ〜」

「古典音楽がめっちゃ似合いそう」

「行き交う人も何となくエレガントぉ♪」

「貴様等適当に感想を漏らすな」

「適当じゃないもん。ちゃんと実感しているもん」

「全く……」




 若干嬉しさを感じているヴィクトールが、ふと背後を見回すと――



 自分に向かって指を差している存在が二つ。




「むむっ、ヴィクトール君の悪口を言ってそうな男性二名」

「ああ……まあいつものこと「おらっしゃーい!!!」




 ギネヴィアは全員が止める間もなく、



 後ろ指差していた男性二人をダイレクトタピオカアタックの刑に処した。




「おらー!! 飲めー!! 飲んでたぴおか詰まらせろー!!」

「「もががががあ……!!!」」






「……間違ったタピオカの楽しみ方をしている」

「ていうか財布握ってるのわたしなんだけどなー?」

「あはは……私も出すから安心しなよ」

「助かるぅ」

「ワタシも出すわよ。お土産調達は多い方がいいでしょ」

「その通りだサラ先生ぇ」


「というかアーサーとハンスの姿が見られないのだが」

「もぐもぐ。ほれなら、あっひ」

「む……指導者像の前か」

「ごっくん。指導者? 何だそれ、ヴィクトール?」

「移動してから話すとしようか」











 ヴィクトールに誘われて、一同はアーサーとハンスの場所まで移動。



 そこにあったのは大きい石像。足元には文章が刻まれた石碑が鎮座している。




「こらー、勝手に移動するんじゃないわよー」

「悪かった。ハンスが勝手にどこか行くものだから」

「別に後で戻る予定だったぞくそが」




「ていうかハンスは何してたの?」

「読み物だそうだ。珍しいことに」

「わー本当だ、珍しっ」

「殺すぞてめえら……」




 ハンスが読み耽っている間に、ヴィクトール含む全員が合流した。






「ヴィクトール、言ってた、これ、指導者。どういうこと?」

「この方はオックスの町……ケルヴィン国の礎を築き上げた偉大なる方だ」

「へえー、そんな凄い人なんだ」




 その容姿はというと、全身がローブに包まれていて、性別も年齢もわからない。




「そいつが如何にしてケルヴィンを造り上げたのかがだらだら書いてあるってわけさ。で、学園を作ったのもこいつだって書いてある」

「それはもっとどういうこと?」

「若者を一ヶ所に集め、集中して教えを施す――学園という仕組みは、この指導者が考案したとされている。ケルヴィンは学園の発祥地とも言われているんだ」


「それ、ワタシも聞いたことある。多くの地域が学園を模倣していく中で、いつしか触媒の普及と共に魔法について取り扱う学園が出てきた。それらはその特異性から魔法学園と呼ばれるようになった」

「あーそういうことね! 何でわざわざ魔法学園って長ったらしく言わないといけないのかって思ってたけど、そういう名残なのか!」






 また一つ賢くなった実感を胸に、ほくほくタピオカを嗜む。






「指導者さん……お空の上から見ているのかもしれませんけど」


「あなたが学園を作ってくれたから、わたしは今こんなにも幸せです。ありがとうございます……」




「指導者さーん! たぴおか美味しいですよー! お空の上で飲んでくださいねー!」

「ギネヴィアは本当にタピオカ好きだな」

「だって美味しいんだもん! じゅー!」


「ギネヴィア、危ない。そんなに振ったら……ああ」

「ぎゃー! こぼれちゃったー!」

「ほれハンカチ」

「ありがとうリーシャちゃん! しゅばばばば!」

「ギネヴィアはもうちょっと落ち着いた方がいいとアタシは思うぜ!」

「ねえ、ワタシどの口が言うかって突っ込んでもいい?」








 騒がしいエリス達をさておいて、




 ハンスはずっと石碑の文章を読み耽っている。ヴィクトールが気になって声をかけた。






「どうしたハンス、ここに来てから貴様はやけにおかしいな」

「あ゛? 殺すぞ」

「具体的には真面目という意味だ。いつもの揶揄う雰囲気が鳴りを潜めている」


「……ああ、それはね? 何と言うか空気感だよ」

「空気?」

「だってここ、しゅっとしないといけないような雰囲気じゃん。ぼくもね? それを敏感に感じ取ったってわけだよ」

「……単なる気紛れだと思うことにしよう」

「本当に殺すぞてめえ?」








(ま、空気感が違うのは事実だ……)


(でもそれじゃあ理由にならない……)






『付け加えておくが、俺がここまでして貴様を監視するのは、先生方を超越した上からの命令だ。ジョン・エルフィン・メティア殿……貴様の父上が直々に、俺を監視役に指名されたのだ』




(このいけ好かない眼鏡がどうして父上に名指しされたのか――)




『……父上からの口伝だ。俺が幼い頃から愛用している、とっておきの秘薬だ』




(ぼくと父上しか知らない秘薬の作り方を、どうして知っているのか――)








(出身の町を見ていたらわかるかなって思ったけど、案外そうでもねえや)


(……となると、実家か?)











 こうしてお土産購入会から戻ってきた一同。ブラッドティーやブラッドマカロンやブラッディチョコレート、非常に血の主張が激しい物品を大量に入手して気分はご機嫌。




「せんせー何でケルヴィン土産はこんなにもブラッドしてるんですかぁ」

「嘗てヴァンパイア族がこの辺りを根城にしていた影響だと言われている。土壌に鉄分が豊富に含まれているんだ」

「ヴァンパイアってあれでしょ? 神聖八種族だけど、魔物みたいに残虐な連中。叡智の国的には、そういったのが根城にしていたってのはどうなの?」

「事実だから仕方ない、という方針だ。観光政策は殆どそれで売り出しているからな」

「流石頭いい人の国。割り切っておられる」




 現在は寝る予定の部屋に荷物を置き、全員揃って今後の予定について話をしていた所だ。しかし誰もやりたいことが特にないので煮詰まりつつある。






「さて――」


「貴様等が特にやることがないというのであれば、俺から提案がある――」




 ヴィクトールが改めて切り出したので、思わず身構える一同。






「いや、何ということはない。久々に実家に帰省したのだから、ピアノを弾きたいと思ってな」




 その言葉は緊張感を好奇心に変えた。






「ヴィクトール……ピアノ弾けるのか! アタシ知らなかったぜ!」

「まっ貴族なら当然の嗜みよね。でもアナタ、魔法学園では弾いていないの?」

「中々そういう機会に恵まれなくてな。音楽部にでも入ればそうでもなかったんだろうが、他に優先したいことがあった」

「そういうことね。よし、じゃあ今後はヴィクトールのピアノを聴くということでよろしいですかなー? 私は賛成!」

「なっ……」


「オレもそれでいい。ヴィクトールがどんな風に演奏するのか、気になるしな」

「もちろんぎぃちゃんも行きますぞえ!!」

「貴様等……そんな人に見せるようなものでは……」

「謙遜するなら益々気になっちゃうよ~。わたしも行く!」

「おれもおれも!」

「アタシもお供するぜー!」






「……ああ。全く」


「そこまで気になるなら……いいぞ」




 早速部屋を出ようとするヴィクトール、その直前にハンスに視線を向ける。






「……先お手洗いに行ってからでもい~い? ぼく限界でさあ」

「限界と言う割には顔が涼しげだ」

「これはお手洗いと言っておきながら別の所に行くパターンですな」

「……」


「でも、屋敷から出ないって約束してくれるなら、別行動でもいいよ。ハンスだってやりたいことあるもんね」

「……そこまで言ってないんだけどな、エリス?」

「いや~もうこの四年でハンスの行動パターンわかっちゃってるから。行っておいで行っておいで」

「……」











 こうしてハンスは別行動を取ることになり、他は揃って演奏室へ向かう。






「くそが……くそが……」


「あまりにも的中していて……殺すぞも言えなかった……」




 何だかここに来てからハンスは普段とは違う。やけに素直な気がしてならない。




「ま、まあとにかく別行動だ。行くぞ……」








 現在ハンスが来ていたのは長い廊下。別の部屋に繋がる回廊といった所だ。




 何も無い道を歩くには気が滅入ると言うことなのだろう――豪華な壁紙が貼られたそこに、額に収められた絵画が展示されていた。






(つまんねーのばっかだな……でもまあ貴族の趣味って)




(大抵こんな……もん……)






「……!!!」








 つまらないと突き放そうとした、一枚の絵画に彼の目は奪われる。




 その内容はこの屋敷の当主ヴィルヘルムと、もう一人が肩を並べて笑っているというもの――








「あらハンス様、その絵が気になりますか?」

「っ!?」



 背後から話しかけられたので驚く。相手は仕女だったが、特に到着時の茶会で一緒になった仕女である。


 つまり自分に対して割と優しいということだ。



「な、何だよ驚かせるな」

「申し訳ありません。こちらにはあまり人がいらっしゃらないものですから……」



 彼女は手に箒とちりとりを持っていた。掃除に来たのであろうことは言うまでもない。



「人が来ない……この先には何があるんだ?」

「ヴィルヘルム様とウィルバート様のお部屋がございます。あとは図書室ですね」


「……ちょっと待て。ヴィクトールの部屋はこっちじゃねえのか?」

「ヴィクトール様のお部屋は……二階にございます。応接室を間借りしているんですよ」

「……」






 あまりにも見え透いた対応の格差に――



 ハンスは僅かながら明確な怒りを覚えた。




 だからどうしたというのは、彼自身も理解していることであった。



 だからどうしたと思えるようなことに、どうして怒りを抱いたのかは、彼自身にもわからなかった。






「……うん、それはわかった。じゃあこの絵について説明して?」

「ヴィルヘルム様とそのご友人を描かれた絵になります。こちらの方は……」

「ジョン・エルフィン・メティアだろ?」






「……その通りでございます」






 ハンスは改めてその絵を見た。




 どこか気苦労が絶えない性格の表情も、見事なまでに描写している。エルフ特有の長耳を持つ彼は、ジョン・エルフィン・メティア――紛れもなく自分の父親だった。






「ハンスというお名前の方がいらっしゃると聞いて、私ももしやと思ったものです。そうしたらやはり……こちらにおわせられるジョン様と、似ておられますね」




「……てめえ、父上のことはどんな風に聞いている?」

「とてもお優しい方だとヴィルヘルム様が話されておりました。それでいて話の馬が結構合うようです」

「趣味嗜好が似てるってことか……」






(だったらジョンの野郎が、ヴィルヘルムに丸薬の製法を伝えて、そこからヴィクトールにってことか)




(だけど……一体どうして、てめえはそうした?)











「貴様等も聞いていただろうが……俺の母上はクロンダインの難民だ」


「とはいえ身分制のクロンダインの中でも、それなりに良い出自でな。ピアノも嗜みとして学んでいた」


「俺が幼い頃に亡くなられたのも聞いていた通り……だがその間で、母上は沢山のものを俺に遺してくれた」


「ピアノもその一つだ……俺はピアノを弾いていると、母上を思い出すんだ」








 止めどなく流れる音。それは川の流れにも似ていて、安らぎを感じさせるものであった。



 ヴィクトールは絶え間なく指で鍵盤を押しながら、口を動かし母について語る。口角が上がってどことなく嬉しそうであった。






「へへ……ヴィクトール、本当に母さんのことが好きなんだな。言葉があったかいぜ!」

「そうか? ……クラリアが言うのなら、そうなのだろうな」




 ピアノが置いてあったのはヴィクトールの居室。そこにやってきたエリスやアーサー達は、ブラッドティーを片手に演奏を嗜んでいる。






「ギネヴィア様、お代わりがございますよ」

「お願いします!」

「しーっ、ギネヴィア静かに。演奏聴こえなくなっちゃうよ」

「はいっ」


「オレもお代わりをいただきたい」

「かしこまりました」

「アーサー、セイロンと比べてどう?」

「んー……味が濃いな。セイロンはすっきりとした味わいってのもあるが」


「いや~いいわマジいいわ。私今すっごい芸術してるよ」

「リーシャ、アナタここに来てから理性吹き飛んでない?」

「あまりにも私に無縁の世界すぎて興奮している所はある」

「おれ、緊張、逆に。お茶飲む……」

「ご一緒にスコーンはいかがでしょう?」

「すここここーん。いただき、ます」




 お茶やお菓子を配ってくれている仕女は、昨日の茶会で顔を見合わせた仲。少々打ち解けた関係性とも言えよう。






「なあなあヴィクトール。アタシ、ヴィクトールの母さんのこと、もっと知りたいぜ! 思い出話でもしてくれよ!」

「む……ならば休憩がてら話そうか」

「ヴィクトール様、こちらに用意してありますよ」




 ピアノの丸椅子から離れた彼は、颯爽と茶に手を付ける。


 その一連の麗しさたるや、やはり貴族の出自であることを思わせてきた。




「俺が一番覚えているのは……ユディの町に旅行に行った時だな」

「旅行? ユディの町ってことは、ウィーエル地方に行ったことあるんだ」

「大分昔の話だがな。俺はそこで悪食の風に見舞われてしまって……」

「わーお重大! でもお母さんが看病してくれて、どうにかなったって話でしょ?」

「そういうことだな」




 ヴィクトールは懐から一つの包みを取り出す。


 広げた中にあったのは暗い緑色の丸薬である。




「おっ、オレはこれ知っているぞ。ヴィクトールの秘密の薬だ」

「そういえば、貴様が例の離れで風邪を拗らせた際にくれてやったな」

「それなりに苦かったが結構効いた……この薬、母さんに作ってもらったってことか?」

「厳密には違う。母上はユディの町を駆け回って、治療薬を作ってくれる者を探してきてくれたんだ」

「そっちはそっちで行動力やっばぁ」

「母さんに愛されていたんだな、ヴィクトール! いいことだぜー!」




 わくわくしているクラリアの隣で、サラは丸薬を興味深そうに覗いている。




「……これが悪食の風の時に飲んだ薬ってことでしょ。ってことは、これって悪食の風の特効薬なの?」

「必ず治るというわけではないが、殆ど容態は良くなる。しかし色々な事情があり、大量量産というわけにはいかないようだ。父上が以前教えてくださった……」

「ふーん……」


「ヴィクトールってさー、この薬ってお父さんに貰ってんの?」

「いや、自分で作っている。しかしやっとのことで材料を集めても、出来上がるのは少量だ」

「そんな貴重なものをオレは分けてもらっていたのか」

「あの時は只の気紛れだ……普段ならしないことだぞ」

「するとあの時は普段じゃなかったってことだ」

「……ああ言えばこう言うのだな、アーサーよ」






 この後も友人の意外な一面をあれこれ付き回し、全員満足した時を過ごしたのだった。

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